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懐尽きて

病気か呪いか。

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 安堵したのだろう。ステラは馬車が動き出すとすぐにあたしに寄りかかったまま寝てしまった。甘いいい香りがする。香水をつけているのだろうか。

「――まだ幼いのに大変だな」

 すやすやと寝息を立てているステラを見ながら、正面に座るマイトが呟く。

「そうね。……でも、ちょっと無防備じゃない? 知らない人たちが乗っている馬車の中でこうもすぐに眠っちゃうなんて」
「それだけ信頼されているってことだろ?」
「それとこれとは話が違うわよ」

 そう答えたものの、実にマイトらしい思考であたしは心の中で小さく笑う。彼は本当に楽観的で、他人を疑ったり悪く言ったりすることは好まない。
 あたしの返事に、マイトはよくわからないという感じに首をかしげた。

 ――可愛い寝顔だな……。

 本当にお人形のようだ。長いまつげが伏せられている様や、ほんのりと赤く染まる血色の良い頬、ふっくらと柔らかそうな唇。あどけないその顔を見ているとなんだか和む。

 ――ま、ここのところずっと、マイトやクロード先輩の顔を見て過ごしているんだもんなぁ。こういう女の子を見ていて気持ちが安らぐのも当然といえば当然よね。

「――そういえば、あの手紙、何が書いてあったの?」

 ステラを見ていて思い出す。御者台に向けて問うと、クロード先輩は返事をした。

「あれは呪術を解くために必要な材料の一覧ですよ」
「呪術? 病気じゃないの?」

 重々しい口調で告げられた意外な内容に、あたしは再び問う。

「えぇ。彼女が嘘をついたのか、それとも単に知らないのかはわかりませんがね。書いてあったのは、かなり高度で厄介な呪術に関したものです。早く解除しなければ、それこそ命に関わるような」
「じゃあ、もしもこの子の兄貴がその呪いに侵されているんだとしたら、急がないとまずいんじゃないか?」

 割って入ったのはマイト。確かにそのとおりだ。あたしも同感である。

「そうですね。……本当に、そうであるなら」

 言葉を選ぶように、クロード先輩は告げる。その言い方に妙な引っかかりを感じて、あたしは問う。

「何か気になる点でもあるの? あまり乗り気じゃないみたいね」
「メアリの件でちょっと神経質になっているだけですよ。あなたを危険に晒したくないですから」

 クロード先輩が肩を竦めたのがその影からわかる。

「そういうことなら、まぁ、わからないでもないけど……」

 あたしは再びステラの寝顔を見た。穏やかな寝顔を見ていると、彼女を警戒する気持ちはまったく起きない。むしろ庇護したいと思えるくらいだ。

「彼女が敵か味方かどうかは置いておくとして、いつ他の選出者たちが襲ってくるかはわからないのですから、警戒は緩めないようにしてくださいね」
「う、うん……」

 ――気にし過ぎよね、きっと。

 クロード先輩の発言で嫌な気配を感じ始めていたがそれには言及せず。あたしたちを乗せた馬車は首都へと向けてひた走る。
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