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【番外編】必要なのは夢魔を祓う石(R-15)
★13★ 12月7日土曜日、午後
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昼食は予約の時間までに到着できた。サンシャイン60スカイレストランの景色の良いお店での食事。星章蒼衣に美味しいものを食べさせてもらっているのだろうと、ロケーションにこだわって予約してみたのだが、それなりに功を奏したようだ。
――一時はどうなるかと焦ったが、概ね予定通りか……。
すでにステーションワゴンの車内であり、帰路についている。昼食を終えて一息ついたのち、帰ることにしたのだ。このあとは期末テストに向けた勉強が待っている。
コツンと左肩に何かが当たる感触がして頭だけを動かすと、紅の寝顔が目に入った。妙に静かだと思っていたら、眠ってしまっていたらしい。抜折羅の肩を枕代わりにしてスヤスヤと寝息を立てている。
――だいぶ気を許してくれているようだな。
頬に掛かるセミロングの髪の毛を指先で払ってやる。すると彼女はくすぐったそうに表情を変えて、唇を動かした。
「……抜折羅……大好き……」
「っ!?」
不意に囁かれた台詞に、抜折羅は気が動転した。紅からこんなふうな言葉で気持ちを告げられたことがなかったからだ。
幸せそうに微笑まれてしまうと、なおさら自身を抑えにくかった。彼女に触れたいという欲望は日に日に増しているのだ。無防備な今の状況に乗じたくなる。
――紅、俺はお前が欲しい……。
気の迷いだと自分を説得することはできるはずだ。だのに、紅の穏やかな寝顔を見ていると、この機会を逃すべきではないと感じてしまう。
自由な右手が紅を求めて近付いていく。彼女を起こすことのないように、ゆっくりと慎重に。
「――バサラ坊ちゃん? 寝ている女性に手を出すのは、紳士として如何なものかと思いますが?」
流暢な英語は運転席から響く。その台詞に、抜折羅は紅に触れかけていた右手を慌てて引っ込めた。
「……す、するわけがないでしょう?」
返す英語に言いよどむ。基本的に無口で、一緒にいても傍観することを選びがちな執事のトパーズからの指摘に吃驚したのだ。
「どうでしょうかね? 以前あなたは、私の目があるというのに、彼女に迫っていたではありませんか」
「あ、あれは、その……勢いと成り行きで……」
やはり見られていたらしい。直接的な言い方はされなかったものの、あの出来事のあとに彼から「女性のエスコートの仕方くらい覚えなさい」と叱られたのだから、薄々気付いてはいたのだが。
「あなた方が恋仲となって愛を育むことについては、私は口を出すつもりはありません。しかし、節度やモラルは守っていただきたいものですね」
「……忠告はありがたく思いますよ。最近は自分をうまくコントロールできないものですから」
正直な気持ちを白状する。
あの出来事――紅とこの車内でディープキスをしたあの夜、自分の中にある獰猛な感情の存在を認めてしまっていた。欲望を煽る、本能の存在。
日常生活を送っている分には理性ですべてをコントロールできる自信がある。動揺していても、それを表に出さないスキルは磨いてきたつもりだ。
――なのに、紅の前だとそれが難しくなっている……。
自分の中での大きな変化に戸惑っている。どのように対処するものなのか見当がつかないので不安なのだ。
「それは仕方がないことですよ、坊ちゃん。心から愛している女性に対して欲求を覚えることは自然なことなのですから。大人になりつつあるということでしょう」
「…………」
トパーズにそういうことを説明されると気恥ずかしい。彼から英語や宝石学知識など、ウィストン家の一員として必要な教育を施された抜折羅ではあるが、こんな話までされることになるとは思わなかった。
抜折羅が黙っていると、トパーズは続ける。
「また、あなたが紅お嬢さまを大切にしたいと考えていることもわかりますよ。できる限り彼女を尊重し、自分本位な扱いをしたくないという意識を、私は強く感じておりますから。それ故に、あなた方が不要に傷付け合うのを防ぎたいと願ってしまうのです。私は坊ちゃんの味方でありたいのですよ?」
「俺はあなたを味方だと思っていますよ? 頼りにしているのですから」
実質的に、渡米してからの抜折羅はほぼトパーズとともに行動している。先生として、付き人として、彼はずっと見守ってきてくれた。一緒に過ごしている時間は養父母よりも確実に長く、その所為もあるのか抜折羅は彼を慕っているつもりだった。困ったことがあれば彼に相談をするし、助けて欲しいときは彼を頼る。そういう相手だ。
トパーズは抜折羅の返答に何を感じたのか、ほっとしたように微笑んだ。
「あなたの成長を身近で拝見できることが、こんなに嬉しいことだとは想像すらしておりませんでした。このような感情を覚えてしまうだなんて、私も老け込んだものですね」
「って、トパーズはまだ二十代じゃ……?」
イギリス人だという彼の見た目は若々しい。正確な年齢は知らないのだが、一回りも年上ではないんじゃなかろうかと抜折羅は見積もっていた。
「さぁ、どうでしたかね。想像にお任せしますよ」
どこか楽しげだ。
――トパーズが信用できる人間だとは思っているが、とことん秘密主義なんだよな……。
大抵のことならスマートにこなす有能な執事であるのは認めるが、素性は謎に包まれている。イギリス生まれで、貴族の血をひいているらしいこと以外、本名も含めて明かされていないのだ。
はぐらかされたあとは、互いに無口のままで。抜折羅たちを乗せたステーションワゴンはまもなく八王子市内に入る。
――一時はどうなるかと焦ったが、概ね予定通りか……。
すでにステーションワゴンの車内であり、帰路についている。昼食を終えて一息ついたのち、帰ることにしたのだ。このあとは期末テストに向けた勉強が待っている。
コツンと左肩に何かが当たる感触がして頭だけを動かすと、紅の寝顔が目に入った。妙に静かだと思っていたら、眠ってしまっていたらしい。抜折羅の肩を枕代わりにしてスヤスヤと寝息を立てている。
――だいぶ気を許してくれているようだな。
頬に掛かるセミロングの髪の毛を指先で払ってやる。すると彼女はくすぐったそうに表情を変えて、唇を動かした。
「……抜折羅……大好き……」
「っ!?」
不意に囁かれた台詞に、抜折羅は気が動転した。紅からこんなふうな言葉で気持ちを告げられたことがなかったからだ。
幸せそうに微笑まれてしまうと、なおさら自身を抑えにくかった。彼女に触れたいという欲望は日に日に増しているのだ。無防備な今の状況に乗じたくなる。
――紅、俺はお前が欲しい……。
気の迷いだと自分を説得することはできるはずだ。だのに、紅の穏やかな寝顔を見ていると、この機会を逃すべきではないと感じてしまう。
自由な右手が紅を求めて近付いていく。彼女を起こすことのないように、ゆっくりと慎重に。
「――バサラ坊ちゃん? 寝ている女性に手を出すのは、紳士として如何なものかと思いますが?」
流暢な英語は運転席から響く。その台詞に、抜折羅は紅に触れかけていた右手を慌てて引っ込めた。
「……す、するわけがないでしょう?」
返す英語に言いよどむ。基本的に無口で、一緒にいても傍観することを選びがちな執事のトパーズからの指摘に吃驚したのだ。
「どうでしょうかね? 以前あなたは、私の目があるというのに、彼女に迫っていたではありませんか」
「あ、あれは、その……勢いと成り行きで……」
やはり見られていたらしい。直接的な言い方はされなかったものの、あの出来事のあとに彼から「女性のエスコートの仕方くらい覚えなさい」と叱られたのだから、薄々気付いてはいたのだが。
「あなた方が恋仲となって愛を育むことについては、私は口を出すつもりはありません。しかし、節度やモラルは守っていただきたいものですね」
「……忠告はありがたく思いますよ。最近は自分をうまくコントロールできないものですから」
正直な気持ちを白状する。
あの出来事――紅とこの車内でディープキスをしたあの夜、自分の中にある獰猛な感情の存在を認めてしまっていた。欲望を煽る、本能の存在。
日常生活を送っている分には理性ですべてをコントロールできる自信がある。動揺していても、それを表に出さないスキルは磨いてきたつもりだ。
――なのに、紅の前だとそれが難しくなっている……。
自分の中での大きな変化に戸惑っている。どのように対処するものなのか見当がつかないので不安なのだ。
「それは仕方がないことですよ、坊ちゃん。心から愛している女性に対して欲求を覚えることは自然なことなのですから。大人になりつつあるということでしょう」
「…………」
トパーズにそういうことを説明されると気恥ずかしい。彼から英語や宝石学知識など、ウィストン家の一員として必要な教育を施された抜折羅ではあるが、こんな話までされることになるとは思わなかった。
抜折羅が黙っていると、トパーズは続ける。
「また、あなたが紅お嬢さまを大切にしたいと考えていることもわかりますよ。できる限り彼女を尊重し、自分本位な扱いをしたくないという意識を、私は強く感じておりますから。それ故に、あなた方が不要に傷付け合うのを防ぎたいと願ってしまうのです。私は坊ちゃんの味方でありたいのですよ?」
「俺はあなたを味方だと思っていますよ? 頼りにしているのですから」
実質的に、渡米してからの抜折羅はほぼトパーズとともに行動している。先生として、付き人として、彼はずっと見守ってきてくれた。一緒に過ごしている時間は養父母よりも確実に長く、その所為もあるのか抜折羅は彼を慕っているつもりだった。困ったことがあれば彼に相談をするし、助けて欲しいときは彼を頼る。そういう相手だ。
トパーズは抜折羅の返答に何を感じたのか、ほっとしたように微笑んだ。
「あなたの成長を身近で拝見できることが、こんなに嬉しいことだとは想像すらしておりませんでした。このような感情を覚えてしまうだなんて、私も老け込んだものですね」
「って、トパーズはまだ二十代じゃ……?」
イギリス人だという彼の見た目は若々しい。正確な年齢は知らないのだが、一回りも年上ではないんじゃなかろうかと抜折羅は見積もっていた。
「さぁ、どうでしたかね。想像にお任せしますよ」
どこか楽しげだ。
――トパーズが信用できる人間だとは思っているが、とことん秘密主義なんだよな……。
大抵のことならスマートにこなす有能な執事であるのは認めるが、素性は謎に包まれている。イギリス生まれで、貴族の血をひいているらしいこと以外、本名も含めて明かされていないのだ。
はぐらかされたあとは、互いに無口のままで。抜折羅たちを乗せたステーションワゴンはまもなく八王子市内に入る。
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