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【番外編】不機嫌なブルーサファイア(R-18)

*1* 12月16日月曜日、放課後

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 十二月十六日月曜日。期末テストの全日程が終了した放課後。火群ほむらこうは宝杖学院に隣接して建つ西洋風の屋敷――星章せいしょう邸の一室にいた。幼なじみで婚約者である星章蒼衣あおいに呼ばれて、クリスマスパーティーで着るドレスの調整をしているところだ。
 客室として使われている部屋はカーテンが閉められ、紅とこの屋敷で働く若い女性の使用人と二人きりで、他に人はいない。
 準備されたキャスター付きのハンガーラックには様々なデザインのイブニングドレスが吊り下げられ、それに合わせた小物類も隣のテーブルに並べられている。そのどれもが紅のために用意されたものだ。成長する度に新調され、今年に入ってからは選べるデザインも増えている。ドレスは赤系統で揃えられているのだが、材質や形状により印象は異なる。肌の露出が目立つ服が増えたのは、大人として認められる年齢になったということだろうか。

 ――だとしても、着るのに躊躇うデザインも増えたような……。

 軽く一〇着はあるだろうイブニングドレスを眺めながら、使用人の青葉あおばに胸まわりを測ってもらうと、彼女はうーんと唸った。青葉とは紅が中学生に上がって以降、ドレスの調整ではずっとお世話になっている。おそらく、最近の紅の成長を一番よく知っている人物になるはずだ。

「……どうかしました?」

 ショーツ一枚で立たされている紅は、豊満な胸を正面からじっと見つめている青葉に問う。

「まだまだ発育中なんですねぇ」

 恨めしそうな表情で、彼女は答えた。

「……太っただけですよ」

 ここのところ、ブラジャーが窮屈に感じられていたのだが、気のせいではなかったらしい。

「だとしても、ですよ?」

 告げて、青葉は紅のアンダーバストを巻き尺でささっと測る。そして何かを計算するように右手の指を折っていき、左手の指も折っていく。

「このトップとアンダーの差ですと、市販のブラジャーでは購入できないのではありませんか?」

 その指摘で、彼女が何を数えていたのか理解した。何カップに相当するのかを数えていたのだ。

「まだ通販で買えますっ」

 紅の胸は同じ学年の女子と比べて大きいというだけでなく、周囲の女性と比べても明らかに大きくて目立つ。視線を気にしているために、できるだけ身体のラインが出ない服装を心掛けているくらいだ。

「紅お嬢様が羨ましいです」

 青葉は自身の控え目な胸に両手を当てたあと、紅の胸に当てる。当てるだけに留まらず、ふにふにっと揉んだ。青葉の手のひらに収まりきれない豊かな丸い膨らみが形を変える。

「ひゃっ!? やめてくださいってば!!」

 慌てて手を払う。胸を隠すのも忘れない。

「女同士でも、そういうのはナシですよっ!!」
「柔らかくて気持ちのいい感触ですねぇ。さぞかし、蒼衣お坊っちゃんもお楽しみのことでしょうこと」

 両手をわきわきと動かす仕草がいやらしい。

「蒼衣に――蒼衣様とは、健全なお付き合いをさせていただいております! 妙な言い方をしないでくださいっ!!」

 『蒼衣兄様』と言いかけて、紅は慌てて言い直す。
 二人きりのときは『蒼衣兄様』と呼んでしまうことを許してくれる彼だが、婚約者である手前、使用人たちや他の知人たちの前では『蒼衣』と呼ぶように言いつけられている。幼なじみというだけだった頃は兄のように慕っていたため、物心がついたときにはすでに『蒼衣兄様』と呼んでいた。同じ学校に通うようになってからは、校内では『星章先輩』と呼んで少しばかり距離を取っていたこともある。それらの理由で、今は『蒼衣兄様』『蒼衣様』『星章先輩』を使い分けて呼んでいるのだが、どうしても呼び捨てにするには抵抗があった。

「おや、そうなんですか?」
「当然じゃないですかっ!! あたしたちは高校生なんですよ?」

 紅は十六歳、蒼衣は十八歳なので法律上は婚姻が可能な年齢だ。だが、結婚はせめて高校を卒業するまで待って欲しいと頼んだため、現在は婚約者という立場で猶予を得ている状態である。蒼衣としてはすぐにでも紅を妻として迎えたいようなのだが、彼からの愛情を知っていても受け入れることができなくて、先延ばしにしてもらったのだ。
 婚約を破棄できるだけの理由を用意して説得ができなければ、紅は蒼衣との結婚を受け入れねばならない。紅の十六の誕生日に想いを打ち明けられて無理やり婚約させられたが、兄としてしか見ることのできない蒼衣と結ばれる日が来るなど、想像できないし認めたくなかった。

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