81 / 110
6:魔導師として宮廷入りしたので、やれることだけやってみます!
十三年前の儀式 2
しおりを挟む朝起きたときになんとなく肌に触れるように感じ取るその魔力が、そこに固まっているようにアルフォンシーヌには思えた。大地に、風に、水に、炎に、そっと混じっている魔力の片鱗、それを掻き集めたようなもの。
精霊王だ。
「小僧、呼んだのはお前だな? この私に何のようだ」
問われると、メルヒオールはチッと小さく舌打ちをして、奥歯を噛み締める。決意を固めるかのような間があって、しっかりと光の塊を見上げて口を開いた。
「よく聞け、精霊王よ。俺は王にはならない。どうして兄上ではいけないのです? 兄上が国を治めれば、この国は平穏のまま次世代へ受け継がれるはず。父上がそうであるように」
メルヒオールの必死な訴えが始まるとすぐにリシャールが止めに入ったが、さっと振り払われた。リシャールは弾かれて地面に叩きつけられる。
話は続く。
「ですが、俺が王になれば、この国は戦場になる。俺のこの強すぎる力は戦さのためにあるようなものだ。たとえ俺が望まなくとも、この力のために周囲は狂わされる。これまでの歴史がそう伝えている。例外なんてない。あなたは俺に戦場に立てと、この国を守るための武器になれというのですか? この国を焼き、聖水を干上がらせるかもしれないというのに」
彼の運命を呪う痛切な声に、アルフォンシーヌは胸を打たれる。
メルお兄さまはそんなことをずっと考えていたの?
構ってくれる彼はいつも優しくて穏やかで、陽だまりにいるような心地にさせてくれる。アルフォンシーヌのわがままにも、笑顔で何度も付き合ってくれた。だからきっとこの人は幸福の中を進んでいくのだろうな、なんて思っていたのに。
そんな調子でなんでも受け止めてくれる彼にも、受け止めきれないもの――それが王となることとその意味。
「愉快なことを言いだす末裔もいたものだ」
精霊王は一笑した。
「お前が王にならなければ国は滅ぶ。民が放つ炎に焼かれ、消え果てる。炎を従えることができるのは、風の加護を持つお前だけなのだ」
メルヒオールは苦痛に顔を歪ませ、首を小さく振ったのちに光の塊をキッと睨みつけた。
「もう一度告げる。俺は王にはならない。炎が国を滅ぼすというのなら、俺は魔導師として国に仕え、必ず食い止めます。そういう方法だってあるはずだ!」
噛みつくように告げる荒々しいメルヒオールを、立ち上がったリシャールが背後から抱き締めた。
「もういい、メル。私はメルこそ相応しいと思っているのです。ここで殺されて、王位を譲る運命を受け入れている。今さら覆すことなどできはしない」
「そんなのおかしい! 人身御供になるために生まれてきた? はっ、馬鹿げているでしょう! 俺は兄上の屍の上に立つ政治なんてごめんだ!」
オウイヲユズル? ヒトミゴクウ?
殺すだの屍だの物騒な言葉が彼らの口から飛び出しているのは、激しい風雨の中でもアルフォンシーヌは聞き取れた。
また、この状況になって、やっと彼らが王位継承権を持つ人間であることを理解した。
取っ組み合ってもめ始めた二人に、精霊王が告げる。
「言い分はそれだけか?」
「ああ、それだけだ」
はっきりと答えたのはメルヒオールだ。声に迷いはない。
「まったく……人とは愚かだ。救いの道を示してやっているのに、それを拒む……いいだろう。これもまた一つの道」
精霊王の優しげな声に、二人の顔が明るくなる。
だが、空気は一変した。
肌がざわっとして、アルフォンシーヌは本能的に叫んだ。
「だ、だめぇぇぇっ!」
何が起こるのか、感じたのだ。
よくないことが、ここで起きる。
輪郭を持たない光の塊が、嘲笑を浮かべた気がした。そんなもの、見えるわけがないのに。
「ならば、ここでお前たちの道を断つのも構わぬな? 還らぬ者となり、自らの過ちを悔いながら国の末路を見守るがいい」
稲妻が落ちる。
視界が光に包まれる。
助けたい、大好きな彼らを助けねばならない。ここにあたしがいるのは、それができる可能性があるから――。
アルフォンシーヌは精一杯手を伸ばし、内から湧き上がる呪文を発する。真紅の炎が自身から噴き出るのを意識し……そこからの記憶は途切れている。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1,174
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる