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香る、だいだい 二
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講義中の室内には、ゆったりと話す白髪の男性教諭の姿がある。
「えー、次に植物の繁殖についてです、少し複雑ですがこれもまた面白いです…菊の花等は種子を作る設計が巧みにできています…あの大輪一つで花だと考える方もいらっしゃるでしょうが、実はその一片一片が花です。それぞれが雌しべ雄しべを持ち、沢山の花が一本の茎の上で暮らしています。一匹の昆虫がやって来れば、一度に多くの花が受粉し、結実します。これを…高等植物、と言います。皇室の御紋章でもあり、花の中でも王者と呼ばれます」
教鞭を執る声に紙をめくる音、軋む椅子、生徒たちがメモを取るかすかな筆記音が静かに反響している。
「……次に、一つの花に雌しべ雄しべがありながら、なぜ他の花から花粉を貰わねばならないかについてですが…この雌しべ雄しべには成長スピードにズレがあり、近親婚がほとんどできないようになっています。このように、人間の世界と同じように花の世界にも道徳があり、…」
涼介も他の生徒と同じように耳を傾け時々メモを取る。
集中している内に、あっという間に時間は過ぎ去り講義は終了した。皆ぞろぞろと立ち上がり出口へ向かう。それに涼介も加わり、外へ出る。
籠っていた空気と違う、新鮮な空気を肺に吸い込むと息をついた。
ぼんやりと流れる噴水もどきを眺めて、ベンチに座り目を閉じる。周囲の心地良い雑音に身を委ねていると、いつの間にかウトウトしていた。
少しして、スマホをポケットから手に取り、通知を確認した。
"食堂はよ来い"
友人から来ていたそれに返事をして食堂へ向かう。
「涼介!」
名前を呼ばれ、手を挙げる友人を見つけた。
「おせー、早く取ってこいよ」
待ちくたびれた、と口調は良くないが食事に手を付けず律儀に待っている伊藤。
「荷物見とくからはよ行って来い」
そして気遣いのできる面倒見のいい与恵。
すでに注文済みらしい二人に、「おう」と頷き、涼介は昼飯の調達に向かう。
初対面から気兼ねなく接する事が出来た友に出会えたことは、ありがたい。涼介にとってこの大学を選んで良かったと思える事の一つでもある。
マイペースな三人は打ち解けるまでにそう時間はかからなかった。
「お前またソレかよ?」
伊藤が素うどんを手に戻ってきた涼介に言った。
「美味いし、早い」
涼介がそう言うと、「毎回よく飽きねーな、俺ムリ」と伊藤は考えられないとでも言うように首を振った。
涼介にとってはごちそうの素うどんを否定するような態度には心外だったが、頂きます、と手をあわせた伊藤に続くように涼介と与恵も食べ始めた。
しみわたる出汁に、涼介は温泉に浸かった様な声を出した。
それに伊藤が「じじいかよ」
と言うので、「飲んでみろ」と涼介はお前も同じ声が出るから、と前置きして素うどんを伊藤の方まで滑らせた。
伊藤は何も言わず目の前に来た器に口を付けてズズっと音をたてて飲むと、「ああ゛あ゛」と涼介の真似をした。
「ほらな」
「いや、流れだろ」
「うまかっただろ?」
「…うん」
素直に認めると伊藤はさりげなく与恵の方に器を寄せた。
「……」
与恵も目の前に来たそれを一口飲んで、伊藤と同じような声を出した。
「…じじいかよ」
今度は涼介がつぶやいた。
「「お前がいうな」」
伊藤と与恵が同時に突っ込む。
トリオでコントを済ませると、黙々とそれぞれ食べ始め、あっという間に完食した。
トレーを返却しようと立ち上がった与恵が確認するように椅子にふんぞり返る伊藤に言った。
「お前あれ出したか?レポート」
「あれ明後日までだろ」
「…これを見ろ」
提出期限が提示されたスマホの画面を伊藤に見せた。
与恵のスマホを手に取ると咥えていた爪楊枝をプッと吐き出して、リュックを背負いスマホをやや乱暴に突っ返すと「早く言えよアホ恵!」となぜか与恵に当たりながら去って行った。
「…アホはお前だ」
走って行く伊藤の後ろ姿にぼそっと与恵は言った。
この二人は確か幼馴染だったか、高校が同じだったか忘れたが、涼介より付き合いが長い。
「仲いーな」
「よくねえよ。くされ縁なだけ」
「いーな」
「ヤメロ」
雑談も程々に与恵は課題が残ってるとかで、もう行くと言うので涼介も図書館へ向かうことにした。
与恵に、いーなと言ったのは割とマジだった。
腐れ縁などと与恵は言っていたが、昔からの付き合いでそれが今も続いている、ということだろう。
そんな存在が当たり前に居ることが正直、羨ましい。
涼介は脳裏に浮かぶ顔を振り払うように小さく頭を振った。
一度ため息をつくと、目当ての本棚を目指し脚を進めた。
図書館には、少し先にグループ発表がありそれの資料を探しに来ていた。
まだ余裕があるため、それほど必死という訳でもなく、ただ参考までに事前に確認をしに来た。
何冊か目にとまったものに目を通してめぼしい数冊を持ち出し机に置いて読み始める。
紙を捲る音が響く中、涼介は本の内容をパラパラと流し見して使えそうな箇所を探す。
と、その時視界が真っ暗になった。
目に人の体温を感じ、その手を掴む。
「…、だーれだ」
ひっそりと耳元で呟く声。
こんな幼稚園児みたいなことを恥ずかしげもなく出来る人物を一人しか知らない。
「…」
「えー、次に植物の繁殖についてです、少し複雑ですがこれもまた面白いです…菊の花等は種子を作る設計が巧みにできています…あの大輪一つで花だと考える方もいらっしゃるでしょうが、実はその一片一片が花です。それぞれが雌しべ雄しべを持ち、沢山の花が一本の茎の上で暮らしています。一匹の昆虫がやって来れば、一度に多くの花が受粉し、結実します。これを…高等植物、と言います。皇室の御紋章でもあり、花の中でも王者と呼ばれます」
教鞭を執る声に紙をめくる音、軋む椅子、生徒たちがメモを取るかすかな筆記音が静かに反響している。
「……次に、一つの花に雌しべ雄しべがありながら、なぜ他の花から花粉を貰わねばならないかについてですが…この雌しべ雄しべには成長スピードにズレがあり、近親婚がほとんどできないようになっています。このように、人間の世界と同じように花の世界にも道徳があり、…」
涼介も他の生徒と同じように耳を傾け時々メモを取る。
集中している内に、あっという間に時間は過ぎ去り講義は終了した。皆ぞろぞろと立ち上がり出口へ向かう。それに涼介も加わり、外へ出る。
籠っていた空気と違う、新鮮な空気を肺に吸い込むと息をついた。
ぼんやりと流れる噴水もどきを眺めて、ベンチに座り目を閉じる。周囲の心地良い雑音に身を委ねていると、いつの間にかウトウトしていた。
少しして、スマホをポケットから手に取り、通知を確認した。
"食堂はよ来い"
友人から来ていたそれに返事をして食堂へ向かう。
「涼介!」
名前を呼ばれ、手を挙げる友人を見つけた。
「おせー、早く取ってこいよ」
待ちくたびれた、と口調は良くないが食事に手を付けず律儀に待っている伊藤。
「荷物見とくからはよ行って来い」
そして気遣いのできる面倒見のいい与恵。
すでに注文済みらしい二人に、「おう」と頷き、涼介は昼飯の調達に向かう。
初対面から気兼ねなく接する事が出来た友に出会えたことは、ありがたい。涼介にとってこの大学を選んで良かったと思える事の一つでもある。
マイペースな三人は打ち解けるまでにそう時間はかからなかった。
「お前またソレかよ?」
伊藤が素うどんを手に戻ってきた涼介に言った。
「美味いし、早い」
涼介がそう言うと、「毎回よく飽きねーな、俺ムリ」と伊藤は考えられないとでも言うように首を振った。
涼介にとってはごちそうの素うどんを否定するような態度には心外だったが、頂きます、と手をあわせた伊藤に続くように涼介と与恵も食べ始めた。
しみわたる出汁に、涼介は温泉に浸かった様な声を出した。
それに伊藤が「じじいかよ」
と言うので、「飲んでみろ」と涼介はお前も同じ声が出るから、と前置きして素うどんを伊藤の方まで滑らせた。
伊藤は何も言わず目の前に来た器に口を付けてズズっと音をたてて飲むと、「ああ゛あ゛」と涼介の真似をした。
「ほらな」
「いや、流れだろ」
「うまかっただろ?」
「…うん」
素直に認めると伊藤はさりげなく与恵の方に器を寄せた。
「……」
与恵も目の前に来たそれを一口飲んで、伊藤と同じような声を出した。
「…じじいかよ」
今度は涼介がつぶやいた。
「「お前がいうな」」
伊藤と与恵が同時に突っ込む。
トリオでコントを済ませると、黙々とそれぞれ食べ始め、あっという間に完食した。
トレーを返却しようと立ち上がった与恵が確認するように椅子にふんぞり返る伊藤に言った。
「お前あれ出したか?レポート」
「あれ明後日までだろ」
「…これを見ろ」
提出期限が提示されたスマホの画面を伊藤に見せた。
与恵のスマホを手に取ると咥えていた爪楊枝をプッと吐き出して、リュックを背負いスマホをやや乱暴に突っ返すと「早く言えよアホ恵!」となぜか与恵に当たりながら去って行った。
「…アホはお前だ」
走って行く伊藤の後ろ姿にぼそっと与恵は言った。
この二人は確か幼馴染だったか、高校が同じだったか忘れたが、涼介より付き合いが長い。
「仲いーな」
「よくねえよ。くされ縁なだけ」
「いーな」
「ヤメロ」
雑談も程々に与恵は課題が残ってるとかで、もう行くと言うので涼介も図書館へ向かうことにした。
与恵に、いーなと言ったのは割とマジだった。
腐れ縁などと与恵は言っていたが、昔からの付き合いでそれが今も続いている、ということだろう。
そんな存在が当たり前に居ることが正直、羨ましい。
涼介は脳裏に浮かぶ顔を振り払うように小さく頭を振った。
一度ため息をつくと、目当ての本棚を目指し脚を進めた。
図書館には、少し先にグループ発表がありそれの資料を探しに来ていた。
まだ余裕があるため、それほど必死という訳でもなく、ただ参考までに事前に確認をしに来た。
何冊か目にとまったものに目を通してめぼしい数冊を持ち出し机に置いて読み始める。
紙を捲る音が響く中、涼介は本の内容をパラパラと流し見して使えそうな箇所を探す。
と、その時視界が真っ暗になった。
目に人の体温を感じ、その手を掴む。
「…、だーれだ」
ひっそりと耳元で呟く声。
こんな幼稚園児みたいなことを恥ずかしげもなく出来る人物を一人しか知らない。
「…」
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