種后

紺晩波居待

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初芽

壱 春に種吐く

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 きっかけとなったのは、確か日差しの強い春が終わりかけている日だった。
 年季の入った牛車に乗り、轍を道に刻む度に鈍く軋む音が耳に入ってきて気分が悪くなっていた。
 その日、わたし達は母の墓参りに来ていた。
 父の作った借金を無くす代わりに、年寄りの後妻として嫁ぐことが決まったからだ。
 わたしと同じ位の年齢としの孫もいるらしい。
 嫁いだらきっと、墓参りどころか実家へ帰るのも出来なくなる。
 母の命日も近く、娘としての最後の我儘として父に墓参りに行く許可を貰いに交渉した。
 か細く今にも消えそうな声だったせいだろうか、渋々ではあるが父から許可は貰った。
 許可する条件として、墓参りの後に直ぐに年寄りが住んでいる家に嫁入りすることだった。

「初芽、着いたぞ」
 父から声を掛けられて顔を上げる。
 色々と考え込んでいる内に、母が眠る場所ぼちに辿り着いたようだ。
「……父さん、母さんには一人で挨拶したいの……」
 歩揺をわざとらしく揺らしながら、牛車から降りる。
 母の唯一の形見を身に着け、鼠の方が綺麗な色をしているであろう薄汚れた衣だ。
 こんな姿の花嫁、探してもわたし位しかいないだろう。
 わたしが母の墓に向かっていると、見事な牛車が遠くに見えてくる。
 急がないと。
 スカートをたくし上げて、山道を走る。

 あんな綺麗な牛車に乗ったらどうなるか分からない。
 大層なお迎えだ。
 早く、はやく母さんの所にいきたいのに。
 昨年よりも、木々が生い茂っているようだった。
「やっと……来れた…… 」
 母の墓石だ。
 目印として、幼い頃にわたしが刺した柑橘のある手巾ハンカチが巻かれている。
「母さん……久し振り…… 」
 微風そよかぜが形見を巻き込み、優しく耳に響く。
「こんなお転婆な姿でごめんね」
 母が亡くなってから、父が酒に溺れた事。
 それが元で、悪い人達と付き合った事。
 悪い人達から借金をしていった事。
 その悪い人達の一人で、年寄りの人の後妻になる事。
 そんな話をしていた。
「それでね、その人……わたしと同じ位のお孫さんいるんだって」
 そんな年寄りに嫁いだらどうなるか、考えるだけで悍ましい。
「母さん……あんな年寄りひとのお嫁さんなんかになりたくない」
 滂沱の涙を流した。
 その涙で、墓石がくまなく濡れていく。
 母の形見の簪を引き抜き、首に突き刺そうと身を屈めた。
 簪の先端が喉に触れると同時に、咳き込んでしまう。
 鼻の奥に痛みが走る。
 喉の奥に米粒を引っ掛けたかのように、何度も鼻の奥にできた異物ものを吐き出そうと試みる。
 あと、もう少しで母の所に逝くことができたのに。

「おい、大丈夫か……初芽」
 いつの間にか、墓地の入口で嫁ぎ先の人間ひと達と話していた父が後ろにいた。
 口元を押さえて苦しがる娘に気が付き、狼狽えているようだ。
 苦しがる娘の心配ではなく、嫁ぐ予定の娘が病持ちで借金がチャラにならない事の不安で声をかけたのだろう。
 その証拠に、父は戸惑う口調で話し掛けた後は背中を擦るどころか必要以上に近づきすらしない。
 そんな自分勝手な父を尻目に、身体に突如できた吹出物を排除しようと顔を真っ赤にさせてえずく。
 何かが千切れた感覚があった後に、血混じりの異物ものを吐き出した。

 異物それは、種に見えた。

 種といっても、掌にのる小さな柑橘の実に稀に入っている位小さなちいさな異物ものだった。
 種に見えた異物それは、母の墓石の前の地面に溶け込むかのように消えていった。

 そこから何かが、飛び出してきた。

 驚いて、尻もちをついてしまった。
 飛び出してきたのは、木の根っこだった。
 根から、幹。
 幹から、枝。
 枝の先に、人間ひとの顔が実った。

 枝が伸びて近づいてきて、実った顔と目があった。

『初芽……モウ、ダイジョウヨ』

 髪が生えて無くて気がつかなかったが、死んだ母の顔が囁いていた。
 訳が分からない。
 年寄りの妻になる事を拒み、自ら命を絶って夢を見ているのだろうか。

「大きくて美味そうな柑橘だな」

 恍惚とした表情だった。
 父の顔と、母の顔を何度も交互に見遣る。
 すると、突然父が母の顔を掴んでもぎ取ると素早く被りついた。
 父には、母の顔が丸々と肥えた柑橘の果実に見えているようだ。
 飢えて渇いた獣のように、何度も齧っては啜っている。
 母の顔からは、真っ赤な血の代わりに甘酸っぱい芳香がする果汁が撒き散らされる。
 母の顔は、嫌がりもしない。
 それどころか、さも当然のように口角を上げている。
 父以外の人間ひとも、腕や脛とありとあらゆる人の一部に似た果実を貪っていた。

 餓鬼道の地獄の如き現実を受け入れられず、意識を飛ばしてその場で倒れ込んだ。
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