宝石の呪いで逆ハーになりましたが、やっぱり嬉しくありません!

一花カナウ

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血玉髄は太陽を追って

*8* 10月11日金曜日、夕方

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 星章せいしょう邸を出て、交流棟のホールに〝氷雪の精霊〟を設置し直したあと。
 こう抜折羅ばさらと一緒に夕暮れの街を歩いていた。さっきまで他の人間もいたのだが、どうにかこうにか追い払って二人きりの時間を手に入れたところである。

 ――やれやれ、これで心置きなく文句を言えるわね。

「抜折羅、勝手な約束をしないでくれる? しかも、向日むこう先輩まで混じることになってるし」

 紆余曲折いろいろあってレギュレーションが詰められ、参加者と内容が決められた。
 問題は抜折羅が作成し、設問は英文、記述問題は解答も英文とすること。選択問題もあるが、完全解答で複数の答えを選択する形式であること。
 テストの実施日は、参加者が増えた都合で当初予定していた十三日から、その翌日である十四日の昼に延期され、会場は星章邸の食堂に決まった。

「別に構わないじゃないか。誰が参加しようと」

 しれっと抜折羅が言ってくる。
 参加者はこう遊輝ゆうき蒼衣あおい将人まさと陽太ようたの五名で、一位になった者には一つだけ願いを叶える権利がやってくる。血を流すことのない平和的解決手段ではあるが、どうにも紅には受け入れがたいのだ。

 ――そういう問題じゃないのよ。

 紅は押している自転車のハンドルを強く握り締めた。

「抜折羅はあたしが景品扱いされている件については何とも思わないの!?」

 誰が一位を取ったとしても、紅には面白くない。遊輝が一位になれば蒼衣という抑止力を失うことになるし、蒼衣が一位になれば遊輝が出入りする美術部に行きづらくなる。将人が一位になれば蒼衣との婚約を解消することになり、陽太が一位になれば抜折羅は紅に構う時間を削って仕事に専念することになるのだ。

「良いじゃないか。紅が一位になれば、すべてを流せる権利が手に入るわけだし」
「あたしにやれると思っているのっ!? 言っておくけどあたし、英語できないわよ?」
「案ずるな。俺が仕込んでやるから」

 試験を受けるのは紅だというのに、どうして抜折羅はこんなに楽観視できるのだろう。その自信がどこから湧いてくるのかよくわからない。

 ――ってか、星章先輩と白浪しらなみ先輩の実力を侮ってない? 何の基礎知識もないような状況で、しかも英文って、あたしをなんだと思っているわけ??

 だが、懸念材料はこれだけではない。

「でも、時間が……それに、中間テストも十五日からなんだけど……?」

 そう。十月十五日からは中間テストが始まるのだ。ただでさえテスト勉強をせねばならない状況であるのに、鉱物・宝石知識を詰め込む余力など果たしてあるのだろうか。

「まとめて教えてやるよ。ちょうど三連休じゃないか。時間はたっぷりある」

 どうしてそんなに不安がるのだろうかと言いたげな顔で抜折羅は返してくる。危機感の欠片もない。

 ――抜折羅の成績が良いのは知っているけどさぁ……。

 アメリカに帰国していた間のブランクなど、抜折羅にはどうということはないのだろう。理数系科目については大学生レベルであることは、彼が持つ宝石学資格から明らかであるし、語学力は言わずもがな。そうなると国語と社会をカバーできれば中間テストは乗り切れるわけで、紅と比べれば対策範囲は狭い。

「どこにたっぷりあるって? 昼間だけだとそんな余裕ないわよ。移動のことも考えると、それほど時間は――」

 指摘していると、抜折羅にきょとんとされた。そして台詞に割り込まれる。

「何を言っている? これから、月曜の朝まで帰す気はないぞ?」
「……え、うっ!?」

 抜折羅の発言を疑って、紅は驚きのあまり台詞を詰まらせて立ち止まる。
 彼は紅と向き合った。

「中間テストの範囲をおさらいする必要があるし、行ったり来たりするのは面倒だ。なに、効率を優先した判断だ。他意はない」

 大真面目な顔をしている。本気でそう考えているのだろう。

「他意はないって……」

 ――家に来いって、あたし的には色々と……。

 告白をしたあとなので、互いの気持ちは通じている。その状況で抜折羅の家で二人きりとなると、変に緊張してしまうではないか。

 ――抜折羅が基本的には仕事バカで恋愛ごとへの関心が低い真面目男だとは思っているけど……。

『フレイムブラッドの娘よ、バサラの我が儘に付き合ってやれ』

 返事にきゅうしていると、耳元で別の声がする。か細く聞き取りにくい声は日本語のイントネーションが少しおかしい。

 ――この癖のある喋り方は……。

「ホープ?」
『バサラなりの埋め合わせのつもりなのだ。貴様もまんざらではないのだろう?』
「馬鹿、お前、出てくるなっ! こういうときだけ日本語とかズルくないかっ!?」

 何食わぬ顔で事務的に対応することが多い抜折羅にしては珍しく慌てている。

 ――他意、あるじゃない。

 紅は思わず笑ってしまう。
 ホープに構っているときは年相応の少年であることがよくわかって面白い。いかに普段、自分を抑制しているのかが窺い知れる。

 ――ホープがそう言っているなら、この誘いは乗っておきますか。

「――えっと……抜折羅、あたしに色々と教えてくれる?」

 紅が問うと、抜折羅はホープに向けていた意識をこちらに戻した。

「紅が俺に望むなら」

 抜折羅の頬が赤い。

「じゃあ、よろしく頼むわ」

 飛びっきりの笑顔を抜折羅に向ける。彼が頑張って自分との時間を捻出しようとしてくれていることが素直に嬉しい。

「あ、でも一度家には戻らせて。勉強道具揃えたいし、着替えとかお泊まりセットとか必要だし」

「そうだな。紅の家族にも何らかの断りを入れておかないと、拉致らちしたことになってしまう。それは不本意だ」
「そこはまぁ、どうにかしましょ」

 かくして、紅は抜折羅の住むタリスマンオーダー社日本支部にて、強化合宿をすることになったのだった。
 
 
(第五章 血玉髄は太陽を追って 完)

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