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考え

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 えっ。


 えっ。


 えっ。


 ど、どういうこと……?


 いや、意味はわかる。

 意味はわかるんだけど。


 混乱してて、すぐには結論が出せない。


 だって、殿下に対して好きだとか嫌いだとかそんなこと今まで考えたことがないのに。


 急にそんなこと言われても……。


「私、別に殿下のことを恋愛対象としては見たことないんだけど」

「じゃあ、断ってください」

「で、でも」


 それはそれで、失礼なんじゃないだろうかと思う。

 最初OKしたのに、後になって、

「やっぱり駄目」

 とかそんなこと言われたら、誰だって傷つくというか。


「それに、殿下は殿下だし」


 その辺のピートみたいな貴族ではない。


 殿下だ。

 王族だ。


 教会No.1の聖女が、王族、しかも王位継承権第1位からデートに誘われているのだ。


 損得勘定一切なしに、彼と接することはどうしても出来ないと思っている。


 私と彼の間には友情という言葉しかないとは言い切れるものの、世間様はそう見ない。


 私たちはあくまで王族と聖女であり、権力を持つ人間同士の交流は良い意味でも悪い意味でも注目される。


 私たちは何も考えずに行動出来ない。

 ピートの件について手伝ってくれている友達もそうだ。


 ピートの件は好き勝手にやらせてもらっているけど、本来そんなことはイレギュラー中のイレギュラー。

 私たちのような人間は、本来許されないことだ。


 権力を持つ人間には、それと比例して義務が生じる。

 それ相応の人間として振舞う義務が。


 私たちは何も考えずに行動できない。

 その行動による影響を考えずに、手足だって動かせないのだ。


「そのへんは大丈夫です」

 ウィルは穏やかに言った。

「私がなんとかします」

「なんとかするって言われても」

「責任は全部私が持ちますーーそれでも駄目ですか?」


 なんかこう、めちゃくちゃ深刻な問題みたいになりつつあるけど。

 実際は、ただ殿下とデートに行くか否かの話なだけなんだけど。


「ウィルは」

 私は尋ねる。

「はい」

「ウィルはどうしてそんなことを私に聞くの?」


 前のウィルは、聖女らしく振る舞えとうるさかった。


 正直めちゃくちゃうるさかった。


 でも今のウィルは、自分の感情に則って行動しろとうるさい。


 うるさいのには変わらないけど、ウィルの行動に矛盾が生じていることはわかる。

「だって、ウィルは私に聖女らしく振る舞えと言っているじゃない。それなのにどうして」

「それは、聖女らしく振る舞えという点と、今回の争点が違うからですよ」

 ウィルは答えた。

「私が普段言っているのは、あくまで『振る舞い』に関してです。今回のことは、危険をすべて取り除いた上でなら、世話係としての意見であれば、問題はないと思っています」

「……さっきはあんなに怒ってたのに」


 今すぐ断れとかなんとか。

 自分の行動を邪魔する人間は排除するとか。


「まあ、それは……。横に置いておいてください。私の気持ちですから」


 その辺はあまりツッコまないでほしいみたいな顔で、彼は続ける。

「私が知りたいのは、あなたが実際にどう思っているかです。デートに行きたくないのか、それとも行きたいのか。殿下のことが好きなのか。あのピート公爵子息と別れた後に婚約したいくらいに」

「ちょ、ちょっと待って。婚約とかそうじゃないとか、それは飛躍し過ぎじゃない?」

「ものの例えですよーーつまり私が言いたいのは、 恋愛的な問題に関しては自分の心に従ってくださいということです」


 彼はそう言って部屋から立ち去った。


 えぇ……。


 私は呆然と彼が出ていった扉を見つめる。


 じゃあ私、一体どうすれば良いの?


 
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