カフェ・コン・レーチェ

こうらい ゆあ

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4.突然の…

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 今日は、珍しく朝から忙しかった。
 お正月も終わって、成人式も控えているせいか、街が活気づいているようだった。
 店内では、買い物帰りの主婦グループが楽しそうに笑い合い、受験生らしき子たちが参考書を広げている。
 マスターの古い友人がカウンターで昔話に花を咲かせていて、ホールのバイトの子と一緒に、僕も何度もおかわりを運んだ。
 でも、今日はまだ、大和さんは来ていない。
 もうすぐ三時になるから、もうすぐ来るのはわかっているんだけど……
 つい、チラチラと時計と入り口のドアを交互に見てしまう。

 カラン、カラン。
 ベルの音に反射的に顔を上げると、大きな身体を少し屈めて大和さんが入ってきた。
「あ、いらっしゃいませ!」
 慌てて声を出したせいか、声が裏返ってしまった。
 ヤバい、めっちゃ恥ずかしい……
 そんな僕を大和さんは一瞬目を丸くしながらも、嬉しそうな笑みを浮かべて見つめてくる。
 昨日まで、喫茶 音雫はお正月ということでお休みだった。
 だから、今日会えるのはちょっとだけ久々で……内心、会えるのを楽しみにしていた。
 そんな僕に気付いていないのか、大和さんはいつもの指定席であるカウンターの奥の席に座る。
 着ていた黒色のコートを丁寧に折り畳んでから背もたれに掛け、僕の方をチラチラと見てくる。
 
「お、お久しぶりです。えっと、年末年始お休みだったから、ちょっとだけお久しぶりです、よね」
 お冷を置く手が震える。
 なんでだろ、ちょっとだけ日が空いただけなのに、なんか緊張しちゃう。
「そ、そうだね。えっと、いつものブラックをお願いできるかな。あの……甘い香りの……」
 僕の緊張が伝染したのか、大和さんもなんか緊張しているようだった。
 カウンターテーブルの上で組んだ手が妙に落ち着きなく何度も組み直されている。
 どうしてだろう……。大和さんも、なんだか今日はソワソワしているように見える。
 ちょっと困っているような、落ち着かない様子。
 もしかしたら、仕事忙しいのに来てくれたのかな?
 急いでるみたいだけど……できれば珈琲を飲む間だけでも、ゆっくりして欲しいなぁ……

 僕はいつもよりも丁寧にグアテマラの珈琲を淹れる。
 サービスでクッキーを添えてあげようかな。
 大和さん、甘いモノ好きみたいだし……
 戸棚から今朝焼いたばかりのクッキーを三枚、ソーサーに添える。
 時々サービスで提供しているクッキーだけど、意外に人気なんだよね。
 
「お待たせしました」
 大和さんの前にカップを置き、ニコッと微笑みかける。
 本当は色々話をしたいけど、今日はいつもより店内が賑やかだから声が届かないかも……
「あの……」
「あ、あの!す、好きです!友だちからでいいので、付き合ってくれませんか!!」
 急に大和さんの大きな声が店内に響き渡り、ざわついていた店内がシィーンと時間が停まったように静まり返る。
「え?告白?」「うそぉ、きゃ~!」
 学生さんや主婦さんたちから小さな悲鳴が上がり、マスターと友人が同時に咽たのがわかる。
「ず、ずっと好きでした!俺なんかが優斗さんに釣り合わないのはわかってるんです!でも、せめて……お友だちからじゃ、ダメですか……?」
 大和さんは耳から首まで真っ赤に染め、震える手で折りたたんだ小さなメモ用紙を差し出してきた。
 ずっとギュッと握り締められていたのか、小さなメモ用紙はぐしゃぐしゃだったけど、そこには大和さんの電話番号が書いてあった。

 頭の中が真っ白で、なんて答えたらいいのかわからない。
 ちゃんと返事をしなきゃダメだってわかっているのに、言葉が見つからなくて、どうでもいいことを口走ってしまう。
「あ……ぇ、えっと……あの、今は……仕事、中で……」
 顔が熱くてしかたない。
 耳の横に心臓があるみたいにドキドキがうるさい。
 返事……返事って、どうやるんだっけ……

 銀のトレイに映る僕の顔は、タコみたいに真っ赤で、大和さんと一緒で首まで真っ赤になっている。
 恥ずかしくて今すぐ逃げてしまいたい衝動にかられるも、僕のことをジッと見つめてくる大和さんの目は真剣そのもので……この告白が嘘じゃないと物語っている。
「ぇ、えっと……あ、はい。よろしく……お願い、します」
 顔から火を噴くんじゃないかってくらい恥ずかしい。
 恥ずかしいけど、それ以上に嬉しくて、差し出されたメモごと彼の手をギュッと握り締めてしまった。

 「え……うそ、ホントに?やっ――!んぐっ!?」
 大和さんが、ものすごい勢いで歓声を上げかけた瞬間、僕は反射的に両手で彼の口を塞ぐ。
「大声、出しちゃ……ダメ、です」
 手のひらに、彼の温かい吐息が当たる。
 大和さんは目を丸くして驚いた顔をしたけど、それからくすぐったそうに目を細め小さく頷いた。
「ありがとう。ごめん、嬉しくて……」
 口を塞いでいた手を外すように手を握られ、愛おし気な表情で見つめられる。
 たったそれだけのことなのに、僕は頭の中が真っ白になってしまった。
 大和さんのこんな表情、初めてみた……

「コホン。おめでとうございます。ですが、せっかく入れた珈琲が冷めてしまいますよ」
 マスターの穏やかだけど、呆れた様子の声を聞いて現実に引き戻される。
「ふぇっ!は、はい!す、すみません!あっ、や、大和さん……こ、珈琲飲んで」
 大和さんもここが店内だということを思い出したのか、慌てて僕から離れ、珈琲を飲みだす。
 僕も急いでカウンターに戻ったけど頭の中は真っ白だった。
 
 
店内は「おめでとう!」「両想いだったの~!」と祝福の嵐が吹き荒れる。
 マスターの友人は「青春じゃなぁ~、若いのう」と僕を揶揄ってきた。
 恥ずかしくて、でも嬉しくて……
 顔を隠すように洗い物に没頭するけど、口元がずっと緩みっぱなしだった。

 大和さんが帰ったあとの仕事は、もうボロボロだった。
 注文は間違えちゃうし、トレイも落としそうになる。
 珈琲は零さなかったけど、お冷を注いだつもりが目測を誤って床に注いでしまった。
 ダメダメな日だったのに、胸の奥がずっと熱くて、幸せで笑いが止まらない。
 ずっと好きだった人に、告白してもらったんだから、しかたないと思う。
 
 閉店後、片付けが終わって裏口から店を出ると――街灯の下で誰かが待っていた。
 普通の人よりも頭ひとつ分くらい大きな人影。
 背が高くてカッコいいのに、いつも少し自信なさげに肩を丸めている人。
「大和、さん……?」
 僕が声を掛けると、彼は顔を上げて少し恥ずかしそうに手を上げてくれる。

「お疲れ様。ごめん、待ち伏せみたいなことして……」
 白い吐息を吐きながら、困ったように眉を下げて微笑む彼の鼻は少し赤くなっていた。
「ずっと、待っててくれてたんですか?」
 こんな寒い中、どれくらい待ってくれていたんだろう……
 彼は照れくさそうに僕に手を差し出す。
「話したいことがあって……その、昼間はすまない。でも、気持ちは本気なんだ……」
 さっきと同じ、真剣な眼差しが僕をジッと見つめてくる。
「僕も……本気です」
 無意識に声が震えてしまう。
 でも、これだけは言いたくて、彼の手をギュッと握り返す。
「あの、一緒に帰りませんか?それから、もう少しだけ……お話しませんか?」
 手袋越しでも伝わる熱。
 指と指が絡まって、ぎゅっと握り返される。
 耳が赤いのは、首が赤いのは……きっと寒さのせいだ。
 
 暗い冬の道を街灯のオレンジの光が照らしてくれる。
 足元に並んだ影が、少しずつ重なって、僕たちはゆっくりと歩き始めた。
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