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第213話 進展
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最後の一冊を本棚に戻して、俺はポツリとつぶやく。
「……ないな」
四人がかりで音楽関連の書架をすべて調べたが、「幻の楽譜」に関するものは一つとして見つからなかった。
「念のため、ほかのジャンルの本も調べてみるか?」
隣のクマサンが疲れた声で尋ねてきたが、俺は首を横に振った。
昔のアドベンチャーゲームじゃあるまいし、ノーヒントで図書館じゅうの本を手当たり次第に調べるようなクエストなんて、今どきあり得ない。特にこの『アナザーワールド・オンライン』は、理不尽な作業を強いる設計とは縁遠い。あくまで楽しむためのゲームだ。複数ある解決策の一つとしてなら用意されているかもしれないが、それしか手段がないなんてことはないはずだ。
「やめておこう。これはおそらく、正解ルートじゃない。それか、何かがまた足りていないのか……」
そう答えはするが、じゃあ何が正解なのか、あるいは何が足りないのかは何もわかっていない。
「それでは、これからどうしますか?」
本棚の向こう側からミコトさんがメイと一緒に戻ってくる。二人とも、手がかりが得られなかったことに落胆している様子はないが、やはり疲れの色は隠せない。
「一度、キャサリンのところに戻ろう。彼女が何か情報を得ているかもしれない」
「……そうですね」
プレイヤーが一度離れて別の行動をとることで、元の場所のイベントが進行するなんてことは、ゲームではよくあることだ。今のところ、「幻の楽譜」に関係がありそうな場所は、キャサリンの屋敷、六姉妹の家、そしてこの図書館の三か所。その三点も巡回することで、何かしらのフラグが立つかもしれない。
そう考えて、俺達は再びキャサリンの屋敷へと足を向けた。
しかし――
「……何人かに聞いてみたんだけど、『幻の楽譜』のことを知ってる人は、結局見つからなかったわ」
キャサリンは申し訳なさそうに目を伏せた。
彼女の屋敷に戻ってすぐ、彼女に確認を取ったものの、残念ながら状況は変わらず。
彼女が仲間に聞いて回ったという進展はあったが、収穫はゼロ。結局、また一つ可能性が潰えたという結果だけが残った。
「このクエスト、情報が少なすぎるぞ……。図書館でも『幻の楽譜』に関する資料は何もなかったし……」
「……そうでしょうね。この街の図書館に記録があれば、きっと誰かは知っていたでしょうから」
キャサリンの言葉はもっともだが、まるで「図書館での調査が無駄なのは最初からわかっていた」と言われたようで、ほんの少し胸がチクリと痛んだ。
「わかっているのは、『名もなき小夜曲』という曲名と、それが王都の吟遊詩人の女性に贈られたということだけ……。この情報だけで見つけてみせろだなんて、ダミアン様は、最初から私達に勝たせるつもりなんてなかったのかもしれないわ……」
そう言って、キャサリンは寂しげにうつむいた。
――確かに、その可能性は否定できない。
だが、少なくとも俺の目には、ダミアンの態度は、無駄に足掻く俺達をあざ笑おうとするものではなかった。あのときの彼の眼差しには、どこか切実な想い――それこそ、願いにも似た感情がにじんでいた気がする。
とはいえ、彼が何を考えていようと、今の俺達は完全に行き詰まっている。
せめて作曲家の名前か、贈られた吟遊詩人の名前でもわかれば糸口になるのだが、ダミアンはそれすら明かさなかった。彼自身も知らないのか、それとも意図的に伏せているのか――
どちらにせよ、今さら彼に問いただすわけにもいかない。
なにせ彼は、こう言ったのだ。「次に会うのは、曲を聴かせてもらうときだ」と。
それはつまり、「これ以上の情報は、こちらからは出さない」という、明確な意思表示でもあった。
「王都の吟遊詩人、か……。でも、王都にはこの街以上にたくさんいるだろうし……」
そうつぶやいたとき、頭の奥で何かが繋がった。
「王都……そうだ、これは王都での話じゃないか! メロディアで情報収集をしても、見つかるはずがない!」
「……あっ」
クマサン達も自分達の失態に気づいたように顔を見合わせた。
「音楽の街メロディアってことで、ついこの街で話が進むと思っていたけど、ダミアンは最初から『王都にいた吟遊詩人の女性に贈った』と言っていた。俺達が探すべきなのは、最初から王都だったんだよ」
「確かに。王都での話なら、この街の吟遊詩人達が知らないのも当然かもしれないね」
メイの言葉に俺はうなずく。
王都の図書館なら、きっと何かの情報があるだろう。探す量はさっきよりも増えるだろうが……それは仕方ない。
「みんな、すぐに王都に向かおう」
そう呼びかけた俺の言葉に、キャサリンがふと手を上げて制した。
「待ってください。王都へ行くのなら、紹介状を書きます。吟遊詩人ギルドに行ってみてください。もしかしたら、そこで話が聞けるかもしれません」
「……あっ。なるほど……!」
馬鹿みたいに図書館だけを考えていたが、確かに先に行くべきは吟遊詩人ギルドだった。
俺達プレイヤーが作っている「ギルド」とは別に、NPC達には職業組合としてのギルドが存在している。この件に関しては、最も情報が集まってそうなのは、どう考えてもそっちだ。
それに、紹介状がなければ、門前払いされることはないとしても、素直に知っていることを話してくれるとは限らない。情報収集の難易度は格段に上がってしまうだろう。
「ありがとう、キャサリン。紹介状、頼んでもいいか?」
「もちろん。すぐに用意するわ」
彼女はそう言い残し、屋敷の奥へと消えていった。
「よし、みんな。紹介状を受け取ったら、すぐに出発だ」
俺の言葉に、クマサンもミコトさんもメイも、力強くうなずいた。
少しずつだが、霧の中に差し込む光の筋が見えてきた。
ようやく、次に進む道が拓けた気がした。
「……ないな」
四人がかりで音楽関連の書架をすべて調べたが、「幻の楽譜」に関するものは一つとして見つからなかった。
「念のため、ほかのジャンルの本も調べてみるか?」
隣のクマサンが疲れた声で尋ねてきたが、俺は首を横に振った。
昔のアドベンチャーゲームじゃあるまいし、ノーヒントで図書館じゅうの本を手当たり次第に調べるようなクエストなんて、今どきあり得ない。特にこの『アナザーワールド・オンライン』は、理不尽な作業を強いる設計とは縁遠い。あくまで楽しむためのゲームだ。複数ある解決策の一つとしてなら用意されているかもしれないが、それしか手段がないなんてことはないはずだ。
「やめておこう。これはおそらく、正解ルートじゃない。それか、何かがまた足りていないのか……」
そう答えはするが、じゃあ何が正解なのか、あるいは何が足りないのかは何もわかっていない。
「それでは、これからどうしますか?」
本棚の向こう側からミコトさんがメイと一緒に戻ってくる。二人とも、手がかりが得られなかったことに落胆している様子はないが、やはり疲れの色は隠せない。
「一度、キャサリンのところに戻ろう。彼女が何か情報を得ているかもしれない」
「……そうですね」
プレイヤーが一度離れて別の行動をとることで、元の場所のイベントが進行するなんてことは、ゲームではよくあることだ。今のところ、「幻の楽譜」に関係がありそうな場所は、キャサリンの屋敷、六姉妹の家、そしてこの図書館の三か所。その三点も巡回することで、何かしらのフラグが立つかもしれない。
そう考えて、俺達は再びキャサリンの屋敷へと足を向けた。
しかし――
「……何人かに聞いてみたんだけど、『幻の楽譜』のことを知ってる人は、結局見つからなかったわ」
キャサリンは申し訳なさそうに目を伏せた。
彼女の屋敷に戻ってすぐ、彼女に確認を取ったものの、残念ながら状況は変わらず。
彼女が仲間に聞いて回ったという進展はあったが、収穫はゼロ。結局、また一つ可能性が潰えたという結果だけが残った。
「このクエスト、情報が少なすぎるぞ……。図書館でも『幻の楽譜』に関する資料は何もなかったし……」
「……そうでしょうね。この街の図書館に記録があれば、きっと誰かは知っていたでしょうから」
キャサリンの言葉はもっともだが、まるで「図書館での調査が無駄なのは最初からわかっていた」と言われたようで、ほんの少し胸がチクリと痛んだ。
「わかっているのは、『名もなき小夜曲』という曲名と、それが王都の吟遊詩人の女性に贈られたということだけ……。この情報だけで見つけてみせろだなんて、ダミアン様は、最初から私達に勝たせるつもりなんてなかったのかもしれないわ……」
そう言って、キャサリンは寂しげにうつむいた。
――確かに、その可能性は否定できない。
だが、少なくとも俺の目には、ダミアンの態度は、無駄に足掻く俺達をあざ笑おうとするものではなかった。あのときの彼の眼差しには、どこか切実な想い――それこそ、願いにも似た感情がにじんでいた気がする。
とはいえ、彼が何を考えていようと、今の俺達は完全に行き詰まっている。
せめて作曲家の名前か、贈られた吟遊詩人の名前でもわかれば糸口になるのだが、ダミアンはそれすら明かさなかった。彼自身も知らないのか、それとも意図的に伏せているのか――
どちらにせよ、今さら彼に問いただすわけにもいかない。
なにせ彼は、こう言ったのだ。「次に会うのは、曲を聴かせてもらうときだ」と。
それはつまり、「これ以上の情報は、こちらからは出さない」という、明確な意思表示でもあった。
「王都の吟遊詩人、か……。でも、王都にはこの街以上にたくさんいるだろうし……」
そうつぶやいたとき、頭の奥で何かが繋がった。
「王都……そうだ、これは王都での話じゃないか! メロディアで情報収集をしても、見つかるはずがない!」
「……あっ」
クマサン達も自分達の失態に気づいたように顔を見合わせた。
「音楽の街メロディアってことで、ついこの街で話が進むと思っていたけど、ダミアンは最初から『王都にいた吟遊詩人の女性に贈った』と言っていた。俺達が探すべきなのは、最初から王都だったんだよ」
「確かに。王都での話なら、この街の吟遊詩人達が知らないのも当然かもしれないね」
メイの言葉に俺はうなずく。
王都の図書館なら、きっと何かの情報があるだろう。探す量はさっきよりも増えるだろうが……それは仕方ない。
「みんな、すぐに王都に向かおう」
そう呼びかけた俺の言葉に、キャサリンがふと手を上げて制した。
「待ってください。王都へ行くのなら、紹介状を書きます。吟遊詩人ギルドに行ってみてください。もしかしたら、そこで話が聞けるかもしれません」
「……あっ。なるほど……!」
馬鹿みたいに図書館だけを考えていたが、確かに先に行くべきは吟遊詩人ギルドだった。
俺達プレイヤーが作っている「ギルド」とは別に、NPC達には職業組合としてのギルドが存在している。この件に関しては、最も情報が集まってそうなのは、どう考えてもそっちだ。
それに、紹介状がなければ、門前払いされることはないとしても、素直に知っていることを話してくれるとは限らない。情報収集の難易度は格段に上がってしまうだろう。
「ありがとう、キャサリン。紹介状、頼んでもいいか?」
「もちろん。すぐに用意するわ」
彼女はそう言い残し、屋敷の奥へと消えていった。
「よし、みんな。紹介状を受け取ったら、すぐに出発だ」
俺の言葉に、クマサンもミコトさんもメイも、力強くうなずいた。
少しずつだが、霧の中に差し込む光の筋が見えてきた。
ようやく、次に進む道が拓けた気がした。
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