崖っぷちOL、定食屋に居候する

小倉みち

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第3章

腕前チェック

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 料理の出来栄えとは。
 

 焼けば焦げ、蒸せば爆発し、現代アートだよと言っても無理のある仕上がりしか作れない私に、料理の出来栄えとは。
 

 この金色長髪野郎。

 どうしても私に料理を教えない気だな。


 次の休み。

 冬馬さんから、一つのお題が提示された。


「今から作ってもらうのはモヤシ炒めだ。簡単だろ?」
 
 そう言って、業務用冷蔵庫から豚肉、モヤシ、ニラ、人参を取り出す。

「ここに置いてある調味料は全部使っていいから。とりあえず適当に作ってみてくれ」
 

 簡単って何? 

 適当って何? 

 作ってみてくれって何?
 

 そんなもん、私にとっては、レベル一の勇者がラスボス倒しに行くようなもんだろ。

 爆発するよ? 

 世界滅亡しちゃうよ?

「レシピはないんですか?」

「レシピだって? いらねぇだろ。そんくらいならレシピを逆さまにして作ってもうまくできる」
 

 レシピ通り作っても、爆弾しか作れない私は一体何なんだろう。
 

 ……まあ良いや。

 とやかく言わず、さっさと作ってみよう。


 私の出来栄えを見せれば、いくら冬馬さんでも、考えを改めてくれるだろう。
 

 よし、まずは野菜を切ろう。

 そのまま入れても大丈夫な奴は置いておいて、とりあえず人参とニラからだ。
 

 まずは目を瞑って、普遍的なモヤシ炒めを思い浮かべてみる。

 モヤシをベースとして、醤油の甘じょっぱい香りのする絶品だ。

 よく火の通って、しなった野菜と肉は、少し茶色っぽい湯気を出していて、またそれが私の鼻孔をくすぐる。


 想像するだけで、よだれが溢れてくるわ……。


 さて、肝心の野菜だが。

 人参は短冊切り。

 ニラは数センチをめどに切っているはずだ。


 なめるなよ。

 それくらい、私にだってできる。


「えいっ。よっと。そりゃっ。……あ、あれ?」
 

 ……なんだろう、この形。

 なんで人参は短冊というより岩なんだろう。

 なんでそろえて切ったはずなのに、ふたを開けてみれば、こんなにガタガタなのだろう。


「……」
 
 冬馬さんは何も言わなかった。

 が、顔が少しピクついていた。


 野菜はまだ良い。

 今日はまだマシな方だ。

 気を取り直して、焼いていこう。
 

 フライパンに油をひいていく。

 あ、ヤバい。

 入れすぎた。
 

 料理教室では、確か火の通りにくい物から入れていくと言っていたな。

 ということは、まずは人参からだ。
 

 人参を油の中に沈める。

 冬馬さんがいるから、超特急で作ろう。


 強火にした。
 

 ひたすら人参に火が通るのを待つ。しばらくすると、油がぱちぱちと跳ね始め、慌ててふたを閉める。
 

 危ない、危ない。
 

 あ、そうだ。肉も切らなきゃ。
 

 昔、親に、

「肉を食べやすい大きさに切りなさい!」

「なんで丸ごと焼いて良いと思ったんだ!?」


 と、怒られたのを思い出した。
 

 ザクザクザクザク。


 こんなもんかな。

 ちょっと細かすぎたかもしれないけど、まあ許容範囲だろう。


「おい、もう人参を許してやれよ……」
 

 とうとう彼が口を挟んだ。

 可哀想なものを見るような目で、コンロを見つめている。

「あ、はい」
 

 許してやれって、どういうことだ?
 

 と思いつつも、指示通りフライパンの上に被さったふたを開ける。

 油は焦げ付き、フライパンが黒ずんでいた。

 人参は真っ黒になり、鮮やかなオレンジ色はもう日の目を見ない。


 箸を使って、試しに人参に刺してみた。


 硬かった。

 中まで火が通っていない。


「はぁ……」
 

 頭を抱えた冬馬さんは、深いため息をついた。


 私もそうしたい。
 

 このままごみ箱に捨ててしまいたいが、そんなことをすれば、この可哀想な人参はまったくもって報われない。

 この人参さんをどうしようかとあたふたしていると、見かねた冬馬さんはフライパンを私から奪い、手を合わせてゴミ箱に捨てた。


「高木さん……。酷すぎるぞこれ」
  

 完全に呆れ返っていた。
  

 でしょうね。

 やらなくてもわかっていたことだ。

「……仕方がない。教えてやるよ」

「え? いいんですか?」

「このままにしておいたら、今の人参が無駄になってしまう」
  
「本当ですか!? やったー!」

 
 良かった、教えてもらえることになって。

 ありがとう、人参! 

 君の死は無駄じゃなかったよ!

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