まるでオタクのような魔女の君

亜紗 筆龍

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01 君と初夏

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 太陽の光が燦燦と照りつける教室。

 空は雲一つない快晴であり、風も穏やかである。今日は比較的気温が低いので、初夏を迎えた今の季節でも快適に過ごせている。

 「あっちーなー」

 神代魁璃は一人、意味もなく声に出してつぶやいた。

 普段家に引きこもってばかりの魁璃にとっては、今日の気温はちょうどいいを通り越してむしろ暑く感じてしまう。

 ここは教室の隅、窓のすぐそばの席だ。この木造の教室にいるのは魁璃だけで、他の生徒は終礼のチャイムと共に部活に行くか家に帰ってしまった。

 魁璃が窓から外を覗くと、元気に声を発しながらランニングする野球部の人たちが見える。あんなに動くと汗が止まらないだろうな、と魁璃は思うが、いつも太陽の光の下で動いている運動部の人にとっては、すでに体がそういったものに慣れているためさほど苦ではないらしい。

 そのうち、野球部の人たちは走るのをやめてストレッチをし、キャッチボールを始める。最初は近距離で投げ合い、だんだんと距離を伸ばしながら遠投をする。

 魁璃は野球は嫌いではなかった。むしろスポーツの中では好きな方である。昔、少しだけ野球をやっていた時があったが、もともと運動音痴でスポーツが得意ではなかった魁璃はすぐに雑用係に回され、つまらなくなってやめてしまったのである。部活は技術だけを磨く場所ではないのだが、精神面も鍛えることができそうになかったのであきらめてしまったわけである。

 野球をやりに部活に入ったのに、なぜ野球以外のことをしないといけないのか。当時の魁璃はそう思った。今考えてみると、それが部活というものなのであり、ずっと支援をするマネージャーなんかを考えると、まだキャッチボールができていただけマシなほうである。

 「さっきからなに見てるの?」

 魁璃がずっと外の野球部をみていると、急に教室の入り口から声をかけられる。魁璃がそちらを向くと、黒髪のかわいい女子が入り口に立っていた。それは魁璃もよく知る人物、穂波 愛花だ。

 魁璃は、愛花がかつて自分が野球部だということを知っているため、野球部をみていたことがばれると、自分がまた野球をやりたいのだと勘違いされそうだと思い、無言のまま再び外へ視線を戻す。

 すると、愛花は魁璃のすぐ隣にやってきて外を覗く。ほんのりと良い香りが魁璃の鼻を刺激する。

 「なになに?自分が下手だった野球を上手にやってる野球部の人たちが羨ましいの?」

 愛花はニヤニヤしながら魁璃にそう言う。魁璃が野球部を見ているのを知り、愛花はどうやら魁璃の想像よりもさらに嫌らしい感想を抱いたらしかった。魁璃は再び無言のまま、愛花を見つめる。

 「……で、神代くんはこんな時間にこんなところで何をしているのかな?もしかして私を待ってた?」

 愛花は少し間をおいてからそう言った。

 「そのつもりだったんだけどね、何故か今、急に一人で帰りたくなってきたところなんだ」

 実際、魁璃は愛花を待っていた。毎日とまではいかないが、魁璃は愛花とよく一緒に下校している。話が合うというのもあるし、単純に魁璃は愛花といて楽なのだ。無駄に気を使う必要もないし、自分の本性を隠す必要もない。

 「えー、ごめんって。せっかく待ってくれてたんだし一緒に帰ろうよ」

 仕方なく、といったかんじで魁璃は愛花にならんで教室を出る。愛花は三年で、二年である魁璃のひとつ上なのだが、全くもってそんな雰囲気はしない。本人も何故か魁璃に先輩とよばれるのを嫌がっている。ただ、魁璃からすれば、先輩面して無駄に上から目線で接してくる輩よりもよっぽど好感をもてるのだが。

 二人は校舎を出て自転車置き場に移動する。愛花は電車通だが、魁璃は自転車で登校している。魁璃の家は愛花が乗る駅のすぐそばにあるので、帰り道はずっと一緒なのだ。だが、田舎の学校だからか、高校から駅までの距離がそこそこある。そこを毎日歩く愛花にとってはかなりの運動になるだろう。

 魁璃は自転車の荷台に荷物をのせ、愛花の荷物を前のかごに入れると、自転車をついて歩き始める。

 学校の敷地をでるとすぐにまわりが田んぼだらけになる。いつもであればなかなか狭い道を結構な数の生徒が縦に並んで下校しているが、今は魁璃と愛花以外誰もいなかった。

 「ねえねえ、昨日のアイマジ見た?」

 魁璃がオレンジ色に染まった空をぼーっと歩きながら眺めていると、愛花が唐突にそう言った。アイマジとは”アイドル☆マジック”というアニメの略称である。最近放送開始したアニメで、魔法使いとアイドルを同時にこなす数人のヒロインとそれを補佐する主人公の活躍を描いたものである。絵もよく、内容も濃いのでそこそこ人気なのだ。

 「‥‥‥見たよ」

 「昨日は魁璃くんの推しのエリフィーさん、いっぱい映ってたよね」

 「……うん」

 「あれ?どうしたの魁璃くん?」

 魁璃が素っ気なく返事をしていると、それを不思議に思って愛花は魁璃の顔を覗き込む。

 「いつも言ってるけどさ、愛花ってよくオタク全開でいられるよな」

 クラスの全員がすでに知ってしまっていることなのだが、魁璃は自分がオタクだということを隠している。オタクはマイナス要素にしかならないし、自分でも、オタクである自分が少し気持ち悪いと思うほどなのだ。

 しかし愛花は自分がオタクだということを隠していない。といっても、愛花はかわいい方だし、色々な生徒に分け隔てなく明るく接しているため、オタクだと信じる人は少ない。実際は、魁璃と肩を並べるほどのオタクである。

 「んー、私はオタクって別に悪いことじゃないんだと思ってるから」

 「悪いとかそういう意味じゃなくて、単純にクラスにガチオタのやつがいたらちょっと引かないか?」

 魁璃も相当のオタクだということがばれた時には、若干教室内の空気が冷たくなった気がしたものだ。

 「私は別に引かないけど?」

 「まあ、お前はな」

 「魁璃くんは考えすぎなんだよ。オタクって案外そこらへんにいっぱい転がってるよ?別に珍しくもないし」

 「転がってるって…」

 確かに、あからさまに魁璃を侮蔑する生徒はいない。魁璃の考えすぎということも多少はあるのだ。

 しかし魁璃からすれば、自分のオタクということに関して人一倍に嫌っているのだ。他人がどうこうではなく、自分が自分に引いてしまうのだ。

 「でも、そうか。魁璃くん、オタクが嫌いなら私も嫌いってことなんだよね」

 愛花はわざとらしく悲しそうな顔をつくってそう言う。

 「そんなことは、言ってないだろ」

 魁璃は少し恥ずかしくなって下を向く。それを見た愛花は満面の笑みを浮かべる。

 「そうだよね、魁璃くん、私が大好きだもんね」

 「はぁ!?」

 魁璃は大きな声を出して愛花の方を向く。その顔はほんのり赤くなっている。

 「素直だなー、魁璃くん、顔に出ちゃってるよ」

 「別に、素直じゃねえし」

 「私は好きよ、素直な人」

 「あっそう、じゃあ俺は違うな」

 「もう、魁璃くん本気になりすぎ。じゃあね」

 気づけばもう魁璃の家の前に着いていた。そこは少しの家が密集している場所で、その通りに愛花の乗る駅があるのだ。

 愛花は荷物を背負うと、駅の方に数歩歩いてから、魁璃の方を振り返る。

 「お、おう。またな」

 愛花は魁璃に手を振ると、そのまま駅の方に歩き始めた。

 「おかえりー」

 「…ただいま」

 魁璃は家に帰るとすぐに二階にある自分の部屋に向かい、ベッドに横たわった。

 『私は好きよ、素直な人』

 先ほど、愛花に言われた言葉が思い浮かんだ。意地悪そうな笑みで、見上げるようにこちらをみていた。

 (かわいすぎだろ…)

 魁璃は赤くなった顔を隠すように、腕を顔に被せたのだった。
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