うっかり故郷を滅ぼしたくないので、幼馴染と旅に出る!

一花カナウ

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懐尽きて

なんとお部屋は二つです。

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 日が暮れる少し前。
 茜色に染まるにぎやかな街にたどり着いたあたしたち四人は、ステラからいただいたありがたい軍資金を用いて宿に泊まることになった。もちろん贅沢はできないので質素な宿だ。
 しかし、ここで注目すべきは宿の質素さではない。今夜は二部屋ある。つまり、男女で分かれて眠ることになったということなのだが、これはこれでありがたかった。
 宿をとった後の夕食。食事を始めるなり、ステラがあたしを見て問う。

「あの……ミマナお姉さんたちは……どうして一緒に旅を? 観光旅行ってわけじゃ……ないですよね?」

 喋るときは緊張してしまうらしい。ステラはか細い声でたどたどしく台詞を告げると、首を小さくかしげた。
 ちなみに、席順は丸い机の右から順にマイト、クロード先輩、ステラが座っている。

「えぇ。ちょっとこの世界に伝わる伝承を調べるためにね」

 選出者の話はあえて伏せる。他の選出者の耳に入って急に襲われたら嫌だし。首元も布で覆って隠しているのだ。メアリの時のようなことは避けるに限る。

「それで首都に……大きな図書館がありますものね。……でも、何故伝承をお調べに?」
「ちょっとした探究心ですよ。それに、仕事で必要な知識なもので」

 ステラのさらなる問いに答えたのはクロード先輩。不思議そうな視線がクロード先輩に注がれる。

「お仕事?」
「はい。町の祭りの起源を調べるように言われまして。オレたちはその調査隊なのです」

 眼鏡の位置を直しながら、しれっとクロード先輩は答える。

 ――その癖を知っている人間からすると、嘘をついているのがバレバレなんだけど。

「調査隊なのに……予算がないんですか……」

 い、痛い。
 なかなかの鋭い指摘にどう答えるのかと気になりながらクロード先輩を見やると、今度は眼鏡に触れずに続けた。

「オレたちの住む町には、言い伝えに従って祭りが行われています。言い伝えというのは『十年に一度、年頃となる少年あるいは少女を町から一人選び神に差し出せ。選択が間違いでなければ、町に幸福が訪れるだろう』というもの。聞いたこと、ありますよね?」
「は、はい。聞いたことくらいは……」

 こくっと真面目な顔をしてステラは頷く。

「そのお祭りで、どうも前回選んだ相手が悪かったらしく、町は今までにない財政難でしてね。あいにく予算が出せない。――次も同じように選び間違えると危険だからと、こうして調査に乗り出したと言うわけですよ」

 眼鏡に触れそうになるところを我慢したらしい。クロード先輩は水を飲んでごまかした。

「そ……それは大変ですね……町の命運がかかっているって、ことですよね」

 納得してくれたらしく、ステラはうんうんと頷いて言う。

「この調査だけで未来が決まるわけじゃないですけどね」

 並べられた食器から温かな湯気が立っている。クロード先輩は食べるように手で促し、ステラはようやく食事を始める。食べ始めると、彼女は一言も喋らなかった。そう躾けられているのかもしれない。
 で、あたしたちはというと。
 こちらもこちらで黙々と食べていた。――というのも、泊まる部屋は質素ではあるが、食事にはお金をかけたためだ。正確には、質よりも量をとったと言うべきか。
 節約のために値段が高めになりがちな肉や魚の料理を避けていたため、ここに並ぶ魚の姿をした焼き物や肉だとわかる大きさの塊がしっかり入った煮物が久し振りすぎて、あれこれ議論する気になれなかった、というのが最も正しい状況説明だろうか。あたしもマイトも育ち盛りの格闘系。身体が肉や魚を欲しているのに食べられなかったのだから、その抑圧状態から解放されて気持ちが高ぶってしまうのは仕方あるまい。
 そして、そう経たないうちに皿は空っぽになった。

「ごちそうさまでした」

 手を合わせて食事を作った人たちや料理になった動植物たちに感謝を告げると、食器をまとめる。すぐに店員さんがやってきて、皿をさげていった。

「はぁ……満腹。いっぱい食べたわ」

 空腹状態が続いていたわけではないが、食べたかったものをたらふく食べられて幸せである。ステラには感謝だ。

「よほどお腹が空いていらしたのですね……」

 口元を上品な仕草で拭いながらステラが珍しそうな顔をして呟く。

「あぁ、いや、そういうわけじゃないのよ?」

 誤解されてしまい、あたしは慌てて否定するがステラは不思議そうに首をかしげただけだった。

「おや?」

 そこで急にクロード先輩が立ち上がり、あたしの髪紐に手をかけた。

「な、何? クロード先輩」
「いえ、なにか埃か何かがついていたように見えたものですから。でも違ったみたいですね。ついでに結い直しておきました」

 ぽんぽんっと軽くあたしの頭を叩くと、クロード先輩は自分の席に置きっぱなしになっていた荷物を手に取る。

「別にこのあとすぐお風呂に行くつもりだったからよかったのに。でもありがとう」
「いえ」

 クロード先輩の珍しい行動に一瞬戸惑ったあたしだったが、とりあえず礼を言って笑顔を作る。マイトがどこか不満げな表情をしていたが、そこは指摘しないようにしよう。変にこじれて喧嘩になったら厄介だ。今夜は同じ部屋に二人だけになるのだし、仲が悪くなったり気まずい雰囲気になるのはよろしくない。

「――そんなわけで、あたしは部屋に戻ったら風呂の支度をするつもりだけど、ステラちゃんはどうする?」

 この少女は大衆浴場を利用したことがあるのだろうか、などと疑問に思いながら問うと、彼女は首を横に振った。

「ボクはあとにします。……食事のあとは、その……読書をしながら休むことにしていますので」

 その返事が彼女のふだんの日課を指しているように聞こえなかったのは、あたしの気のせいだろう。やんわりと断られて、それであたしは素直に頷く。

「わかったわ。じゃあ、先に行くことにするわね」
「俺もさっさと風呂に行こうかな。休みたいし」

 小さくあくびをして、マイトが言う。つまり、彼はあたしの護衛というわけだ。まぁ、行き帰りを共にするだけで、一緒に入るわけではないのだが。

「それなら荷物の番はオレがしましょう。先に行ってきてください」

 これまでなら合わせてくるクロード先輩だったのに、彼は珍しくそんなことを告げた。

 ――荷物の番が必要なほどの大金ってことかしら?

 ふと、ステラから渡された金貨の入った袋のことを思い出す。金貨一枚があたしたちのここまでの旅を支える金額に匹敵するのだから、あの袋の中身は相当な金額になるはずである。

 ――ってか、そんだけあれば財政難も案外と何とかなったりしないかな?

 もしかしたら家も建つんじゃなかろうか、そんなことを妄想していると、頷くマイトに気がついた。彼もクロード先輩の予期せぬ言動に驚いているらしく、返事にわずかな動揺が感じられた。

「――では、部屋に戻りましょうか」

 クロード先輩の号令で、あたしたちはそれぞれの部屋に向かったのだった。
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