宝石の呪いで逆ハーになりましたが、やっぱり嬉しくありません!

一花カナウ

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黒曜石は鋭さを増して

*2* 10月1日火曜日、夜【A】

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 大好きだった千晶ちあきお祖母ちゃんの声が聞こえたような気がして、こうはようやく意識を回復した。
 薄く開いた目は像を結ぶのに手間取って、ぼんやりと明暗だけを映している。そのあとに感覚が戻ってきて、唇に伝わる熱と柔らかさを自覚する。何をされているのかを理解すると、思わず手が出た。相手を突き飛ばし、上体を素早く起こす。さらに後退して、距離を取る。
 それでやっと相手が誰なのか把握した。

「……あ、蒼衣あおい兄様?」

 眼鏡の位置を直して苦笑を浮かべていたのは蒼衣だった。つまり、今キスをしていたのは彼だ。

「すみません、紅。フレイムブラッドの防衛本能で力が暴走しているようでしたので、聞いていた通りの処置を。――口付けなど、本来であればすべきではなかったのでしょうが……」

 蒼衣の声には申し訳なさと困惑が滲んでいた。約束をしている手前、彼は紅に触れるのをよしとしない。緊急事態だったのだと言い訳をしているわけだ。

「そういうことなら、見逃すわ。あなたを信じる」

 紅は掛けられていた薄手の毛布をまくり、自身の格好を確認する。宝杖ほうじょう学院の制服をきちんと着込んでいた。将人に襲われて、かなり乱れた状態であったはずだが、それが夢であったかのようにいつもどおりの姿に整えられている。

「今、何時? 気絶していた間の説明をお願いしたいんだけど……」

 周辺の情報が頭に入ってきた。ここが星章せいしょう邸の客室であり、そのベッドを使わせてもらっているということ。周りには蒼衣の姿しかなく、二人きりだということ。窓の外に見える景色はすっかり闇に包まれていること――紅が下校をしようとしていた時刻ではまだ外は明るかった。かなりの時間、意識を失っていたことになりそうだ。
 紅の問いに、蒼衣が答える。

「もうすぐ二十時になります。三時間以上、貴女は眠っていたのです。数分前まで長月ながつきさんもここにいたのですが、あまり遅くなってもご家族が心配するでしょうから送らせました」

ひかりが? じゃあ、おおよそのことは聞いているわね」

 彼はベッドの端に腰を下ろし、紅の方に上体を向けると頷いた。

「えぇ、黒曜こくように襲われたのだと伺っております。着衣が酷く乱れていたので整えたのだとおっしゃっていましたね。着いた時には廊下に運び出されており、私がこちらまでお連れいたしました」
「そう……」

 ――あとで光には電話をしておこう。

 紅は毛布を引き上げてぎゅっと握り締める。そうしていないと、身体が震えてしまうのだ。

「紅、体調はいかがですか? 必要であるなら、医者も呼びますが」

 蒼衣の視線が毛布を掴む拳に向けられているのに気付く。普段とは明らかに態度が違うのだ。心配するのは当然だろう。

「あぁ、うん。大丈夫。結構きつかったから、まだ感覚が残っているみたいで……」
「黒曜が登校していると知りながら、油断していました。対処できたはずなのに、貴女あなたを危険な目に遭わせてしまった。私にできることなら、なんでもいたします。どうぞ申し付け下さい」
「蒼衣兄様は自分を責めないで。あたしも油断してた。――今回の件でわかったのは、将人を見ると怪我をしたときの恐怖が戻っちゃって動けなくなるってことだわ。傷も完治しているのに、痛みまでぶり返してくるんだもの。意識の奥底にしっかり刻まれているのね。あれは事故で、将人だけが悪いわけじゃなかったのに……」

 身体が、声が、震えたまま止まらない。俯いて、毛布を握り締める手を見る。力が入っているだけでなく、あからさまに震えていた。

「紅」

 名を呼ばれて顔を上げる。その瞬間、蒼衣に抱き締められた。そして、優しく背中を撫でられる。それはまだずっと幼かった頃、なかなか泣き止むことができなかった紅を落ち着かせるために彼がしてくれたことと同じ。

「もう怖いことはありませんよ。私が貴女を護ります。――私では不足でしょうか?」

 気持ちが少しずつ安らぐ。震えも落ち着いてきた。

 ――もう、この感覚を得ることはないと思っていたのに……不思議。

 蒼衣が慰めてくれると、心の底から温かくなる。実の兄であるはずのじょうも同じような慰め方をしてくれたのだが、蒼衣のときのような感覚は味わえなかった。安心し、穏やかな気持ちになるのは、あの当時はこの腕の中だったのだ。

「――不足だなんてとんでもないわ。……ねぇ、お願い。もうしばらく、こうしていて欲しいの」
「えぇ、喜んで」

 紅は幸せを感じながら、蒼衣の腰に手を回して身体を預けたのだった。

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