【完結】世界で一番愛しい人

こうらい ゆあ

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24.

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 ミツが診察を受けている間、じっと車の中で待っていた。
 なんとかここに連れてくることはできたが、問題が解決したわけではない。
 むしろ、今後のことを考えると頭を抱えたくなる。

 アイツがこのままミツを手放すとは考えにくい。
「……はぁ、このまま誰にも見つからないように、ミツを閉じ込めてしまいたい」
「すればいいじゃん。お前がそうやってグダグダ悩んでるから、みっちゃんが今こうなってるんだし」
 いきなり小林の声が聞こえ、驚きすぎて頭を天井にぶつけそうになった。
 助手席側の窓をコンコンと叩いてきて、開けるように催促してきやがった。
春輝ハルキ~、早く~」
 気持ち悪い猫撫で声を上げながら言ってくるも、辺りを注意深く警戒した様子に急いで鍵を開け中に引き入れる。

「お前だけ……ってことは、ミツに言いにくい話ってことだよな?」
 つい声が硬くなってしまう。
 嫌な予感はしていたし、あの状況のミツを目の当たりにしてから覚悟は必要だと思っていた。
 でも、どんな状況だろうと、俺はミツのそばにずっといると心に誓っている。
春輝ハルキ、そんな思い詰めた顔すんなよ。大丈夫、最悪の状態は回避できたからさ……」
 苦笑いを浮かべながらも、俺を慰めるように軽く肩を叩かれる。
 コイツには、色々とお見通しの様だ。

「ただ、みっちゃんが死ぬ寸前だったことには変わりはないから……。春輝ハルキが我慢の限界を迎えて襲ってくれちゃったから、今のみっちゃんがいるんだよ。ホント、もっと早く春輝ハルキがみっちゃんをつがいにしておけばよかったのに……」
 うんうん。と勝手に相打ちを打ちながら話してくる小林。
「数ヶ月に1回の発情期ヒートを3ヶ月程度で4回。これだけでも危うい状態だってわかってるのに、一応つがいになってるアレは一切無視の状態だろ?発散したくてもつがい以外の相手を探すことすらできなくて、精神的にも身体的にも、枯渇状態だったんだろうね……」
 ミツの状況を小林も理解しているのか、徐々に声のトーンが下がっていく。
「あれかな?身体が死ぬ前に子孫を残そうっていう動物的な本能ってやつ?前々から抑制剤で無理矢理抑えようとしてたから、余計にこんなことになっちゃったんだね……」
 深い溜息と共に、悲しそうな声音が聞こえる。
「みっちゃん、強い子だから……。渡してた半年分の抑制剤、ペンシル式も錠剤も全部使っちゃったんだって。みっちゃん用に多めに処方してたオレの落ち度だね。ごめんな、春輝ハルキ
 口元はなんとか笑みを作っているものの、眉は下がり今にも泣きそうなのを堪えているようだった。

「みっちゃん、心より身体が先に限界がきちゃったんだね。ずっと、苦しかったはずなのに……。ホント、死ななかったのが奇跡だよ。本当に……生きててよかったね……」
 普段は飄々としている奴なのに、声が震えていた。
 俺たちと小林は腐れ縁であり、数少ない信頼できる友人だ。
 友人として、本気で心配してくれたんだろうな……

 医師である小林の言葉に胸が苦しくなる。
 今のミツの状態は、本当に危うい状態だ。
 あの時は、俺の理性が抑えられず、ミツを抱いてしまった。
 前回はミツが拒絶反応を出さずに済んでくれたが、次も大丈夫だという確証はない。
 つがいがいる現状では、俺にできることは限られている。
「はぁ……本当に、『つがい』って何なんだろうな……」

 俺がついぼやくと、さっきまで暗い雰囲気だった小林が鼻で笑ってきた。
「そんなの決まってるだろ?『つがい』は、大事な人を自分が一番に守れる特権だろ?」
 当然のように言ってくる小林が妬ましい。
「はいはい、いいよなぁ~。お前は最愛の人がつがいになってくれて……。俺なんて……」
 ミツの笑顔が脳裏をよぎり、また深い溜息が出てしまう。

「そんな傷心気味の春輝ハルキに、1個だけ朗報?があるよ。都市伝説だと思ってたんだけど、みっちゃんのうなじのアレ、確かに薄くなってるんだよね。多分、みっちゃんを無事に抱けたのはソレのお陰かなぁ~」
 苦笑交じりに言ってくる小林に、複雑な気持ちが入り混じる。

『死が二人を別つまで……』
 結婚式やドラマなどでもよく耳にするありきたりな愛の台詞。
 β同士なら、ただの愛の台詞として成立する。
 だが、『つがい』となったαとΩでは、この言葉は愛の台詞などではなく、呪いに近いかもしれない。
 つがいを得たΩは、発情期ヒートが安定するというメリットはあるものの、言葉の通り、つがいであるαから死ぬまで離れることができない。
 つがい以外に、発情期ヒートを鎮める方法がなくなるからだ。
 つがいが居なくなったり、死んだ場合、Ωは心を壊し、ゆっくりと衰弱死していくしかない。
 Ωは、つがいになったαから逃げることも離れることもできない。

 αはつがいを得ても自由に生きることができるのに……

「みっちゃんに対して、アレは全く執着してないんだろうね。そりゃそっか。アレが執着してるのは昔から春輝ハルキのことだけだもんね」
 呆れたような乾いた笑いを浮かべている小林の言葉に、また溜息が出てしまう。
「なぁ、春輝ハルキ。さっさとヤっちゃった方がいいんじゃない?みっちゃん、壊れちゃうよ?」
 小林が軽い口調で言ってくるのに対し、悪巧みを考えているような、口元の片方だけを軽く吊り上げた笑みを浮かべて言う。
「そん時は、当然手伝ってくれるんだろ?」
 小林も頬を人差し指でカリカリと掻きながらも、同じような悪い笑みを浮かべている。
「まぁ、いいよ~。みっちゃん居なくなるとウチの経理関係壊滅しちゃうしね。それに、ボクの可愛い子が春輝ハルキ懸想けそうしちゃうと、お仕置きしなきゃだし♪春輝ハルキもさっさと身を固めて欲しいからね♪」

 いつの間にか重々しい空気は消え、いつもの軽口をたたきながら今後の方針を誰にも聞かれないようにコッソリと決めた。
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