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【番外編】不機嫌なブルーサファイア(R-18)
*9*
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「兄様……?」
様子に変化があった。蒼衣は紅の顔を覗きながら続ける。
「貴女が穢れを知らない無垢な身体であることは理解できました。――少々躾が過ぎたようですね。私は貴女が誰かに純潔を捧げたのではないかと疑っていたのですが……」
紅は小さく頭を振る。
「非道いです、兄様。あたし、まだ抜折羅にも触れさせてなかったのに……」
ハプニングで軽く触れられたことはあるが、それらを除けば抜折羅に直接肌を触られたことはない。だからこんなことになってしまって悲しかった。
「そのようですね」
申し訳なさそうに告げて視線を外すと、彼はようやく紅から離れる。すぐには手が届かない位置に移動して、蒼衣は紅を見た。
「貴女を泣かせてしまったことの詫びとして、もう一度貴女に誓います。無理に貴女に触れようとはしない、と。誓いを破った場合は婚約を破棄できるように手配しましょう」
――婚約の破棄……?
婚約者という立場を有利に使ってきた蒼衣からの意外な提案に、紅は素直に驚いた。そこは絶対に譲らないところだと思っていたのに。
蒼衣は必死な形相で続ける。
「――ですから、紅。私を避けないでください。貴女に会えなくなかったら、全財産を使ってでも見つけ出して、貴女を縛り付けたくなる。貴女を壊してでも、近くに置いておきたくなるのです。その衝動を抑えられる自信はありません。協力していただけませんか?」
「…………」
すぐに返事ができなかった。ここで拒否をしたら、彼は無理やり奪うことを選択するだろう。壊してでも、自分のものにしたいとどこかで願っているのだから。ただ、ここで頷いても、ことが起こるのが先延ばしになってしまうだけで何の解決にもならない気がする。
――ねぇ、兄様。あたしたちは仲の良い兄妹のような幼なじみには戻れないのですか?
あまり人を頼ることを好まない紅にとって、蒼衣は唯一頼ることを躊躇わない相手だった。どんなことでも耳を傾けてくれたし、いつだって手を貸してくれた。ずっと慕っていたのだ。兄のような存在として、実の兄以上に頼りにしていたのに。
――あの頃の関係のままではいけなかったの?
蒼衣の気持ちに気付けなかった。彼も自分を妹のように思い、可愛がってくれているのだと信じ込んでいたのだから。その関係の心地よさに溺れて、無意識に見て見ぬ振りを続けてきてしまったに違いない。いつから彼が紅を娶りたいと考えていたのか、知らずにここまで来てしまったことが悔やまれる。
「紅?」
返事を促される。黙ったままうやむやにしてしまうのが一番選んではならないものだとはわかっている。今、意志を貫かなければ、もう選択する機会は得られない。
紅は毛布で胸元を隠しながら上体を起こすと、蒼衣をじっと見つめた。
「……蒼衣兄様が、今まで通りの優しいお兄様でいてくださるなら、あたしはあなたから逃げたりしません。ですから、無理強いはしないと、約束を違えたときには婚約を破棄すると、心から誓っていただけますか?」
「はい。誓います、紅」
安心したように蒼衣は笑む。紅が知っている穏やかな彼だ。
「なら、あたしはできるだけ今まで通りに振る舞います。……しばらくは今日のことを引きずってぎこちなくなるでしょうけど、そのくらいは了承いただけますよね?」
あれだけのことをされたのだ。なかったことになどできるわけがない。かなりショックだった。今、冷静を装って喋れることが不思議でたまらないくらいには。
「えぇ……それは避けられないことでしょうから」
一応は反省してくれているようだ。申し訳ない気持ちが台詞や態度から透けて見える。
「その返事が聞けて安心しました」
もう襲ってくることはないだろう。その意志を示すために、彼は距離を取ってくれた。もう一度、彼を信じたい。
――ただ、あたしがここで彼を怒らせなければ、でしょうけど……。
様子に変化があった。蒼衣は紅の顔を覗きながら続ける。
「貴女が穢れを知らない無垢な身体であることは理解できました。――少々躾が過ぎたようですね。私は貴女が誰かに純潔を捧げたのではないかと疑っていたのですが……」
紅は小さく頭を振る。
「非道いです、兄様。あたし、まだ抜折羅にも触れさせてなかったのに……」
ハプニングで軽く触れられたことはあるが、それらを除けば抜折羅に直接肌を触られたことはない。だからこんなことになってしまって悲しかった。
「そのようですね」
申し訳なさそうに告げて視線を外すと、彼はようやく紅から離れる。すぐには手が届かない位置に移動して、蒼衣は紅を見た。
「貴女を泣かせてしまったことの詫びとして、もう一度貴女に誓います。無理に貴女に触れようとはしない、と。誓いを破った場合は婚約を破棄できるように手配しましょう」
――婚約の破棄……?
婚約者という立場を有利に使ってきた蒼衣からの意外な提案に、紅は素直に驚いた。そこは絶対に譲らないところだと思っていたのに。
蒼衣は必死な形相で続ける。
「――ですから、紅。私を避けないでください。貴女に会えなくなかったら、全財産を使ってでも見つけ出して、貴女を縛り付けたくなる。貴女を壊してでも、近くに置いておきたくなるのです。その衝動を抑えられる自信はありません。協力していただけませんか?」
「…………」
すぐに返事ができなかった。ここで拒否をしたら、彼は無理やり奪うことを選択するだろう。壊してでも、自分のものにしたいとどこかで願っているのだから。ただ、ここで頷いても、ことが起こるのが先延ばしになってしまうだけで何の解決にもならない気がする。
――ねぇ、兄様。あたしたちは仲の良い兄妹のような幼なじみには戻れないのですか?
あまり人を頼ることを好まない紅にとって、蒼衣は唯一頼ることを躊躇わない相手だった。どんなことでも耳を傾けてくれたし、いつだって手を貸してくれた。ずっと慕っていたのだ。兄のような存在として、実の兄以上に頼りにしていたのに。
――あの頃の関係のままではいけなかったの?
蒼衣の気持ちに気付けなかった。彼も自分を妹のように思い、可愛がってくれているのだと信じ込んでいたのだから。その関係の心地よさに溺れて、無意識に見て見ぬ振りを続けてきてしまったに違いない。いつから彼が紅を娶りたいと考えていたのか、知らずにここまで来てしまったことが悔やまれる。
「紅?」
返事を促される。黙ったままうやむやにしてしまうのが一番選んではならないものだとはわかっている。今、意志を貫かなければ、もう選択する機会は得られない。
紅は毛布で胸元を隠しながら上体を起こすと、蒼衣をじっと見つめた。
「……蒼衣兄様が、今まで通りの優しいお兄様でいてくださるなら、あたしはあなたから逃げたりしません。ですから、無理強いはしないと、約束を違えたときには婚約を破棄すると、心から誓っていただけますか?」
「はい。誓います、紅」
安心したように蒼衣は笑む。紅が知っている穏やかな彼だ。
「なら、あたしはできるだけ今まで通りに振る舞います。……しばらくは今日のことを引きずってぎこちなくなるでしょうけど、そのくらいは了承いただけますよね?」
あれだけのことをされたのだ。なかったことになどできるわけがない。かなりショックだった。今、冷静を装って喋れることが不思議でたまらないくらいには。
「えぇ……それは避けられないことでしょうから」
一応は反省してくれているようだ。申し訳ない気持ちが台詞や態度から透けて見える。
「その返事が聞けて安心しました」
もう襲ってくることはないだろう。その意志を示すために、彼は距離を取ってくれた。もう一度、彼を信じたい。
――ただ、あたしがここで彼を怒らせなければ、でしょうけど……。
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