【本編完結済】巣作り出来ないΩくん

こうらい ゆあ

文字の大きさ
1 / 46
巣作り出来ないΩくん

1.

しおりを挟む
「うわっ!?何だコレ!オイ!これオレのお気に入りの服までぐちゃぐちゃにしやがって!!」

 僕が初めて作った巣を見て、番である彼が言ったのはただの罵倒だった。

「サイアク!今日着て行く予定だったのまでこんなんかよ。さっさと片付けろよ、ノロマ!ホント、お前と居るとイライラする」

 今日も朝から苛立っていた。
 僕が発情期になってしまったから……
 部屋中にフェロモンの臭いを充満させてしまったから……

 ガンッ!

 部屋が揺れたのではないかと錯覚するほど、大きな音を立てて、また部屋の壁を殴られた。
 今までにも何度もこんなことはあった。
 彼が怒る度に、壁に穴や亀裂が増えていく。
 また僕も殴られるんじゃないかって、恐怖でつい身体が強張ってしまう。

「臭い、臭い、臭い、臭い!」
 廊下に置いてあった物を手あたり次第蹴散らしていく。
 彼が買ってきた服が入った箱や、鞄やお菓子の入ったビニール袋。
 小さめのゴミ箱が、サッカーボールのように蹴り上げられ、壁にぶつかってゴミが部屋に散らばる。
「片付けすらできないクズが!役立たずのクソオメガ!」
 部屋に響きわたる彼の怒声。
 彼が通った後は、物が散乱していて、まるで泥棒にでも入られたようだった。

 僕は、部屋の隅でただ小さく蹲っていることしかできない。
 発情期ヒートのせいで、身体が火照ってしまい、頭がボーっとする。
 彼をこれ以上怒らせないためにも、言われた通り部屋を片付けなきゃいけないのに、身体が思う様に動かない。
 この熱を発散したくても、彼が居る時は自慰すら許されない。
 どれだけ番である彼を求めても、僕の細やかな願いを叶えては貰えない。

 僕に出来ることは、ただこれ以上、彼を怒らせないように静かにしていることだけ……
 番である彼を求めて、勝手に出てきてしまうフェロモンを薬で抑えつけるだけ……
 怒られないように、殴られないように、ただ小さく蹲ってこの熱を堪えるしか、今の僕にはできないから。

 少しでも、ほんの少しでも、好きになって欲しかった。
 僕のことを、番として見て欲しかった。

 彼の匂いがする衣類を集めて作ったΩの巣。
 Ωが番への愛情をカタチにすると同時に、発情期を安心して過ごす為のシェルター。
 Ωの本能が、番の匂いを求めて作る、最大限の愛情表現。

 僕も、彼への気持ちを伝えるために、熱くて怠い身体を引きずって、初めて作った。
 彼のαとしての匂いで溢れた落ち着ける場所。

 一緒に巣に入ることが、Ωにとって最上の幸福だとテレビで言っていた。
 幸せそうな番のカップルが、テレビの中で自慢していた。

「僕も、巣を作れば、少しは僕のこと……見てくれるのかな……」
 そんな、小さな願いだった。

 だから、発情期ヒートのせいで上手く回らない頭で、彼と自分の為に初めて巣を作った。
 彼の匂いがする服を使って、生まれて初めて、巣を作った。
 そんな大切な想いのこもった巣だったけど、結果は最悪のものだった。
 褒められることも、入ることさえも許して貰えない。
 巣を見た瞬間に蹴散らされ、「汚い」「サイアク」「フェロモン臭い」と、罵声が飛び交う。
 最後に言われたのは、「早く片付けろ」という命令、ただ一つだけ。

 愛されていないのはわかっている。
 でも、番を解消されないから……
 今まで一緒に暮らしていたから……
 少しだけ、期待していた。

 巣を作れば……、彼と一緒に、巣に入れば……
 いつかは、僕のことを好きになってくれるんじゃないかって……

 身を切られるような思いで、彼に蹴散らされて、ぐちゃぐちゃになってしまった巣を、少しずつ崩していく。

 一度も、入ることすら許して貰えなかった巣。
 見向きすら、してもらえなかった巣。
 僕の、僕が……初めて、作った巣。

 服を一枚ずつ拾い集めていく度、涙が溢れ出してくる。
 一枚、また一枚と服を拾って、巣を壊していく。
 涙が止めどなく溢れ、心が痛い。

「こんなのが俺の番とか……本当に腹が立つ!お前があの時、発情期にならなきゃこんな事にはならなかったんだ!お前が!オレの番なんて絶対認めない!お前なんて、さっさと捨ててやりたい!!」

 今までにも何度も繰り返し言われ続けてきた言葉。
 巣を片付けている最中も、僕の周りでダンダンッとワザと足音を大きく立てながら、僕に向かって罵倒の言葉を投げかけてくる。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」
 いつものように、ただ謝ることしかできなかった。

「謝ってばかりいねーでさっさと片付けろ、ノロマ!」
 また殴られるんじゃないかって、蹴られるんじゃないかって、怖くて、苦しくて……
 震える手で、必死に巣を崩していった。
 巣を崩す度に、胸が締め付けられて痛かった。


 ガシャンッ!!

 テーブルに置いてあったはずの、お揃いのマグカップがワザと叩き割られる。
「さっさとしろ、ノロマ!」
 大きな音にビクッと肩を震わせた瞬間、思い切り睨まれた。
 僕は、また殴られるんだと察し、慌てて巣だったモノを抱えて脱衣所へ走った。

「おいクズ!このニオイをどうにかしろ!臭くて鼻が曲がりそうだ!」
 脱衣所に居ても、彼の罵声が聞こえてくる。
「ごめんなさい」と繰り返し呟きながら、彼の服を洗濯機に入れる。
 脱衣所に入って来て、殴られるかもしれないと思い、必死にうなじを押さえて、臭いが出ないようする。
 でも、自分の意思ではどうにもならない。

 Ωの本能が、番であるαの彼を求めてしまうから……
 火照った身体から、止めどなくフェロモンが溢れ出し、部屋中に甘いニオイが充満する。

 少しでも臭いが漏れないことを祈り……
 少しでも、彼の怒りが落ち着いてくれるのを願う。

「帰って来るまでに片付けろ!」
 叩きつけるようにバタンッという大きな音を立てて、玄関の扉が閉まる音が聞こえた。
 また、何処かに遊びに行ったのだと思う。
 いつも通り……
 いつもと、同じ……

「また、ひとりぼっちか……」
 グルグルと回る洗濯物を眺めながら、彼の匂いがしていたはずの服が洗われていくのを、ひとり寂しく見つめる。

 ひとりにするなら、巣を片付けたくなかった。
 ひとりになるなら、巣の中で過ごしたかった。
 ……彼に、一度でいいから、褒めて貰いたかった……

 グルグル回る洗濯物を見ながら、番の居なくなったこの部屋で、ひとりぼっちで過ごす。
 誰にも助けて貰えない、耐えがたい熱に苛まれながら、7日間をひとりで過ごした。
しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

さかなのみるゆめ

ruki
BL
発情期時の事故で子供を産むことが出来なくなったオメガの佐奈はその時のアルファの相手、智明と一緒に暮らすことになった。常に優しくて穏やかな智明のことを好きになってしまった佐奈は、その時初めて智明が自分を好きではないことに気づく。佐奈の身体を傷つけてしまった責任を取るために一緒にいる智明の優しさに佐奈はいつしか苦しみを覚えていく。

人生2度目に愛した人は奪われた番の息子でした

Q矢(Q.➽)
BL
幼馴染みだったαの村上 陽司と早くに番になっていた南井 義希は、村上に運命の番が現れた事から、自然解除となり呆気なく捨てられた。 そして時が経ち、アラフォー会社員になった南井の前に現れたのは、南井の"運命"の相手・大学生の村上 和志だった。同じビルの別会社のインターン生である彼は、フェロモンの残り香から南井の存在に気づき、探していたのだという。 「僕の全ては運命の人に捧げると決めていた」 と嬉しそうに語る和志。 だが年齢差や、過去の苦い経験の事もあり、"運命"を受け入れられない南井はやんわりと和志を拒否しようと考える。 ところが、意外にも甘え上手な和志の一途さに絆され、つき合う事に。 だが実は、村上は南井にとって、あまりにも因縁のありすぎる相手だった――。 自身のトラウマから"運命"という言葉を憎むアラフォー男性オメガと、まっすぐに"運命"を求め焦がれる20歳の男性アルファが、2人の間にある因縁を越えて結ばれるまで。 ◆主人公 南井 義希 (みない よしき) 38 Ω (受) スーツの似合う細身の美形。 仕事が出来て職場での人望厚し。 番を自然解除になった過去があり、恋愛感情は枯れている。 ◆主人公に惹かれ口説き落とす歳下君 村上 和志 (むらかみ かずし)20 α (攻) 高身長 黒髪黒目の清潔感溢れる、素直で一途なイケメン大学生。 " 運命の番"に憧れを抱いている。複雑な事情を抱えており、祖父母を親代わりとして育つ。 ◆主人公の元番 村上 陽司 (むらかみ ようじ) 38 α 半端ないほどやらかしている…。

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

カメラ越しのシリウス イケメン俳優と俺が運命なんてありえない!

野原 耳子
BL
★執着溺愛系イケメン俳優α×平凡なカメラマンΩ 平凡なオメガである保(たもつ)は、ある日テレビで見たイケメン俳優が自分の『運命』だと気付くが、 どうせ結ばれない恋だと思って、速攻で諦めることにする。 数年後、テレビカメラマンとなった保は、生放送番組で運命である藍人(あいと)と初めて出会う。 きっと自分の存在に気付くことはないだろうと思っていたのに、 生放送中、藍人はカメラ越しに保を見据えて、こう言い放つ。 「やっと見つけた。もう絶対に逃がさない」 それから藍人は、混乱する保を囲い込もうと色々と動き始めて――

平凡な僕が優しい彼氏と別れる方法

あと
BL
「よし!別れよう!」 元遊び人の現爽やか風受けには激重執着男×ちょっとネガティブな鈍感天然アホの子 昔チャラかった癖に手を出してくれない攻めに憤った受けが、もしかしたら他に好きな人がいる!?と思い込み、別れようとする……?みたいな話です。 攻めの女性関係匂わせや攻めフェラがあり、苦手な人はブラウザバックで。    ……これはメンヘラなのではないか?という説もあります。 pixivでも投稿しています。 攻め:九條隼人 受け:田辺光希 友人:石川優希 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 また、内容もサイレント修正する時もあります。 定期的にタグ整理します。ご了承ください。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

処理中です...