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第4章
走り込み
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氷のように冷徹で、鋭い針のように私の脳天を突き刺してくる空気。
きっと、彼に色をつけたとしたら雪のように白いだろう。
亀のように肌が一歩も外に出て来ず、一心不乱に身体を小さくしようとしている。
ガチガチと音がなるほど口が震えるなんて、いつぶりか。
雪だるまのように着込んだ私と対照的に、冬馬さんは涼しげな格好。
名前から察するに、冬馬さんは冬生まれらしい。
冬生まれはやっぱり、寒さには強いのだろうか。
ふざけんなと言いたくなるような寒さにさらされて、なおかつ真っ暗。
私は心の中で、ぶつくさと文句を言う。
なにがしたいの?
走る?
走るって言ってた?
バカじゃないの?
こんな寒い早朝に走れだなんて、そんなの無理よ。
「準備運動はしっかりしろよ」
そう言って冬馬さんは、一人で、えっさほいさと準備運動をする。
私たち以外誰もいないとはいえ、ちょっと恥ずかしい。
「走るんですか?」
「何当たり前のこと言ってんだ? 起こした時言っただろ?」
「いやまあ言ってたんですけど。なんでなのかなぁと思って」
私、運動苦手なんだよなー。
そんなことをほんのり含んだ言い回しで答えると、
「運動好きじゃないのか?」
と、返された。
全ての人間が運動好きとか思ってんじゃねーよ。
この人、鈍いんだか聡いんだか、全然わかんない。
急に走れと言われても走れるわけないし、そもそも体力的にも難しいので、私はジョギング程度で済ますことにした。
私をほっぽいて子供のように走り去っていく冬馬さんをしり目に、ゆっくりと自分のテンポで走る。
だが、やはりジョギングでも疲れる。
息が上がり、脚が重くなっていく。
こんなもの、好む連中の気持ちがわからん。
なんて心の中で叫んだ。
歩きたいのはやまやまだが、せっかくここまで来たのだから歩くのはちょっと、と躊躇われ、結局は自ら苦行に費やすことになる。
いつまで走る気なのよ。
てかどこ行ったのよ、冬馬さんは。
身体が火照り、冷たい風が私を打ち続ける。
冷暖の連続で、風邪をひくんじゃないかと心配になる。
だが身体を動かすことにより、内側の部分が活性化され、気づけば私も冬馬さんのように道を駆け抜けていた。
久しぶりの感覚だった。
痛い身体を無理やりに動かし、喉から鉄分の味が込み上げ、上手く呼吸出来ずに何度も息を吸って吐く。
真冬なのに汗ばんでいく肌。
暑くなって上着を脱ぎ、腰に巻いた。
まだ薄暗い街は少しずつ光を帯びていく。
電灯が煌々と輝き、地面を照らす。
霜を着込んだ雑草たちが、私の足元を鳴らす。
誰もいない澄んだ大気の中、無我夢中で疾走した。
しばらくすると、身体が風によって切り刻まれる感覚がする。
その隙間から私本体が姿を現し、するっと身体を脱ぎ捨てた。酷く軽い心で、駆け抜けていく。
よみがえってきた。
懐かしいというか、懐かしくないというか。日頃常々思っていたこと。
走りたい。
むろん、健康のために。
ランニングを習慣化させたかった。
わざわざ辛い思いをして走るのはどうか、朝はちょっと時間が無いんだよな、夜も早く寝たいし、ランニングシューズを買うお金がない、という言い訳の塊に咀嚼され飲み込まれ、結局何もしないことを幾度と続けた。
走れば何か変わる気がしたのだ。
冬馬さんの料理を食べたときと一緒で、ジェットコースターのように生まれ変わる気がした。
怠惰で閉鎖的な、何者でもない自分が、何かに変わる気がした。
今走っている。
何も変わらない。
が、ローマのように1歩ずつ進んでいるはずだ。
冬馬さんから、半強制的にさせられたものの、私は今走っている。
我を忘れ走り続けていると、向こうから冬馬さんの背中がやってきた。
隣に並ぶ。
「楽しそうだな」
私の表情を見て、冬馬さんは嬉しそうに微笑んだ。
彼も上を脱いで腰に巻いていた。
汗ばんたTシャツの裾から、筋肉質の腕がぬっと伸びている。
いつもより、いや、いつもそうだが、いつも以上にかっこいいと、心がすんなり受け入れてくれた。
私も微笑み返した。
「めちゃくちゃ楽しいです! 冬馬さん、走らせてくれてありがとうございます!」
そう言おうとした。
しかし、言えなかった。
なぜなら、私の視界はいつの間にか闇に染まっていたからだ。
きっと、彼に色をつけたとしたら雪のように白いだろう。
亀のように肌が一歩も外に出て来ず、一心不乱に身体を小さくしようとしている。
ガチガチと音がなるほど口が震えるなんて、いつぶりか。
雪だるまのように着込んだ私と対照的に、冬馬さんは涼しげな格好。
名前から察するに、冬馬さんは冬生まれらしい。
冬生まれはやっぱり、寒さには強いのだろうか。
ふざけんなと言いたくなるような寒さにさらされて、なおかつ真っ暗。
私は心の中で、ぶつくさと文句を言う。
なにがしたいの?
走る?
走るって言ってた?
バカじゃないの?
こんな寒い早朝に走れだなんて、そんなの無理よ。
「準備運動はしっかりしろよ」
そう言って冬馬さんは、一人で、えっさほいさと準備運動をする。
私たち以外誰もいないとはいえ、ちょっと恥ずかしい。
「走るんですか?」
「何当たり前のこと言ってんだ? 起こした時言っただろ?」
「いやまあ言ってたんですけど。なんでなのかなぁと思って」
私、運動苦手なんだよなー。
そんなことをほんのり含んだ言い回しで答えると、
「運動好きじゃないのか?」
と、返された。
全ての人間が運動好きとか思ってんじゃねーよ。
この人、鈍いんだか聡いんだか、全然わかんない。
急に走れと言われても走れるわけないし、そもそも体力的にも難しいので、私はジョギング程度で済ますことにした。
私をほっぽいて子供のように走り去っていく冬馬さんをしり目に、ゆっくりと自分のテンポで走る。
だが、やはりジョギングでも疲れる。
息が上がり、脚が重くなっていく。
こんなもの、好む連中の気持ちがわからん。
なんて心の中で叫んだ。
歩きたいのはやまやまだが、せっかくここまで来たのだから歩くのはちょっと、と躊躇われ、結局は自ら苦行に費やすことになる。
いつまで走る気なのよ。
てかどこ行ったのよ、冬馬さんは。
身体が火照り、冷たい風が私を打ち続ける。
冷暖の連続で、風邪をひくんじゃないかと心配になる。
だが身体を動かすことにより、内側の部分が活性化され、気づけば私も冬馬さんのように道を駆け抜けていた。
久しぶりの感覚だった。
痛い身体を無理やりに動かし、喉から鉄分の味が込み上げ、上手く呼吸出来ずに何度も息を吸って吐く。
真冬なのに汗ばんでいく肌。
暑くなって上着を脱ぎ、腰に巻いた。
まだ薄暗い街は少しずつ光を帯びていく。
電灯が煌々と輝き、地面を照らす。
霜を着込んだ雑草たちが、私の足元を鳴らす。
誰もいない澄んだ大気の中、無我夢中で疾走した。
しばらくすると、身体が風によって切り刻まれる感覚がする。
その隙間から私本体が姿を現し、するっと身体を脱ぎ捨てた。酷く軽い心で、駆け抜けていく。
よみがえってきた。
懐かしいというか、懐かしくないというか。日頃常々思っていたこと。
走りたい。
むろん、健康のために。
ランニングを習慣化させたかった。
わざわざ辛い思いをして走るのはどうか、朝はちょっと時間が無いんだよな、夜も早く寝たいし、ランニングシューズを買うお金がない、という言い訳の塊に咀嚼され飲み込まれ、結局何もしないことを幾度と続けた。
走れば何か変わる気がしたのだ。
冬馬さんの料理を食べたときと一緒で、ジェットコースターのように生まれ変わる気がした。
怠惰で閉鎖的な、何者でもない自分が、何かに変わる気がした。
今走っている。
何も変わらない。
が、ローマのように1歩ずつ進んでいるはずだ。
冬馬さんから、半強制的にさせられたものの、私は今走っている。
我を忘れ走り続けていると、向こうから冬馬さんの背中がやってきた。
隣に並ぶ。
「楽しそうだな」
私の表情を見て、冬馬さんは嬉しそうに微笑んだ。
彼も上を脱いで腰に巻いていた。
汗ばんたTシャツの裾から、筋肉質の腕がぬっと伸びている。
いつもより、いや、いつもそうだが、いつも以上にかっこいいと、心がすんなり受け入れてくれた。
私も微笑み返した。
「めちゃくちゃ楽しいです! 冬馬さん、走らせてくれてありがとうございます!」
そう言おうとした。
しかし、言えなかった。
なぜなら、私の視界はいつの間にか闇に染まっていたからだ。
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