116 / 309
血玉髄は太陽を追って
*8* 10月11日金曜日、夕方
しおりを挟む
星章邸を出て、交流棟のホールに〝氷雪の精霊〟を設置し直したあと。
紅は抜折羅と一緒に夕暮れの街を歩いていた。さっきまで他の人間もいたのだが、どうにかこうにか追い払って二人きりの時間を手に入れたところである。
――やれやれ、これで心置きなく文句を言えるわね。
「抜折羅、勝手な約束をしないでくれる? しかも、向日先輩まで混じることになってるし」
紆余曲折いろいろあってレギュレーションが詰められ、参加者と内容が決められた。
問題は抜折羅が作成し、設問は英文、記述問題は解答も英文とすること。選択問題もあるが、完全解答で複数の答えを選択する形式であること。
テストの実施日は、参加者が増えた都合で当初予定していた十三日から、その翌日である十四日の昼に延期され、会場は星章邸の食堂に決まった。
「別に構わないじゃないか。誰が参加しようと」
しれっと抜折羅が言ってくる。
参加者は紅、遊輝、蒼衣、将人、陽太の五名で、一位になった者には一つだけ願いを叶える権利がやってくる。血を流すことのない平和的解決手段ではあるが、どうにも紅には受け入れがたいのだ。
――そういう問題じゃないのよ。
紅は押している自転車のハンドルを強く握り締めた。
「抜折羅はあたしが景品扱いされている件については何とも思わないの!?」
誰が一位を取ったとしても、紅には面白くない。遊輝が一位になれば蒼衣という抑止力を失うことになるし、蒼衣が一位になれば遊輝が出入りする美術部に行きづらくなる。将人が一位になれば蒼衣との婚約を解消することになり、陽太が一位になれば抜折羅は紅に構う時間を削って仕事に専念することになるのだ。
「良いじゃないか。紅が一位になれば、すべてを流せる権利が手に入るわけだし」
「あたしにやれると思っているのっ!? 言っておくけどあたし、英語できないわよ?」
「案ずるな。俺が仕込んでやるから」
試験を受けるのは紅だというのに、どうして抜折羅はこんなに楽観視できるのだろう。その自信がどこから湧いてくるのかよくわからない。
――ってか、星章先輩と白浪先輩の実力を侮ってない? 何の基礎知識もないような状況で、しかも英文って、あたしをなんだと思っているわけ??
だが、懸念材料はこれだけではない。
「でも、時間が……それに、中間テストも十五日からなんだけど……?」
そう。十月十五日からは中間テストが始まるのだ。ただでさえテスト勉強をせねばならない状況であるのに、鉱物・宝石知識を詰め込む余力など果たしてあるのだろうか。
「まとめて教えてやるよ。ちょうど三連休じゃないか。時間はたっぷりある」
どうしてそんなに不安がるのだろうかと言いたげな顔で抜折羅は返してくる。危機感の欠片もない。
――抜折羅の成績が良いのは知っているけどさぁ……。
アメリカに帰国していた間のブランクなど、抜折羅にはどうということはないのだろう。理数系科目については大学生レベルであることは、彼が持つ宝石学資格から明らかであるし、語学力は言わずもがな。そうなると国語と社会をカバーできれば中間テストは乗り切れるわけで、紅と比べれば対策範囲は狭い。
「どこにたっぷりあるって? 昼間だけだとそんな余裕ないわよ。移動のことも考えると、それほど時間は――」
指摘していると、抜折羅にきょとんとされた。そして台詞に割り込まれる。
「何を言っている? これから、月曜の朝まで帰す気はないぞ?」
「……え、うっ!?」
抜折羅の発言を疑って、紅は驚きのあまり台詞を詰まらせて立ち止まる。
彼は紅と向き合った。
「中間テストの範囲をおさらいする必要があるし、行ったり来たりするのは面倒だ。なに、効率を優先した判断だ。他意はない」
大真面目な顔をしている。本気でそう考えているのだろう。
「他意はないって……」
――家に来いって、あたし的には色々と……。
告白をしたあとなので、互いの気持ちは通じている。その状況で抜折羅の家で二人きりとなると、変に緊張してしまうではないか。
――抜折羅が基本的には仕事バカで恋愛ごとへの関心が低い真面目男だとは思っているけど……。
『フレイムブラッドの娘よ、バサラの我が儘に付き合ってやれ』
返事に窮していると、耳元で別の声がする。か細く聞き取りにくい声は日本語のイントネーションが少しおかしい。
――この癖のある喋り方は……。
「ホープ?」
『バサラなりの埋め合わせのつもりなのだ。貴様もまんざらではないのだろう?』
「馬鹿、お前、出てくるなっ! こういうときだけ日本語とかズルくないかっ!?」
何食わぬ顔で事務的に対応することが多い抜折羅にしては珍しく慌てている。
――他意、あるじゃない。
紅は思わず笑ってしまう。
ホープに構っているときは年相応の少年であることがよくわかって面白い。いかに普段、自分を抑制しているのかが窺い知れる。
――ホープがそう言っているなら、この誘いは乗っておきますか。
「――えっと……抜折羅、あたしに色々と教えてくれる?」
紅が問うと、抜折羅はホープに向けていた意識をこちらに戻した。
「紅が俺に望むなら」
抜折羅の頬が赤い。
「じゃあ、よろしく頼むわ」
飛びっきりの笑顔を抜折羅に向ける。彼が頑張って自分との時間を捻出しようとしてくれていることが素直に嬉しい。
「あ、でも一度家には戻らせて。勉強道具揃えたいし、着替えとかお泊まりセットとか必要だし」
「そうだな。紅の家族にも何らかの断りを入れておかないと、拉致したことになってしまう。それは不本意だ」
「そこはまぁ、どうにかしましょ」
かくして、紅は抜折羅の住むタリスマンオーダー社日本支部にて、強化合宿をすることになったのだった。
(第五章 血玉髄は太陽を追って 完)
紅は抜折羅と一緒に夕暮れの街を歩いていた。さっきまで他の人間もいたのだが、どうにかこうにか追い払って二人きりの時間を手に入れたところである。
――やれやれ、これで心置きなく文句を言えるわね。
「抜折羅、勝手な約束をしないでくれる? しかも、向日先輩まで混じることになってるし」
紆余曲折いろいろあってレギュレーションが詰められ、参加者と内容が決められた。
問題は抜折羅が作成し、設問は英文、記述問題は解答も英文とすること。選択問題もあるが、完全解答で複数の答えを選択する形式であること。
テストの実施日は、参加者が増えた都合で当初予定していた十三日から、その翌日である十四日の昼に延期され、会場は星章邸の食堂に決まった。
「別に構わないじゃないか。誰が参加しようと」
しれっと抜折羅が言ってくる。
参加者は紅、遊輝、蒼衣、将人、陽太の五名で、一位になった者には一つだけ願いを叶える権利がやってくる。血を流すことのない平和的解決手段ではあるが、どうにも紅には受け入れがたいのだ。
――そういう問題じゃないのよ。
紅は押している自転車のハンドルを強く握り締めた。
「抜折羅はあたしが景品扱いされている件については何とも思わないの!?」
誰が一位を取ったとしても、紅には面白くない。遊輝が一位になれば蒼衣という抑止力を失うことになるし、蒼衣が一位になれば遊輝が出入りする美術部に行きづらくなる。将人が一位になれば蒼衣との婚約を解消することになり、陽太が一位になれば抜折羅は紅に構う時間を削って仕事に専念することになるのだ。
「良いじゃないか。紅が一位になれば、すべてを流せる権利が手に入るわけだし」
「あたしにやれると思っているのっ!? 言っておくけどあたし、英語できないわよ?」
「案ずるな。俺が仕込んでやるから」
試験を受けるのは紅だというのに、どうして抜折羅はこんなに楽観視できるのだろう。その自信がどこから湧いてくるのかよくわからない。
――ってか、星章先輩と白浪先輩の実力を侮ってない? 何の基礎知識もないような状況で、しかも英文って、あたしをなんだと思っているわけ??
だが、懸念材料はこれだけではない。
「でも、時間が……それに、中間テストも十五日からなんだけど……?」
そう。十月十五日からは中間テストが始まるのだ。ただでさえテスト勉強をせねばならない状況であるのに、鉱物・宝石知識を詰め込む余力など果たしてあるのだろうか。
「まとめて教えてやるよ。ちょうど三連休じゃないか。時間はたっぷりある」
どうしてそんなに不安がるのだろうかと言いたげな顔で抜折羅は返してくる。危機感の欠片もない。
――抜折羅の成績が良いのは知っているけどさぁ……。
アメリカに帰国していた間のブランクなど、抜折羅にはどうということはないのだろう。理数系科目については大学生レベルであることは、彼が持つ宝石学資格から明らかであるし、語学力は言わずもがな。そうなると国語と社会をカバーできれば中間テストは乗り切れるわけで、紅と比べれば対策範囲は狭い。
「どこにたっぷりあるって? 昼間だけだとそんな余裕ないわよ。移動のことも考えると、それほど時間は――」
指摘していると、抜折羅にきょとんとされた。そして台詞に割り込まれる。
「何を言っている? これから、月曜の朝まで帰す気はないぞ?」
「……え、うっ!?」
抜折羅の発言を疑って、紅は驚きのあまり台詞を詰まらせて立ち止まる。
彼は紅と向き合った。
「中間テストの範囲をおさらいする必要があるし、行ったり来たりするのは面倒だ。なに、効率を優先した判断だ。他意はない」
大真面目な顔をしている。本気でそう考えているのだろう。
「他意はないって……」
――家に来いって、あたし的には色々と……。
告白をしたあとなので、互いの気持ちは通じている。その状況で抜折羅の家で二人きりとなると、変に緊張してしまうではないか。
――抜折羅が基本的には仕事バカで恋愛ごとへの関心が低い真面目男だとは思っているけど……。
『フレイムブラッドの娘よ、バサラの我が儘に付き合ってやれ』
返事に窮していると、耳元で別の声がする。か細く聞き取りにくい声は日本語のイントネーションが少しおかしい。
――この癖のある喋り方は……。
「ホープ?」
『バサラなりの埋め合わせのつもりなのだ。貴様もまんざらではないのだろう?』
「馬鹿、お前、出てくるなっ! こういうときだけ日本語とかズルくないかっ!?」
何食わぬ顔で事務的に対応することが多い抜折羅にしては珍しく慌てている。
――他意、あるじゃない。
紅は思わず笑ってしまう。
ホープに構っているときは年相応の少年であることがよくわかって面白い。いかに普段、自分を抑制しているのかが窺い知れる。
――ホープがそう言っているなら、この誘いは乗っておきますか。
「――えっと……抜折羅、あたしに色々と教えてくれる?」
紅が問うと、抜折羅はホープに向けていた意識をこちらに戻した。
「紅が俺に望むなら」
抜折羅の頬が赤い。
「じゃあ、よろしく頼むわ」
飛びっきりの笑顔を抜折羅に向ける。彼が頑張って自分との時間を捻出しようとしてくれていることが素直に嬉しい。
「あ、でも一度家には戻らせて。勉強道具揃えたいし、着替えとかお泊まりセットとか必要だし」
「そうだな。紅の家族にも何らかの断りを入れておかないと、拉致したことになってしまう。それは不本意だ」
「そこはまぁ、どうにかしましょ」
かくして、紅は抜折羅の住むタリスマンオーダー社日本支部にて、強化合宿をすることになったのだった。
(第五章 血玉髄は太陽を追って 完)
0
あなたにおすすめの小説
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
男が少ない世界に転生して
美鈴
ファンタジー
※よりよいものにする為に改稿する事にしました!どうかお付き合い下さいますと幸いです!
旧稿版も一応残しておきますがあのままいくと当初のプロットよりも大幅におかしくなりましたのですいませんが宜しくお願いします!
交通事故に合い意識がどんどん遠くなっていく1人の男性。次に意識が戻った時は病院?前世の一部の記憶はあるが自分に関する事は全て忘れた男が転生したのは男女比が異なる世界。彼はどの様にこの世界で生きていくのだろうか?それはまだ誰も知らないお話。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
【完結】『大江戸妖怪診療所~奇病を治すは鬼の医者~』
月影 朔
歴史・時代
江戸の町外れ、鬼灯横丁で「玄庵診療所」を営むのは、人間離れした美貌を持つ謎の医師・玄庵。常人には視えぬ妖怪や穢れを視る力で、奇病に苦しむ人間や妖怪たちを癒やしています。ひょんなことから助手を務めることになった町娘のおみつは、妖怪の存在に戸惑いながらも、持ち前の行動力と共感力で玄庵の治療を手伝い、彼と共に成長していきます。
飄々とした情報屋の古狐妖怪・古尾や、言葉を解する化け猫・玉藻など、個性豊かな面々が診療所を彩ります。玄庵の過去にまつわる深い謎、人間と妖怪の間に立つ退魔師・竜胆との衝突、そして世界を混乱に陥れる「穢れ」の存在。様々な事件を通して、人間と妖怪の間に紡がれる絆と、未来への希望が描かれる、和風ファンタジー医療譚です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる