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番外編
同期の憂鬱 前編
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なんか地味なヤツだな。
ニールを見た最初の印象は、他の大多数と同じ、そんなものだった。
濃い茶の髪も瞳も、ごくごくありふれたもの。
身長や体型も年相応くらい。
顔立ちも目立つところがなく、まぁ、不細工ではない。
なによりも、覇気がまったく感じられなかった。
言われたからやっている。
そんな雰囲気をありありとまとっていた。
そいつが居るのが場末の工場なんかなら、たいした違和感も持たなかっただろう。
だが、ここは栄えある赤の騎士団の入団試験会場だ。
要人警護を主な職務とする、いくつもある騎士団の中でも花形の登竜門だ。
「あいつ、平民らしいぜ」
近くに居た他の受験者が、あごでそいつのことを指し示した。
賢妃リディアの改革によって、あからさまな身分差別は撤廃された、のは表向きの話。
見えない壁はまだ、そこかしこに残っている。
騎士団への入団だってそうだ。
平民差別は良くないと、特定の道場主の推薦があれば平民の受験も許されているが、よっぽどの腕前でないと合格はない。
見栄えは良くない、覇気も見えない、そして平民。
あいつは真っ先に落ちるだろう。
口には出さないが、その場に居るほとんどの者はそう思っていた。
しかし、大方の予想を裏切り、体力試験、教養試験、と試験が進むうちに次々受験者が落とされていくなか、そいつは残った。
つまらなそうな雰囲気を、ありありとまとったままで。
試験など簡単だとでも言いたげな様子に、ヤツは周りから毛嫌いされていたが、俺は逆に近づいてみようと思った。
そういう爪弾きになりそうな、でも有能そうなヤツほど仲良くなっておけ。
それが代々騎士の家系であり、準男爵の位をもらっている親父の教えだったからだ。
身分が下だと虐げていたヤツが上司になる。
そういうことも騎士団にはままあることだから、と。
それに、周りの貴族からの悪口が聞こえてもなお、萎縮することなく怠そうな顔をしているだけのこいつは、俺個人としても興味がある。
「よう。お互い最終候補に残ったな」
最終試験開始を待つ間、ぼさっと辺りを見ていたそいつに声をかける。
もちろん、二カッと最高の笑顔を忘れずに。
そいつは胡散臭そうなヤツを見るような目で、俺を見返してきた。
しかし、最低限の協調性はあるのか、「お互い良かったな」と答えた。
俺は更に口の端をにぃっと釣り上げる。
俺の勘が言っている。
こいつはきっと合格するだろう。
「俺はグレン・スラットリー。お前は?」
右手を差し出すと、そいつは軽く片眉を上げて差し出した手を握り返してきた。
「ニール・ブラッドレイ」
「よろしくな、ニール」
「あぁ、よろしく」
「そういえば、最終試験はなんだったかな?」
「剣術の試合ですよ」
そう割り込んで来たのは、育ちの良さそうな坊ちゃんだった。
にこやかに笑いながら、坊ちゃんが自己紹介する。
「スチュアート・ダン・アークライトです。よろしくお願いします」
「おう、よろしく。……アークライトって伯爵家だっけ?」
知らないと怒り出す面倒な輩もいるので、念のために確認する。
スチュアートは困ったように笑い、肩をすくめた。
「えぇ。でも兄はもう結婚して子も居ますし、継承権のない次男坊ですよ。スラットリーは騎士として高名な準男爵家の跡取りでしょう?」
「グレンでいいよ。代わりにスチュアートって呼んでも?」
「もちろん、良いですよ。グレン。ニールも、ニールと呼んでも良いですか?」
「構わないけどさ。言っておくけど、ウチはただの粉屋だぞ」
ニールの眉間にしわを寄せて言った。
ニールに対する嫌みだと思われてしまったようだ。
スチュアートが穏やかな笑みをニールに向ける。
「今のやり取りは社交辞令ですよ。お約束みたいなものです。だからと言って家格で才能が決定すると思っているわけではありません。強さと誇りを持つ者はその生まれに関わりなく、騎士になるべくしてなるのです」
まぁ、叔父の受け売りですけどね、とスチュワート。
穏やかな語り口に、ニールも毒気を抜かれたらしい。
眉間のしわもいつの間にか消えていた。
最終試験が始まるまでの間、俺たちは他愛もない話で盛り上がった。
ニールはやっぱり怠そうなままだったが、話には乗ってきた。
そこへ、先ほどニールのことを平民だと嘲笑っていたヤツが、後ろに金魚のフンを連れて寄ってきた。
俺とニールのことは無視して、スチュアートに話しかける。
「おい。アークライト。そいつらは平民と準男爵だぞ? 付き合う相手は選んだ方が良いんじゃないか? お前の格まで落ちるぞ」
随分な言いぐさだ。
確かに準男爵は領地もない名誉のみの爵位で、地元の名士程度の扱いだが、ここまで真っ正面から馬鹿にされると腹が立つ。
ニールも陰口なら流すが、スチュアートを巻き込んでまでの悪口は流せないらしい。
俺とニールは、半眼でそいつを見返した。
スチュアートは穏やかな笑みを崩さずに答える。
「えぇ。選んだ結果、彼らに声をかけたんですよ。出来ることなら、入団した後も一緒に頑張れる相手と今の内から仲良くなっておきたいですからね」
言外に、落ちると思ったヤツとは付き合わない、と言ったわけだ。
さすが伯爵家の生まれ。
穏やかそうな外見と反して、遠回しな嫌みが上手い。
相手も名のある家の出なんだろう。
スチュアートの嫌みを正確に理解したようだ。
米噛をひくつかせて、こちらをにらんできた。
「相手もきちんと選べない馬鹿と、クズとカスが合格出来るほど、赤の騎士団の試験は甘くはないだろうさ」
はっはっは、と悪役ばりに金魚のフン共と嘲笑い声をあげて、そいつは去っていった。
それを横目で見送ったスチュアートが、仕方のない人ですねと息を吐く。
「彼は某侯爵家の三男なんですよ。家の位を自分の位だと、少しばかり勘違いしているお馬鹿さんなんです。まだ世間の荒波を知らないので、大目に見てあげてくださいね」
十二歳の少年が言うには分別臭い言葉に、俺とニールは苦笑した。
「最終試験は総当たりの剣術試合だろ? 俺たち三人ともあいつに勝てば、何の問題もないんじゃないか?」
ニールが薄らと笑って言った。
さすがに”カス”と面と向かって言われて腹が立ったらしい。
俺も”クズ”と言われて平然と受け流せるほど、大人じゃない。
「あぁ。ギッタギタにやっつけてやろうぜ」
「なるほど。それは名案です。ぜひ身を持って生まれが全てではないことを彼に思い知ってもらいましょう」
スチュアートまでそんなことを言う。
「よし。揃って合格出来るよう、頑張ろうぜ!」
俺たちは拳を合わせ、しっかりとうなずき合った。
「勝者、グレン・スラットリー!」
模擬剣を引いて、俺は一礼した。
あの侯爵家の三男の金魚のフンをしていた内の一人が、地べたに尻餅をついて憎々しげな顔をしているのを見るのは、内心爽快な気分だった。
もちろん、顔には出さない。
騎士は品格も求められるからだ。
俺は給水所で水をもらってから、三カ所に分かれてやっている試合をざっと眺めた。
赤の騎士団に入団したいと志願する者は、さすがに一通り剣術を学んでいるようだ。
現役騎士の目から見ればまだまだだろうが、どこもそれなりに白熱した試合になっていた。
「おっ、あそこの試合、次はニールか。しかも相手はあの侯爵家の三男坊じゃん」
そのうち一カ所で前の試合が終わるのを待っているニールとヤツを見つけた俺は、水を一気に飲み干して、既に観戦するのに良い位置に立っているスチュアートの隣へ行く。
「よう。調子はどうだ?」
「今のところは全勝ですよ」
にっこりとスチュアートが笑う。
「奇遇だな。俺もだ」
「ニールも全勝中のようですよ」
「へぇ、さっすが」
俺もにやりと笑う。
口だけじゃなかったわけだ。
「おっ、始まるぞ」
前の試合が終わり、ニールとヤツが中央へ進み出る。
「構え」
審判の合図で、二人が同時に模擬剣を構える。
双方共に正眼の構えだ。
だが、構えは同じでも違った印象を受ける。
ヤツはニールを威圧するように闘気がダダ漏れだ。
ニールの方はというと、どうにも頼りなく隙だらけに見える。
どこからでも切り込めそうだ。
だが、本気で隙だらけのやつが今まで全勝なわけがない。
「すげーな、ニールのヤツ。あんな自然に隙だらけなんてな」
「初見なら騙されて油断してしまいそうですよね」
ニールの戦績を聞いていた俺たちは、感心してうなずいた。
あえてだろうと隙だらけな構えを良しとしないヤツもいるだろう。
ただ、集団警護の時には役に立つこともあるはずだ。
戦術には多様な駒があった方がいい。
「彼はどうやら、侮ってしまったようですねぇ」
スチュアートが哀れみの目で、侯爵家の三男坊を見る。
確かにヤツの顔には余裕で見下す笑みが浮かんでいた。
「たとえ本当に隙だらけの相手だって、油断大敵なのにな」
俺たちが目指すのは、貴人警護の騎士だ。
相手が女子供だろうが、枯れ木のような老人だろうが、警護対象に近づく者には等しく警戒しなきゃならない職務だって、あの坊ちゃんは分かってんのかな。
対照的な二人の構えをじっくりと見てから、審判が片手を上げた。
「始め!」
鋭い声と共に、審判の手が振り下ろされる。
それと同時に、侯爵家の三男坊が裂帛の気合いの声をあげてニールに突っ込んで行く。
「うおおおおおおおおおおおお」
その動きは思ったよりも早い。
だが、真っ直ぐだ。
対するニールは動かない。
素人が見たら、相手の気迫に飲まれて立ちすくんできるように見える。
三男坊がぐっとニールの間合いに踏み込もうとしたその時、ニールが揺らいだ。
相手の利き腕側にするりと避けたのだ。
突然の動きに、相手は面食らってしまったようだ。
三男坊の動きが一瞬緩んだ。
それをニールは見逃さなかった。
先ほどまでの隙が嘘のように、鋭い剣筋で相手の首に模擬剣を振るう。
「そこまで!」
審判が試合を止めた。
侯爵家の三男坊の首に、ぴったりとニールの剣が突きつけられていた。
「勝者、ニール・ブラッドレイ!」
審判の声だけが、その場に響く。
周りはしんと静まりかえっていた。
「あれを、寸止め出来るんですか……?」
スチュアートが呆然とつぶやいた。
信じられない気持ちは俺も同じだ。
模擬剣は刃が潰されているとはいえ、鉄で出来ている。
重さは本物と変わりがない。
本気で叩きつければ、鈍器として人を殺めることも出来る武器だ。
それをあの早さで振るって寸止め出来るなんて、どんな筋力と反射神経を持ってるんだ!?
鍛えた大人ならともかく、ニールの腕は俺と同じくらいの太さだったのに!
スチュアートは強さに家格は関係ないと言ったが、本当はそんなことはない。
家格と財力は、優秀な剣術の師に師事するのに役に立つ。
余裕がなければ、子に剣術を習わせることは出来ない。
ニールの家は粉屋だと言った。
ブラッドレイという粉問屋は聞いたことがないから、普通の小売りの店だろう。
それなら個別に習ったわけではなく、道場に通っていたはずだ。
こちらに気付いて寄ってきたニールに、俺は尋ねた。
「お疲れ。……なぁ、ニールは剣術を習い始めてどれくらいだ?」
「ん? あぁ、三年くらい? かな」
俺とスチュアートは思わず顔を見合わせた。
俺は五歳の頃から稽古を始めた。
普通の貴族は七歳くらいから始めるらしいから、スチュアートも五年はやっているんだろう。
それでも、俺たちはニールのようには出来ない。
「……鬼才ってヤツか」
俺が重たい息を吐きながら言うと、ニールが嫌そうに顔をしかめた。
「俺が通っていた道場は通っている人数が多かったし、バンバン試合する方針だから、試合慣れしてるだけだよ」
確かに個人で師事していると、色んな相手と試合する経験は少ない。
しかし、ニールを試合慣れしているの一言で片づけられるほど、俺は楽天家じゃなかった。
悔しいが、こいつは俺より強い。
俺より才能がある。
……妬むのは筋違いだってのは分かってるんだけどな。
「あー、くそ。俺も精進するぞー!」
「僕も負けませんからね!」
「お、おう……」
俺とスチュアートは気合いを入れ直して、ニールは特に気負う様子もなく、最終試験の続きに挑んだ。
その結果、ニールが全勝。俺が一敗。スチュアートが二敗。
俺たち三人は見事、赤の騎士団の見習いとして合格したのだった。
ニールを見た最初の印象は、他の大多数と同じ、そんなものだった。
濃い茶の髪も瞳も、ごくごくありふれたもの。
身長や体型も年相応くらい。
顔立ちも目立つところがなく、まぁ、不細工ではない。
なによりも、覇気がまったく感じられなかった。
言われたからやっている。
そんな雰囲気をありありとまとっていた。
そいつが居るのが場末の工場なんかなら、たいした違和感も持たなかっただろう。
だが、ここは栄えある赤の騎士団の入団試験会場だ。
要人警護を主な職務とする、いくつもある騎士団の中でも花形の登竜門だ。
「あいつ、平民らしいぜ」
近くに居た他の受験者が、あごでそいつのことを指し示した。
賢妃リディアの改革によって、あからさまな身分差別は撤廃された、のは表向きの話。
見えない壁はまだ、そこかしこに残っている。
騎士団への入団だってそうだ。
平民差別は良くないと、特定の道場主の推薦があれば平民の受験も許されているが、よっぽどの腕前でないと合格はない。
見栄えは良くない、覇気も見えない、そして平民。
あいつは真っ先に落ちるだろう。
口には出さないが、その場に居るほとんどの者はそう思っていた。
しかし、大方の予想を裏切り、体力試験、教養試験、と試験が進むうちに次々受験者が落とされていくなか、そいつは残った。
つまらなそうな雰囲気を、ありありとまとったままで。
試験など簡単だとでも言いたげな様子に、ヤツは周りから毛嫌いされていたが、俺は逆に近づいてみようと思った。
そういう爪弾きになりそうな、でも有能そうなヤツほど仲良くなっておけ。
それが代々騎士の家系であり、準男爵の位をもらっている親父の教えだったからだ。
身分が下だと虐げていたヤツが上司になる。
そういうことも騎士団にはままあることだから、と。
それに、周りの貴族からの悪口が聞こえてもなお、萎縮することなく怠そうな顔をしているだけのこいつは、俺個人としても興味がある。
「よう。お互い最終候補に残ったな」
最終試験開始を待つ間、ぼさっと辺りを見ていたそいつに声をかける。
もちろん、二カッと最高の笑顔を忘れずに。
そいつは胡散臭そうなヤツを見るような目で、俺を見返してきた。
しかし、最低限の協調性はあるのか、「お互い良かったな」と答えた。
俺は更に口の端をにぃっと釣り上げる。
俺の勘が言っている。
こいつはきっと合格するだろう。
「俺はグレン・スラットリー。お前は?」
右手を差し出すと、そいつは軽く片眉を上げて差し出した手を握り返してきた。
「ニール・ブラッドレイ」
「よろしくな、ニール」
「あぁ、よろしく」
「そういえば、最終試験はなんだったかな?」
「剣術の試合ですよ」
そう割り込んで来たのは、育ちの良さそうな坊ちゃんだった。
にこやかに笑いながら、坊ちゃんが自己紹介する。
「スチュアート・ダン・アークライトです。よろしくお願いします」
「おう、よろしく。……アークライトって伯爵家だっけ?」
知らないと怒り出す面倒な輩もいるので、念のために確認する。
スチュアートは困ったように笑い、肩をすくめた。
「えぇ。でも兄はもう結婚して子も居ますし、継承権のない次男坊ですよ。スラットリーは騎士として高名な準男爵家の跡取りでしょう?」
「グレンでいいよ。代わりにスチュアートって呼んでも?」
「もちろん、良いですよ。グレン。ニールも、ニールと呼んでも良いですか?」
「構わないけどさ。言っておくけど、ウチはただの粉屋だぞ」
ニールの眉間にしわを寄せて言った。
ニールに対する嫌みだと思われてしまったようだ。
スチュアートが穏やかな笑みをニールに向ける。
「今のやり取りは社交辞令ですよ。お約束みたいなものです。だからと言って家格で才能が決定すると思っているわけではありません。強さと誇りを持つ者はその生まれに関わりなく、騎士になるべくしてなるのです」
まぁ、叔父の受け売りですけどね、とスチュワート。
穏やかな語り口に、ニールも毒気を抜かれたらしい。
眉間のしわもいつの間にか消えていた。
最終試験が始まるまでの間、俺たちは他愛もない話で盛り上がった。
ニールはやっぱり怠そうなままだったが、話には乗ってきた。
そこへ、先ほどニールのことを平民だと嘲笑っていたヤツが、後ろに金魚のフンを連れて寄ってきた。
俺とニールのことは無視して、スチュアートに話しかける。
「おい。アークライト。そいつらは平民と準男爵だぞ? 付き合う相手は選んだ方が良いんじゃないか? お前の格まで落ちるぞ」
随分な言いぐさだ。
確かに準男爵は領地もない名誉のみの爵位で、地元の名士程度の扱いだが、ここまで真っ正面から馬鹿にされると腹が立つ。
ニールも陰口なら流すが、スチュアートを巻き込んでまでの悪口は流せないらしい。
俺とニールは、半眼でそいつを見返した。
スチュアートは穏やかな笑みを崩さずに答える。
「えぇ。選んだ結果、彼らに声をかけたんですよ。出来ることなら、入団した後も一緒に頑張れる相手と今の内から仲良くなっておきたいですからね」
言外に、落ちると思ったヤツとは付き合わない、と言ったわけだ。
さすが伯爵家の生まれ。
穏やかそうな外見と反して、遠回しな嫌みが上手い。
相手も名のある家の出なんだろう。
スチュアートの嫌みを正確に理解したようだ。
米噛をひくつかせて、こちらをにらんできた。
「相手もきちんと選べない馬鹿と、クズとカスが合格出来るほど、赤の騎士団の試験は甘くはないだろうさ」
はっはっは、と悪役ばりに金魚のフン共と嘲笑い声をあげて、そいつは去っていった。
それを横目で見送ったスチュアートが、仕方のない人ですねと息を吐く。
「彼は某侯爵家の三男なんですよ。家の位を自分の位だと、少しばかり勘違いしているお馬鹿さんなんです。まだ世間の荒波を知らないので、大目に見てあげてくださいね」
十二歳の少年が言うには分別臭い言葉に、俺とニールは苦笑した。
「最終試験は総当たりの剣術試合だろ? 俺たち三人ともあいつに勝てば、何の問題もないんじゃないか?」
ニールが薄らと笑って言った。
さすがに”カス”と面と向かって言われて腹が立ったらしい。
俺も”クズ”と言われて平然と受け流せるほど、大人じゃない。
「あぁ。ギッタギタにやっつけてやろうぜ」
「なるほど。それは名案です。ぜひ身を持って生まれが全てではないことを彼に思い知ってもらいましょう」
スチュアートまでそんなことを言う。
「よし。揃って合格出来るよう、頑張ろうぜ!」
俺たちは拳を合わせ、しっかりとうなずき合った。
「勝者、グレン・スラットリー!」
模擬剣を引いて、俺は一礼した。
あの侯爵家の三男の金魚のフンをしていた内の一人が、地べたに尻餅をついて憎々しげな顔をしているのを見るのは、内心爽快な気分だった。
もちろん、顔には出さない。
騎士は品格も求められるからだ。
俺は給水所で水をもらってから、三カ所に分かれてやっている試合をざっと眺めた。
赤の騎士団に入団したいと志願する者は、さすがに一通り剣術を学んでいるようだ。
現役騎士の目から見ればまだまだだろうが、どこもそれなりに白熱した試合になっていた。
「おっ、あそこの試合、次はニールか。しかも相手はあの侯爵家の三男坊じゃん」
そのうち一カ所で前の試合が終わるのを待っているニールとヤツを見つけた俺は、水を一気に飲み干して、既に観戦するのに良い位置に立っているスチュアートの隣へ行く。
「よう。調子はどうだ?」
「今のところは全勝ですよ」
にっこりとスチュアートが笑う。
「奇遇だな。俺もだ」
「ニールも全勝中のようですよ」
「へぇ、さっすが」
俺もにやりと笑う。
口だけじゃなかったわけだ。
「おっ、始まるぞ」
前の試合が終わり、ニールとヤツが中央へ進み出る。
「構え」
審判の合図で、二人が同時に模擬剣を構える。
双方共に正眼の構えだ。
だが、構えは同じでも違った印象を受ける。
ヤツはニールを威圧するように闘気がダダ漏れだ。
ニールの方はというと、どうにも頼りなく隙だらけに見える。
どこからでも切り込めそうだ。
だが、本気で隙だらけのやつが今まで全勝なわけがない。
「すげーな、ニールのヤツ。あんな自然に隙だらけなんてな」
「初見なら騙されて油断してしまいそうですよね」
ニールの戦績を聞いていた俺たちは、感心してうなずいた。
あえてだろうと隙だらけな構えを良しとしないヤツもいるだろう。
ただ、集団警護の時には役に立つこともあるはずだ。
戦術には多様な駒があった方がいい。
「彼はどうやら、侮ってしまったようですねぇ」
スチュアートが哀れみの目で、侯爵家の三男坊を見る。
確かにヤツの顔には余裕で見下す笑みが浮かんでいた。
「たとえ本当に隙だらけの相手だって、油断大敵なのにな」
俺たちが目指すのは、貴人警護の騎士だ。
相手が女子供だろうが、枯れ木のような老人だろうが、警護対象に近づく者には等しく警戒しなきゃならない職務だって、あの坊ちゃんは分かってんのかな。
対照的な二人の構えをじっくりと見てから、審判が片手を上げた。
「始め!」
鋭い声と共に、審判の手が振り下ろされる。
それと同時に、侯爵家の三男坊が裂帛の気合いの声をあげてニールに突っ込んで行く。
「うおおおおおおおおおおおお」
その動きは思ったよりも早い。
だが、真っ直ぐだ。
対するニールは動かない。
素人が見たら、相手の気迫に飲まれて立ちすくんできるように見える。
三男坊がぐっとニールの間合いに踏み込もうとしたその時、ニールが揺らいだ。
相手の利き腕側にするりと避けたのだ。
突然の動きに、相手は面食らってしまったようだ。
三男坊の動きが一瞬緩んだ。
それをニールは見逃さなかった。
先ほどまでの隙が嘘のように、鋭い剣筋で相手の首に模擬剣を振るう。
「そこまで!」
審判が試合を止めた。
侯爵家の三男坊の首に、ぴったりとニールの剣が突きつけられていた。
「勝者、ニール・ブラッドレイ!」
審判の声だけが、その場に響く。
周りはしんと静まりかえっていた。
「あれを、寸止め出来るんですか……?」
スチュアートが呆然とつぶやいた。
信じられない気持ちは俺も同じだ。
模擬剣は刃が潰されているとはいえ、鉄で出来ている。
重さは本物と変わりがない。
本気で叩きつければ、鈍器として人を殺めることも出来る武器だ。
それをあの早さで振るって寸止め出来るなんて、どんな筋力と反射神経を持ってるんだ!?
鍛えた大人ならともかく、ニールの腕は俺と同じくらいの太さだったのに!
スチュアートは強さに家格は関係ないと言ったが、本当はそんなことはない。
家格と財力は、優秀な剣術の師に師事するのに役に立つ。
余裕がなければ、子に剣術を習わせることは出来ない。
ニールの家は粉屋だと言った。
ブラッドレイという粉問屋は聞いたことがないから、普通の小売りの店だろう。
それなら個別に習ったわけではなく、道場に通っていたはずだ。
こちらに気付いて寄ってきたニールに、俺は尋ねた。
「お疲れ。……なぁ、ニールは剣術を習い始めてどれくらいだ?」
「ん? あぁ、三年くらい? かな」
俺とスチュアートは思わず顔を見合わせた。
俺は五歳の頃から稽古を始めた。
普通の貴族は七歳くらいから始めるらしいから、スチュアートも五年はやっているんだろう。
それでも、俺たちはニールのようには出来ない。
「……鬼才ってヤツか」
俺が重たい息を吐きながら言うと、ニールが嫌そうに顔をしかめた。
「俺が通っていた道場は通っている人数が多かったし、バンバン試合する方針だから、試合慣れしてるだけだよ」
確かに個人で師事していると、色んな相手と試合する経験は少ない。
しかし、ニールを試合慣れしているの一言で片づけられるほど、俺は楽天家じゃなかった。
悔しいが、こいつは俺より強い。
俺より才能がある。
……妬むのは筋違いだってのは分かってるんだけどな。
「あー、くそ。俺も精進するぞー!」
「僕も負けませんからね!」
「お、おう……」
俺とスチュアートは気合いを入れ直して、ニールは特に気負う様子もなく、最終試験の続きに挑んだ。
その結果、ニールが全勝。俺が一敗。スチュアートが二敗。
俺たち三人は見事、赤の騎士団の見習いとして合格したのだった。
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やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。
※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。
※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。
能力持ちの若き夫人は、冷遇夫から去る
基本二度寝
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