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闇に寄り添う白雪の花

*2* 10月11日金曜日、20時過ぎ

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 抜折羅ばさらの私室はアメリカから戻ってきたばかりだからか、前に見たときに水晶のクラスターが並んでいた棚は空で、いくつかの大きなダンボールが床に置かれている。そのいずれもが規則正しく、それこそ結晶構造のように並んでいて、彼の几帳面な性格が透けて見えるようだった。

 ――抜折羅のことだから、あたしが嫌がるようなことはしないと信じているけど……今の抜折羅はちょっと変だからなぁ……。

 背中の傷を確認するのを了承したのは、現在の状態を知りたいのはもちろんだったが、他にも理由がある。将人まさとに触れられたときのことがトラウマになっていないかの確認がしたかったのだ。抜折羅が肌に触れてくることはほとんどないので、遊輝ゆうきと比べられば警戒は緩めていいはずだが、念のために知っておきたかった。抜折羅が見たいと言っているのだから、そういう機会を逃すのも勿体無いように思える。

 ――とにかく、抜折羅をうっかり攻撃しませんように。

「で、どうするのがいい? 上だけ脱げば良いのかしら?」

 持ってきていたシュシュで髪をまとめてアップにしながらこうは問う。

「……お前は俺に襲われることは想定しないのか?」

 あきれ口調で抜折羅が問い掛けてきた。
 確か、以前護衛のために宿泊を提案されたときには信用ならないと断ったはずだ。だが現在は抜折羅との関係も変化が生じている。紅は抜折羅と向き合って、問いに答えた。

「と、泊まるつもりで来ているんだから、ちょっとくらいは考えてみたわよ。でも、そういうシチュエーションにはなりそうにないな、って思えたからここにいるの」

 抜折羅は信用できると紅には思えた。約束や信頼などをきちんと守れる人間だと。

 ――それに、この場合はあたしに非があることになるでしょうし。覚悟の上だわ。

「しかし、この状況は想定していなかっただろう?」

 確かに、抜折羅から「背中を見たい」などと言われるとは想像していなかった。

「……まぁね。でも、あたしは抜折羅を信じているもの」
「嫌だと思ったら全力で拒否しろよ?」
「もちろんそうするわよ」

 引かないところをみると、何か意図があるような気がした。性的な意味合いを彼の言動から感じないのだ。
 ふと、いつだったか遊輝ゆうきが「抜折羅くんだって男の子なんだよ?」と言っていたのが脳裏を過ぎる。

 ――なんでそんなことをこのタイミングで思い出すかな……。

「じゃあ、背を向けてくれないか?」

 指示をされて、紅は共有廊下に繋がっているドアの方を向く。これで事務所側に繋がるドアの近くに立つ抜折羅に背中を向けた形だ。

「……俺がブラウスをめくるのと、自分でさらすのとどっちが良い?」

 問われて鼓動が跳ねた。

「へ、変なこと訊かないで」
「いや、今、俺、かなりいやらしいことをしようとしているんじゃないかと思ってだな……紅の意見を参考にしようと――」

 一応、彼は平常心を保っているらしかった。妙なところに意識が向くものだ。

「じゃ、じゃあ自分で捲るから、見えにくかったら言って」
「了解」

 抜折羅が近付いてくる。蛍光灯の設置場所から考えると、この位置なら見えやすいはずである。紅はドキドキしながら、自分でブラウスとキャミソールを一緒に捲り上げた。

「見える? 右の肩甲骨から左脇の方に向かって結構な傷があるはずなんだけど……ってか、その話って抜折羅にしていたっけ?」
「昼に星章せいしょう先輩から聞いた。小学生の頃の話だろ? 大怪我だったって」

 彼の視線を感じると、肌に熱が宿った。恥ずかしいからだろうか。

「そう。さすがは星章先輩、仕事が早いわね」
白浪しらなみ先輩とも情報は共有しているよ」

 抜折羅の手が背中に触れた。指先が、ほんの少しだけ。思わずビクッと身体が反応して、彼の手がすぐに離れた。

「あ、すまない。あまりにも綺麗だったから、つい」

 どんどん鼓動が早くなる。気付かれてしまわぬように、紅は会話を続けることにした。

「抜折羅って、本当は頭で考えるよりも身体の方が先に動くタイプなんでしょ? あなたと最初に出逢ったときも、説明よりも先にフレイムブラッドに手を伸ばしていたし」

 そして、フレイムブラッドを掴み損ねた彼に胸を触られてしまったのだ。今でもはっきりと覚えている。

「それは認めるし、あれは悪かったと反省している」
「反省がかされていないようだけど?」
「……紅は案外と意地悪だな」

 告げると、抜折羅は背後から抱きしめてきた。
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