244 / 309
White Day's Rhapsody
★19★ 3月15日土曜日、16時前【完結】
しおりを挟む
「……どうして先輩は俺にそんな助言を?」
彼は微笑む。
「言ったじゃない。僕は君たちが大好きなんだよ。君たちが不幸になるのを見たくないって心の底から思う。嘘じゃないよ。――ふふっ。今までこんなことを考えたり行動したりしなかった僕のはずなんだけどね。本気の恋をすると、不可解な言動をしてしまうものなのかな」
ごまかすために自身の言動すら彼は茶化す。彼の本性はおそらく照れ屋なのだろう。自分を演出することで、人付き合いを円滑にしようと努めている――抜折羅はここにきて唐突に理解した。
「あんたと話をしていると、時々ペースを乱されて対応に困る」
今、理解できてしまったがために、どう合わせたら適切なのかわからない。
「わざとだよ? 会話の主導権を持っていたいじゃない」
「そういう本心をごまかす癖が抜けない間は、紅は先輩になびきませんよ? ぶつからない相手とは向き合えない質のようですから。熱血系の少年マンガみたいに、拳を交えて初めて打ち解けるって考えるみたいです」
「じゃあ、僕と彼女はいつまでも平行線だね。君の悩み事にならずに済みそうだ」
「いや、俺には別の問題が……」
さらりと言われて、抜折羅は戸惑う。決着をつけたいと願う紅を後押ししてやりたいのに、遊輝にその気がなくて逃げられては意味がない。しかし一方で、彼との関係を断ち切ることに迷いがあるのだ。
――居心地が良いと感じてしまっているのは、紅や白浪先輩だけじゃないってことか……。
何をどう表現したものか考えあぐねていると、遊輝が続ける。
「――さてと。君から依頼されていた紅ちゃんとの別れ話も済んだし、君に伝えたいことも片付いた。そろそろ解放してくれないかい? ここを出たら、しばらくは君たちの前に現れないと誓うよ。修了式までは出席するからすれ違うことくらいはあるかも知れないけど、お互いに無視しよう。春休みはパリで過ごすことになっているから、当分顔を見なくて済むはずだよ」
「またパリに行くのか?」
冬休みも彼はパリで過ごしていた。それを知っているために抜折羅は問う。
「両親に顔を見せないと。近々生まれてくる妹も気になるし、美術館を回って絵の研究もしたいよね。ついでに先代からスティールハートについて訊いておくつもり。他にも色々と調べ事をしたいんだ。こっちにいても楽しそうだとは思ったんだけど、気持ちの整理をするには誘惑が多くて。抜折羅くんも僕の顔は見たくないでしょ?」
「見たくなかったら、呼び出したりは――っ!?」
人差し指で唇を押さえられた。いきなりのことに対処ができず、抜折羅は慌てる。
遊輝は愉快そうに微笑んだ。その後に浮かべた彼の表情は笑みのままなのに、赤い瞳だけがひんやりと冷めていた。
「甘いね、抜折羅くん。君も僕との現在の関係を断った方が得策なんだよ? 君は僕を許しちゃいけない。そうじゃないと、紅ちゃんが僕を許してしまうんだから。ポーズで充分なんだ。君は僕を許さない振りをしなさい」
しなさい、とは彼らしからぬ台詞だ。提案の形で意志を伝えることがほとんどであるはずなのに、指示の形で言われたことがあっただろうか。
「でも、それだと――」
彼の指をどけて、抜折羅は言う。遊輝の意志であってもあんまりな対応だ。
遊輝は困ったように笑む。
「気遣ってくれてありがとう。当初の予定だったら、こんな野暮なお願いはしないつもりだったんだけどな。君たちが優しくて狡いから、いちいち説明しなくちゃいけなくて大変だよ。僕に敵役は無理みたい」
その台詞の意味が、抜折羅にはこう感じられた。
――別行動を取ろう。僕はマークされている。
「…………」
何と言ったら良いのかわからない。彼の意志を尊重したいのだが、自身の気持ちと折り合いがつかない。だから、唇は動かしたものの言葉は出なかった。
遊輝はふっと小さく笑う。
「いい子だ。わかってくれたみたいで、ほっとしたよ」
告げて、扉を開ける。抜折羅が何も言わなかったのを、承知したと解釈したらしかった。
「君ともしばらくお別れだね。ちゃんと紅ちゃんを護るんだよ」
寂しげな笑顔を向けると、彼は扉を閉めて遮断した。
――また先輩は格好つけて……。
今回の遊輝の行動が何を意図していたのか、やっと理解できた。彼はまだ見ぬ敵を欺くつもりなのだ。脅威がくるのを避けるために。
――あぁ、くそっ!! なんて俺は鈍感なんだっ!!
抜折羅は小さく舌打ちをすると、運転手に指示を出す。遊輝が行けと言っているのだから、ここは去る以外の選択肢を取ってはならない。
車はエキセシオルビルに向かって走り出したのだった。
(White Day's Rhapsody ♪ ~タリスマン*トーカー 番外編~ 終わり)
彼は微笑む。
「言ったじゃない。僕は君たちが大好きなんだよ。君たちが不幸になるのを見たくないって心の底から思う。嘘じゃないよ。――ふふっ。今までこんなことを考えたり行動したりしなかった僕のはずなんだけどね。本気の恋をすると、不可解な言動をしてしまうものなのかな」
ごまかすために自身の言動すら彼は茶化す。彼の本性はおそらく照れ屋なのだろう。自分を演出することで、人付き合いを円滑にしようと努めている――抜折羅はここにきて唐突に理解した。
「あんたと話をしていると、時々ペースを乱されて対応に困る」
今、理解できてしまったがために、どう合わせたら適切なのかわからない。
「わざとだよ? 会話の主導権を持っていたいじゃない」
「そういう本心をごまかす癖が抜けない間は、紅は先輩になびきませんよ? ぶつからない相手とは向き合えない質のようですから。熱血系の少年マンガみたいに、拳を交えて初めて打ち解けるって考えるみたいです」
「じゃあ、僕と彼女はいつまでも平行線だね。君の悩み事にならずに済みそうだ」
「いや、俺には別の問題が……」
さらりと言われて、抜折羅は戸惑う。決着をつけたいと願う紅を後押ししてやりたいのに、遊輝にその気がなくて逃げられては意味がない。しかし一方で、彼との関係を断ち切ることに迷いがあるのだ。
――居心地が良いと感じてしまっているのは、紅や白浪先輩だけじゃないってことか……。
何をどう表現したものか考えあぐねていると、遊輝が続ける。
「――さてと。君から依頼されていた紅ちゃんとの別れ話も済んだし、君に伝えたいことも片付いた。そろそろ解放してくれないかい? ここを出たら、しばらくは君たちの前に現れないと誓うよ。修了式までは出席するからすれ違うことくらいはあるかも知れないけど、お互いに無視しよう。春休みはパリで過ごすことになっているから、当分顔を見なくて済むはずだよ」
「またパリに行くのか?」
冬休みも彼はパリで過ごしていた。それを知っているために抜折羅は問う。
「両親に顔を見せないと。近々生まれてくる妹も気になるし、美術館を回って絵の研究もしたいよね。ついでに先代からスティールハートについて訊いておくつもり。他にも色々と調べ事をしたいんだ。こっちにいても楽しそうだとは思ったんだけど、気持ちの整理をするには誘惑が多くて。抜折羅くんも僕の顔は見たくないでしょ?」
「見たくなかったら、呼び出したりは――っ!?」
人差し指で唇を押さえられた。いきなりのことに対処ができず、抜折羅は慌てる。
遊輝は愉快そうに微笑んだ。その後に浮かべた彼の表情は笑みのままなのに、赤い瞳だけがひんやりと冷めていた。
「甘いね、抜折羅くん。君も僕との現在の関係を断った方が得策なんだよ? 君は僕を許しちゃいけない。そうじゃないと、紅ちゃんが僕を許してしまうんだから。ポーズで充分なんだ。君は僕を許さない振りをしなさい」
しなさい、とは彼らしからぬ台詞だ。提案の形で意志を伝えることがほとんどであるはずなのに、指示の形で言われたことがあっただろうか。
「でも、それだと――」
彼の指をどけて、抜折羅は言う。遊輝の意志であってもあんまりな対応だ。
遊輝は困ったように笑む。
「気遣ってくれてありがとう。当初の予定だったら、こんな野暮なお願いはしないつもりだったんだけどな。君たちが優しくて狡いから、いちいち説明しなくちゃいけなくて大変だよ。僕に敵役は無理みたい」
その台詞の意味が、抜折羅にはこう感じられた。
――別行動を取ろう。僕はマークされている。
「…………」
何と言ったら良いのかわからない。彼の意志を尊重したいのだが、自身の気持ちと折り合いがつかない。だから、唇は動かしたものの言葉は出なかった。
遊輝はふっと小さく笑う。
「いい子だ。わかってくれたみたいで、ほっとしたよ」
告げて、扉を開ける。抜折羅が何も言わなかったのを、承知したと解釈したらしかった。
「君ともしばらくお別れだね。ちゃんと紅ちゃんを護るんだよ」
寂しげな笑顔を向けると、彼は扉を閉めて遮断した。
――また先輩は格好つけて……。
今回の遊輝の行動が何を意図していたのか、やっと理解できた。彼はまだ見ぬ敵を欺くつもりなのだ。脅威がくるのを避けるために。
――あぁ、くそっ!! なんて俺は鈍感なんだっ!!
抜折羅は小さく舌打ちをすると、運転手に指示を出す。遊輝が行けと言っているのだから、ここは去る以外の選択肢を取ってはならない。
車はエキセシオルビルに向かって走り出したのだった。
(White Day's Rhapsody ♪ ~タリスマン*トーカー 番外編~ 終わり)
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
145
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる