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八月
しおりを挟むああ始まった。
「頭いてえ…」
移動教室で皆もういないから静かでちょうどいい。だけど思ったより頭痛がひどい。仰向けで寝たい。動きたくないけど気合を入れてハチは立ち上がる。保健室を目指すべく。
教室から廊下にでて、ゆっくり進む間にも、頭と目が重く、痛みがさっきよりもひどくなってる気がする。
外は土砂降りで雨が降っている。帰りのことを考えるとげんなりした。
雨を見て憂鬱になっていると、誰かが背後から勢いよく階段をかけあがってくる。
足音が近づいてきた。気にせず歩いているとすごいスピードで追い抜かれた、走っていく、そのずぶ濡れの姿におもわず目が行く。
まだ暑いとはいえ、そんなに濡れたまま冷房の効いた教室入ったらさむいだろうに。
誰だか知らないが心の中で同情する。
少しでも痛みをまぎらわそうと、深呼吸したり意識を外に向けたりして、歩みを続ける。痛みだけに集中してたらたぶん、吐く。
遠く感じたがやっと保健室まで辿り着いた。
ハチが室内に入ろうと手をかけると、中から物音がした。誰かしらいるだろうなと思うと同時に誰も居なければ良かったのにと内心ため息をつく。
はやく横になりたい一心で扉を開いた。
多分さっきのずぶ濡れの人だとハチは気付いた。
タオルを頭にかけて丸椅子に座ってる。
声に反応してこちらをみる目と視線がかち合った。
「あ、失礼します」
「顔色わっる…。あ、ごめん」
「いえ…」
変な沈黙もどうでもいいから、今はとにかく安静に寝ろという身体に従い、ベッドに直行する。
横になり目を瞑ってしばらく雨音と時計の針の音だけが響いていた。
目が覚めた。
まだ少しなごりはあるがだいぶマシになった。
どれぐらい寝てたのか…
身体を起こして時計を見る。
もうすぐ3時になろうとしている。ということは、4時間程寝てたらしい。
そういえば…、寝付くまで物音は一切しなかったな、とハチはおもった。
立ち上がってベットスペースから出る。
はちみつ色の髪をした人がハチに声をかけた。
「お早うございまーす」
「はよーございます…」
「すんごい良く寝てた、ぐっすり。先生来たけど起きないからさー、オレ留守番まかされた」
「はあ…。そうなんすね」
愛想のいい人だなと感じつつハチは相槌をうつ。
「具合まだわるい…?」
「いえ、良くなりました。なにか書きますか?」
「うん、これ体温とか来た理由書いてって」
椅子を引きながらここに来いと言わんばかりに隣に誘導される。
座って記入してると、じっと手元をみてくる。
「名前、はち…?」
「八月です」
「ふーん、はっちー。オレ玄也、よろしく」
「これ、絡まれてます?」
「うん。わかる?」
ニコニコしながら言われても戸惑う。初対面で、たぶん先輩だしな。距離が近いのがすでに苦手かも、と考えていたらハチの記入した所を見て聞いてくる。
「頭痛持ち?」
「時々」
「そっかー、冷やすといいらしいよ。ここらへんとか」
するりと喋りながらこめかみの部分にひんやりした手を当ててきて体が固まる。
「どう?」
「どう…はい…」
「あ、ごめん」
そう言って手を下ろすと「帰る?」と聞いてきたので「はい」とまた答え、立ち上がる。
なぜか後ろをついてきてる気がするので振り返る。
すぐそばに居た。何ですかとこちらが言う前に「なに?」と笑顔できいてきたので何でもないです、とだけ返し保健室をあとにする。
身長はハチより少し高く、170後半ぐらいか。距離が近いですって言ってもいいものなんだろうかとハチは悩む。
というか、何処までついてくるのか。教室までくるのか。
丁度授業中で、人通りが皆無だしここまで無言。だが最早それはどうでもいい。
すごいどこまでもついてくる。
教室へ戻り担任に早退することを伝え、お大事にという声を背に、カバンをとって校舎の外まで来た時。
「どうして、ついてくるんですか?」
「うーん、何でだろう。ストーカー気質があったのかな…」
悩んでる所が本気っぽくてこわいなとハチは少し引いた。
「てか、はっちー顔色よくないよ。まだ。だから心配してるのかも?」
「先輩ってへんっすね」
確かにまだ万全ではないけど、初対面でここまで面倒見るのは相当お人好しかそれ以外だ。
少しだけ本音をもらしたら相手は傷ついたと言わんばかりに口に手を当ててこっちをみてくる。
「その、赤ちゃんアザラシみたいな顔、どうやってんすか。やめて下さい、笑う」
ツボに入るとハチは長い。遠慮なく笑い、だんだん落ち着いてきて顔を上げるとまだ続けててちょっと息できなくなった。
呼吸を落ち着けて、今頃きづいた。
「雨、やんでる」
「あ、虹!」
嘘、と言いながら玄也が指す方へ顔を向けるが見当たらなくて、顔を戻すとほっぺたに指がささる。
「うっそー」
「あ、虹」
「………、え!ほんとだ…、でっか」
おお、と目を輝かせ写真とる玄也を横目にバスが来たのでそのまま乗りこむ。
いつ気づくかと、まだ虹を撮る後ろ姿を車内から眺めて、なぜだか早く気付いて欲しいような欲しくないような気持ちになる。
声もかけずに帰るのは失礼だなと今更ハチは気付いたがもう遅い。
バスが動き出して、玄也の横を通り過ぎる時、やっと振り向いて戸惑う姿がおかしくて、ひとりで笑いを堪えるのは無理だった。
吹き出したハチを前の人が怪訝そうにする様子にすみません、と言うも、最後に見た慌てふためいてる感じが面白くて抑えるのが難しい。
その日はすぐに寝る準備をして歯を磨いて布団にもぐった。
へんな人だったな。……そういえばアレ、ずぶぬれの人たぶん先ぱいだよな、人のことよりじぶんのしんぱいしろよ…。そう寝る前に玄也のことを思い出してハチは眠りについた。
熟睡したら次の日には治っていた。
空も快晴で気持ちのいい朝だ。
昨日とは違い軽い足取りで登校する。
途中、近所の幼なじみと遭遇し一緒に向かう。
同学年のヒロとはクラスは違うけど、仲はそこそこいい。小さい頃は結構一緒に遊び回っていたが、中学に上がるとたまに喋るぐらいになった。
「おはよう、八月」
「はよ。真っ黒だな」
「そうか?お前は相変わらずだな」
「試合、近いのか?」
ヒロは水泳部で、いつ会っても焼けてる。今日はいつにも増して仕上がっている。
「ああ、もうすぐ大会がある。暇なら見に来い」
「…かんがえとく、じゃーな」
校舎に入りそれぞれの教室に向かう為手をふってわかれる。
じゃあなって言った後の顔が不満げだったのをハチはスルーした。
教室に入ると挨拶をかわして席につく。
昨日の休んだとこ誰から聞こうとキョロキョロしていると、誰かがハチの肩に手を乗せた。目の前にノートとプリントをちらつかせる手。
「昨日の分の課題とノートだよ、欲しい?ハチ」
「…………」
「うそ、うそ、はいこれ!」
悪いやつではないが、すぐに調子に乗るところがあるので、たまにこういう態度をわざととる。イジられキャラの飯島くん。
ハチはプリントを受け取りながら礼を言う。ノートは中身を見て、これはいいと返した。
だって読めない、字が。ミミズ過ぎる。寝てただろ、飯島くん…。
しょんぼり落ち込んだ様子で席に戻っていくのを見送り、また誰か他にノート貸してくれそうな人を探す。
背中にぬくもりを感じて振り返る。
どうやらハチの背中に手を当てていたのは後ろの席のまゆこちゃんだ。
顔を俯けながら、ノートを差し出してくる。
「…これ、あの良かったら使って」
「おお、ありがとう…!」
たぶん今輝いた顔をしてお礼を言ってる気がするとハチは自分の顔が明るくなるのを感じた。
まゆこちゃんは黙ってそのボブヘアをしきりに撫でているが構わず、書き写したらすぐ返すからと、もう一度お礼を言って前を向く。
よし、これで今日のミッションはほぼ終えたと言っても過言ではない。ハチはすぐさまノートを開き写しにかかった。
隙間時間を使いなんとか放課後までに写し終え、ノートとお礼の飲み物を一緒にかえす。
「助かった。あとこれも、ミルクティーなんだけど、前に飲んでるの見かけたから…よければ」
「ありがとう…」
「こちらこそ」
文字を書きすぎて手が痛いが、ホカホカした気持ちのまま、帰り支度をする。
けれどプリントもあったことを今頃おもいだす。
これは図書館でするか…。
「なんでお前がいるんだ?」
「こっちの台詞。大会近いんじゃなかったのか」
「そうだが、今日は特別に休みだ」
「仲いいね、2人とも」
「そうでもない」「まあな」
周りの視線が痛くなり、黙る。
ヒロと一緒にいるのは、はじめ君。最近、書道コンクールで優勝したとか。
ヒロがいたら多分絡んできて静かに課題ができないとおもい、席を立つ。
行くのか?と小声でも目線がうるさいヒロに頷いて朝と同様手をふって出ていく。
静かに廊下を歩きながら空腹もあってか内心少しだけ荒れていた。
あーあ、ヒロのやろー、トースターでこんがり焼いたパンみたいな色しやがって。
放課後にあてもなくうろうろするわけにもいかないので、今日はもう帰ろう。
課題は明日までだし、決めたら直帰。
今日は、体調いいから歩きで帰れる。
そう気分良くハチが校門へ向かっている途中で、何だか遠くから誰かが叫んでる声がする。
振り向くまでもないと真っすぐ前を見ていたのだが。
「ぃ、ぉーぃ、おーーい、はっちーーーー!」
歩みを止めないまま少しだけ速度をおとす。
そのうち爆走して追いついてきた玄也が、息を切らしながら両肩を揺らしてくる。
「なんでっとまって、くれないの?」
「とまってましたよ」
「…、うそはだめだよ」
「あ、鳩のふん」
「ええっどこっ?」
「ごめんなさい、うそです。…これでおあいこですね」
「……以外と根に持つね、しかも倍返し。オレなんか、昨日振り返ったら誰もいなくて、あせったのに」
「……すいません、見てましたバスから。声かけずに…ふっ急に消えて、ごめんなさい」
昨日何も言わずに帰ったことを謝ろうとするが、あの時の可笑しさがよみがえってきて、声が震え途切れ途切れになる。
「ひどい、そんなに笑って」
「あ、その顔やめて下さいって…」
見ないようにしながら呼吸を整える。
一拍おいて「何かようですか?」と訊こうとしたら真剣な顔をした玄也にハチは気づいた。
「ねえ、はっちー」
「…はい」
「今日はさ、はっちーを見つけて……」
何を考えてるんだろうと百面相し始めた玄也をハチは観察する。
「走りたくなって、追いかけた…だけのつもりだったんだけど…」
「………」
「…昨日あったばかりでも……、置き去りにされたのは、さみしいし、イヤだった」
「…はい、ごめんなさい」
目をまっすぐ見られるのは苦手だ。
下を向いたハチの顔をのぞき込んでくる玄也を見ると、急に笑顔になり、言った。
「ありがとう…はっちー。あいさつ、大事!」
ハチは「はい」と答えた後、「先輩、近いんで離れて貰えますか」と正直に言ってみた。
笑顔のまま数秒固まった玄也は「わかった」と言いながら下を向いて離れる。
ハチはホッとして「ありがとうございます」といった。
「…それじゃあ、俺はこれで。失礼しま「ええっ。なんで?」」
ええ?
「かえりますね?」
「何でかえるの?」
「……歩いてかえります」
「今日は歩きなんだ」
「はい…あの…、何ですか?」
「……、何を言っても断られる気がする」
「先輩って正直ですね。じゃあ」
少しだけ頭を下げ校門へ進み歩き出す。やっと出られた。
「玄也先輩」
「なに?」
笑顔で返事をしていると、もう見なくてもわかる。(うーん、どうしたもんか。)
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