【本編完結】キミの記憶が戻るまで

こうらい ゆあ

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side-琥太郎 4.

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「琥太郎、おかえりなさい!」
 家に帰ると当たり前のように守が部屋で待っていた。
 合鍵を渡した覚えはないが、記憶を失くす前の俺が渡していたんだと思う。
 恋人なんだから、当然だよな。と思いつつ、なぜか胸の奥がチリチリする。
 
 段ボールが山積みにされたリビングを柔らかな明かりが照らしている。
 玄関を開けた瞬間、守が飛び出してきて俺に抱き付いてきたとき、守が使っている甘いシャンプーの香りがした。
 横目で部屋の中をチラリとみると、ソファのクッションが乱れ、守が座っていた跡が残っていた。
「退院してすぐだったのに、お仕事お疲れ様。ねぇ、どうだった?大丈夫?なにか……思い出しちゃった?」
帰って来て早々に抱き着いてくる彼を愛し気に抱き締め、ふわふわの猫っ毛に顔を埋める。
 守の華奢な身体が俺の胸に沈み込み、細い腕が俺の背中に絡みつく。
 守の柔らかい髪が頬に触れ、甘い香りが鼻腔を満たすが、胸の奥でチクリと鋭い痛みが生じる。
「はぁ……疲れた。今日は守にたっぷり癒やして欲しいなぁ」
 違和感を払拭するように頬や瞼に口付けを落として甘える。

「ふふっ……琥太郎、甘えただね。いつのもカッコいい琥太郎はどこに行っちゃたの?」
 守はクスクスとくすぐったげに笑いながらも、俺からのキスを受け入れたあと、自らもキスをねだる。
 守の柔らかい頬に唇を押し当て、滑らかな肌が俺の唇に吸い付く。
 瞼にキスをすると、守の長い睫毛が唇に触れ、胸が熱くなるのに、なぜか頭の奥で別の誰かの笑顔がちらつく。
「ねぇ、琥太郎。今日は僕のこと抱いてくれる?」
 守の細い腕が俺の首に回り、上目遣いにおねだりしてくる。
「入院中、全然えっちなことできなかったでしょ?僕も琥太郎とえっちなことしたいなぁ~♡」
 コテンと小首を傾げ、誘ってくる姿に身体が熱くなるのを感じる。
 今すぐこの場で押し倒したい衝動にかられるも、なぜか躊躇してしまう。
「お風呂、一緒に入ろ?僕が琥太郎の身体を洗ってあげるね♡あ、琥太郎も僕の身体、隅々まで洗ってね♡もちろん、ココも♡」
 守に手を取られ、小さなお尻へと誘導される。
 キュッと引き締まっているのに、柔らかな臀部の感触に頬がニヤけそうになる。

「俺の恋人は可愛くてエッチで素敵だな。今夜はいっぱい可愛がってやるからな」
 守の華奢な身体を抱き上げ、そのまま風呂場に直行する。
 脱衣所でお互いに服を脱がせ合っているのに、守は初めてのときのように裸体を見せるのを恥ずかしがる。
 そんな守が可愛くて、俺はときおり、ワザと守の可愛らしい胸の突起に指を掠めながら脱がせる。
「んぁっ♡もぉ~、琥太郎のえっち♡」
 白く艶やかな肌が露わになるたび、胸が高鳴る……気がしていたのに、なぜか逆に冷めていくのを感じる。
「琥太郎の身体、カッコいい。やっと僕のになるんだぁ~♡」
 守の細い指が俺の胸をなぞる。
 ゾワッと悪寒が全身を走り、鳥肌が立ちそうになる。
「琥太郎、だ~い好き。琥太郎は、僕が一番好きだよね?」
 柔らかい唇を俺の首筋に押し当て、甘えるような声でさえずる。

「あ……あぁ。守、ここじゃ風邪ひくだろ?早く入ろう」
 守を浴室に誘導し、温かなシャワーのお湯を全身に浴びながら何度も啄むような口付けを交わした。
 しかし、どれだけ守の身体が俺に密着しても、俺の股間に熱が集まらない。
 むしろ、心の奥に冷たい疼きが広がり、守と触れているだけで嫌悪感が増していく。
「琥太郎の、まだ勃ってないのにおっきいね」
 守の細い指が俺の息子に絡まり、ゆるゆると愛撫してくる。
 だが、それでも全く反応を示すことができず、俺は内心パニックになっていた。
 え?嘘だろ!?ま、まさか……俺、不能になってるんじゃ……
 
 一抹の不安がよぎる。
 恋人がこんなにも積極的なのに、俺はどうしたんだ?
 
 浴室に設置された鏡には、疲れた顔をした俺の姿が映し出されていた。
 しかし、疲れているからといって、こんな状態の恋人を目の前に無反応なんてあり得ない。
「琥太郎のココ、僕が可愛がってあげるね♡」
 俺の足元に座り込んだ守が、俺のペニスの根元を握り、くにゅくにゅと扱き出す。
 守の小さな舌が全体を舐めまわし、小さな口をできるだけ大きく開けて先端を銜える。
 苦し気な表情を浮かべつつも、必死に愛撫する姿を見て、愛し気に頭を撫でてやる。
 でも、俺のペニスは一向に反応しない。
「……な、んで……?」
 涙目になりながら必死にフェラチオを繰り返す守。
 ちゅぽんと濡れた音を浴室内に響かせ、口から俺のペニスを引き抜いた守の肩はわなわなと震え、拳を強く握っていた。
 ガバッと顔を上げた彼の顔には、怒りが宿っており、射殺さんばかりの視線で睨み付けてくる。
「なんで?琥太郎、なんで勃ってくれないの?」
 俺の胸を両手で押し、白いタイル張りの壁に押し付ける。
「なんで!僕の恋人でしょ!早く勃起してよ!早く僕のことを抱いて、僕のだけになってよ!」
 先程までの可愛らしい守の表情は一転し、怒りに満ちた表情で叫ぶ。
「そんなにアイツがいいの?せっかく忘れたのに?やっと僕のモノになってくれたのに?なんで!どうして!僕の方がアレより可愛いでしょ!僕の方がアレなんかよりずっと琥太郎のことを愛してる!アレなんかのどこがいいの!」
 ヒステリックな声を上げて叫び出し、俺の胸をドンドンと拳で叩きながら泣き出した守に戸惑いを隠せない。
「守っ!落ち着けって……今日は……その、疲れて……」
「嘘つき!僕がキスをすると鳥肌を立ててたくせに!アイツのこと思い出したんでしょ!僕が恋人だって言ったでしょ!アイツはストーカー!僕じゃない!」
 闇雲に腕を振り回す守の手首をギュッと掴んで押さえつける。

「……守、落ち着けって!それより、どういうことなんだ?アレって……アイツって、誰のことを言ってるんだ?」
 暴れる守を落ち着かせようと優しく話しかけるも、守は暴れるのを止めてくれない。
 むしろ、さっきよりも強い力で暴れるせいで、俺の頬や胸には守の爪で引っ掻かれた傷がいくつもできてしまう。
「うるさい!うるさい!うるさいっ!」
 守が叫ぶたび、浴室の蒸気が視界を曇らせ、心の奥に冷たい疼きが広がる。
「僕の恋人になってよ!アイツのこと、覚えてないんでしょ?僕の方が恋人に相応しいってことでしょ!」
 守の叫び声が浴室に響き、シャワーの水音が耳を圧する。

『コタ、好きだ。……恥ずかしいんだから、そんな、見んなよ……』
 耳まで真っ赤に染めながら、恥ずかしそうに顔を背ける朝陽の笑顔がチラつく。

 ずっと引っ掛かっていた。
 本当に、コイツは俺の恋人なのか……
 なんで、触れようとすると身体が拒絶したがるのか……
 守を掴んでいた手に無意識に力が入ってしまい、守が「痛いっ!」と叫ぶ。

「……おい、どういうことなんだ?お前が俺の恋人だと言ったのは、嘘かのか?ちゃんと説明しろよ!」
 無意識に声を荒げてしまったせいで、守の肩がビクンッと震え、怯えた表情を浮かべながら弱々しく睨み付けてくる。
「……琥太郎が……琥太郎が、僕を選ばないのが悪いんだ……」
 吐き捨てるように言い捨て、守は俺の腕を振り切って浴室から飛び出して行った。
 数分もしないうちに玄関の扉が乱暴に開けられ、走って出行く足音が聞こえる。

 
「…………」
 嵐のように守が出て行ったあと、浴室にはシャワーのお湯が落ちる水音だけが響いていた。
 俺の判断は間違っていたのか?
 守が言っていたことはどういうことだ?
 それに、アイツの……朝陽の幻聴は……

 熱いシャワーのお湯が肩を叩き、蒸気が視界を曇らせる。
 俺はひとり、シャワーの水音に身を委ね、目を閉じると、胸の奥に鋭い痛みが走り、頭の奥で何かが動き出すのを感じる。
 暗闇の中で思い浮かぶのは、たったひとりの顔だった。
 丸みを帯びた柔らかな輪郭に、少しタレ気味の目。
 ダークブラウンのふわふわの髪がキッチンの暖かい明かりに照らされ、柔らかく光る。
 俺の指がその髪を撫でると、滑らかな感触が手に絡み、ほのかなシャンプーの香りが鼻をくすぐった。
 朝陽の笑顔が目の前に広がり、温かく輝く。
 朝陽の笑った顔、拗ねて怒った顔、いっぱい愛し合って、泣かせて、最後は幸せそうに笑う、俺の一番大切な人。
「……なんで、今まで忘れてたんだ…」

 俺が傷付けた。
 絶望感が募り、自分を殴りたくなる。
 病院の白い壁が頭に浮かび、朝陽の震える声が耳に響く。
『ご、めん……。琥太郎……ッ、ごめんっ!』
 泣くのを必死に堪えて震える口元。
 掠れた声でなんとか謝罪の言葉を残して走り去る後ろ姿。
 俺が突き放した冷たい言葉のせいで、朝陽にあんな顔をさせてしまった……
「朝陽……あさひ……」

 名前を呟くたび、記憶の断片が鮮明になっていく。
 朝陽のダークブラウンの髪を撫でた夜、ふたりでソファに寄りかかり、旅行の写真を見ながら笑った記憶。
 朝陽の指が俺の手を握り、温かい感触が心を満たす。
『コタ、ずっと一緒にいよう』と囁く朝陽の声を聞いて、俺はこの手を絶対に離さないと誓った。
 それなのに……
 なぜ、今まで忘れていたんだ。
 俺の一番大切な人は、朝陽だった。
 先程喚き散らしていた守の叫び声が遠ざかり、朝陽の笑顔が心を埋めていく。

「ひよ……」
 シャワーを止め、浴室のタイルに水滴が落ちる音が響く。
 目を閉じたまま、俺はもう一度愛しい本当の恋人の名前を口にする。
「ひよ……ごめん。俺が、間違ってた……」

 俺が傷つけた朝陽の涙目が胸を刺し、拳を握る手が震える。
 守の嘘、俺の誤解、すべてを正さなければ……
 胸の奥に鋭い痛みが走り、拳を握る手が震える。

「ストーカーは、アイツじゃないか……。くそっ……」
 どれだけ後悔しても、許されることじゃない。
 あんな奴の言葉を信じてしまった俺が、一番悪いんだ……

「今、アイツに記憶が戻ったことを悟られるのはマズイよな……」
 ヒステリックに叫んでいた守の様子を思い出し、苦虫を噛み締めたような表情を浮かべる。
 アイツがあの状態の時は何をやらかすかわからない。
 俺が階段から落ちたのも、アイツが……

 ゆっくりと息を吐き出し、自分の感情を落ち着かせてから、目を開く。
 今は、まだアイツの恋人を演じよう。
 アイツに記憶が戻っていることを伝えるのは、朝陽の安全を確保してからだ……

 浴室から出ると、アイツはどこにもいなかった。
 扉も開け放ったまま、出て行ったらしい。
 リビングの明かりが薄暗く灯り、開け放たれた扉から冷たい風が吹き込む。
 部屋には、アイツの甘い残り香がまだ充満していた。
 色々と問い詰めたいことがあったが、一先ずアイツが居なくなったことに安堵した。

 朝陽に、会いたい……
 会って、今すぐ謝りたい。
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