うみねこ歌う魔女の唄 ~押しかけ弟子は美青年~

駒元いずみ

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第一章

12.気付かずにいたもの

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 事故が起きた辻は、地方騎士団員と近所の人々の手で片づけられた。
封鎖が解かれ、いつもと変わらぬ人通りを見せる。
それを見届けたジゼルは、懐中時計を取り出した。
時刻は昼を回ったところだ。
片づけも手伝ったので、時間がかかってしまった。
ジゼルは隣に立つフェリクスに話しかける。
「フェリクス。午後の用事がないなら、お昼食べてから今日の分の座学やるけど、どうする? 用事があるならまた後日に振り替るけど」
「特に用事はありません。お師匠様のお仕事は大丈夫ですか?」
「今日のところは大丈夫。ついでだから、お昼は外食しようか。近くに美味しい食堂があるんだ」
「お供します」
(よし。今からお昼用意するのは面倒だからね。財布は持ってたよね……)
ジゼルがローブの内ポケットを確認していると、ふいにフェリクスの気配が変わった。
見上げると、彼は剣呑に目を細め、通りの向こうをにらんでいる。
「どうしたの?」
「いえ、こちらを見ている不審な輩がいましたので……。前に路地に居た男かも知れません」
フェリクスが通りの向こうから目を離さずに言った。
「あー。例の不審者。町内会に報告したら、他にも目撃者が居たらしくて回覧板も回ってきたな……」
ジゼルもフェリクスが見ている方へ顔を向け、その不審者を見つけて実に嫌そうにその顔を歪めた。
「……………………知ってる顔かも」
「賞金首ですか?」
フェリクスの問いに、ジゼルは虚を突かれて目を瞬いた。
「いや、違うと思うけど、なんでそう思ったの?」
「荒んだ雰囲気ですし、そんな男をお師匠様がご存じならと思ったのですが……」
ジゼルはそう言われて、まじまじと不審な男をよく見てみた。
確かに、元の質は良さそうなのによれた服や、乱れた髪、荒んだ表情と淀んだ雰囲気は、堅気の人間には見えない。
(ダニエルのやつ、分かりやすく落ちぶれたわねー)
元恋人のそんな姿を見ても、憐れみは湧かなかった。
あるのは、冷淡な感想のみである。
あの別れ際の捨て台詞を聞いてまで、彼に情が残っているようなら救いようがないお人好しか馬鹿だろう。
ジゼルは既に髪の一筋ほどもあの男に未練はないが、問題はフェリクスになんと言うか、だ。
「あー、知り合った昔は、もっとまともだったの。ちょっと調子に乗って身を持ち崩しちゃったんだけど。その時に縁を切ったから、もう関わりのない人なんだけどね」
「そうですか」
相槌を打つフェリクスの表情は堅い。
自分の師匠が妙な輩と知り合い、というのは、確かに不快だし不安だろう。
奴がじぃーっとこちらをうかがっていることからも、ジゼルに接触しようとしているのだと推測出来る。
どうせ金の無心に来たのだ。
もちろん、ジゼルは小指の爪先ほども情けをかけてやるつもりはない。
ジゼルは安心させるように、フェリクスに微笑んだ。
「大丈夫。フェリクスに迷惑かけないようにするから……」
「そういうことを言いたいのではありません」
ぴしゃりと言い返されて、ジゼルは首を傾げた。
「それ以外に何かある?」
ジゼルの言葉に、フェリクスが呆れたように大きなため息を吐いた。
「お師匠様はお一人であの男と話そうと思ってらっしゃいますね?」
「うん。まぁ、二度と顔を見せるなって言うだけだけど」
「危険だとは思われないのですか?」
「えっ? ダニエル相手に?」
相手は騎士でも魔術師でもない、商人崩れである。
短刀か何かを隠し持っていたとしても、一応自分の身体に結界を張っておくつもりだし、万が一結界を崩されたとしてもこの特製ローブが刃を通すことはない。
「ちゃんと二重に防御してくし、危なくないよ」
きちんと相手の素性や自身の対策について説明したのだが、フェリクスは真顔で目を細めた。
(美形の真顔、怖っ)
フェリクスに鋭い目で見下ろされて、ジゼルは半分腰が引けている。
普段は今のような威圧感を感じることはないのだが、あれはフェリクスが意識して柔和な雰囲気をまとっていたからなのだと気付いた。
「私相手に萎縮していて、いざ荒事になった時、冷静に対処出来ますか?」
フェリクスがジゼルとの距離を詰めて言う。
ご近所のもめ事程度は今までも何度も経験しているジゼルは、その言葉にむっとした。
背筋を伸ばし、きっぱりした口調で言い返す。
「出来るよ。ダニエルはフェリクスみたいに剣術とか出来ないもの。そんな奴に負けるほどやわじゃない」
「窮鼠猫を噛むと言います。商人崩れだろうと、お師匠様が魔術師だと知られているからには、それを念頭に置いた対策をしているかも知れません。結界を無効にする呪具を使われて、毒を顔にかけられたり、油をかけられて火をつけられたりしたらどうするんです。接触は危険です」
「う。それは、あり得ないとは言い切れないけど……」
さすが元騎士。ジゼルの慢心を的確に指摘してくれる。
ではどうするかと思案していると、フェリクスが企んでいる感満載の鉄壁の笑みで提案してきた。
「あの男に接触せずに撃退する方法があるのですが、試してみませんか?」
「……フェリクスが代わりに行くってのは駄目だよ」
「はい。私もお師匠様も、ここから一歩も動かずに出来ることです」
ジゼルは考えながら、通りの向こうにちらりと視線を向けた。
ダニエルはまだ、こちらを窺っている。
(うーん。接触しないで撃退出来ることに越したことはないし、試してみる価値はある、か)
ジゼルは「うん」とうなずいた。
「分かった。で、どうするの?」
「こうします」
フェリクスがにっこり笑った次の瞬間。
(は?)
ジゼルの身体は、フェリクスの腕の中にあった。
フェリクスがまとう簡素な木綿のシャツは、厚い胸板の感触とジゼルよりわずかに高い体温を彼女の頬に伝えてくる。
(え?)
石鹸の優しい香りが、鼻孔をくすぐる。
良い男は匂いまで良いのかと、 益体やくたいもない感想が浮かび上がった。
「ちょ、ちょっと」
驚き慌てて離れようとするも、たくましい腕がジゼルの腰に回り、びくともしない。
「な、な、」
意味をなさない声が、ジゼルの口から漏れる。
ここは人通りの多い往来だ。
きゃーと好奇心満載の若い女性の黄色い声が耳に届き、ジゼルの顔から血の気が引いた。
はやし立てる声が響きやひゅーと口笛まで吹かれる始末だ。
(ひぃぃっ。ご近所にあられもない噂を流されちゃうぅぅぅ!!)
「ふぇっ、ふぇりくす!!」
「もうしばらく、ご辛抱ください。もう少しですから」
ジゼルは裏返った抗議の声をあげるが、腰にくる艶やかな声音でなだめられた。
特製のフードは、まるで耳元で直接囁かれたように音を伝えてくる。
(本当に何? なんなの一体?? ダニエル撃退の話をしてたんじゃなかった???)
ガチガチに身体を固めて呆けていると、しばらくして、やっとフェリクスの腕が離れた。
即座に後ろに跳び退り、ジゼルは混乱したまま声を張り上げる。
「な、な、何をするの!?」
「あちらをご覧ください。あの男は去りましたよ」
「え?」
フェリクスが指さす方を見ると、確かにダニエルの姿は通りから消えていた。
代わりに、好奇に満ちた周囲の目線が二人に突き刺さっていた。
「ダニエルのことはもういい!! アンタ何てことしてくれんの!!!」
ジゼルは叫びながらフェリクスの襟首を掴み、がくがくと揺さぶった。
ただ悲しいかな、身長差のせいで遠目にはすがりついているように見えることに、ジゼル本人は気付いていない。
フェリクスはジゼルの抗議に申し訳なさそうな顔で答えた。
「お師匠様とあの男の関係は分かりませんが、男は敵わないと思った男のモノには手を出そうとしないものです。たっぷり親しさを見せつけましたし、十二分に威嚇しておいたので、大丈夫かと思います」
さらりと自分の方がダニエルより格上だと言い放つフェリクスに、ジゼルは唖然とした。
(いや、まぁ確かに、ダニエルよりフェリクスの方が百倍いい男だけどさ!!! 自分で言う? で、あんなことやっちゃう??? これだから見た目の良い男は!!!)
「ダニエルって、確か魔女先生が前に付き合ってた男だろう? 付きまとわれてるのかい?」
「あー。賭事で借金たくさんこさえて、せっかく開いた薬局も抵当に入れちまったとかいう」
「あそこの酒場で別れ話してたの、俺聞いてたよ。あんな胸糞悪くなるような暴言吐くクズ、別れて正解だ」
「えー。やだー。ひどーい。借金持ちの上、暴言吐くとか。魔女さん、可哀想ー! でもすぐ良い男掴まえて羨ましい~!」
近くで聞き耳を立てていたご近所さんたちがわらわらと集まって、口々に好き勝手言い出した。
こちらの事情が筒抜けだったことに、ジゼルは頭を抱える。
(いや、確かに近所の酒場で借金の申し込みをしたり、別れ話をした私たちが間抜けだったけど!)
フェリクスはそんなジゼルを守るように一歩前に出て、周りの人々に話しかけた。
「お騒がせして申し訳ございません。最近出没していた不審者は、お師匠様を待ち伏せしていたダニエルとかいう男のようでしたので、一芝居うちました。また不審者を見かけた際は、地方騎士団へ通報するなどご協力をお願いします」
「おう! 任せな! こっちも自警団の見回りを増やすぜ!」
「魔女さんにはお世話になってるもの。協力するわ」
「魔女エランは、いいお弟子さんを持ったねぇ」
皆の温かな言葉に、ジゼルは目を潤ませつつ頭を下げた。
「あ、ありがとうございます!」


ひとしきりジゼルを慰めた後、ご近所さんたちは三々五々に解散していく。
さすがにこの騒動の後で食堂に行く勇気はなく、ジゼルはフェリクスと工房に戻ることにした。
とても面倒くさいが、貯蔵庫を漁れば何かしらあるだろうし、簡単なものくらいは作れるはずだ。
「……フェリクス、ありがとうね。ダニエルのこともそうだけど、ご近所さんにも気を使ってくれたでしょう」
ご近所さんの協力を得られたのは、フェリクスのおかげだ。
その前の手段については色々と言いたいことはあるが、ぐっと飲み込み礼を言う。
フェリクスがにっこり笑って答えた。
「お役に立てたなら良かった。お師匠様は私に魔術を授けてくださる唯一の方です。何かあったら私としても困りますから」
(あ)
「そうだよねぇ」
ジゼルは何でもないように相槌を打つ。
(……あー、私も馬鹿だわ。いつの間にか、ほんのちょっとだけ、自惚れてたみたい…………)
フェリクスの言葉に冷や水を浴びせかけられた感覚に陥ったことを、仮面の下に隠して。
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