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初芽
弐 夏の虫は焔に誘われる
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「おい、起きろ」
黴臭い牢で、感情の分からない無骨な見張り兵の声で目が覚める。
母の墓参りから十日ほどの時間が過ぎていた。
わたし以外の人間達……母さんの顔なんかに見えた果実を貪った人間達は、行方不明になった。
奇妙な事件の唯一の生き残りとして、わたしは牢に閉じ込められていた。
「着いて来い」
見張り兵に着いて行く。
塩っ気が微かにする重湯を啜ってから、尋問される。
御不浄や湯浴み以外は、決まってあの日の事について聞き出される毎日。
あの時、咳き込まずに自決していればこんな事にはならなかったのに。
嫁入り前に母の墓参りをし、嫁ぐのが嫌で形見で自ら命を絶とうとした。
その瞬間に咳き込んでから気を失ったと、嘘を吐き続けている。
また、そんな話を繰り返さないとけないのか。
気が滅入ってしまう。
「やあ……初めまして、初芽さん」
胡散臭い笑顔を貼り付けた狐のような男が、組んだ両手の上に顎を乗せていた。
どうやら、同じ話ばかりするわたしに痺れを切らして尋問官を変えたらしい。
だが、こんな塵溜めみたいな場所に居るような人間には見えない。
見張り兵のような無骨さもない。
今までの尋問官のように眉間に皺も寄っていない。
おまけに、寒い季節に色付く銀杏の葉がびっしりと張り付いているような濃い黄色の衣を着ている。
肌も染み一つなく綺麗だし、項で纏めている黒髪も艶がある。
髪を纏めている歩揺に目が行く。
母の形見だ。
「そ……歩揺」
「ああ、この歩揺が初芽さんの言ってた形見なんだね」
気絶してしまった時もしっかり握っていたはずの歩揺。
狐男は、髪から歩揺を抜くと先端や飾りを組まなく観察し始める。
「あの……返して下さい」
狐男は、指の上に乗せて歩揺を回している。
回った歩揺は、狭い尋問室で涼しげな悲鳴を上げている。
「構わないよ」
「ありがとうございます」
歩揺を受け取ろうとすると、いきなり狐男は立ち上がる。
わたしが小柄なのもあるが、狐男も大柄な男だとこの時気づいた。
持ち上げられた歩揺は、天井に当たりそうな位に遥か遠くにあるような錯覚に陥る。
「但し、初芽さんがぼくのお嫁さんになってくれたらね」
「はい? 」
それから、狐男に連れられて上等な牛車に乗せられた。
着いた場所は、小さな宮殿で狐男が住んでいる屋敷らしい。
狐男の手から、天女の如き女性達に預けられる。
湯浴み、というよりは天女達に磨き上げられた。
そうして、肌触りの良い衣を着せられる。
多分、夏に着る生絹。
商品として触れたことのある、練っていない絹だ。
色も、赤の表に、朽葉の裏。
暑い季節に咲き誇る姫百合の如き、色襲である。
髪は結われずに、流しただけ。
それでも、芳しい香油を塗り込められて輝いている。
「それで、いつになったら歩揺を返して頂けるのでしょうか」
「だ~か~ら~、初芽さんがぼくのお嫁さんになってからだって言ったじゃないか」
嫌な予感がして、身を守るようにして自らを抱き竦める。
「そんないきなり襲うようなことはしないから安心して」
「近寄らないで! こんな人里離れた広い御屋敷にいきなり連れて来て綺麗に整わされて信じられませんよ! 」
「『肯』って言ったじゃん、初芽さん」
呆けて、確認のために『はい?』と疑問形で答えたんだよ。
「お嫁さんって言っても、どこのどなたか知らない人のお嫁さんになれませんっ! 」
「あ~、ごめんね~、自己紹介まだだったね」
そうして、狐男は身なりを佇む。
わたしも、それに倣い正座する。
「ぼくの名前は、銀杏。」
イン、ワン……確か、王様の弟君の名前も同じだったような。
イヤ、まだ貴族という事もあり得る。
「役職とかはありますか」
「ん~、強いて言うなら親王かな」
チン、ワン……王族じゃん。
紛うことなき、雲の上にお住まいの方々です。
どうも、ありがとうございます。
こうして、色々と有り得ない事が続いたわたしは気絶してしまったのだった。
黴臭い牢で、感情の分からない無骨な見張り兵の声で目が覚める。
母の墓参りから十日ほどの時間が過ぎていた。
わたし以外の人間達……母さんの顔なんかに見えた果実を貪った人間達は、行方不明になった。
奇妙な事件の唯一の生き残りとして、わたしは牢に閉じ込められていた。
「着いて来い」
見張り兵に着いて行く。
塩っ気が微かにする重湯を啜ってから、尋問される。
御不浄や湯浴み以外は、決まってあの日の事について聞き出される毎日。
あの時、咳き込まずに自決していればこんな事にはならなかったのに。
嫁入り前に母の墓参りをし、嫁ぐのが嫌で形見で自ら命を絶とうとした。
その瞬間に咳き込んでから気を失ったと、嘘を吐き続けている。
また、そんな話を繰り返さないとけないのか。
気が滅入ってしまう。
「やあ……初めまして、初芽さん」
胡散臭い笑顔を貼り付けた狐のような男が、組んだ両手の上に顎を乗せていた。
どうやら、同じ話ばかりするわたしに痺れを切らして尋問官を変えたらしい。
だが、こんな塵溜めみたいな場所に居るような人間には見えない。
見張り兵のような無骨さもない。
今までの尋問官のように眉間に皺も寄っていない。
おまけに、寒い季節に色付く銀杏の葉がびっしりと張り付いているような濃い黄色の衣を着ている。
肌も染み一つなく綺麗だし、項で纏めている黒髪も艶がある。
髪を纏めている歩揺に目が行く。
母の形見だ。
「そ……歩揺」
「ああ、この歩揺が初芽さんの言ってた形見なんだね」
気絶してしまった時もしっかり握っていたはずの歩揺。
狐男は、髪から歩揺を抜くと先端や飾りを組まなく観察し始める。
「あの……返して下さい」
狐男は、指の上に乗せて歩揺を回している。
回った歩揺は、狭い尋問室で涼しげな悲鳴を上げている。
「構わないよ」
「ありがとうございます」
歩揺を受け取ろうとすると、いきなり狐男は立ち上がる。
わたしが小柄なのもあるが、狐男も大柄な男だとこの時気づいた。
持ち上げられた歩揺は、天井に当たりそうな位に遥か遠くにあるような錯覚に陥る。
「但し、初芽さんがぼくのお嫁さんになってくれたらね」
「はい? 」
それから、狐男に連れられて上等な牛車に乗せられた。
着いた場所は、小さな宮殿で狐男が住んでいる屋敷らしい。
狐男の手から、天女の如き女性達に預けられる。
湯浴み、というよりは天女達に磨き上げられた。
そうして、肌触りの良い衣を着せられる。
多分、夏に着る生絹。
商品として触れたことのある、練っていない絹だ。
色も、赤の表に、朽葉の裏。
暑い季節に咲き誇る姫百合の如き、色襲である。
髪は結われずに、流しただけ。
それでも、芳しい香油を塗り込められて輝いている。
「それで、いつになったら歩揺を返して頂けるのでしょうか」
「だ~か~ら~、初芽さんがぼくのお嫁さんになってからだって言ったじゃないか」
嫌な予感がして、身を守るようにして自らを抱き竦める。
「そんないきなり襲うようなことはしないから安心して」
「近寄らないで! こんな人里離れた広い御屋敷にいきなり連れて来て綺麗に整わされて信じられませんよ! 」
「『肯』って言ったじゃん、初芽さん」
呆けて、確認のために『はい?』と疑問形で答えたんだよ。
「お嫁さんって言っても、どこのどなたか知らない人のお嫁さんになれませんっ! 」
「あ~、ごめんね~、自己紹介まだだったね」
そうして、狐男は身なりを佇む。
わたしも、それに倣い正座する。
「ぼくの名前は、銀杏。」
イン、ワン……確か、王様の弟君の名前も同じだったような。
イヤ、まだ貴族という事もあり得る。
「役職とかはありますか」
「ん~、強いて言うなら親王かな」
チン、ワン……王族じゃん。
紛うことなき、雲の上にお住まいの方々です。
どうも、ありがとうございます。
こうして、色々と有り得ない事が続いたわたしは気絶してしまったのだった。
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