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第22話 俺と三間坂さんの二人三脚

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 午後から行われる最初の競技が二人三脚だった。
 昼休憩を終え、俺と三間坂さんは二人三脚出場者の待機場所で、一ノ瀬さんや仙石君と一緒に開始の時間を待つ。

 この時間の競技となれば、お腹が膨れた状態でほかの選手は決して万全な態勢ではないだろう。見ている人達も、休憩の雰囲気が残っていて、きっと熱心ではないだろう。
 ――などと考えて、俺は二人三脚への緊張感を少しでもやわらげようとする。

 俺は昼食を腹八分目に達する前の七分目程度で留めていた。ほかの選手と違って腹いっぱいで動けなくなるようなことも、途中で腹が痛くなるようなこともないはずだ。
 見ただけでは誰もわからないだろうが、心の中で俺はかなり本気だった。

 棒引きでの一回戦負け、三間坂さんのお邪魔玉入れでの活躍、それらを踏まえて、俺はこの二人三脚にかけている。
 俺自身も勝ちたいし、三間坂さんを負けさすわけにもいかない。

「高居君、なんかやる気いっぱいって感じだね!」

 うっ。心の中だけで、表にはやる気を見せないつもりなのに、三間坂さんはそれを見抜いてくる。
 でも、俺は「気のせいじゃないか」と、とぼけてやるつもりだった。

「ホントだね、やる気が伝わってくる。私達も負けてられないね」
「ああ、高居には負けてられない。練習では勝てなかったが、別レースだし、ここは俺達も1位を目指すとするか」

 俺がとぼけるの前に、一ノ瀬さんと仙石君にまでそんなことを言われてしまった。
 ……もしかして俺ってすぐ顔に出るタイプだったりするんだろうか?
 俺はちょっと複雑な気持ちになってしまった。

 そして、そんな俺にかまわず、競技は始まっていく。
 俺と三間坂さんより先に、第一レースで一ノ瀬さんと三間坂さんのペアが走る。

「二人とも頑張れ!」

 次は俺達のレースなのに、三間坂さんは仲間の応援をする。
 そういうとこは俺も見習わないといけない。

「仙石君、一ノ瀬さん! 頑張れっ!」

 三間坂さんに負けない声で俺も二人に声をかけた。
 コースで位置についている二人の背中がなんとなく応えてくれたような気がする。

 そして、スタートのピストルが鳴った。
 一緒に練習した時、二人は俺と三間坂さんに一度も勝てていない。今回も正直スピードはあまり早くなかった。でも、二人はもたつくこともなく、転ぶことなく、しっかり進んでいく。

「その調子っ!」

 ほかのペアが止まったりする中、着実に進む二人は3番手で進んでいった。
 応援する俺の手にも汗が滲んでくる。

 トップが、タイミングがあわず動きを止めた。その間に二番手と三番手の一ノ瀬さん達はトップを追い抜き、さらに二番手に追いすがる。
 頑張れ、もう少しだ! 二番手の動きが緩めば勝てるぞ!

 ……だが、一ノ瀬さん達の追い上げもそこまで。先ほどまで二番手だった6組がトップでゴールし、一ノ瀬さんたちは2位でゴールした。
 でも、2位だ! 十分な成績だと思う。

「二人とも頑張ってたね!」
「うん、そうだね」
「じゃあ、私達は1位を狙っていこっか」
「……うん、僕もそのつもりだよ」

 俺ははっきりとそう口にした。
 絶対に勝ってやる!

 俺と三間坂さんは足に結んだ紐が途中でほどけないくらい固いことをしっかり確認し、スタート位置についた。
 俺の右手は三間坂さんの右肩に、三間坂さんの左手は俺の左肩にしっかりと載っている。
 最初の練習の時のように、そんなことで緊張するようなことはもうない。
 これは勝利のための行動なんだから。
 俺は三間坂さんの肩を掴む指に力を込めた。

 スタートの号砲が鳴り響く。

『1,2,1,2,1,2』

 俺達は練習通り、抜群のスタートを切った。
 スタートしてすぐに体一つ分ほかのペアより前に出ている。

 いける! 完璧なスタートだ!

『1,2,1,2,1,2』

 練習の時よりも足が軽かった。
 俺の右脚は三間坂さんの左脚と紐で結ばれているはずなのに、一人で走ってるのかと思えるほどに軽やかに走れる。
 こんなに気持ちよく走れたことは、練習の時でさえ一回もなかった。
 左右どちらを見ても、もうほかの選手は視界に移らない。完全にリードしてトップを快走していた。

 勝てる!

 レース中盤なのに俺は勝ちを確信する。
 だって、負ける気がまったくしない。
 俺の脚はこんなに早く走れるんだから!

 そう思った時、突然俺の脚に感じたことない負荷がかかる。
 三間坂さんが明らかに態勢を崩しているのが見えた。

 俺は気づく。自分が調子に乗りすぎていたことに。
 練習通りでよかったんだ。それなのに、俺はあまりにも脚が軽かったから、それ以上のものを出してしまった。練習の時、三間坂さんが「もう少し歩幅を小さくしてもらえると嬉しいかも」って遠慮がちに言っていたことも忘れて……。

 ここまで俺が気持ちよく走れていたのは、三間坂さんが無理して俺に合わせてくれてたからに違いない。だけど、男子と女子、足の長さも回転速度も違う。さすがの三間坂さんでも限界がきたのだ。

 ……俺はバカだ。

 俺達は練習中一度も派手に転んだことがなかった。多少もたついてもすぐにフォローして立て直していた。今思えば、あれは三間坂さんの反応の速さと対応力があったればこそだった。その三間坂さんが、今、こらえきれずに頭から転ぼうとしている。

 最低だ、俺は!

 でも、三間坂さんを怪我させるわけにはいかない! せめて、三間坂さんだけは守る!

 俺は三間坂さんを抱きとめるように左手を三間坂さんの体の前に回して力を入れる。そして、クッションになるよう、俺の体を三間坂さんと地面との間に無理矢理入れこんだ。
 そのまま仰向けの俺が下、うつ伏せの三間坂さんが上に態勢で、俺達は派手に地面に倒れこむ。

 背中いてぇぇぇ!
 俺はモロに背中から落ちた。
 痛みの衝撃で何か柔らかいものに触れていた左手を思い切り握る。柔らかく適度な弾力のあるものに俺の指が食い込んだ。
 体を起こすために掴もうとしてその指に力を込めるのに、柔らかすぎて掴めない。
 なんだよ、これ!?
 ……いや、そんなことより三間坂さんだ!

「三間坂さん、大丈夫!?」

 俺はすぐ近くに顔がきている三間坂さんに焦った声で尋ねた。

「――――!?」

 三間坂さんは無言で上体を起こす。
 左手の中にあった柔らかなものはいつの間にか消えていた。
 いや、そんなことより三間坂さんだ!
 三間坂さんの顔を窺うと、変に赤くなっていてすごく複雑そうな顔をしている。
 もしかして、どこか痛めたか?

「三間坂さん、どこか怪我した!?」
「だ、大丈夫!」

 なんだ、この三間坂さんの焦ったような反応は?
 いつもの三間坂さんらしくないぞ?

 でも、本当に怪我がないなら、まだ勝負はついていない。俺達の勝ちの可能性はまだ潰えていない。

「まだ走れる?」
「う、うん、大丈夫」

 答える三間坂さんはやはりいつもとちょっと違っていたけど、今はその言葉を信じるしかない。
 俺達は先に起き上がり、三間坂さんに手を差し伸べて起き上がるのを助ける。

「……ありがと」
「ううん。俺の方こそゴメン。調子に乗った。でも、まだ負けてない!」

 俺達が転んでるうちにすでに順位はかなり落ちていた。
 俺は再び三間坂さんの肩に手を回す。
 なぜか三間坂さんの肩がピクッと震えた気がした。
 遅れて三間坂さんの手も俺の肩に回ってくる。

「三間坂さん、いくよ!」
『1,2,1,2,1,2……』

 俺達は再び走り出した。
 もう俺は自分勝手な走りはしない。
 右足に、いや、全身に三間坂さんを感じて走る。
 足を、息を、心を合わせて走る!

 真ん中以下まで落ちていた俺達だが、すぐにスピードに乗った。
 速さはやっぱり俺達が一番だった。前を走るペアとの距離がどんどん縮まっていく。
 さっきと違って、三間坂さんの歩幅やタイミングを意識して走っているのに、一人で気持ちよく走っていたさっきよりも速い気がする。
 追いつける!
 俺達なら絶対追いつける!
 遅いペアを抜き去り、デッドヒートを演じているトップの2組との距離を俺達はどんどん詰めていく。

 でも、俺はここで下手に焦ったりはしない。
 意識するのは、三間坂さんのことだ。タイミングは変えない。今の二人のタイミングが俺達の最高速なんだ!

 そして俺達3組はほぼ同時にゴールテープを切った。
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