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記憶を取り戻したオレは、琥太郎の予定も考えずに走って彼のマンションの前まで来てしまった。
何度も訪れたことのある場所を見て、付き合ってすぐのときのことを思い出す。
『朝陽、まだ慣れないのか?』
琥太郎が手を繋いできた瞬間、誰かに見られるんじゃないかって、人目を気にして挙動不審になってしまった。
辺りをキョロキョロと見渡して、人がいないことを何度も確認した。
人影がちょっとでも見えたら慌てて手を離そうとしたら、琥太郎に逆にギュッと握られて離してもらえなかったっけ……
『ポケットにいれたら見えないだろ?』
冬は、琥太郎がオレの手を握ったまま琥太郎のコートのポケットに手を突っ込んでくれた。
琥太郎の手が温かくて、握った手がホカホカした。
恥ずかしかったけど、誰にも見られないならいいやって、こっそりずっと握ってたっけ……
ちゃんと、覚えてる。
どれも、オレにとって大切な思い出だ。
忘れたくない、大切なもの。
エレベーターで八階まで上がり、琥太郎の部屋に向かう。
801号室。
琥太郎がずっと住んでいる部屋。
オレが福岡に出張に行くまでは、月の半分くらいはオレの部屋に転がり込んでいたけど……
でも、残りの半分は、オレもこの部屋にいたんだよね。
単身の人が多いマンションだからか、平日の夕方でも、マンションの廊下は静まり返っていた。
静かすぎて、時間がゆっくり流れているように感じる。
ピンポーン
呼び鈴を鳴らし、琥太郎が出て来てくれるのを待つ。
もしかしたら、あの人が出て……ううん、それはないか。
オレが階段から転落した原因を作ったのはあの人だ。
あの人が、オレを突き落とした。
あの人は今、警察の精神病院に入れられているって聞いた。
どれくらい待っただろう。
冷たい鉄の扉が開かれることはなく、耳鳴りがしそうなくらい静かなこの場所は、時間が停まってしまったんじゃないかって錯覚しそうになる。
「ぁ……そっか、いるわけないじゃん。今日、平日なんだから……」
ふと、今日は平日なことを思い出し、乾いた笑いが漏れる。
琥太郎は、まだこの時間は就業中のはずだ。
ここにいるはずがない。
「なんか……よかったぁ……」
無意識に緊張していたのか、身体の力が抜け、ズルズルと扉を背に座り込んでしまう。
勢いで来ちゃったけど、今更どんな顔で会えばいいんだろ……
記憶がなかったのを言い訳にして、オレは琥太郎の告白を断ってしまった。
それなのに、オレがもう一度好きなんて言ったら……迷惑だよな……
『会わずにこのまま帰ろう』って、オレの中で誰かが囁いてくる。
嫌だ。今日、勇気を出して会わなきゃ、絶対後悔する。
嫌われててもいい。
もう二度と会いたくないって言われてもいい。
それでも、最後でもいいから……
琥太郎のこと、ちゃんと思い出したって伝えたい。
琥太郎が帰って来るまで、オレはずっと待ち続けた。
十二月半ばのこの時期に、コンクリートで囲まれた廊下は通常よりも冷える。
膝を抱え込んで廊下に座り込んでいるせいで、地面に接している部分が熱を奪われていくのを感じる。
冷たい風が廊下を吹き抜け、オレの体温を奪っていく。
手を擦り合せて熱を作ろうにも、指先まで冷え切っているせいで、全然温かくない。
身体が徐々に硬くなり、指先が痺れてきたけど、ここから動く気にはなれなかった。
琥太郎に会ったら、最初にちゃんと謝ろう。
謝って、もう一度好きだって告白しよう。
あと、オレのこと忘れてストーカー扱いしたこと、二度と顔も見たくないって言ったこと、文句言わなきゃ……
あのとき、傷ついたって……苦しかったって……
オレのこと、誰よりも愛してるって言ったのは嘘だったんだって……文句、言わなきゃ……
えっと、それで……それと……
心の中で何度も言いたいことを確認する。
膝を抱えた状態で顔を埋め、琥太郎に会ったときのことを想像する。
一発くらい、殴っても怒られないよね?
オレも殴られるかも……
でも、許してあげよう。
オレだって、琥太郎のこと傷つけたんだから……
「琥太郎、早く……会いたいよ」
琥太郎の顔を思い浮かべるだけで、目頭が熱くなり、涙が零れそうになる。
どれくらい待っただろう。
いつの間にか廊下ので照明が灯り、空も真っ暗になっていた。
十二月の寒空でずっと待っていたせいで、身体は芯まで冷え切ってしまった。
カツン……カツン……
廊下を硬い革靴で歩く音が響いてくる。
この階の誰かが帰って来たのかな……
あ、こんなところで座ってるの見られたら、通報されるかも……
でも……足、痺れちゃった。
「竹、内……?」
良く知った愛しい人の戸惑った声が聞こえる。
琥太郎?帰ってきたの?
恐る恐る顔を上げ、名前を呼んでくれた人の方を振り向く。
目を真ん丸く見開き、驚いた表情を浮かべた彼を見た瞬間、涙が溢れ出した。
「コタ……琥太郎、琥太郎!」
冷え固まった関節がパきパキと音を立てる。
ずっとしゃがみ込んで座っていたせいで、脚が痺れて感覚がない。
何度もつまずきそうになりながら、それでも愛しい人の方へと駆け寄る。
足が絡んでコケそうになった瞬間、琥太郎が抱きしめてくれて支えてくれた。
「琥太郎!琥太郎……コタ……会いた、かったぁ……」
言いたいことは色々あるし、練習もしていたのに、名前を呼ぶことしかできない。
抱きしめてくれた琥太郎の熱が服越しに伝わってくる。
ドクン、ドクンと激しい鼓動はオレのだけじゃない。
琥太郎の心臓も、オレと同じくらいドキドキしてる。
「コタ……ごめ、ごめん、なさい……。ちゃんと、思い出した。コタのこと、全部……思い出して……オレ、コタが……」
好きだと言おうとした瞬間、琥太郎が噛み付くようなキスをしてくる。
「ひよ……ひよ……」
唇が激しく重なり、琥太郎の舌が強引に割り入ってくる。
琥太郎の舌がオレの口内を掻き回し、甘い唾液が混じり合う。
熱い吐息が絡みつき、何度も下唇を甘噛みされる。
いつぶりだろう……やっと、やっと、琥太郎と触れ合うことができた。
「ぁっ、コタぁ……」
耳を覆うように琥太郎の大きな手が、オレの頭を固定する。
舌同士を絡ませ、甘噛みされるだけで腰が抜けそうになる。
冷えて震えが止まらなかった身体が、琥太郎のキスで熱を感じる。
「はぁっ……はぁっ……コタ、愛してる。ごめん。いっぱい傷つけた。ごめんなさい。お願い、嫌わないで……」
唇が離れた瞬間、掠れた声で哀願する。
もう、二度と離れたくない。
こんな思い、もうしたくない。
「ひよ……俺のほうこそごめん。ひよのこと、いっぱい傷つけた。こんなに愛してるのに……ひよに酷いことを言ってしまった」
琥太郎のダークブラウンの綺麗な目から、温かな涙が零れ落ちる。
コツンと額を合わせ、琥太郎の目を見つめて微笑みかける。
「うん。オレも、傷ついた。それに、琥太郎のこと、傷つけた……」
琥太郎の温かい大きな手が、オレの冷えた頬を包み込んで温めてくれる。
触れ合うだけの口付けを何度も交わし、お互いの体温を確かめる。
「ひよ……」
琥太郎に、もっと触れて欲しい。
もっと、琥太郎を感じたい……
オレがそう思ったとき、琥太郎の手がオレの服の裾から滑り込み、腰を撫でる。
「んっ……」
ぞくっとする感覚につい甘い声が出る。
そのとき、カツン……カツン……と誰かが来る足音が廊下に響いた。
「ッ!こ、琥太郎……続きは、コタの部屋でして……」
琥太郎とのキスに夢中になりすぎて、ここがマンションの廊下だということをすっかり忘れていた。
誰かに見られたんじゃないかって不安と羞恥心から慌てて琥太郎を促す。
琥太郎も忘れていたのか、一瞬驚いた顔をしていたけど、すぐにいつもの悪戯っぽい笑みを浮かべ、オレの耳朶に口付けを落としてくれる。
「わかった。こんな可愛いひよ、俺も誰にも見せたくない」
琥太郎が急いで部屋の鍵を開け、部屋になだれ込むように腕を引かれる。
部屋の扉が閉じると同時に、どちらからともなく唇が重なり、貪るような口付けを何度もした。
「ひよ……ひよ、愛してる。もう、離さない」
口付けの合間に何度も名前を呼ばれ、愛してると告げられる。
オレもその都度、愛してると言いたいのに、琥太郎の舌がオレの舌を甘噛みしてくるせいで答えられない。
まだ玄関なのに、下駄箱に身体座らされ、シャツの下から琥太郎の手が滑り込んでくる。
「ぁっ……ま、まって……コタ……ァっ」
キュッと乳首を摘ままれると、オレの口から甘い声が上がる。
「待たない。ひよが欲しい……今すぐ、ひよを愛したい……」
余裕のない琥太郎の表情に、胸がきゅぅぅっと締め付けられる。
でも、ここで流されちゃダメだ。
ここだと、誰かに声を聞かれちゃう……
「こたぁ……ま、て……おね、がい……」
琥太郎の両頬を押さえ、なんとかキスを止める。
「オレ、今日まだ、準備……してないから……。それに、ここだと、声……聞かれちゃう」
さっきまで自分もがっついていたのに、正気が戻って来ると恥ずかしくなってしまう。
琥太郎と繋がりたいって気持ちは変わってないけど、ここでは嫌だ。
ちょっと怒った顔で琥太郎を睨み付けると、不満気な表情をしながらも、我慢してくれた。
「……今日は、久しぶりに泊めて。それで……えっと、朝まで……いっぱい愛して」
オレなりの精一杯のお誘い。
こんなこと、普通だと絶対に言えないけど、今日くらいは……いいよね。
そういうと、琥太郎は嬉しそうな笑みを浮かべるも、何かを思い出したのかハタと表情が固まる。
「ん……?コタ?」
琥太郎の背後に見える廊下の奥。
いつもは綺麗に整頓されていたはずの部屋が、廊下にまで段ボールや服が散らばっているのが見える。
よく見ると、廊下のあちこちにも乱雑に服が落ちており、隅には微かに埃が薄っすらと積もっているようにも見える。
「……ねぇ、コタ。荒れてた?」
クスっと笑みを浮かべ、悪戯っぽく琥太郎の耳元で囁くように問いかける。
「……当たり前だろ。ひよにフラれて……本気で落ち込んだ。もう、二度と会えないんじゃないかって、死にたくなった」
先程よりもギュッと強く抱きしめられ、オレの肩口に顔を埋める琥太郎。
そんな彼の様子に、愛しさが募っていく。
「うん……オレも、もう会えないかと思った。コタって呼べて、よかった……」
琥太郎の頭に頬擦りし、顔を上げさせてからもう一度キスをする。
「琥太郎、オレのこと……今日は寝かさないで……。琥太郎を奥までいっぱい、感じさせて……」
何度も訪れたことのある場所を見て、付き合ってすぐのときのことを思い出す。
『朝陽、まだ慣れないのか?』
琥太郎が手を繋いできた瞬間、誰かに見られるんじゃないかって、人目を気にして挙動不審になってしまった。
辺りをキョロキョロと見渡して、人がいないことを何度も確認した。
人影がちょっとでも見えたら慌てて手を離そうとしたら、琥太郎に逆にギュッと握られて離してもらえなかったっけ……
『ポケットにいれたら見えないだろ?』
冬は、琥太郎がオレの手を握ったまま琥太郎のコートのポケットに手を突っ込んでくれた。
琥太郎の手が温かくて、握った手がホカホカした。
恥ずかしかったけど、誰にも見られないならいいやって、こっそりずっと握ってたっけ……
ちゃんと、覚えてる。
どれも、オレにとって大切な思い出だ。
忘れたくない、大切なもの。
エレベーターで八階まで上がり、琥太郎の部屋に向かう。
801号室。
琥太郎がずっと住んでいる部屋。
オレが福岡に出張に行くまでは、月の半分くらいはオレの部屋に転がり込んでいたけど……
でも、残りの半分は、オレもこの部屋にいたんだよね。
単身の人が多いマンションだからか、平日の夕方でも、マンションの廊下は静まり返っていた。
静かすぎて、時間がゆっくり流れているように感じる。
ピンポーン
呼び鈴を鳴らし、琥太郎が出て来てくれるのを待つ。
もしかしたら、あの人が出て……ううん、それはないか。
オレが階段から転落した原因を作ったのはあの人だ。
あの人が、オレを突き落とした。
あの人は今、警察の精神病院に入れられているって聞いた。
どれくらい待っただろう。
冷たい鉄の扉が開かれることはなく、耳鳴りがしそうなくらい静かなこの場所は、時間が停まってしまったんじゃないかって錯覚しそうになる。
「ぁ……そっか、いるわけないじゃん。今日、平日なんだから……」
ふと、今日は平日なことを思い出し、乾いた笑いが漏れる。
琥太郎は、まだこの時間は就業中のはずだ。
ここにいるはずがない。
「なんか……よかったぁ……」
無意識に緊張していたのか、身体の力が抜け、ズルズルと扉を背に座り込んでしまう。
勢いで来ちゃったけど、今更どんな顔で会えばいいんだろ……
記憶がなかったのを言い訳にして、オレは琥太郎の告白を断ってしまった。
それなのに、オレがもう一度好きなんて言ったら……迷惑だよな……
『会わずにこのまま帰ろう』って、オレの中で誰かが囁いてくる。
嫌だ。今日、勇気を出して会わなきゃ、絶対後悔する。
嫌われててもいい。
もう二度と会いたくないって言われてもいい。
それでも、最後でもいいから……
琥太郎のこと、ちゃんと思い出したって伝えたい。
琥太郎が帰って来るまで、オレはずっと待ち続けた。
十二月半ばのこの時期に、コンクリートで囲まれた廊下は通常よりも冷える。
膝を抱え込んで廊下に座り込んでいるせいで、地面に接している部分が熱を奪われていくのを感じる。
冷たい風が廊下を吹き抜け、オレの体温を奪っていく。
手を擦り合せて熱を作ろうにも、指先まで冷え切っているせいで、全然温かくない。
身体が徐々に硬くなり、指先が痺れてきたけど、ここから動く気にはなれなかった。
琥太郎に会ったら、最初にちゃんと謝ろう。
謝って、もう一度好きだって告白しよう。
あと、オレのこと忘れてストーカー扱いしたこと、二度と顔も見たくないって言ったこと、文句言わなきゃ……
あのとき、傷ついたって……苦しかったって……
オレのこと、誰よりも愛してるって言ったのは嘘だったんだって……文句、言わなきゃ……
えっと、それで……それと……
心の中で何度も言いたいことを確認する。
膝を抱えた状態で顔を埋め、琥太郎に会ったときのことを想像する。
一発くらい、殴っても怒られないよね?
オレも殴られるかも……
でも、許してあげよう。
オレだって、琥太郎のこと傷つけたんだから……
「琥太郎、早く……会いたいよ」
琥太郎の顔を思い浮かべるだけで、目頭が熱くなり、涙が零れそうになる。
どれくらい待っただろう。
いつの間にか廊下ので照明が灯り、空も真っ暗になっていた。
十二月の寒空でずっと待っていたせいで、身体は芯まで冷え切ってしまった。
カツン……カツン……
廊下を硬い革靴で歩く音が響いてくる。
この階の誰かが帰って来たのかな……
あ、こんなところで座ってるの見られたら、通報されるかも……
でも……足、痺れちゃった。
「竹、内……?」
良く知った愛しい人の戸惑った声が聞こえる。
琥太郎?帰ってきたの?
恐る恐る顔を上げ、名前を呼んでくれた人の方を振り向く。
目を真ん丸く見開き、驚いた表情を浮かべた彼を見た瞬間、涙が溢れ出した。
「コタ……琥太郎、琥太郎!」
冷え固まった関節がパきパキと音を立てる。
ずっとしゃがみ込んで座っていたせいで、脚が痺れて感覚がない。
何度もつまずきそうになりながら、それでも愛しい人の方へと駆け寄る。
足が絡んでコケそうになった瞬間、琥太郎が抱きしめてくれて支えてくれた。
「琥太郎!琥太郎……コタ……会いた、かったぁ……」
言いたいことは色々あるし、練習もしていたのに、名前を呼ぶことしかできない。
抱きしめてくれた琥太郎の熱が服越しに伝わってくる。
ドクン、ドクンと激しい鼓動はオレのだけじゃない。
琥太郎の心臓も、オレと同じくらいドキドキしてる。
「コタ……ごめ、ごめん、なさい……。ちゃんと、思い出した。コタのこと、全部……思い出して……オレ、コタが……」
好きだと言おうとした瞬間、琥太郎が噛み付くようなキスをしてくる。
「ひよ……ひよ……」
唇が激しく重なり、琥太郎の舌が強引に割り入ってくる。
琥太郎の舌がオレの口内を掻き回し、甘い唾液が混じり合う。
熱い吐息が絡みつき、何度も下唇を甘噛みされる。
いつぶりだろう……やっと、やっと、琥太郎と触れ合うことができた。
「ぁっ、コタぁ……」
耳を覆うように琥太郎の大きな手が、オレの頭を固定する。
舌同士を絡ませ、甘噛みされるだけで腰が抜けそうになる。
冷えて震えが止まらなかった身体が、琥太郎のキスで熱を感じる。
「はぁっ……はぁっ……コタ、愛してる。ごめん。いっぱい傷つけた。ごめんなさい。お願い、嫌わないで……」
唇が離れた瞬間、掠れた声で哀願する。
もう、二度と離れたくない。
こんな思い、もうしたくない。
「ひよ……俺のほうこそごめん。ひよのこと、いっぱい傷つけた。こんなに愛してるのに……ひよに酷いことを言ってしまった」
琥太郎のダークブラウンの綺麗な目から、温かな涙が零れ落ちる。
コツンと額を合わせ、琥太郎の目を見つめて微笑みかける。
「うん。オレも、傷ついた。それに、琥太郎のこと、傷つけた……」
琥太郎の温かい大きな手が、オレの冷えた頬を包み込んで温めてくれる。
触れ合うだけの口付けを何度も交わし、お互いの体温を確かめる。
「ひよ……」
琥太郎に、もっと触れて欲しい。
もっと、琥太郎を感じたい……
オレがそう思ったとき、琥太郎の手がオレの服の裾から滑り込み、腰を撫でる。
「んっ……」
ぞくっとする感覚につい甘い声が出る。
そのとき、カツン……カツン……と誰かが来る足音が廊下に響いた。
「ッ!こ、琥太郎……続きは、コタの部屋でして……」
琥太郎とのキスに夢中になりすぎて、ここがマンションの廊下だということをすっかり忘れていた。
誰かに見られたんじゃないかって不安と羞恥心から慌てて琥太郎を促す。
琥太郎も忘れていたのか、一瞬驚いた顔をしていたけど、すぐにいつもの悪戯っぽい笑みを浮かべ、オレの耳朶に口付けを落としてくれる。
「わかった。こんな可愛いひよ、俺も誰にも見せたくない」
琥太郎が急いで部屋の鍵を開け、部屋になだれ込むように腕を引かれる。
部屋の扉が閉じると同時に、どちらからともなく唇が重なり、貪るような口付けを何度もした。
「ひよ……ひよ、愛してる。もう、離さない」
口付けの合間に何度も名前を呼ばれ、愛してると告げられる。
オレもその都度、愛してると言いたいのに、琥太郎の舌がオレの舌を甘噛みしてくるせいで答えられない。
まだ玄関なのに、下駄箱に身体座らされ、シャツの下から琥太郎の手が滑り込んでくる。
「ぁっ……ま、まって……コタ……ァっ」
キュッと乳首を摘ままれると、オレの口から甘い声が上がる。
「待たない。ひよが欲しい……今すぐ、ひよを愛したい……」
余裕のない琥太郎の表情に、胸がきゅぅぅっと締め付けられる。
でも、ここで流されちゃダメだ。
ここだと、誰かに声を聞かれちゃう……
「こたぁ……ま、て……おね、がい……」
琥太郎の両頬を押さえ、なんとかキスを止める。
「オレ、今日まだ、準備……してないから……。それに、ここだと、声……聞かれちゃう」
さっきまで自分もがっついていたのに、正気が戻って来ると恥ずかしくなってしまう。
琥太郎と繋がりたいって気持ちは変わってないけど、ここでは嫌だ。
ちょっと怒った顔で琥太郎を睨み付けると、不満気な表情をしながらも、我慢してくれた。
「……今日は、久しぶりに泊めて。それで……えっと、朝まで……いっぱい愛して」
オレなりの精一杯のお誘い。
こんなこと、普通だと絶対に言えないけど、今日くらいは……いいよね。
そういうと、琥太郎は嬉しそうな笑みを浮かべるも、何かを思い出したのかハタと表情が固まる。
「ん……?コタ?」
琥太郎の背後に見える廊下の奥。
いつもは綺麗に整頓されていたはずの部屋が、廊下にまで段ボールや服が散らばっているのが見える。
よく見ると、廊下のあちこちにも乱雑に服が落ちており、隅には微かに埃が薄っすらと積もっているようにも見える。
「……ねぇ、コタ。荒れてた?」
クスっと笑みを浮かべ、悪戯っぽく琥太郎の耳元で囁くように問いかける。
「……当たり前だろ。ひよにフラれて……本気で落ち込んだ。もう、二度と会えないんじゃないかって、死にたくなった」
先程よりもギュッと強く抱きしめられ、オレの肩口に顔を埋める琥太郎。
そんな彼の様子に、愛しさが募っていく。
「うん……オレも、もう会えないかと思った。コタって呼べて、よかった……」
琥太郎の頭に頬擦りし、顔を上げさせてからもう一度キスをする。
「琥太郎、オレのこと……今日は寝かさないで……。琥太郎を奥までいっぱい、感じさせて……」
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