宝石の呪いで逆ハーになりましたが、やっぱり嬉しくありません!

一花カナウ

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闇に寄り添う白雪の花

★1★ 10月11日金曜日、20時過ぎ

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 エキセシオルビル七階にあるタリスマンオーダー社の事務所スペースに置かれた時計は二十時を少し回っている。

 ――改めて冷静に考えると、これは色々と問題があるのかも知れないな……。

 抜折羅ばさらはローテーブルを挟んで向き合うこうを見ながら、胸の高鳴りを感じつつ思う。
 つい先ほどから勉強に取り掛かっている。まずは学校の試験範囲のおさらいだ。

「……って、抜折羅、ちゃんと聞いてる? 疲れているなら、あたしのことは気にしないで休んでくれても構わないけど」

 紅が手を止めて抜折羅を心配そうに見上げている。彼女は抜折羅が考えていることなど、微塵も想像していないのだろう。

「あぁ、聞いてる。続けてくれ」

 言って、抜折羅はノートに書き写す。苦手意識が強い古典の勉強だが、今回は文法が中心らしく、暗記と規則性の把握が得意である抜折羅は何とかなりそうだと安堵していた。それ故に、妙なことに気を取られたのだろう。

 ――前は、紅と二人きりで一晩過ごすのなんて、別段気になることはないと思っていたんだが……。

 いざ、こうして紅と二人だけで向き合うと、学校とは違った印象を覚える。彼女が淡い色のブラウスに動きやすそうなキュロットという私服姿であることもその印象を左右してはいるだろう。だが、ひょっとしたら、家でシャワーを浴びてからここに来たというのも影響があるのかも知れない。とにかく、柔らかそうで瑞々みずみずしい彼女の肌に触れてみたい衝動に駆られるのだ。
 彼女の肌は綺麗だ――そう言い切る遊輝ゆうきを思い出す。紅が彼のモデルを引き受けたことはないはずであり、どうしてきっぱりと言い切れるのか不思議なのだが、追及せずにそっとしておいたのは失策だったか。

 ――昼間に白浪しらなみ先輩が変なことを言うからいけないんだっ!

 紅を誘おうと思ったのは、勉強をするためだ。抜折羅を好きだと告げた彼女の気持ちに応えたくて、少しでも長く一緒にいてあげたいと考えた――それだけのはずなのに。

「……? やっぱり疲れが出ているんじゃない? 昨夜、日本に戻ってきたんだし、時差ボケの影響が出てる、とかさ」

 再び手を止めて顔を覗き込む彼女の顔が近い。思わず顔を逸らす。

「――紅は」
「ん?」
「その……今でも俺のこと、好いてくれているのか?」

 紅が上体を引いた。

「い、いきなり何っ!?」

 戸惑いの気持ちが台詞にはっきりと表れている。唐突に言われれば、そういう反応をするのも理解できる。

「他意はないと誘ったものの……なんというか、こうして二人きりになると、ちょっと色々と、だな……」

 目に掛かる長めの前髪をついいじってしまう。気持ちを落ち着けるために無意識にやってしまう癖。

 ――こんなに紅を意識しているとは思わなかった……。

 こういうことは隠さない方が良いと思う。警戒してくれれば、衝動を抑えられる――そんな気がした。
 紅が不思議そうな顔をする。

「ふぅん……? 抜折羅でもいやらしい想像くらいはする、と?」
「は、はっきりと言ってくれるなっ!? 別に俺はお前をどうこうしようとは思っちゃいないからなっ!?」

 慌てて怒鳴ると、紅のくすくす笑う声が耳に入った。

「な、なんだよ」

 たぶん、真っ赤になっているのだろう、と抜折羅は思う。とんでもなく恥ずかしい。そしてそれ以上に紅の反応が理解できなくて困惑している。
 むすっとしたまま彼女を見つめると、楽しげに笑んで口を開く。

「変な言い方して悪かったわ。ただ、抜折羅がものすごく動揺しているように見えたもんだから、ついからかってみたくなって」
「嫌な趣味だな、おい」

 とても不満だ。この程度のことで軽蔑するようなことはないが、文句を言わずにはいられない。

「――抜折羅って、ふだん仕事以外に何を考えているのか全然想像できなかったから、年相応の反応が返ってくるのを見ているとなんか親近感が湧くわ」
「それでよく俺のことを好きだとか言えたもんだな。顔の好みなら白浪先輩の方がいいんだろ? 星章せいしょう先輩とも仲が戻っているんだから、俺じゃなくてもいいような気がするんだが」

 彼女本人から異性の好みについては聞いている。それと照らし合わせてみたが、紅が自身を気に入る理由に思い至らない。
 紅が目を瞬いた。

「あら、いてくれるの?」
「茶化すな。俺は――」

 抜折羅は姿勢をただし、紅を真っ直ぐ見つめる。彼女も応じた。

「何……?」
「この際だから正直に言う。アメリカに帰ってあれこれ悩んだのだが、それ故の結論だ。聞いてくれるか?」
「う、うん」

 紅は真面目な顔をして頷く。それを確認したのち、抜折羅は小さく息を吸って唇を動かす。飾らない言葉で気持ちを伝えるために。

「俺は紅が好きなんだと思う。今まで誰かをそんなふうに感じたことがなかったからよくわからないんだが、多分、そうなんだ」
「良かった。両想いで」

 嬉しそうに、本当に幸せそうに彼女は笑う。そんな表情を見てしまうと心が苦しい。抜折羅は続ける。

「――だが、俺が強く意識をすればするほど、きっとお前を不幸にしてしまう。〝フレイムブラッド〟と契約している間は死に追いやられる心配はないと思うが、試練をたくさん乗り越えていかなければならないだろう。……それでも、俺のそばにいてくれるか?」

 自分の言葉でありのままの想いを口にする。

 ――伝わっただろうか?

 返事を待つ。紅は驚いたような顔をして視線を一度外し、頬を染めた。

「……なんだか、プロポーズされている気分なんだけど」
「そこまでの強制力はないつもりだが」

 即答。訂正したかったのではなく、正直な話だ。
 紅は小さく頷いた。

「うん、それもわかってる。――大丈夫。あたしの心配をしてくれているってわかって嬉しい。あたしは抜折羅のそばにいたいと思っているわ。加えて言うなら、あたしはあなたの役に立ちたい。頼ってくれて良いんだよ? できることなら何でも協力するから。例えば、試験勉強の範囲を教えることだって――」
「紅」

 一つ、不意に思い出したことがあって、うっかり彼女の台詞に割り込んでしまった。
 それがあまりにも唐突だったからか、紅が首を傾げる。その拍子にシャギーがたっぷり入ったセミロングの髪が揺れた。シャンプーの香料らしい花の香りがふんわりと漂い、鼻腔びこうをくすぐる。

「ん?」
「背中の傷、確認させてくれ」

 ――俺は一体何を口走っているのだろう。

 台詞を取り消すつもりで口を開くと、声が出る前に彼女にうなずかれてしまった。

「良いわよ。恥ずかしいけど、あたし自身も知りたいと思っていたし、抜折羅になら、うん、構わない」

 ――拒否してくれたら良かったのに……。

 彼女からの信頼を利用している。断らせない空気を作ってしまったことも認める。だけども。

 ――ホープの不幸、最近は変な方を向いてないか? おい。

 青いダイヤモンドを思い浮かべ、心の中でため息をつく。もう撤回はできそうにない。

「部屋、変えようか」

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