崖っぷちOL、定食屋に居候する

小倉みち

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第1章

帰宅

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「ごめん、マコ。怒ってる?」

「……」

「やっぱり、怒ってるよね……」
 

 当たり前だ。

 怒っているどころではない。

 
 激おこだ。
 

 松井さんと雛子が何の話をしていたのか知らない。


 しかし、思いっきりこちらを睨みつけていた松井さんの心情は嫌という程推測できる。


 最悪だ。

 何もしてないのに。

 私、本当に何もしてないのに。


「ま、まあ。誤解はいずれ解けるものだし、マコは悪くないんだから」


 そりゃそうだ。

 悪いのはあんただからね。
  

 私は返事の代わりに、深いため息をついた。
  

 どうもこうも、上手くいかないなあ。

 私なにかしたっけ?
  

 心なしか、身体もどんどん動きが鈍くなっていく。


 疲れているのか、それとも気のせいか。
  

 まあいいや。

 どうせあの人にはとっくの昔に嫌われている。


 今更どうこうしたってしょうがない。


 こちらがどれだけアプローチしても、誤解もおそらく解けることはないだろう。
  

 神様も驚くくらい心優しい私は雛子を許し、お詫びにカフェでお洒落な昼食を奢ってもらった。


 ぶつぶつ彼女は文句を言っていたが、大人しくお金を支払ってもらう。
  

 思いがけず食事がタダになり、さっきの落ち込みも色々と吹っ飛んだところで、予定よりもちょっと早めに定食屋に戻る。


「うち、結構評判あるのよ。あんたは来たことがなかったけど、美味しい美味しいって雑誌にも載せてもらって、遠いとこから来る人もいるのよ」
  

 自慢げにそう語る彼女。


 そんなにここが好きなら、なぜ家を引っ越したのか。

 いやまあ、私にとってはありがたいことだけれど。
  

 私の住まいは二階だが、その階段は定食屋の奥の方にあるので、勝手口から中に入る。

 途端、喧々たる空気が身体を包み、熱気を染み込ませた深みのある出汁の匂いが外側から身体の内側に入ってきた。

「A定食一丁!」

「はいよ!」

「店長、Bは!?」

「今出来た!」

「お客様お帰りです!」

「「「ありがとうございましたぁ!」」」


 活気のある掛け声が狭い空間の中で交差する。


 聞いた事のある声が、一際大きな怒声として響いている。

 だが不思議と嫌な感じはしなかった。
  

 勝手口は厨房と席の間にあり、そこから入ることによって、必然的に厨房にいる人、席に座っている人、給仕する店員さんから一斉に注目を受けることとなる。


 しかも大量の荷物。
  

 きまり悪くなり下を向く私を変な目で見つめる彼らは、隣に堂々として立っている雛子を見て目を輝かせた。

「お、久しぶりぃ!雛子ちゃん」

 いかにも常連っぽい中年男性が、慣れたように雛子に声をかける。

「あ、お久しぶりです!」

 にこやかに返事を返し、彼女は私にアイコンタクトを送る。
  

 訳すると、先に荷物を持って二階へ上がれ。

 なぜそう言うのかわからないが、私はここにいても仕方が無いので、とりあえず雛子が持っててくれた袋も担いで、ふらふらと階段を上る。


 床へ無造作に紙袋を置いた。
  

 私の心は少しもやもやしている。
  

 私は確かに、「よそ者」だ。

 雛子と仲良さそうな男の人も、店で働いている店員のことも、私は知らない。


 私は所詮、その人間関係ネットワークの外にいる人間だ。


 しかし、なんだろうこの気持ちは。

 1人だけ疎外されているような。

 雛子には仲の良い家族や知り合いもいるのに、私にはいない。


 両親は田舎だし、今仲良くしている友人は雛子ぐらいしかいない。


 雛子もあの人たちも悪くないのになあ。

 私、面倒くさ。


 勝手に傷ついて落ち込んでいる自分に対して嫌気がさした。
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