宝石の呪いで逆ハーになりましたが、やっぱり嬉しくありません!

一花カナウ

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黒曜石は鋭さを増して

*3* 10月1日火曜日、夜

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 気が済むまで抱き締めてもらったあと、食欲が湧かないながらも夕食をご馳走になって、こうは家まで送ってもらった。泊まってもいいと蒼衣あおいは言ってくれたが、婚約者の真似事をしているとはいえ、彼に甘え過ぎてはけじめがつかない。心配でそばに置いておきたいと思う蒼衣の気持ちは理解できたのだが、丁重にお断りした。
 帰宅したのは二十三時前。本当の事情は両親に伝えていない。だが、蒼衣が適当な言い訳をしてくれたのでつまびらかに訊かれることもなかった。彼が紅を婚約者にしたメリットはこんなところにもきてくる。元々、紅の家族は蒼衣を信頼しているので、より都合が良かった。
 シャワーを浴びて、紅は自室に戻るとスマートフォンを手に取る。電話をしようと思って履歴を見ると、長月ながつきひかりの名前が並んでいた。助けに来る数分前までひっきりなしに掛けていた様子がそれでわかる。

 ――こんな時間になっちゃったけど、話できるかな?

 彼女の家は様々な規則があり、門限をはじめとして色々と厳しい。消灯の時間も決まっていたはずで、小さい頃、お泊まり会を光の家で行ったとき、大変驚いたのを覚えている。
 コール音は数回で、電話は無事に繋がった。

「こんばんは、紅ちゃん」

 おっとりとした声は、聞き慣れた親友の声だ。紅はほっと胸をなで下ろした。

「光、夜分遅くにごめん。今、大丈夫?」

 紅が問うと、光はクスッと小さく笑った。向こうも安心したようだ。

「いつになったら掛けてきてくれるのかとヤキモキしておりましたわ。なかなかお目覚めにならなかったものですから、とても心配しましたのよ?」
「うん、心配掛けてごめん。星章せいしょう先輩から聞いたわ。ずっとついていてくれたんだって」

 できることなら、直接顔を合わせてお礼を言いたかったが仕方がない。早いうちに連絡することができただけでも良かったとしよう。
 紅が告げると、光は応える。

「えぇ、もし、男性恐怖症を再発していたら、例え婚約者である星章先輩でも怖いと感じるかと思い、残っていたのですが……大丈夫ですか?」
「たぶん平気。将人個人はやっぱり駄目なんだけど……。って、そうだった。今日は本当にありがとう。来てくれたおかげで助かったわ。光は恩人だよー。一生大切にするっ!」
「どういたしまして。もっと早く気付くべきだったと悔やんでおりましたが、紅ちゃんに感謝されて嬉しいですわ」

 光の声は明るく振る舞っているのがわかる声で、紅は気を遣わせているのだと察してしまう。心苦しい。

「ねぇ、この件、先生には何て説明したの?」

 助けに入り、将人と対峙した光は蒼衣が先生を連れてくると言って追い払った。その辺の話は蒼衣から聞いていない。

「先生には何も伝えていませんわ」

 さらりと答えられる。どういう意味なのか、紅はすぐに理解できず、問いを重ねる。

「だけど、呼んだのよね?」
「将人くんに告げたあの台詞は狂言ですわ」
「え?」
「星章先輩には紅ちゃんが気を失ったあとに連絡しましたの。紅ちゃんの婚約者ですし、学院内の揉め事であれば、生徒会を頼るのが宝杖ほうじょう学院のルールですから」

 確かに宝杖学院の生徒会が持つ権力は強い。他のケースであっても、おそらく同様に生徒会長である星章蒼衣か、三年生で会計の青空あおぞら瑠璃るりに連絡を取るはずだ。

「じゃあ、このことを知っているのって……」
「当事者と星章先輩、そしてわたくしたちの四人だけですわ。必要であれば、星章先輩が指示を出すと思います。まずは紅ちゃんが落ち着きを取り戻すのを見守り、安全を確保しようという先輩の配慮です。勿論、わたくしも賛同したからこそ、従いましたの。気にする必要はありませんわ」
「なんか色々と悪いわね、巻き込んじゃって」
「いえいえ。最近は関わり合いが減っていると感じていたくらいなのですから、もっと頼ってくださって構いませんのよ?」
「昔っから光にはお世話になりっぱなしよ。今度何か奢るわ」
「うふふ。楽しみにしておきますね」

 光の嬉しそうな声を聞いて、紅は一つ思い出したことがあった。電話を切る前に確認したい。早速切り出す。

「――ところで、どうして戻って来たの? 真珠まじゅと下校したはずよね?」

 危機一髪を助けてくれたわけだが、タイミングがいささか良すぎるように感じなくもない。紅の記憶では、光は真珠と一緒に帰宅したはずなのだ。
 紅の疑問に、光は素直に答える。

「はい。ただ、帰りの途中、転校生の話になりまして、B組に将人くんが入ったと聞いたのです。それであの事故のことを思い出し、念のために電話を。それでも繋がらなかったものですから、この目で確認しようと戻りましたの。紅ちゃんのスクールバッグが階段に置き去りにされているのを見たときは、とても動転したのですよ? そのあとまもなくお会いできましたが」
「――光もあの事故のこと、覚えていたのね」

 蒼衣や将人が覚えているのは想像できる。あの事故の現場に居合わせたからだ。だが、当時も仲良くしていた光までもが記憶しているのは少しだけ意外だった。

「わたくしの両親の病院で入院されていたので、余計に記憶に残っているのですわ」
「あぁ、そうだったわね。光の両親にはとってもお世話になったわ」

 言われて思い出す。光の父親が経営している小さな病院で、紅は怪我が落ち着くまで入院していたのだ。看護士である光の母親に面倒をみてもらっていたことも記憶から蘇る。

「懐かしいですわね。あの頃はまだ――……あら、こんな夜更けに長電話はよろしくありませんわね。昔話はまた日を改めましょう、紅ちゃん。今夜はゆっくりお休みになってください。明日欠席するなら、早めに連絡くださいね」

 明らかに光は何かを言いかけていたのだが、追及することはできなかった。紅は彼女に見えていないとわかっていながら頷く。

「了解。明日はちゃんと出席するから、大丈夫。――じゃあ、今夜はこれで。おやすみなさい」
「おやすみなさい、紅ちゃん。良い夢を」

 言って電話は切れる。紅は大きく深呼吸をすると、スマートフォンを充電して、ベッドに潜り込んだのだった。

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