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White Day's Rhapsody
◯15◯ 3月15日土曜日、未明
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再び黙っていると、陽太が続ける。
「――ユー? それはそれだとしても、火群ちゃんへの愛情を取るか、バサラへの友情を取るか、結局はどちらかだとオレは思うぞ」
「知っているよ」
わかっている、とは言えなかった。彼の意見はもっともだと思う。肯定の台詞だって返せる。
――でも。
遊輝は続ける。
「だけどさ、そういう未来を見せつけられて、素直に認められるような時代は終わっちゃったみたいなんだよね」
――あ、そっか……僕もあの頃とは違うんだ。
ある事実に気が付いた。なんで見えていなかったのだろう。
遊輝は空いていた右手を胸に当てる。少しだけ、充たされた気がした。
「おやおや? オレのところに来ている資料では、君は来る人拒まず去る人追わずってことになっているんだが、改めておこうか?」
陽太の問いに、遊輝は笑う。
「その必要はあるかも知れないね」
「……やっと認めたみたいだな」
ぼそりと呟かれた台詞。
「やっとって?」
「気にするな、こっちの話だ」
はぐらかされた。不都合があるとも思えないのだが、誘導する台詞が浮かばない。
――対決は本調子のときまでお預けだね……。
だいぶ長話になったので、そろそろ切り上げようと考える。そこで、重要なことが脳裏を過ぎった。今回の仕事の話だ。
「――あ、僕、ホテルから逃げ出して来ちゃったんだけど、契約不履行になるかい? 二人と顔を合わせづらいんだけど」
どういう対応をされるのか想像がつかない。金銭に関しては支払いを強く要求したいわけではない。やりたいことをやるには充分すぎる貯金がある。ただ、風向きが変わるのはとても困るのだ。紅との関係の変化を望む以上に、今の人間関係を維持したい気持ちは強い。
恐る恐る訊ねると、陽太は明るく答えた。
「帰路がそっちの負担になるだけで、あとは満額支払ってやるさ。観光でもしながら帰ってくればいい」
とても理想的な模範解答だと思う。
――だけど、僕が欲しいのはそんなことじゃない。
遊輝は情報を引き出すために続ける。
「おー、太っ腹だね。経営難で監査に来ているって抜折羅くんから聞いていたんだけど」
「ユーにはやって欲しいことがたくさんあるんで、ある程度の餌は用意するさ。だが、君の応援はできないね」
少しは釣れたようだが、なんとも判断に困る台詞だ。意味合いの確認を兼ねて大げさに演技をしてみる。
「僕を持ち駒の一つにしておきたいだなんて、ずい分と大胆な発言だね」
「わりとウィンウィンの関係を築けると思うんだがな。飲めないなら策を練るだけさ」
――ここでやめておくか……。
時折だが、陽太と接していると彼の中は愛情が欠落しているんじゃないかと感じられる。故に、どこまでも冷酷な判断を下し、目的のためなら人を簡単に裏切れるタイプに思えてしまう。
――冗談半分で楽しんでいるように見えている間は、踊らされているのが得策かな。
陽太の内が見えない。それは付き合いが浅いからではないだろう。巧妙に本心が隠されているせいだ。
遊輝は笑う。
「ふふっ、まぁ構わないよ。フリーでいられるなら、抜折羅くんの下に就くより都合が良さそうだし。僕は君にも興味があるんだ」
「興味、ね。オレの何を知りたいのか気にはなるが、あえて質問はしないでおこうか」
問わないのは、こちらの考えを見通せているからだと遊輝は察する。
陽太を敵に回してはならない――スティールハートの予知能力も告げている。仲良くしておくのが、少なくとも今の最適解だろう。
「ふふっ。君は好きな物を最後に食べるタイプみたいだね」
「さっさと美味しく食べてしまう君とは違うってことだよ」
この程度の趣味はすぐにばれることだ。驚きには価しない。しかし、好みや嗜好をきちんと把握しているようには映る。少なくとも、知ろうという姿勢は会話の節々から透けて見える。
出会って半年の付き合いだが、接している時間は短かったはず。基本的に自分を演出している遊輝は、それを見抜かれることを恐ろしく思っている。
――彼は何を握っているんだろう。僕がタリスマントーカーだから念入りに調査しているのか? だとしても、価値があるとは……。
陽太の眠そうな欠伸が聞こえてくる。
「報告はそれでおしまいだと思っていいかい? 一応、英文レポートを要求するけど、簡単な日誌で構わないよ。形式上の問題だから」
遊輝の思考の時間は、陽太の台詞で中断された。
「あぁ、うん。英文なんだね。月曜日の早朝くらいにはメールするよ」
タリスマンオーダー社の本社に提出するのであれば、英文レポートになるのは理解できるところだ。英語は得意なので苦には感じない。
「了解。――んじゃ、良い旅を」
「おやすみ、陽太くん」
良い旅を、とは、とんだ皮肉だと思う。傷心旅行も良いところだ。
――まぁ、眺めは良い場所だし、ロープウェイくらいは乗っておこうかな。綺麗な景色を眺めて、嫌なことはさっさと忘れよう。紅ちゃんと抜折羅くんが許してくれることも祈っておかなきゃなぁ……。
沈黙したスマートフォンに地図を表示する。車がほとんど走っていない海沿いの国道を進むことに決めた。下田ロープウェイが動き出すまでたくさん時間があるのだ。のんびり行こう。
遊輝は自分に言い聞かせながら、南に向かって歩みを進めたのだった。
「――ユー? それはそれだとしても、火群ちゃんへの愛情を取るか、バサラへの友情を取るか、結局はどちらかだとオレは思うぞ」
「知っているよ」
わかっている、とは言えなかった。彼の意見はもっともだと思う。肯定の台詞だって返せる。
――でも。
遊輝は続ける。
「だけどさ、そういう未来を見せつけられて、素直に認められるような時代は終わっちゃったみたいなんだよね」
――あ、そっか……僕もあの頃とは違うんだ。
ある事実に気が付いた。なんで見えていなかったのだろう。
遊輝は空いていた右手を胸に当てる。少しだけ、充たされた気がした。
「おやおや? オレのところに来ている資料では、君は来る人拒まず去る人追わずってことになっているんだが、改めておこうか?」
陽太の問いに、遊輝は笑う。
「その必要はあるかも知れないね」
「……やっと認めたみたいだな」
ぼそりと呟かれた台詞。
「やっとって?」
「気にするな、こっちの話だ」
はぐらかされた。不都合があるとも思えないのだが、誘導する台詞が浮かばない。
――対決は本調子のときまでお預けだね……。
だいぶ長話になったので、そろそろ切り上げようと考える。そこで、重要なことが脳裏を過ぎった。今回の仕事の話だ。
「――あ、僕、ホテルから逃げ出して来ちゃったんだけど、契約不履行になるかい? 二人と顔を合わせづらいんだけど」
どういう対応をされるのか想像がつかない。金銭に関しては支払いを強く要求したいわけではない。やりたいことをやるには充分すぎる貯金がある。ただ、風向きが変わるのはとても困るのだ。紅との関係の変化を望む以上に、今の人間関係を維持したい気持ちは強い。
恐る恐る訊ねると、陽太は明るく答えた。
「帰路がそっちの負担になるだけで、あとは満額支払ってやるさ。観光でもしながら帰ってくればいい」
とても理想的な模範解答だと思う。
――だけど、僕が欲しいのはそんなことじゃない。
遊輝は情報を引き出すために続ける。
「おー、太っ腹だね。経営難で監査に来ているって抜折羅くんから聞いていたんだけど」
「ユーにはやって欲しいことがたくさんあるんで、ある程度の餌は用意するさ。だが、君の応援はできないね」
少しは釣れたようだが、なんとも判断に困る台詞だ。意味合いの確認を兼ねて大げさに演技をしてみる。
「僕を持ち駒の一つにしておきたいだなんて、ずい分と大胆な発言だね」
「わりとウィンウィンの関係を築けると思うんだがな。飲めないなら策を練るだけさ」
――ここでやめておくか……。
時折だが、陽太と接していると彼の中は愛情が欠落しているんじゃないかと感じられる。故に、どこまでも冷酷な判断を下し、目的のためなら人を簡単に裏切れるタイプに思えてしまう。
――冗談半分で楽しんでいるように見えている間は、踊らされているのが得策かな。
陽太の内が見えない。それは付き合いが浅いからではないだろう。巧妙に本心が隠されているせいだ。
遊輝は笑う。
「ふふっ、まぁ構わないよ。フリーでいられるなら、抜折羅くんの下に就くより都合が良さそうだし。僕は君にも興味があるんだ」
「興味、ね。オレの何を知りたいのか気にはなるが、あえて質問はしないでおこうか」
問わないのは、こちらの考えを見通せているからだと遊輝は察する。
陽太を敵に回してはならない――スティールハートの予知能力も告げている。仲良くしておくのが、少なくとも今の最適解だろう。
「ふふっ。君は好きな物を最後に食べるタイプみたいだね」
「さっさと美味しく食べてしまう君とは違うってことだよ」
この程度の趣味はすぐにばれることだ。驚きには価しない。しかし、好みや嗜好をきちんと把握しているようには映る。少なくとも、知ろうという姿勢は会話の節々から透けて見える。
出会って半年の付き合いだが、接している時間は短かったはず。基本的に自分を演出している遊輝は、それを見抜かれることを恐ろしく思っている。
――彼は何を握っているんだろう。僕がタリスマントーカーだから念入りに調査しているのか? だとしても、価値があるとは……。
陽太の眠そうな欠伸が聞こえてくる。
「報告はそれでおしまいだと思っていいかい? 一応、英文レポートを要求するけど、簡単な日誌で構わないよ。形式上の問題だから」
遊輝の思考の時間は、陽太の台詞で中断された。
「あぁ、うん。英文なんだね。月曜日の早朝くらいにはメールするよ」
タリスマンオーダー社の本社に提出するのであれば、英文レポートになるのは理解できるところだ。英語は得意なので苦には感じない。
「了解。――んじゃ、良い旅を」
「おやすみ、陽太くん」
良い旅を、とは、とんだ皮肉だと思う。傷心旅行も良いところだ。
――まぁ、眺めは良い場所だし、ロープウェイくらいは乗っておこうかな。綺麗な景色を眺めて、嫌なことはさっさと忘れよう。紅ちゃんと抜折羅くんが許してくれることも祈っておかなきゃなぁ……。
沈黙したスマートフォンに地図を表示する。車がほとんど走っていない海沿いの国道を進むことに決めた。下田ロープウェイが動き出すまでたくさん時間があるのだ。のんびり行こう。
遊輝は自分に言い聞かせながら、南に向かって歩みを進めたのだった。
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