10 / 13
第10話 運命の一投
しおりを挟む
「興奮したせいか、なんだか暑くなってきたよ」
そう言いながら、三間坂さんは俺の目の前でパステルピンクのカーディガンを脱ぎ始めた。
ふわりと肩から落ちたそれの下には、オフショルダーの白いシャツ。露わになった細い肩に、俺は思わず視線を逸らす。
……ちょっと待ってくれ。
肩だけじゃない。鎖骨まで、普通に見えてるんだけど。
相手が三間坂さんだというのに、なぜか鼓動が早まっていた。
どういうことだ、これは。
俺が自分の心臓の異変に戸惑っている間に、視線を逸らした先――隣の席に、三間坂さんが腰を下ろす。
――――!
距離、近っ!
目の前に、さっきまで隠れていた三間坂さんの肩がある。
華奢で、少し丸みのあるライン。
こんな細い肩で、俺とたった一ポンドしか変わらない重さのボールを投げてるんだよな……。
さっきの投球でこの肩、悲鳴を上げてたりしないんだろうか?
そんなことを考えてしまい、なんだか変な気分になる。
「次、高居君の番だよ」
顔を覗き込まれて、心臓が一際大きく跳ねた。
まさか、肩を見て変な妄想をしていたのがバレたのか――と思ったが、どうやら違う。
いつの間にか、下林君と一ノ瀬さんは二フレーム目を投げ終えていて、今は俺たちの番になっていた。
さっきは三間坂さんが先だったから、今度は俺が一投目だ。
「あ、ごめん」
俺は慌てて立ち上がる。
……いや、ちょっと肩を見てただけだよな?
それなのに、こんなに時間が経ってるってことは……
もしかして、「ちょっと」じゃ済まないくらい見てたのか?
胸の高鳴りが収まらないまま、俺はボールを手にレーンの前へ立った。
ああ、まだ頭の中に三間坂さんの肩が焼き付いてる。
一ノ瀬さんの肩ならともかく――いや、なんで三間坂さんなんだよ!
自分でも理解できない混乱の中、俺はボールを投げてしまった。
――当然、うまくいくはずがなかった。
ヘッドピンを大きく外し、倒れたのは端のほうのピンが三本だけ。
……しまった。
スペア後だったことを思い出したのは、投げ終わってからだ。
スペア後の一投は、そこで倒したピンの分だけ得点が加算される。
なのに、三本。
一フレーム目の俺たちのスコアは、たったの十三点になってしまった。
くそ……。
もう少し落ち着いてから投げるべきだった。
後ろを振り向くのが、怖い。
三間坂さんなら、怒ってもおかしくない。文句を言われても仕方がない。
完全に、俺のミスだ。
どんな叱責でも受け入れる覚悟で、肩を落とし、うつむいたまま振り返る。
「……ごめん」
上目遣いで三間坂さんの顔を見る。
「大丈夫。私が取り返してくるから!」
……え?
怒ってない。
それどころか、文句一つ言わず、むしろ俺を気遣うような笑顔だ。
三間坂さんは励ますように、俺の肩をぽん、と軽く叩いてから、ボールを取りに向かった。
……なんだろう。
今日の三間坂さん、いつもと違う。
やけに機嫌がいいというか、余裕があるというか。
俺のミスなんて気にならないくらい、何かいいことでもあったんだろうか?
そんなことを考えているうちに、三間坂さんは迷いなく二投目を投げ――
きっちり、スペアを取ってみせた。
……格好よすぎるだろ。
俺は、スコア以上に胸の奥がざわついていることに気づきながら、しばらく立ち尽くしていた。
春先だというのに、少し露出多めな三間坂さんを変に意識してしまい、序盤は完全に調子を崩していた俺だったが――
三間坂さんの奮闘に引っ張られるように、次第に感覚を取り戻していった。
もしかすると、さらけ出された肩や太ももにも、だんだん慣れてきたおかげかもしれない。
……いや、こういう言い方をすると「見慣れるほど見ていたのか」と突っ込まれそうだが――
うむ、実際かなり見ていたので、そこは何も言い返せない。
俺と三間坂さんは、ストライクこそ出ないものの、堅実にスペアを重ねていった。
スペアが決まるたび、自然とハイタッチ。
最初は手が触れるだけでドキリとしていたのに、四回目にもなると、俺のほうから手を差し出していた。
はじめは、「これが一ノ瀬さんだったらな」なんて思ったりもしていた。
だが、気づけばそんなことは考えなくなっていて、俺は三間坂さんと笑いながら手を合わせている。
……あれ?
そんな違和感を覚えつつも、試合は続く。
だが、肝心の勝負はというと――どうも今日は下林君の調子がいい。
二度もストライクを出され、スコアはなかなか縮まらない。
そして迎えた最終、第十フレーム。
ウミノシズクチームが投げ終えた時点で、点差は十点。向こうがリードしている。
つまり――
ここで俺がストライクかスペアを取れば、負けはなくなる。
逆に、中途半端にピンを残してしまえば、その時点で敗北が決まりかねない。
「ここが勝負だね」
「……わかってる」
静かに立ち上がる。
胸の奥では、さっきまでとは比べものにならないほど、熱が燃え上がっていた。
ここは、どうしてもストライクが欲しい。
下林君が二度も出しているのに、俺はまだ一度も出していない。
ここで決めて、三間坂さんに格好いいところを――
……ん?
いや、それは当初の目的とは違う。
俺は一ノ瀬さんに格好いいところを見せようと思っていたはずだ。
……その、ついでに三間坂さんにも、とは思うけど。
俺は速まる鼓動を意識しながら、ボールを手に取った。
ここで俺が決めれば、三間坂さんは気楽に投げられる。
だが、もし俺がピンを残せば――
勝敗はすべて、次に投げる三間坂さんに委ねられる。
普段の俺なら、「負けても自分のせいじゃないし」なんて、どこかで逃げ道を考えたかもしれない。
でも――今日は違う。
なぜか、そんなプレッシャーを三間坂さんに背負わせたくないと思ってしまう。
彼女のためにも。
俺が、ここで決める。
「高居君、がんばれっ!」
背中に届いた声援に、思わず口角が上がる。
俺はレーンの前に立ち、ボールを構え、ヘッドピンをまっすぐに見据えた。
絶対に、外さない。
深く息を吸い、ゆっくりと吐く。
心拍を落ち着かせ――
俺は、俺たちの命運を乗せた一投を、レーンへと放った。
そう言いながら、三間坂さんは俺の目の前でパステルピンクのカーディガンを脱ぎ始めた。
ふわりと肩から落ちたそれの下には、オフショルダーの白いシャツ。露わになった細い肩に、俺は思わず視線を逸らす。
……ちょっと待ってくれ。
肩だけじゃない。鎖骨まで、普通に見えてるんだけど。
相手が三間坂さんだというのに、なぜか鼓動が早まっていた。
どういうことだ、これは。
俺が自分の心臓の異変に戸惑っている間に、視線を逸らした先――隣の席に、三間坂さんが腰を下ろす。
――――!
距離、近っ!
目の前に、さっきまで隠れていた三間坂さんの肩がある。
華奢で、少し丸みのあるライン。
こんな細い肩で、俺とたった一ポンドしか変わらない重さのボールを投げてるんだよな……。
さっきの投球でこの肩、悲鳴を上げてたりしないんだろうか?
そんなことを考えてしまい、なんだか変な気分になる。
「次、高居君の番だよ」
顔を覗き込まれて、心臓が一際大きく跳ねた。
まさか、肩を見て変な妄想をしていたのがバレたのか――と思ったが、どうやら違う。
いつの間にか、下林君と一ノ瀬さんは二フレーム目を投げ終えていて、今は俺たちの番になっていた。
さっきは三間坂さんが先だったから、今度は俺が一投目だ。
「あ、ごめん」
俺は慌てて立ち上がる。
……いや、ちょっと肩を見てただけだよな?
それなのに、こんなに時間が経ってるってことは……
もしかして、「ちょっと」じゃ済まないくらい見てたのか?
胸の高鳴りが収まらないまま、俺はボールを手にレーンの前へ立った。
ああ、まだ頭の中に三間坂さんの肩が焼き付いてる。
一ノ瀬さんの肩ならともかく――いや、なんで三間坂さんなんだよ!
自分でも理解できない混乱の中、俺はボールを投げてしまった。
――当然、うまくいくはずがなかった。
ヘッドピンを大きく外し、倒れたのは端のほうのピンが三本だけ。
……しまった。
スペア後だったことを思い出したのは、投げ終わってからだ。
スペア後の一投は、そこで倒したピンの分だけ得点が加算される。
なのに、三本。
一フレーム目の俺たちのスコアは、たったの十三点になってしまった。
くそ……。
もう少し落ち着いてから投げるべきだった。
後ろを振り向くのが、怖い。
三間坂さんなら、怒ってもおかしくない。文句を言われても仕方がない。
完全に、俺のミスだ。
どんな叱責でも受け入れる覚悟で、肩を落とし、うつむいたまま振り返る。
「……ごめん」
上目遣いで三間坂さんの顔を見る。
「大丈夫。私が取り返してくるから!」
……え?
怒ってない。
それどころか、文句一つ言わず、むしろ俺を気遣うような笑顔だ。
三間坂さんは励ますように、俺の肩をぽん、と軽く叩いてから、ボールを取りに向かった。
……なんだろう。
今日の三間坂さん、いつもと違う。
やけに機嫌がいいというか、余裕があるというか。
俺のミスなんて気にならないくらい、何かいいことでもあったんだろうか?
そんなことを考えているうちに、三間坂さんは迷いなく二投目を投げ――
きっちり、スペアを取ってみせた。
……格好よすぎるだろ。
俺は、スコア以上に胸の奥がざわついていることに気づきながら、しばらく立ち尽くしていた。
春先だというのに、少し露出多めな三間坂さんを変に意識してしまい、序盤は完全に調子を崩していた俺だったが――
三間坂さんの奮闘に引っ張られるように、次第に感覚を取り戻していった。
もしかすると、さらけ出された肩や太ももにも、だんだん慣れてきたおかげかもしれない。
……いや、こういう言い方をすると「見慣れるほど見ていたのか」と突っ込まれそうだが――
うむ、実際かなり見ていたので、そこは何も言い返せない。
俺と三間坂さんは、ストライクこそ出ないものの、堅実にスペアを重ねていった。
スペアが決まるたび、自然とハイタッチ。
最初は手が触れるだけでドキリとしていたのに、四回目にもなると、俺のほうから手を差し出していた。
はじめは、「これが一ノ瀬さんだったらな」なんて思ったりもしていた。
だが、気づけばそんなことは考えなくなっていて、俺は三間坂さんと笑いながら手を合わせている。
……あれ?
そんな違和感を覚えつつも、試合は続く。
だが、肝心の勝負はというと――どうも今日は下林君の調子がいい。
二度もストライクを出され、スコアはなかなか縮まらない。
そして迎えた最終、第十フレーム。
ウミノシズクチームが投げ終えた時点で、点差は十点。向こうがリードしている。
つまり――
ここで俺がストライクかスペアを取れば、負けはなくなる。
逆に、中途半端にピンを残してしまえば、その時点で敗北が決まりかねない。
「ここが勝負だね」
「……わかってる」
静かに立ち上がる。
胸の奥では、さっきまでとは比べものにならないほど、熱が燃え上がっていた。
ここは、どうしてもストライクが欲しい。
下林君が二度も出しているのに、俺はまだ一度も出していない。
ここで決めて、三間坂さんに格好いいところを――
……ん?
いや、それは当初の目的とは違う。
俺は一ノ瀬さんに格好いいところを見せようと思っていたはずだ。
……その、ついでに三間坂さんにも、とは思うけど。
俺は速まる鼓動を意識しながら、ボールを手に取った。
ここで俺が決めれば、三間坂さんは気楽に投げられる。
だが、もし俺がピンを残せば――
勝敗はすべて、次に投げる三間坂さんに委ねられる。
普段の俺なら、「負けても自分のせいじゃないし」なんて、どこかで逃げ道を考えたかもしれない。
でも――今日は違う。
なぜか、そんなプレッシャーを三間坂さんに背負わせたくないと思ってしまう。
彼女のためにも。
俺が、ここで決める。
「高居君、がんばれっ!」
背中に届いた声援に、思わず口角が上がる。
俺はレーンの前に立ち、ボールを構え、ヘッドピンをまっすぐに見据えた。
絶対に、外さない。
深く息を吸い、ゆっくりと吐く。
心拍を落ち着かせ――
俺は、俺たちの命運を乗せた一投を、レーンへと放った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
【完結】かつて憧れた陰キャ美少女が、陽キャ美少女になって転校してきた。
エース皇命
青春
高校でボッチ陰キャを極めているカズは、中学の頃、ある陰キャ少女に憧れていた。実は元々陽キャだったカズは、陰キャ少女の清衣(すい)の持つ、独特な雰囲気とボッチを楽しんでいる様子に感銘を受け、高校で陰キャデビューすることを決意したのだった。
そして高校2年の春。ひとりの美少女転校生がやってきた。
最初は雰囲気が違いすぎてわからなかったが、自己紹介でなんとその美少女は清衣であるということに気づく。
陽キャから陰キャになった主人公カズと、陰キャから陽キャになった清衣。
以前とはまったく違うキャラになってしまった2人の間に、どんなラブコメが待っているのだろうか。
※小説家になろう、カクヨムでも公開しています。
※表紙にはAI生成画像を使用しています。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
友達の妹が、入浴してる。
つきのはい
恋愛
「交換してみない?」
冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。
それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。
鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。
冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。
そんなラブコメディです。
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる