【本編完結】期限つきの恋

こうらい ゆあ

文字の大きさ
5 / 42
期限つきの恋

4.スケッチブック

しおりを挟む
 午後からの問診が終わり、先生が病室を出て遠ざかっていく革靴の音を聞きながら、オレはパタンとベッドに横になる。
 カツ、カツという規則正しい音が遠ざかっていき、廊下の静けさに溶けていく。
 まるで時計の針みたいな正確な音が、冷たく感じるも、どこか安心できる音。
 先生が去った後の病室は、いつもより少しだけ広く静かに感じてしまう。
 
 今日は、朝からいつもよりたくさん喋ってしまった。
 午前中、ふとした流れで恋人とか番の話しをしてしまったから、欲が出た。
「先生、休みの日は何してんの?」なんて、ちょっと意地悪な質問だったかも。
「先生のことだから、休みの日は医学書とか論文を読んで終わりだったりして」
 オレが冗談で先生の休日のことを言うと、先生はちょっと不機嫌そうな顔をして「そうだ」って言ってた。
「別に、他にやることがないというわけじゃない。普段できない家の用事を済ませて、時間ができた時に医学書を読み返したり、新しい論文を読んだりしているだけだ」
 と、予想通りすぎる仕事人間の先生らしい回答に、思わずクスクスと笑ってしまった。
「えぇ~、先生真面目過ぎない?それじゃ疲れちゃうよ?」
 オレが揶揄うように言うと、先生は一瞬ムッとしたような、でもどこか拗ねたような表情を浮かべた。
 普段はクールで感情を閉じ込めたガラス細工みたいな先生の、こんなレアな表情を見れるなんて……ちょっと、ドキッとする。
 耳、真っ赤だったなぁ~。うん。なんか、可愛かった。
 あの耳の赤いの、色鉛筆でどう描こうかな。
 朱色に少しだけオレンジをのせて、ほんのり淡くすればいいのかな?
 またひとつ、先生の一面を知ることができた。
 
 ベッドに横になりながら、スケッチブックを開いて、朝に描いた先生の絵を見つめる。
 まだ下書きの段階だけど、先生の髪のラインはもうバッチリだ。
 黒い髪、でもただの黒じゃない。
 あの色を出すには、黒にほんの少しだけ群青を重ねてみよう。
 ハイライトに薄いシルバーを入れたら、先生っぽいかな?
 目は……まだ描けてない。
 先生の目は、ダークグレーっぽいけど、それだけじゃない。
 青?グレー?それとももっと深い何か?

 診察の時にじっと見てるけど、どんな色が合うのかまだ迷ってしまう。
 まるで海の底みたいな色に見えるから……
 冷たくて、でもどこか温かい色。
 そんな色、どうやって表現すればいいのかわからない。

 先生の匂いのことも、頭から離れない。
 あの匂いってなんなんだろう?
 消毒液の清潔な香りにほんの少しだけ混じった柔らかい何か……
 石鹸?ううん、違う。もっと温かみのある木の香り。
 診察の時、先生が近くに来ると胸の奥がキュッとなる。
 でも、それと同時にホッとする匂い。
 あの匂いに包まれたら、少しは痛みがマシになるんじゃないかな?って、馬鹿みたいなことを考えちゃう。
 
「――ッ!」
 不意に胸を何かで刺されたようなズキンッとする痛みが走る。
 思わず小さな声が漏れて、胸元をギュッと手で押さえ、唇の裏側を噛み締めてなんとか耐える。
 額に冷や汗が滲むのを感じながら、ゆっくり、ゆっくり深呼吸を繰り返し、痛みが引いていくのを待つ。
 痛みは波みたいにやってきて、何度目かの深呼吸の後に収まっていく。
 やっと痛みが落ち着いた時、震える唇で小さく呟く。
「大丈夫……まだ、大丈夫……」
 自分に言い聞かせるように呟くも、でも心の奥底ではわかっている。
 この痛みは『フェロモン崩壊症』のいつもの発作だってこと。
 Ω性の身体が勝手に自分のフェロモンを拒絶して、こうやって時々暴れて苦しくなる。
 先生には「安静にしてください」って言われてるけど、安静って何?
 ただじっとしてるだけじゃ、頭がおかしくなりそう。
 だから、何でもないって、オレの未来はまだ明るいって、自分に言い聞かせる。
 
「はぁ……やっと、治まったぁ……。はぁ……コレ、先生の匂いに包まれたら、痛いのマシにならないかな?先生の匂い、すっごく落ち着くんだけど……」
 額に滲んだ冷や汗を手の甲で拭い、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
「あ……でも、いきなり先生の服が欲しいなんて言ったら引かれちゃうか……。恋人とかなら、先生の服貰えるのかな……」
 最近、独り言が増えた気がする。

 ここに来てから、もうすぐ3ヶ月。
 もともと、誰かとワイワイ騒ぐタイプじゃなかった。
 イラストレーターとして、部屋にこもって絵を描いて、ネットで知り合った友人と通話で喋るのが好きだった。
 アニメの話とか、好きなアーティストの話とか、くだらないことで笑い合って。
 それが、オレの「外」と繋がってる実感だった。
 ここに来てからは、先生と美咲さん以外とはまともに話もしていない。
 誰かと気軽に話すのが、なんだか怖くなってしまった。
 
 自分の声が病室の白い壁に吸い込まれていくみたいで、余計に孤独を感じる。
「でも、Wi-Fiくらい強化してもらえばよかったかな……。タブレットがあれば、もっと自由に絵が描けるのに。海の絵とか、描きたいな……」
 
 海。
 朝、先生に話した海の話。
 退院なんて無理だって、頭ではわかってる。
 でも、頭のどこかで青い海をスケッチブックに描く自分を想像してしまう。
 深い青、明るい水色、波の白い泡。
 色んな青を重ねて、広くて大きな海を……。
 先生と一緒にその海を見られたら、なんて、考えるだけで胸が熱くなる。
「先生の匂い、思い出すだけでドキドキする。海の風に混じったら、どんな感じになるかな……」
 スケッチブックに描いた先生の絵に、そっと指で触れる。
 先生の髪、先生の目、先生の匂い。
 全部、絵に閉じ込めたい。
 だって、時間はそんなに残ってないから。
 
 この病院が、医療費も入院費も全部負担してくれるのはありがたいけど、どこか冷たい。
『検体』としてのオレを必要としてるんだって、頭の片隅ではちゃんと理解している。
 フェロモン崩壊症の末期患者なんて、めったにいないから。
 オレの身体が誰かの研究に役立つなら、それはそれでいいのかもしれない。
 でも、時々思っちゃうんだよね。
 オレはただの『検体』じゃなくて、『オレ』なんだって。
『神崎 葵』なんだって叫びたくなる。
 先生には……そう見てほしい。
 クールな先生がほんの一瞬でも、オレを『葵』として見てくれる瞬間があるなら……それだけで、頑張れる気がする。
 わがままを言うなら、先生ともっと仲良くなりたい。って本音はあるけど、それは無理な話だと思うからオレの心の内に秘めておく。
「ねぇ、先生。いつか、オレの絵、ちゃんと見てくれる?海の絵、先生に見せたいな……」
 スケッチブックを胸に抱えながら、誰もいない病室で小さく呟く。
 先生の革靴の音は、もう聞こえない。
しおりを挟む
感想 58

あなたにおすすめの小説

運命を知らないアルファ

riiko
BL
オメガ嫌いの西条司は女性アルファとしか付き合わない、そんな中やたらと気になるオメガを見つけた。 運命やフェロモンという不確かなモノではなく、初めて本気で惹かれた唯一のオメガにはとんでもない秘密があった!? オメガ嫌い御曹司α×ベータとして育った平凡Ω オメガ主人公がお好きな方は『運命を知っているオメガ』をお読みくださいませ。こちらはその物語のアルファ側のお話です。このお話だけでも物語は完結しますが、両方読まれると答え合わせが楽しめます。 性描写が入るシーンは ※マークをタイトルにつけます、ご注意くださいませ。 コメント欄はそのまま載せておりますので、ネタバレ大丈夫な方のみご覧くださいませ。 物語、お楽しみいただけたら幸いです。

【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。

村松砂音(抹茶砂糖)
BL
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました! ありがとうございました!! いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い <あらすじ> 魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。 見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。 いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。 ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。 親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。 ※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。 └性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。

カフェ・コン・レーチェ

こうらい ゆあ
BL
小さな喫茶店 音雫には、今日も静かなオルゴール調のの曲が流れている。 背が高すぎるせいか、いつも肩をすぼめている常連の彼が来てくれるのを、僕は密かに楽しみにしていた。 
苦いブラックが苦手なのに、毎日変わらずブラックを頼む彼が気になる。 今日はいつもより温度を下げてみようかな?香りだけ甘いものは苦手かな?どうすれば、喜んでくれる? 「君の淹れる珈琲が一番美味しい」
苦手なくせに、いつも僕が淹れた珈琲を褒めてくれる彼。 照れ臭そうに顔を赤ながらも褒めてくれる彼ともっと仲良くなりたい。 そんな、ささやかな想いを込めて、今日も丁寧に豆を挽く。 甘く、切なく、でも愛しくてたまらない―― 珈琲の香りに包まれた、静かで優しい記憶の物語。

この運命を、あなたに。

皆中透
BL
オメガが治める国、オルサラータ。この国は、王がアルファを側室に迎える形式で子孫を残し、繁栄して来た。 イセイは現王ジュオの運命のつがいとの間の息子で、ジュオの二番目の子供にあたる。彼には兄が一人と弟が二人いるのだが、その弟の父であるイファに長年恋心を寄せていた。 しかし、実父の側室であり、弟たちの父親である人を奪ってまで幸せになる事など出来ないと思い、一度もその想いを告げたことはなかった。そして、成人後には遠くの領地をもらい、イファから離れる道を選ぶと決めている。そうして想いに蓋をしたまま、彼は成人の日を迎えた。 祝宴の日の朝、正装をした四兄弟は杯を交わし、これからも変わらずにいることを誓い合おうとしていた。すると、その杯を飲み干したイセイは、そのままその場に倒れ込んでしまう。 暗殺かと思われたその出来事は、イセイが翌日目を覚ましたことで杞憂に終わったのだが、目覚めたイセイはなぜかオメガになっていて……。 秘めた想いが絡まり合い、真っ直ぐに繋がれない恋。 不器用な二人が番うまでの日々を綴る、訳ありオメガバース。

【完結】完璧アルファな推し本人に、推し語りするハメになったオレの顛末

竜也りく
BL
物腰柔らか、王子様のように麗しい顔、細身ながら鍛えられた身体、しかし誰にも靡かないアルファの中のアルファ。 巷のお嬢さん方を骨抜きにしているヴァッサレア公爵家の次男アルロード様にオレもまたメロメロだった。 時に男友達に、時にお嬢さん方に混ざって、アルロード様の素晴らしさを存分に語っていたら、なんとある日ご本人に聞かれてしまった。 しかも「私はそういう人の心の機微が分からなくて困っているんだ。これからも君の話を聞かせて欲しい」と頼まれる始末。 どうやら自分の事を言われているとはこれっぽっちも思っていないらしい。 そんなこんなで推し本人に熱い推し語りをする羽目になって半年、しかしオレも末端とはいえど貴族の一員。そろそろ結婚、という話もでるわけで見合いをするんだと話のついでに言ったところ…… ★『小説家になろう』さんでも掲載しています。

六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。 順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。 「もう、おればっかりが好きなんやろか?」 馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。 そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。 嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き…… 「そっちがその気なら、もういい!」 堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……? 倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡

大嫌いなアルファと結婚しまして

リミル
BL
面倒見のいい隠れSなα×アルファから転化したΩ 久世優生と神崎基城はアルファの幼馴染みで、互いのスペックを競い合うライバル同士でもあった。 パーティーの最中、基城は原因不明の体調不良に襲われ、第二性がアルファからオメガに転化したと告げられる。 オメガになったことで、優生に馬鹿にされるかと思えば、何故かプロポーズを申し込まれてしまい──!?

(完結)冷徹アルファを揺さぶるオメガの衝動

相沢蒼依
BL
 名門・青陵高校に通う佐伯涼は、誰もが一目置く完璧なアルファ。冷静沈着で成績優秀、規律を重んじる彼は、常に自分を律して生きてきた。だがその裏には厳格な父と家の名に縛られ、感情を抑え込んできた孤独があった。  一方、クラスの問題児と呼ばれる榎本虎太郎は自由奔放で喧嘩っ早く、どこか影を抱えた青年。不良のような外見とは裏腹に、心はまっすぐで仲間思い。彼が強さを求めるのは、かつて“弱さ”ゆえに傷ついた過去がある。  青陵高校1年の秋。冷徹で完璧主義の委員長・佐伯涼(α)は、他校の生徒に絡まれたところを隣のクラスの榎本虎太郎(Ω)に助けられる。だがプライドを傷つけられた佐伯は「余計なことをするな」と突き放し、二人の関係は最悪の出会いから始まった。 《届かぬ調べに、心が響き合い》 https://estar.jp/novels/26414089 https://blove.jp/novel/265056/ https://www.neopage.com/book/32111833029792800 (ネオページが作品の連載がいちばん進んでおります)

処理中です...