【本編完結】キミの記憶が戻るまで

こうらい ゆあ

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23.

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 十二月に入り、クリスマスや年末に向けて店も忙しくなってきた。
 店のカウンターに並ぶ商品もクリスマス限定商品が増え、店内の飾りつけも白や緑、赤が増えている。
 いつもより少し浮かれた雰囲気に、つい笑みが零れる。
「竹内さん、お休みだったのに来てもらってごめんなさい。あとは大丈夫なので、今日はもうゆっくりしてください」
 朝、バイトの子が急に熱を出してしまった為、代わりに半日出勤することになった。
 これ以上休みを削ると労基になにか言われてしまうかもしれないけど、この時期はしかたないよな。
「うん。じゃあ、お言葉に甘えて今日はもう休ませてもらうね。でも、何かあったら連絡してよ。オレでいいなら、すぐに駆け付けるから」
 ニッコリと笑顔を浮かべて話しかけると、ホールチーフをしている彼女は安堵したようにコクンと頷いてくれた。
 オレが今月いっぱいで退職すると伝えたとき、彼女が一番ショックを受けていた気がする。
 同じ社員として、結構仲良くしてくれてたんだな~って思って、オレも嬉しかった。

 仕事の帰り道、街を歩くと目に見えるお店や街路樹までが、綺麗にクリスマスの飾りつけをされている。
 クリスマスまで一週間を切った。
 多分、来週はこんなゆっくりする時間なんて取れないと思う。
 今年は二人用の小さなクリスマスケーキの販売もするらしいから、先週から予約の問い合わせがいっぱい来ていた。
 直径9cmの小さなクリスマスケーキ。
 たっぷりのイチゴと生クリームでデコレーションされたケーキに、サンタやトナカイのチョコを好きに飾りつけできるようになっている。
 自分たちだけの特別なケーキを作れるとあって、予約が殺到しているようだった。
「予約のお客様だけを捌く担当を作ったほうがいいよなぁ~。というか、ホールの人数も足りるのかな?今日、熱を出した子……すぐに治ればいいんだけど……」

 櫻井さんとは、あのデートの日を最後に一度も会ってない。
 お互い忙しいのもあるし、オレがフったんだから、会いに来てくれないのは当然だと思う。
 あのときの櫻井さんの寂しそうな顔が、目を閉じれば今でも思い出される。
 ふんわりと香るシトラスのコロンの匂い。
 背後から抱き締めてくれた時の温もり。
 緊張しているのか、微かに震えていた声。
 今でも、あのときの言葉を覚えてる。

 櫻井さんのことは……好きだ。
 たった一ヶ月だったけど、あんなカッコいい人に真剣に口説かれたら、落ちない方がおかしいと思う。
 ずっと憧れだった人。
 背も高くて、優しくて、頼りになる人。
 櫻井さんの手で頭を撫でてもらえるの、すっごく好きだったんだよね。
 食べ物以外でもらったプレゼントなんて、もったいなくて全然使えなくて……今も家に飾ってある。
 
 でも、オレは櫻井さんの気持ちに応えちゃダメだって、わかってる。
 最初に告白されたあの日、オレの中にいるもうひとりの自分が泣きながら言ってきた。
『もう、絶対好きにならない。諦める。諦めたい……好きになんて、ならない』
 どうしてそんなに頑ななのか、オレにはわからなかったけど……今なら、なんとなくわかる。

 櫻井さんが最後に告白してくれたあの日、オレも好きだって言いたかった。
 言いたかったけど……言うのは簡単なんだけど……
 でも、あのとき気づいちゃったんだよね。
 櫻井さんが本当に好きな人が誰なのかって……
 櫻井さんの目を見て、確信しちゃったんだ……
 櫻井さんが好きなのは、オレであって、オレじゃない。
 オレが好きになった人は、記憶を失くす前のオレを愛してるんだって……
 
 だから、オレは諦めなくちゃいけない。
 自分がライバルってなんか不毛だと思う。
 でも、オレが付き合っても、櫻井さんを傷つけるだけだから……
 オレがあのとき、ちゃんと記憶を取り戻せていれば変わったのかな……
 オレも、櫻井さんのことが好きだって、喜んで応えられていたのかな……

 ガランと荷物が片付けられた部屋を見て、ため息が出る。
 今月に入ってから、オレは毎日少しずつ引っ越しの準備を進めてきた。
 引っ越し先はまだ決めてないんだけど、不要な物は早めに処分しなきゃって思って……
 櫻井さんの服とか小物っぽいものは、オレのとは別に段ボールに詰めてある。
 今は仕事が忙しいから、次の休みか時間のあるときにでも持って行こうと思う。
 ただ、直接会うのは気まずいから、郵送するのがいいかもしれないけど……

 もう、何もかも終わったことなのに、この段ボールの山を見ているだけで、後悔ばかりが募っていく。
 本当に、これでよかったのかな……
 違う方法が、なにかあったんじゃないか?
 まだ、間に合うんじゃ……

 カタン

 不意にテレビ横の写真立てがまた倒れる音が聞こえた。
 振り返ると、思った通り今日も写真立てが前に倒れている。
 何度直しても、なぜか前に倒れてしまう写真立て。
 櫻井さんとの関係を諦めろって言われてるみたいで、なんか見てて笑ってしまう。
 コイツにまで言われちゃうんだって思っちゃって……

 引っ越し業者のチラシや賃貸物件の間取り、よくわからないメモ用紙が雑多に散らばったテーブルを見て、片付けをしなきゃって気持ちは湧いて来るのに身体が動かない。
 櫻井さんとお揃いで使っていたっぽい食器やマグカップ、クッションなどが目に付く。
「はぁ……女々しいなぁ~」
 櫻井さんのことを思い出すたび、無意識に手が止まってしまう。
 やらなきゃいけないことは山ほどある。
 退職の手続きの書類も今日中に書き上げなきゃいけないし、年明けには家も探さないと……
 わかってるのに、つい、立ち止まりたくなってしまう。

『ひよ……愛してる。記憶が戻らなくても、ずっと……』
 櫻井さんの告白が、頭の中で何度も繰り返し聞こえてくる。
 噓つき。
 記憶が戻らなくてもって言ってたけど、櫻井さんが好きなのは前のオレじゃん。
 今のオレじゃ……ないじゃん。

「これも……捨てなきゃな……」
 テレビの横で倒れていた写真立てを手に取り、仲良さげに手を繋いでピースをしているふたりの姿を見つめる。
 この前、櫻井さんとデートに行った場所と同じところで撮られたツーショット。
 赤いシンボルタワーを背景に、幸せそうに笑っているオレと櫻井さんの姿。
 本当に、仲が良いように見える。
 櫻井さんとデートで色んなところを回ったけど、初めて行ったはずなのに、なんか来たことがある気がしたのはこれのせいだったんだ……
 前のオレ。
 櫻井さんと付き合ってたはずのオレは、前にもあの場所に櫻井さんとデートに行ってたんだな……
 櫻井さんは、オレに少しでも思い出して欲しくて、あの場所をデート先に選んだんだと思う。

 写真に写るオレの顔を見ただけで、前のオレも櫻井さんのことが大好きだったんだってよくわかった。
 わかったけど……なんで、櫻井さんのこと忘れちゃったのか……それだけはわからない。
 そんなに好きなら……頭をぶつけたくらいで忘れんなよ……
 オレに、『諦めろ』なんて、指図するなよ……

 ポタポタと、写真立てのガラスに水滴が落ちる。
 泣くなんて……いつぶりだろう。
 でも、この写真を見てると、涙が止まらない。

 写真立てのガラスを撫でると、ひんやりとした感触が手のひらに伝わる。
 櫻井さん、どうしてるかな……
 オレのこと、嫌いになってくれたかな……
 目を閉じると、櫻井さんの困ったように眉を下げつつ、優しく微笑みかけてくれる顔が思い出される。
 あんな顔、仕事では見たことないのに……
『ひよ』
 オレのこと【ひよ】って呼ぶ、優しい声。
 甘えるように背後から抱き着いてきて、頭に顔を埋めてきた。
 
「なんとなく覚えてるけど、その相手はオレじゃない。オレは……」
 写真立てをぐっと掴むと、なんとなく後ろのパネルが膨らんでいるように感じる。
 写真以外に何かが挟まっているような感触に、眉をひそめる。
「これのせいで、あんなに倒れるのかな?」
 留め具を外そうと手を掛けた瞬間、なぜか言いようもない不安に駆られる。
 心臓がバクバクと高鳴り、呼吸が浅くなる。
 でも、確認しなきゃ……
 ちゃんと見とかないと、後悔する気がする。

 震える唇を開き、深く息を吸いこんでから写真立ての後ろのパネルを外す。
 出てきたのは、一通の手紙だった。
 涙かなにかで薄汚れた、汚い手紙。
 封筒に入ってるわけじゃない。
 ただ、写真より少し小さく折りたたまれた手紙だった。

「これ……オレが書いたのかな?」
 コレを書いた記憶は一切ない。
 でも、前のオレが泣きながら書いたんだってことは理解できた。
「読んで……いいのかな?」
 人の手紙を勝手に読んでしまうことに躊躇してしまい、開くことができない。
「……うぅ~、前のオレだってオレだろ!オレの手紙を読むのに躊躇すんな!」
 自分を鼓舞し、勢いよく手紙を開く。
【琥太郎へ】
 筆跡から、やっぱりオレが書いたものだとわかった。
 オレ、櫻井さんのこと琥太郎って呼んでたんだ……ちょっと、恥ずかしいかも。

 壁に背を預け、自分が書いたはずの手紙を丁寧に開いて読み始める。
 記憶を失くす前のオレが、櫻井さんに宛てて書いた手紙。
 冬の明かりが窓から入り、手紙を淡く照らしてくれる。
 手紙には、無数の涙の跡が残っていた。
 多分、コレを書いたオレは、泣きながら何度も書き直して、櫻井さんに自分の気持ちを書き記していたんだと思う。
 
【琥太郎へ……
 これを見つけたってことは、オレはもうココには居ないってことだよな。
 オレ、やっぱり琥太郎のことが好きでしかたないみたい。
 オレは、本当は琥太郎の恋人じゃないってわかったのに、諦めきれなくて、未練がましくこんな手紙まで書いちゃってるんだもん。
 ホント、気付けなくてごめん。

 しかも、わざわざ送らなくてもいいのに、琥太郎の荷物に紛れ込ませてこんな手紙を入れるなんて……オレ、性格悪いよね。
 あの人にこんな手紙見つかったら、琥太郎、怒られちゃうかもしれないのに……

 でも、こんなに好きになった人、琥太郎が初めてなんだ。
 琥太郎の恋人にしてもらえたって、勘違いしちゃった……
 琥太郎のこと、嫌いになれたらいいのに……
 オレのこと、遊びだったのかって、浮気ヤロー!って罵って、殴れたらよかったのに……
 本命のあの人のことは、ちゃんと覚えてるんだもん。
 敵うわけ、ないもんね。

 オレ、ホントにバカだよな。
 琥太郎にオレなんかが釣り合うわけないじゃん。
 ちょっと考えたら、気付けることだったのに……ずっと、一緒にいたのに、気付けなかった。
 
 琥太郎に「お前の顔なんて、一生見たくない」って言われて、初めて気付いたんだ。
 ごめん。ごめんなさい。
 今まで迷惑かけてごめんなさい。
 ストーカーのつもり、全然なくて、嫌われてるの、気付けなくて……ごめんなさい。

 でも、今も……好きなんだ……
 オレ、コタのこと、好きだよ。大好きだよ。
 コタ以上に好きになる人なんて、もう一生できないと思う。
 だから、琥太郎とあの人がいるこの街から出て行くね。
 仕事も辞めたから、もう二度と会わないようにする。
 ふたりの仲良い姿見たら、オレ、耐えれる気がしないから……

 こんな手紙、気持ち悪いよな。
 最後まで、嫌な気持ちにさせてごめん。
 コタ、愛してる。コタだけをずっと愛してる。
 この気持ちは、オレの中にだけで留めるから……

 あの人と幸せになってね。
 オレのこと、もう思い出さないで】
 
 ポタポタと手紙に新しい水滴が落ち、文字が滲んでいく。
 オレ、なんで泣いてるんだろう……
 鼻の奥がツンと痛み、溢れ出す涙を止めることができない。

 好き。好きだ。愛してる。
 離れたくない。ずっと、そばにいたい。
 琥太郎のことが、ずっと好きだ。
 愛してるって、ちゃんと言いたかった。
 オレのこと、思い出してって言いたかった。

 手紙を読み返すたび、琥太郎との思い出が戻ってくる。
 心の奥底に封印していた気持ちが溢れ出して、涙となって止めることができない。
 会いたい。
 琥太郎に会いたい。
 会って、好きだって言いたい。
 別れたくない。
 ずっとそばにいたい。
『ひよ』
 琥太郎の困ったように笑う顔が頭を過り、大好きな彼の匂いを思い出す。

「なんで……なんで、今まで忘れてたんだろ……」
 涙のせいでインクが滲んでしまった手紙をクシャリと握り潰し、震える唇からゆっくりと息を吐きだ出す。
「……コタに、会いたい。今すぐ、会いたい。会って、伝えなきゃ……」
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