【本編完結】キミの記憶が戻るまで

こうらい ゆあ

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side-朝陽  3.

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「お疲れ~♪」
 予定通り、仕事終わりに司馬と飲みに行くことにした。
 店を出ると、福岡の夜の空気が肌を撫で、街灯の光がアスファルトに反射している。
 屋台から香ばしい匂いが漂ってきて、疲れと解放感からお腹がくぅ~っと鳴る。
 仕事中は、忙しさに集中しているから、何も考えなくて済んでいた。
 やる事は山積み、教える事も、準備も……
 厨房の熱気やスタッフの笑い声が、心の隙間を埋めてくれる。
 
 だが、店を出た瞬間、胸の奥にぽっかり空いた穴が顔を出す。
 ひとりになると……無意識に着信のないスマホを見てしまう。
 メールの着信があると慌てて確認し、ただのDMだったときの絶望感で胸が痛くなる。
 期待ばかりが先行し、違ったときの寂しさに……泣きたくなる。
「どう……してるんだろ……」
 ため息と一緒に言葉が漏れる。
 
 スマホの画面を指でなぞり、琥太郎からの通知がないことを確認するたび、胸が締め付けられる。
『毎晩、必ず電話するから。しんどいなら、メールでもいい。毎日、ひよに連絡するから』
 出張に出る前日、彼と取り決めた約束。
 福岡に来た日から、律儀に毎晩電話をくれたのに、あの日を境に連絡は一切ない。
 当然ちゃ、当然か……
 オレ……琥太郎の恋人じゃ、なかったみたいだから……

◇ ◇ ◇
 
「それで、お前は本当にこっちに戻ってきて大丈夫だったのか?櫻井さん、やっと今日退院したって本社の奴から連絡が来たぞ」
 司馬がさっきまで傾けていたビールをテーブルにダンッと音を立てて置き、オレの顔を覗き込んで問い詰めてくる。
「退院した直後で混乱してるのかわからないけど、雰囲気が全然違うって話だ。お前の名前を出した途端、不機嫌になったとか……」
 司馬の話を聞いて、ズキッと胸が痛む。
「前々からお前の名前を出したら、冷たい笑みを浮かべて牽制してくんのは有名だったが、なんか違うらしい。おい、竹内……お前、原因は知っているんだろ?」
 司馬の低く通る声が、居酒屋の喧騒を切り裂く。
 彼の目がオレを真っ直ぐ見つめてくるが、その目の奥にオレを心配してくれているのがわかる。
 
「おぉ~!これが本場のもつ鍋かぁ~。うわぁっ!めっちゃトロトロ!やばっ!うまっ!」
 少し甘めの醤油が利いた出汁とトロトロになったモツとキャベツを一緒に頬張り、満面の笑みを浮かべながら司馬にも食べるように勧める。
「やっぱりこっちの醤油ってちょっと甘いんだな!」
 なんとか話題を変えようと、司馬の器にも鍋の具を注いで誤魔化そうとする。
「司馬も、酒ばっかり飲まずに食えって。あ、いわし明太はあとで絶対頼む!」
 オレの動揺がバレないように笑ってスープを器に注ぎ、差し出してやる。
 大丈夫。オレと琥太郎の関係は……誰にもバレてないはずだから……
 会社では、仲の良い友人とか知り合い程度なはずだし……

「おい、竹内」
「でもいわしに明太子ってどうなの?いや、美味しんだろうけど、他所の子詰められて焼かれるって」
 オレもビールを煽りながらケラケラ笑う。
「こっちの人って、本当に明太子好きだよなぁ~。いや、オレも好きだよ?めんべいとか明太子はお土産で絶対買って帰ろう!」
「竹内!」
 バンッとテーブルを司馬が叩いたせいで、店内が一瞬シーンと静まり返る。
「し、司馬?えっと……ど、どうしたんだよ。酔ったのか?お前にしては珍しいじゃん。あ、水飲む?」
 周りのお客さんに「うるさくして、すみません」とペコペコ頭を下げて謝ったあと、司馬に小声で声を掛ける。
「おい、司馬大丈夫か?水飲む?他のお客さんびっくりしてんじゃん」
 これ以上他のお客さんの迷惑になるようだったら、店を出なきゃな……と悩んでいると、深い溜息を吐き出される。
「悪い。なぁ、竹内……俺は、お前と櫻井さんが付き合ってんのは知ってる。だから、誤魔化さなくていい。なにか、あったんだろ?」
 司馬の手がビールのジョッキを握る力が増し、テーブルに置かれた箸が軽く揺れる。
 彼の真剣な声に、琥太郎がオレの頬を撫でながら『ひよ、俺以外にそんな顔見せるなよ』と囁かれたときのことが頭をよぎる。
 
 司馬の顔を見ると、これ以上誤魔化しても無理なんだってわかった。
 琥太郎と付き合ってたの、バレてたんだ……
 どうしよう……男同士で付き合ってるの、気持ち悪いって言われるかな?
 あ……でも、今は……
「べ、別に……オレと、こた……櫻井さんは、恋人とかじゃないよ」
 声が震えてしまう。
「竹内……」
 司馬の真剣な表情に、ずっと無理に元気よく振る舞っていた緊張の糸が切れてしまい、今にも泣き出しそうになって慌てて俯く。
 居酒屋の薄暗い照明のおかげで、泣きそうな顔を見られなくて済んだ。
 司馬は、オレが話し出すのをただジッと待ってくれている。
 ビールの泡がシュワシュワと消える音が耳に響いていた。

「……コタ……櫻井、さん……記憶、喪失なんだって……。オレのこと、すっかり忘れちゃったらしい」
 飲食店で作り続けた笑みを顔に貼り付け、なんとか笑って話し始める。
「ドラマか?って言いそうになったもん。あ、でも、オレと櫻井さん、付き合ってるわけじゃないからな?オレは……恋人だと思ってたんだけど、違ったらしい」
 オレの言葉に司馬の目が見開かれる。
 イケメンのクセにポカーンと間抜けに口を開けて驚く姿にクスっと笑みがこぼれる。
「櫻井さん……ホントは別に恋人がいたみたいなんだ。あ、病院で会ったんだけど、オレと違ってめちゃくちゃ可愛い人でさ!モデルとかしてそうな感じの人。美男と美人のお似合いカップルって感じ」
 彼の背後からギュッと抱き着いて睨み付けてきた淡い栗色の髪の青年のことを思い出し、深い溜息が漏れ出る。
「オレ、知らなかったんだよね。今回の出張から戻ったら、同棲しようって言ってたのに……オレ、やっぱり、コタの恋人なんかじゃなかったんだろうなぁ……」
 ポタ、ポタ……と、木目のテーブルに水滴が落ちる。
「あれ?雨漏り……?な、わけ……ないか……」
 慌てて手の甲で目元をこすり、涙を拭う。

「ごめん。こんな話しても、司馬には迷惑な話だろうし、今聞いたのは全部忘れてよ」
 笑顔を作りたいのに、口元が震える。
 これ以上泣きたくないのに、溢れ出てくる涙を止めることができない。
 今までずっと我慢してきたものが溢れ出し、ポタポタと涙が溢れてジーンズにシミを作っていく。
「オレ……先、帰るわ。お金、いくらだろ?」
 鞄から財布を取り出し、慌てて帰ろうとしたとき、司馬に手を握られる。

「竹内……悪い、嫌なこと思い出させちまって……。そんなことになってるなんて、知らなくて……ごめん」
 何かを耐えているような司馬の表情に、オレは何も言えなかった。
「でも、おかしいだろ?櫻井さんに別の恋人がいた?あんな独占欲丸出しの人が?竹内に近づく奴は殺すって殺気出しまくってたんだぞ?……俺なんて、毎回邪魔者扱いされてきたし……」
 オレの知らない彼の話に目が点になってしまう。
 へ?は?琥太郎が……?
 いつもスマートで、誰にでも優しくて、カッコいい……
 琥太郎がそんな態度を取ってたなんて、信じられない。

「お前は気付いてないみたいだったけど、俺と櫻井さんはいつもバトッてたんだからな」
 不機嫌を露わにした司馬がビールの残りを煽ぎ、おかわりを店員さんに頼む。
「そんな人が竹内以外の恋人を作るわけないだろ」
 テーブルに肘をつき、不服そうな声で司馬が慰めてくれる。
 司馬、実は琥太郎のことが好きだったのかな?
 だから……怒ってる?

「……おい。お前なんか勘違いしてそうだから言っておくが、俺は櫻井さんのことは、営業としては尊敬しているが、ライバルであって好きな人じゃねーからな。俺の好きな人は……」
 新しく届いたビールを飲みながら、司馬がぽつりぽつりと文句を言っている。
「あ゙~、こんな場所で言うつもりなんて一切なかったんだからな。ホントは、夜景の見えるところとかで言いたかったんだけど、お前が悪いんだからな」
 後頭部をガシガシと掻きながらバツの悪そうな表情を浮かべたあと、真剣な表情を真っ直ぐオレの顔を見つめる司馬。
「俺が好きなのは……お前だよ、竹内」
 突然の司馬からの告白に、頭の中が真っ白になってしまう。

 ウソ……司馬が?
 誰を?オレ……?
 いやいやいやいや、嘘だろ?
 だって……

「なぁ、俺じゃダメなのか?」
 司馬の顔を見ると、いつになく真剣な顔で俺の顔を覗き込んできていた。
 司馬の目が、居酒屋の薄暗い光の中で鋭く光る。
 彼の視線がオレを捉え、逃げられないように絡みつく。
 頬に触れる手が温かくて、その優しさに逃げることができない。
 司馬の指がオレの頬をそっと撫で、温かい感触が肌に広がる。

『ひよ、ずっと……ひよだけを愛している』
 不意に琥太郎の幻聴が聞こえた気がした。
 オレの頬を優しく撫で、親指で唇をなぞったあとにゆっくりと唇が重なる。
 彼の熱い舌が入りたそうに唇を舐め、意地悪に細められた目と目が合い、蕩けるくらい甘いキスをしてくれた。
 今は思い出したくないのに、琥太郎との思い出が脳裏を過る。

「俺は、ずっと竹内のことが好きだった。同期で入ったときから、ずっとお前のことを見ていた。竹内が……櫻井さんと一緒にいる姿を見て、お前が幸せなら諦めようって思ってたけど……」
 司馬の少し冷たい指がオレの目元を撫で、涙を拭ってくれる。
「お前を泣かせるなら、アイツから奪ってしまいたい。俺なら、絶対に泣かせない。だから……俺にしろよ、竹内」
 司馬の声が低く、震える。
 テーブル越しに彼の肩がわずかに動き、薄暗い照明が微かに揺れる。
 いつの間にか唇が触れそうなくらい近くに司馬の顔があり、慌てて司馬の口元に手を当てて回避する。
「なっ!?じょ、冗談はやめろよ!今、本当に……」
 司馬の息がオレの手に当たり、温かい吐息が指をくすぐる。
 心臓がドキドキと跳ね、さっき思い出してしまった琥太郎とのキスがフラッシュバックする。
 
 司馬の唇に触れる手が熱い。
 司馬の真剣な眼差しが、オレをジッと見ている。
 触れる手が熱くて、絡み合う指を振り解くことができない。
 そのまま手を引き寄せられ、手の甲にそっと口付けが落とされる。
 司馬の唇がオレの手の甲に触れ、柔らかい感触が肌に広がる。
「俺は本気だから。竹内の気持ちが落ち着くまで、俺はいつまでも待つよ。だから、ちゃんと俺とのこと、考えてくれないか?」
 離された手を慌てて引っ込めるも唇が触れた手が熱くて、心臓がバクバクうるさくてしかたない。
 周りに他のお客さんがいっぱいいるはずなのに、周りを気にする余裕なんて残ってない。
 ただ心臓がうるさくて、頭が熱くて、誤魔化すようにビールを一気に煽った。

「竹内、無茶すんなよ」
 司馬の熱い視線から逃げようと、彼のビールも飲み干し、急いでおかわりを頼んでは飲み干し、頼んでは飲み干すを繰り返した。
 その後の事は、何も覚えていない……
 ただ、ひたすらお酒を飲んだような気がする。
 
 ビールの苦味が舌に残り、頭がぼんやりする。
 彼がオレの唇を奪い、裏路地でビールの味が混ざったキスをした。
『ひよ、愛してる』
 熱を帯びた彼の視線に、オレは縋るように唇を重ねた。

◇ ◇ ◇
 
 目が覚めると、見知ったアイボリー色の天井が見える。
 チュンチュンと鳥の声が聞こえ、明るい朝の陽射しが窓から降り注ぐ。
 オレが出張の間、間借りしているウィークリーマンションの一室。

 どうやって帰ってきたのか、あれからどうなったのか全然覚えていない。
 昨日着ていた服のまま、オレは布団も掛けずにベッドに横たわっていた。
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