【本編完結済】巣作り出来ないΩくん

こうらい ゆあ

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巣作り出来ないΩくん

7.

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 雪兎と出会ったのは、営業先の近くにあったΩ専用の精神病棟だった。
 番を無理矢理解消されたΩは、精神的な負担と肉体的な負担から病むことが多いらしい。
 実際、発情期ヒート事故やレイプなどで、無理矢理番にされたΩが居るのは事実だ。
 あとは、あまり信じたくはないが、αがΩを捨てる為に、番関係を解消する人は居るらしい……
 そんな不安定な状態のΩが、最終的に向かう場所がココだ。
 そんな病院でも、特に評判の悪い病院がこの病院だった。

 取引先との打ち合わせ後とはいえ、普段なら絶対に近付こうとも思わない場所。
 αがこの場所に来るというのは、何かしらの理由ワケアリな人だけだ……
 Ωの身内や友人が見舞いに来たりするならいい。
 だが、ここはそんな普通のΩがいる場所でもない。

 家族にも、番相手にも、捨てられた可哀想なΩばかりが収容された施設。
 何をされようと、誰に買われようと、なんの抵抗も出来ない、可哀想なΩだけが集められる場所だ。
 
 普段なら、近付かない場所のはずなのに……
 なぜかその日は、この日だけは……どうしても行かなければという気持ちになった。


 病院内には呻き声や言葉にならない叫び声で埋め尽くされていた。
 虚空を見つめるように、ボーっと一点を見つめている人。
 車椅子に縛り付けられ、ブツブツ何かを呟いている人。
 涙を流しながら、ただ虚な笑みを浮かべている人。
「帰りたいっ!帰りたいっ!帰りたいっ!助けてっ!助けてっ!助けてっ!!」
 ひたすら哀願の言葉を繰り返し、泣き叫ぶ人。

 そんな人ばかりがいるこの場所に、頭がおかしくなりそうになる。
「噂以上に酷いな……」
 口元をハンカチで押さえ、病院特有のニオイを少しでも緩和させようとする。

「どなたか知り合いのお見舞いでしょうか?」
 不意に看護師らしき男性が声を掛けてくるも、その目は俺を訝がるように睨み付けたものだった。
 愛想が悪いな……と、思いつつも、それも仕方ないと思ってしまう。
 Ωばかりの患者のところに、αである俺が入ってきたのだ。
 警戒しない方がおかしいだろう……

「いえ、友人がここに居るかもしれないと伺って……。すぐに帰りのでお気になさらず」
 誤魔化すように、笑顔で嘘を口にする。
 実際、Ωの友人なんて俺にはいない。
 αである俺に擦り寄って来るΩは、誰であろうと不愉快だし、興味もない。
 彼らはただ本能的に強いαに惹かれているだけの虫と同じだ。
 俺自身、恋人なんかよりも今は仕事の方が楽しいし、作るつもりもない。
 ましてや、番なんて欲しいとも思ったこともなかった。

「αはここの患者には悪影響ですので、御用がないなら早々にご退室願います」
 ぶっきらぼうに言い放つと、連れていたΩ患者の車椅子を乱暴に押して去っていった。
 途中、手や頭が壁にぶつかっているようだったが、看護師は気にした様子はない。
 コレがここの日常なのだろう。
 よく見ると、Ω患者の至る所にアザができているようだった。

「……気になる場所だけ確認して、さっさと帰るか……」
 俺自身、なぜここに来たのか理解はできない。
 ただ、何かに導かれるように、足は中庭に真っ直ぐ向かっていく。
 来たこともないはずの病院なのに……
 足は自然とその場所に向かっていく。
 どうしても、そこに行かなければ……と、何故かそう思ってしまった。
 本能に従う様に、見ず知らずの場所のはずなのに、静かに目的の場所へと歩んでいく。

 薄暗い建物から出るも、そこは余り広くもない寂れた中庭だった。
 真ん中に、水の止まった白い噴水があるだけで、他に何もない。
 水は循環されているのか、濁りもなく綺麗なままだが、この時期に水辺の近くに居ると少し肌寒い。
「雪でも、降ってきそうだな」
 12月前半、今年も一段と冷え込み、こうやって立っているだけでも冷えて来る。
 まだ雪は降っていないが、それも時間の問題だろう。
 
 こんな寒空の下、本当に何かあるのだろうか……

 自分のαとしての本能をつい疑ってしまう。
 こんな誰も居ない場所、来たところで何もないのに……

 そのまま帰ろうかと思うも、念の為、噴水の周りを一周してみる。
 ゆっくり歩みを進めて、辺りを見渡す。
 俺以外、誰も居ない中庭。
 病院の建物の窓には、先程のようなΩの患者の姿が見えるものの、ただそれだけだ。

「……ん?」
 今まで噴水のモニュメントで隠れて見えていなかったが、車椅子に座らされたΩ患者がここにも居たらしい。
 こんな寒い中庭に、上着すら羽織らず、治療患者が着ている水色のガウン一枚だけ。
 肌は雪のように白く、肩まで伸びた髪は真っ黒で綺麗だった。
 ただ、ポツンとひとり、車椅子に座らされているだけの彼に、俺は目を離せなかった。
「……まさか……」
 
 彼を見た瞬間、全身の血が騒ぎ、本能を掻き立てられる。
 彼が欲しい。

 衝動的な独占欲が沸々と湧き上がってくる。
 彼を自分だけのモノにしたい。

 飢えた『渇き』のような、惹かれて止まない感覚。
 彼が、俺の運命だと。

 俺の本能が訴えてくる。

 周りの目など気にせず、今すぐにでも抱きしめてうなじに噛み付きたい衝動を必死に堪える。
 パスケースに入れて持ち歩いていた抑制剤。
 発情期ヒート事故や発情期ヒートトラップ対策用の抑制剤を、奥歯で噛み砕くように飲み込む。

 深く息を吸い込み、薬が効いているのを確認しながら、ゆっくり彼に近付く。
 車椅子の前に膝をついてしゃがみ込み、焦点の合わない彼の目を見つめる。
 今までずっと灰色の世界だったものが、彼を見た瞬間、色付いたように感じた。
 だが、目の前の彼は……

【No.0142  雪兎
  強制解除、引取り手なし、20歳
  次回12月10日~予定】

 胸元に家畜のような名札が付けられており、名前だけではなく、本来なら秘匿されるはずの個人情報が、当然のように書かれていた。
 この名札を見て、この家畜がどういう経由で来て、今後購入する時の目安にする為の認識表。
 ここに来る人は、患者の見舞いがメインではない。
 それを容認している病院であり、家族もそれを分かって入れている場所。

「雪兎と言うのか……」

 何も映していない虚な目。
 先程見たΩの患者たちと同じ、身体も心も壊れてしまった、哀れなΩ。
 そんな彼を見て、自然と涙が零れ落ちた。

「もっと、早く……君に出会いたかった。こんなことになる前に、君を……」
 いつからこの場に居たのかもわからない。
 彼の氷のように冷え切った手は、指先は赤くなり霜焼けになっているようだった。
 首には包帯が巻かれており、汚く古びた茶色のチョーカーを付けられている。

「これからは、俺が君を守るよ」
 彼の手をギュッと握り締め、そっと指先に口付ける。
 これからは何があっても、雪兎くんを守ろうと、心に誓った。
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