宝石の呪いで逆ハーになりましたが、やっぱり嬉しくありません!

一花カナウ

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【番外編】Happy Happy Valentine's Day !!

◯7◯ 2月14日金曜日、16時半過ぎ【A】

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 白浪しらなみ遊輝ゆうきは自分が所属している教室に戻ってきていた。

「思ったより早かったのね。あなたのことだから、美術室で描いてくるかと想像していたのに」

 声を掛けてきたのは宮古澤みやこざわあやだった。彼女の足元には紙袋。一時間ほど前に別れたときよりラッピングされた箱が増えている。二年F組の教室には珍しく人がおらず、彩と二人きりだ。

「次に行くところがあるんだってさ。まぁ、僕も君を待たせていた訳だから、これはこれで良かったんだと思うことにするよ」

 遊輝は彩に近付いて、手提げ袋の回収に向かう。

「僕の荷物、運ばせてしまったね。重かったんじゃない?」
「あなたに向けられる愛情の重さは感じ取れたわ」
「ふふ。その分だけお返しが大変だよ」

 彼女の正面に立つと、遊輝は紅から預かっていた淡い緋色の紙袋を差し出す。

「これ、こうちゃんから。僕にお使いを頼むだなんて、すごいと思わない?」
「あら。火群ほむらさんもやるのね」
「お使いは彩ちゃんからの依頼だけで間に合ってるよー。あと、生徒会絡みのお仕事ね」

 肩を竦めておどけて見せる。遊輝は彩に弱みを握られているわけではないのだが、彼女にはほとんど逆らわない。持ちつ持たれつの関係が心地良いのだ。

「あなたって、妙なところで几帳面さを発揮するのよね。普段はふわふわっと感性で生きている人なのに」

 彩の台詞は、これから遊輝がお返しのために行動することを指しているのだろう。毎年恒例になっているので、今年の五回目となれば意識しなくても覚えてしまっているに違いない。

「敵を作りたくないからね。僕という人間は本能的にみんなから愛されたいんだよ」
「一番愛されたい人に拒否されているように見えるけど?」

 彼女の台詞には呆れの気持ちが透けて取れる。

「あれは照れ隠し。本当に僕のことを嫌っていたら、触れさせてもくれないよ」
「すごい自信ね」
「ふふ。僕の取り柄」

 彩はクスッと笑う。こんなふうに笑う彼女は二人きりの時にしか見掛けないように遊輝は思う。

 ――みんなの前でも笑えば良いのに。勿体ない。

 他の女の子を口説くときにはすぐに言える台詞。でも、彩に上手く言えないのはどうしてだろう。

「火群さんにはメールで礼を言っておくわ。遊輝から受け取ったって」

 少しだけ沈黙があって、彩は紅からのバレンタイン用クッキーを示しながら言う。

「そうしてくれると助かるよ」

 自分の手提げ袋を拾い上げ、遊輝は学校指定のスクールバッグを置いた座席に戻る。荷物はたくさんあるが持って帰れないほどではない。

「さてと。僕は帰るね。波は去ったみたいだし」

 貰えるだろうと思っていた分の回収は終えている。帰ってしまっても、渡せなかったと悔やむ女の子はいないだろう。

「待って。早速貸しを取り戻したいんだけど良いかしら?」

 手提げ袋のバランスを調整していた遊輝の背に、彩は声を掛けた。

「ん? 今、ここで?」
「バレンタインの贈り物よ」
「彩ちゃんからっ!?」

 遊輝は彩の台詞ですぐに振り返った。差し出された彼女の手には桃色の小箱が載っている。

「こういうイベント、来年はできないでしょう? 美術科も三年生になれば、この時期お休みじゃない」
「確かにそうだけど――だけど、だよ。バレンタイン否定派の君が僕に渡すという、この類い稀なる状況を僕はどう解釈したらいいんだい?」

 そう茶化してみたものの、動揺しているのは遊輝自身よくわかっていた。付き合いは長いのだが、彩から貰ったことなど一度もない。そもそも、彼女が誰かにバレンタインの贈り物をしたという話も聞いたことがないのだ。
 彩は小箱を差し出したまま、視線を逸らす。彼女が照れているのだと理解するのに時間が掛かったのは、動揺していた所為だろうか。

「義理すら一度も渡していないのもどうかと思ったのよ。これを受け取ってくれるなら……貸しはなかったことにするわ」

 ――あぁ、僕はこの瞬間の女の子が好きなんだ。

 改めて自分の感情の揺れ動きを把握し、彼女でもこういう顔をするんだな、と遊輝は思う。

 ――女の子はみんな可愛くて、宝石みたいにとっても綺麗。砂糖菓子のように甘そうで、思わず味見をしたくなる……。

「――貸しのままでいいよ」

 告げて、小箱を優しく取る。彼女と目が合った。瞳が、何故、と問い掛ける。

「色気のあるお願いを言ってくれただけでもお釣りを出せそうなんだ。それ以上は受け取れないよ」
「でも、それだと……」
「だから、君は続けて僕にこう命じればいいんだ」

 言って、人差し指を自身の唇に当てる。

「今日のことは誰にも言わないで、って」

 にっこりと微笑むと、彼女の頬に朱が差した。夕暮れの光の所為ではないだろう。

「……わ、私は、そんな台詞は言わない」

 ぷいっと横を向くと、彼女は自分の席に戻ろうとする。

「じゃあ、言ったことにしてあげる」

 遊輝は彩の腕を掴む。すっと身体を引き寄せて、彼女の唇に人差し指をちょんと付けた。さっきまで自分の唇に当てていた指だ。
 つまり、間接キス。

「っ!?」
「君の唇を奪ってしまったら敵が増えそうだし、こんな感じで許してね」

 遊輝の腕の中から逃れた彩は真っ赤だった。

「……い、今まで、私のこと、女だと思っていないのかと……思ってた」

 驚きと困惑の気持ちが彼女のたどたどしい台詞からも充分に読み取れる。
 遊輝は微笑んだ。

「君は特別なんだよ。――そういえばさ、気付いてたかい? 彩ちゃんだけなんだよ、僕を遊輝って名前で呼んでくれる人。だから、身内みたいに思えちゃったんだろうね。僕なりに大切にしているつもりなんだけどな」

 彩に向けていた気持ちの正体がわかったような気がした。他の女の子とは違うように見ていたのは、別に外見の問題ではない。彼女だけが親しげに名前で呼んでくれたからだ。

「勘違いをしたくなるような台詞を言わないでくれる?」
「それは命令? それとも依頼?」
「……懇願よ」
「そっかぁ。君のお願いなら聞いておかないとね」

 言って、彼女から受け取った小箱を手提げ袋の一番上に置く。

「ホワイトデーのお返し、楽しみにしていてね。君の絵を描く理由ができて嬉しく思うよ」

 ホワイトデーのお返しは、くれた女の子の似顔絵入りカードに決めている。お菓子を返すには好みを把握する必要があると考えたため、自分の才能を活かしたプレゼントを――と思って辿り着いた贈り物だ。

「あ、あぁ、うん……」

 まだ彼女は平常心を取り戻せずにいるようだ。

 ――勇気を振り絞ってくれた彼女には、一生大事にしたくなるような絵を描きたいな。

「じゃあ、僕はお先に。一緒に出るのは得策じゃないよね?」

 途中まで送ってあげたい気持ちも湧いたが、如何せん目立ちすぎる。それに、彩にはもう少し時間が必要そうに見えた。

「そ……そうね。お先にどうぞ」
「彩ちゃんは気を付けて帰ってね。女の子の夜道の独り歩きは危険だからさ」
「心配してくれてありがとう」
「また来週」

 遊輝は荷物を持って教室を出る。窓の外は茜色。

 ――ふふ。家に帰るのが楽しみだなんて、久し振りの感覚だな。アトリエに戻ったら、紅ちゃんのクッキーを食べて、彩ちゃんの贈り物を確認しようっと。

 足音が浮かれているのを感じながら、遊輝は家路についたのだった。
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