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side-朝陽 1.
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結局、一晩中泣き続けてしまった。
窓の外が白みがかって、明るくなっていくのを泣きつかれた目で見ていた。
朝日を取り込むためにベッド横のカーテンを開く。
いつの間にか雨は止んでいて、清々しい朝の光が差し込んでくる。
「……はぁ……起きなきゃ……」
一睡もできなかった。
寝ようとしたけど、いつも一緒に寝ていた広いベッドに横になった瞬間、色んなことを思い出してしまって寝れなかった。
ベッドには当然のように彼とオレの枕が仲良く並んでいて、シーツにはまだ彼と最後に寝た夜の匂いがほのかに残っているような気がした。
同じシャンプーを使っているはずなのに、かすかにウッディな香りが混じった彼の匂い。
オレは思わずシーツに顔を埋め、彼のぬくもりを追いかけるように深く息を吸い込んだ。
「……ふ、……ッ……」
匂いを感じているだけで、胸が締め付けられる。
この部屋に、彼だけがいない違和感。
今までにも、お互いの仕事都合で一緒に居ない日は多々あった。
彼が出張で来れない日もあったし、ケンカして距離を空けてたことだってある。
同棲だって、まだしてるわけじゃない……
居ないのは、当たり前のはずなのに……
なのに、なんでこんな気持ちになるんだろう。
琥太郎のいない現実を受け入れようと、顔を上げてベッドの端に腰掛ける。
「大丈夫。すぐ、慣れるよね……」
彼の枕にそっと指を這わせ、震える声で呟く。
『ひよ、愛してる』
何度も、このベッドの上で愛を確かめた。
彼の吐息を間近で感じて、触れ合った肌が熱くて、繋がった部分が熱くて溶けるかと思った。
ありありと彼のことを思い出せるのに、もうあの時間は戻って来ない気がした。
琥太郎は、もう、ここには帰ってこない気がした。
『ひよと一緒なら、どんな部屋でもいいけど……ひよの可愛い声が周りに漏れないようにしなきゃな』
散々啼かされたあと、彼が意地悪に言った言葉。
「バカっ!」って、文句を言いたいのに、言おうとするたびにオレの弱いところを突かれるから、喘ぐことしかできなくて……
オレの肌をなぞる彼の指先。
蕩けるような熱い眼差し。
オレの身体は、彼しか知らない。
彼が、オレの身体を作り変えたのに……
「……仕事、行かなきゃ」
気持ちを切り替えようと、洗面所に顔を洗いに行く。
鏡に映る自分の顔を見て、あまりの酷い顔につい笑ってしまった。
昨晩ずっと泣き続けてしまったせいで、目元は赤く腫れてしまったうえに、涙やけまでしている。
「フッ……酷い顔。ずっと、比べられてたのかな……あんな可愛い子が恋人だったなら、オレみたいなの……恋人なわけ、ないか……」
何度目かわからないため息が漏れ、涙が零れ落ちる。
これ以上自分の醜い顔を見たくなくて、そっと目を閉じ、冷水で何度も顔を洗った。
これ以上泣かないように。
涙が零れ落ちないように、全てを洗い流した。
『ひよ』
彼がオレの名前を呼ぶ幻聴が聞こえると同時に、昨日病院で睨まれたときの冷たい視線を思い出し、胸がズキンと痛んだ。
「はぁ……戻らなきゃ。みんなに、迷惑……掛けちゃう、よな……」
リビングのソファーに深く腰掛け、天井を眺めながら呟く。
何もやる気が出てこない。
行かなきゃ、家を出なきゃって思うのに、身体が動かない。
ただただ、時間だけが過ぎていく。
『ひよ、好きだよ』
オレの髪を愛おしげに撫でながら、キスをねだってきた彼。
彼の唇はいつも少し乾いていて、キスするたびにオレの唇を軽く噛む癖があった。
オレを抱き寄せる力は強いけど、いつもどこか優しく触れてくれる彼の手が好きだった。
キスされるのが苦手だったけど、彼の熱を感じられるのは好きだった。
思い出すだけで、彼の体温も、匂いも、色も思い出せる。
でも、今はもう、遠い幻のようだった。
時計を見ると、気付けばもう十二時を過ぎていた。
何時の新幹線に乗れば、いいんだっけ……
今から行けば、夕方までには着けるよね?
あ……今日、ミーティングがあるんだった。
やっぱ、今すぐ戻ったほうがいいよね。
でも、動けない。動きたくない……
働かない頭で、同じ言葉がグルグルする。
充電、しなきゃ……また、電池切れちゃう。
昨晩から転がっていたスマホを手に取り、残量を確認する。
電池マークが赤色で、10%を切っているのがわかる。
モバイルバッテリー、どこやったっけ……
彼が……琥太郎が買ってくれたやつ。
『ひよ、いつも充電すんの忘れるからコレ持っとけ』って言って、なんか良いやつを買ってくれたんだっけ……
彼の手がオレの手を握って、親指の腹で手の甲を撫でてくる。
こんな小さな仕草すら、彼の愛情が滲んでいた。
ロック画面を外すと、昨晩伏せて見えなくした写真の手の部分だけの画像が映し出される。
彼と旅行に行った時の写真の一部。
ふたりでピースをしている手の部分だけを切り抜いた画像。
本当は顔がしっかり映った別の写真をホーム画面にしたかった。
でも、万が一、会社の人やお店のメンバーに見られたら、言い訳できない。
彼は、気にせず公表すれば良いって言ってたけど、オレはそんな勇気が出なくて、隠しちゃった。
うん。隠してて、正解だったんだと思う。
こんな風に別れること、予想してなかったから……
「なぁ……コタ。本当に、全部忘れちゃったのか?オレのこと……ずっと、ずっと……愛してるって、言ってたのに……」
スマホの画面にポタッ、ポタッと大粒の涙が落ちる。
涙のせいで視界が歪み、こぼれ落ちた涙のせいで彼の指先がぼやける。
ピポパポピンッ
ピポパポピンッ
不意に軽やかな音を奏で、電話の着信を知らせるスマホ。
画面には【司馬】の名前が表示されており、仕事の連絡である事を告げている。
「あ、やっと出た!おい、竹内大丈夫か?」
親しみのある、安心感を与えてくれるいつもの声とは違い、明らかに焦りを含んだ声がスマホ越しに聞こえてくる。
「ぇっと……う、うん。大丈夫。そろそろオレも戻ろうかな?って、思ってたところ」
気持ちを隠すように、できるだけいつもと変わらない明るい声で答える。
「何が大丈夫だ。そんな声で俺を誤魔化せたと思うなよ?」
オレの返答から間髪容れずに否定してくる司馬に、一瞬驚くも、バレちゃったことに苦笑が漏れる。
「ううん。ホント……オレは大丈夫。櫻井《さくらい》さん、頭を強く打ったみたいだけど、意識はしっかりしてた。身体も……多分、怪我はしてないみたいだったよ」
目を閉じ、昨日会ったときの彼の姿を思い出して報告する。
本人や先生に聞いた話じゃないから、オレの憶測でしかないけど……
「意識もしっかりしてたし……ただ……、仕事復帰もすぐにできるんじゃないかな?あ、オレは今から新幹線に乗るつもりだから、夕方には戻れると思う。ミーティング、サボっちゃってごめん」
危うく彼の記憶喪失のことを口走りそうになり、慌てて誤魔化す。
オレと琥太郎の関係を司馬は知らないはずだから、こんなこと言って迷惑をかけるのはなんか違う気がする。
それに……今言っちゃうと……色々我慢できなくなりそうだから……
「ってか、そっちは大丈夫なのか?あ、もしかして問題があったから電話してきた?」
司馬の要件を聞いてなかったのを思い出し、慌てて訊ねる。
「いや……こっちは大丈夫だ。竹内が大事ないって言うならそれでいい。詳しくはこっちに戻ってきてから、飯食いながらでも聞くわ」
いつもと変わらない、少しぶっきらぼうだけどどこか温かい司馬の声に、オレの胸がツキンと痛む。
「ホント……司馬って、見た目と違って面倒見がいいよな……」
声が震えそうになるのを、なんとか堪えて言う。
大丈夫。電話越しなら、気付かれてないはずだから……
こんな、泣いてる顔……誰にも見られたくないから……
「竹内……お前、無理すんなよ?こっちはなんとかすっから、急いで戻って来なくてもいい。でも、なんかあるなら、俺が話を聞いてやるから……」
司馬の優しさが、今は苦しくてしかたない。
同期で入社したのに、先に店長にまでのぼりつめた司馬。
スタッフとのコミュニケーション能力も高く、誰にでも優しい。
仕事だって丁寧だから、お客様からの人気も高い。
お人好しで、なんでもできる、オレの友人。
「ん、サンキュー……。博多駅に着いたら、連絡する。ホント、色々ありがと」
司馬の言葉に少しだけ、元気をもらった。
一瞬だけ、彼を忘れることができた。
大丈夫……
こうしてても、琥太郎が帰って来てくれるわけじゃない。
ここに居たって、もう、琥太郎はオレを思い出してはくれない。
退院の日がいつになるのかもわからないし、聞いてもしかたない。
オレは、彼の家族でもなければ、恋人でもなかったから……
それに、もう一度あの病院に行って、琥太郎に直接拒絶されたくない。
あんな冷たい眼、もう、二度と見たくない……
琥太郎がオレを見る目、他人を見るよりも冷たくて殺意に満ちてた。
あれが、本心だったのかな……
ホントは、オレのこと……本当に嫌いだったのかな……
オレ、ストーカーだったのかな……
琥太郎との思い出も全部、オレの妄想で……本当の恋人は、あの人だったのかも。
「……戻ろう。もしかしたら、時間が経ったら、オレのこと……思い出してくれるかもしれないし……」
震える声を深呼吸をして抑える。
「別れるなら、それはそれで、しかたないもんね。オレ……忘れ、られるのかな……」
部屋の空調を切り、自分の気持ちを切り離すように扉を閉める。
オレには、今任されてる仕事があるから……
駅に向かう途中の道、彼と手を繋いで歩いたのを思い出した。
彼がオレの手を握り、指を絡ませながら「ひよの手、ちっちゃいよなぁ~。ホント、可愛い」と笑ってくれた。
あの時の声が、風に混じって聞こえた気がした。
これも、全部……オレの妄想だったのかも。
彼には……琥太郎には、【守】って名前の、本物の恋人がいたんだから……
窓の外が白みがかって、明るくなっていくのを泣きつかれた目で見ていた。
朝日を取り込むためにベッド横のカーテンを開く。
いつの間にか雨は止んでいて、清々しい朝の光が差し込んでくる。
「……はぁ……起きなきゃ……」
一睡もできなかった。
寝ようとしたけど、いつも一緒に寝ていた広いベッドに横になった瞬間、色んなことを思い出してしまって寝れなかった。
ベッドには当然のように彼とオレの枕が仲良く並んでいて、シーツにはまだ彼と最後に寝た夜の匂いがほのかに残っているような気がした。
同じシャンプーを使っているはずなのに、かすかにウッディな香りが混じった彼の匂い。
オレは思わずシーツに顔を埋め、彼のぬくもりを追いかけるように深く息を吸い込んだ。
「……ふ、……ッ……」
匂いを感じているだけで、胸が締め付けられる。
この部屋に、彼だけがいない違和感。
今までにも、お互いの仕事都合で一緒に居ない日は多々あった。
彼が出張で来れない日もあったし、ケンカして距離を空けてたことだってある。
同棲だって、まだしてるわけじゃない……
居ないのは、当たり前のはずなのに……
なのに、なんでこんな気持ちになるんだろう。
琥太郎のいない現実を受け入れようと、顔を上げてベッドの端に腰掛ける。
「大丈夫。すぐ、慣れるよね……」
彼の枕にそっと指を這わせ、震える声で呟く。
『ひよ、愛してる』
何度も、このベッドの上で愛を確かめた。
彼の吐息を間近で感じて、触れ合った肌が熱くて、繋がった部分が熱くて溶けるかと思った。
ありありと彼のことを思い出せるのに、もうあの時間は戻って来ない気がした。
琥太郎は、もう、ここには帰ってこない気がした。
『ひよと一緒なら、どんな部屋でもいいけど……ひよの可愛い声が周りに漏れないようにしなきゃな』
散々啼かされたあと、彼が意地悪に言った言葉。
「バカっ!」って、文句を言いたいのに、言おうとするたびにオレの弱いところを突かれるから、喘ぐことしかできなくて……
オレの肌をなぞる彼の指先。
蕩けるような熱い眼差し。
オレの身体は、彼しか知らない。
彼が、オレの身体を作り変えたのに……
「……仕事、行かなきゃ」
気持ちを切り替えようと、洗面所に顔を洗いに行く。
鏡に映る自分の顔を見て、あまりの酷い顔につい笑ってしまった。
昨晩ずっと泣き続けてしまったせいで、目元は赤く腫れてしまったうえに、涙やけまでしている。
「フッ……酷い顔。ずっと、比べられてたのかな……あんな可愛い子が恋人だったなら、オレみたいなの……恋人なわけ、ないか……」
何度目かわからないため息が漏れ、涙が零れ落ちる。
これ以上自分の醜い顔を見たくなくて、そっと目を閉じ、冷水で何度も顔を洗った。
これ以上泣かないように。
涙が零れ落ちないように、全てを洗い流した。
『ひよ』
彼がオレの名前を呼ぶ幻聴が聞こえると同時に、昨日病院で睨まれたときの冷たい視線を思い出し、胸がズキンと痛んだ。
「はぁ……戻らなきゃ。みんなに、迷惑……掛けちゃう、よな……」
リビングのソファーに深く腰掛け、天井を眺めながら呟く。
何もやる気が出てこない。
行かなきゃ、家を出なきゃって思うのに、身体が動かない。
ただただ、時間だけが過ぎていく。
『ひよ、好きだよ』
オレの髪を愛おしげに撫でながら、キスをねだってきた彼。
彼の唇はいつも少し乾いていて、キスするたびにオレの唇を軽く噛む癖があった。
オレを抱き寄せる力は強いけど、いつもどこか優しく触れてくれる彼の手が好きだった。
キスされるのが苦手だったけど、彼の熱を感じられるのは好きだった。
思い出すだけで、彼の体温も、匂いも、色も思い出せる。
でも、今はもう、遠い幻のようだった。
時計を見ると、気付けばもう十二時を過ぎていた。
何時の新幹線に乗れば、いいんだっけ……
今から行けば、夕方までには着けるよね?
あ……今日、ミーティングがあるんだった。
やっぱ、今すぐ戻ったほうがいいよね。
でも、動けない。動きたくない……
働かない頭で、同じ言葉がグルグルする。
充電、しなきゃ……また、電池切れちゃう。
昨晩から転がっていたスマホを手に取り、残量を確認する。
電池マークが赤色で、10%を切っているのがわかる。
モバイルバッテリー、どこやったっけ……
彼が……琥太郎が買ってくれたやつ。
『ひよ、いつも充電すんの忘れるからコレ持っとけ』って言って、なんか良いやつを買ってくれたんだっけ……
彼の手がオレの手を握って、親指の腹で手の甲を撫でてくる。
こんな小さな仕草すら、彼の愛情が滲んでいた。
ロック画面を外すと、昨晩伏せて見えなくした写真の手の部分だけの画像が映し出される。
彼と旅行に行った時の写真の一部。
ふたりでピースをしている手の部分だけを切り抜いた画像。
本当は顔がしっかり映った別の写真をホーム画面にしたかった。
でも、万が一、会社の人やお店のメンバーに見られたら、言い訳できない。
彼は、気にせず公表すれば良いって言ってたけど、オレはそんな勇気が出なくて、隠しちゃった。
うん。隠してて、正解だったんだと思う。
こんな風に別れること、予想してなかったから……
「なぁ……コタ。本当に、全部忘れちゃったのか?オレのこと……ずっと、ずっと……愛してるって、言ってたのに……」
スマホの画面にポタッ、ポタッと大粒の涙が落ちる。
涙のせいで視界が歪み、こぼれ落ちた涙のせいで彼の指先がぼやける。
ピポパポピンッ
ピポパポピンッ
不意に軽やかな音を奏で、電話の着信を知らせるスマホ。
画面には【司馬】の名前が表示されており、仕事の連絡である事を告げている。
「あ、やっと出た!おい、竹内大丈夫か?」
親しみのある、安心感を与えてくれるいつもの声とは違い、明らかに焦りを含んだ声がスマホ越しに聞こえてくる。
「ぇっと……う、うん。大丈夫。そろそろオレも戻ろうかな?って、思ってたところ」
気持ちを隠すように、できるだけいつもと変わらない明るい声で答える。
「何が大丈夫だ。そんな声で俺を誤魔化せたと思うなよ?」
オレの返答から間髪容れずに否定してくる司馬に、一瞬驚くも、バレちゃったことに苦笑が漏れる。
「ううん。ホント……オレは大丈夫。櫻井《さくらい》さん、頭を強く打ったみたいだけど、意識はしっかりしてた。身体も……多分、怪我はしてないみたいだったよ」
目を閉じ、昨日会ったときの彼の姿を思い出して報告する。
本人や先生に聞いた話じゃないから、オレの憶測でしかないけど……
「意識もしっかりしてたし……ただ……、仕事復帰もすぐにできるんじゃないかな?あ、オレは今から新幹線に乗るつもりだから、夕方には戻れると思う。ミーティング、サボっちゃってごめん」
危うく彼の記憶喪失のことを口走りそうになり、慌てて誤魔化す。
オレと琥太郎の関係を司馬は知らないはずだから、こんなこと言って迷惑をかけるのはなんか違う気がする。
それに……今言っちゃうと……色々我慢できなくなりそうだから……
「ってか、そっちは大丈夫なのか?あ、もしかして問題があったから電話してきた?」
司馬の要件を聞いてなかったのを思い出し、慌てて訊ねる。
「いや……こっちは大丈夫だ。竹内が大事ないって言うならそれでいい。詳しくはこっちに戻ってきてから、飯食いながらでも聞くわ」
いつもと変わらない、少しぶっきらぼうだけどどこか温かい司馬の声に、オレの胸がツキンと痛む。
「ホント……司馬って、見た目と違って面倒見がいいよな……」
声が震えそうになるのを、なんとか堪えて言う。
大丈夫。電話越しなら、気付かれてないはずだから……
こんな、泣いてる顔……誰にも見られたくないから……
「竹内……お前、無理すんなよ?こっちはなんとかすっから、急いで戻って来なくてもいい。でも、なんかあるなら、俺が話を聞いてやるから……」
司馬の優しさが、今は苦しくてしかたない。
同期で入社したのに、先に店長にまでのぼりつめた司馬。
スタッフとのコミュニケーション能力も高く、誰にでも優しい。
仕事だって丁寧だから、お客様からの人気も高い。
お人好しで、なんでもできる、オレの友人。
「ん、サンキュー……。博多駅に着いたら、連絡する。ホント、色々ありがと」
司馬の言葉に少しだけ、元気をもらった。
一瞬だけ、彼を忘れることができた。
大丈夫……
こうしてても、琥太郎が帰って来てくれるわけじゃない。
ここに居たって、もう、琥太郎はオレを思い出してはくれない。
退院の日がいつになるのかもわからないし、聞いてもしかたない。
オレは、彼の家族でもなければ、恋人でもなかったから……
それに、もう一度あの病院に行って、琥太郎に直接拒絶されたくない。
あんな冷たい眼、もう、二度と見たくない……
琥太郎がオレを見る目、他人を見るよりも冷たくて殺意に満ちてた。
あれが、本心だったのかな……
ホントは、オレのこと……本当に嫌いだったのかな……
オレ、ストーカーだったのかな……
琥太郎との思い出も全部、オレの妄想で……本当の恋人は、あの人だったのかも。
「……戻ろう。もしかしたら、時間が経ったら、オレのこと……思い出してくれるかもしれないし……」
震える声を深呼吸をして抑える。
「別れるなら、それはそれで、しかたないもんね。オレ……忘れ、られるのかな……」
部屋の空調を切り、自分の気持ちを切り離すように扉を閉める。
オレには、今任されてる仕事があるから……
駅に向かう途中の道、彼と手を繋いで歩いたのを思い出した。
彼がオレの手を握り、指を絡ませながら「ひよの手、ちっちゃいよなぁ~。ホント、可愛い」と笑ってくれた。
あの時の声が、風に混じって聞こえた気がした。
これも、全部……オレの妄想だったのかも。
彼には……琥太郎には、【守】って名前の、本物の恋人がいたんだから……
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