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第2章 恐怖の残渣

第37話 パパとママ

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 パパ、ママ… パパ、ママ…
 え!?
 メアリーは何を言ってるの?
 ファントム・デーモンがパパとママってわけではないでしょうし、って!メアリーは人間とエルフのハーフじゃないの!
 まさか…
『うァあ』
 脳に響くファントム・デーモンの声で、私は我に返った。

 それにしてもファントム・デーモンの挙動がおかしい。
 メアリーの声が届いたのか、それともメアリーを見たからなのか。いや、そもそも視覚や聴覚があるのか謎だけれど。
 ただ、明らかに先程と様子が違う。
 脳内に直接響くこの声も、うめき声のようで何だかとても苦しんでいるように思える。

――でも、今が好機だわ。

 私はレオンさんを引きずって防御結界の中に移動した。
 はぁはぁと息が上がり、思わずその場に座り込む。
 安全圏に逃げられたのでもう大丈夫…とはいえ、全身に先程の気持ち悪い感覚が残っていて落ち着かない。
「ユメ!ユメ!」
 メアリーが泣きながら抱きついてくる。
 震える肩、涙で溢れる目、もう離さないと言わんばかりにしがみつくか細い腕。
 でもその暖かさに、ファントム・デーモンに霊体をまさぐられた気持ち悪さが消えていくようだった。

 あれ?そういえば、私はどうして平気だったの?
 レオンさんほどの魔法使いですら自分の霊体を捕食されて気絶したのに?

 あらためて目を瞑って自分の身体の状態を確認してみる。
 ひたすら気持ち悪かっただけで、自分の何かが欠けたという感じはしない。
 もちろん霊体は目に見えるものじゃないので、実際には捕食されたかもしれない。

 霊体を捕食されたけど、霊体の保有量が多くて気絶するまでには至らなかった?
 もしくは、霊体を捕食されることはなかったのでダメージゼロだけど、捕食する動きが全身に伝わったので気持ちが悪かっただけ?

 いずれにせよ、無事であることは僥倖ぎょうこうだ。
「メアリー、大丈夫だから、ね?」
 そう言って私はメアリーの頭をぽんぽんと撫でた。
「ユメも倒れちゃうかと思った…。私をひとりにしないで、ね?」
「わかってる。大丈夫よ、わかってるから。」
 涙でぐしゃぐしゃの顔になったメアリーを私はぎゅーっと抱きしめた。

 一息ついたところで周りに注意を向けると、エルフたちが何やら騒がしい。
「ステファニーってさ、あのステファニーじゃないか?」
「あぁ、もう一人がテオドールって言ってたしな、間違いないだろう。」
「あの子、さっきパパ、ママって言ってたぜ」
「マジか。じゃああの子は、そうかメアリーって名前だったな。」

 エルフたちは目線をこちらに向けながら、そんな会話をしている。
 その目線が非常に不愉快というか、感じが悪い。
 中の一人が、こちらに歩いてきた。
「ちょっとそこのお嬢ちゃん、フードをとってもらえないか?」
 そう言いながらも手はメアリーの頭に…ハーフエルフの特徴である耳ごと覆っているローブのフードに伸びている。
 私は身体ごと間に割って入り
「その手を引きなさい。この子に手出しをするのであれば、私がそれを許しませんよ?」
 と睨みつけた。

「あんたにゃ関係ねぇ。これはこっちの話なんだよ。」
 エルフはしつこく回り込んで、メアリーに手を伸ばそうとする。
「だいたい、許さなかったらどうするってんだよ!」
 なにそれ!?
 あったまきた!
 本音はぶっ飛ばしたいところだけれど、能力値最大の私が本気を出しちゃうときっと殺してしまう。
 まぁそれくらい憎らしくはあるんだれど、メアリーに「親は人殺し」みたいなレッテルは背負わせたくない。
 そうだ、あの時と同じように…。
 私は
「あなた、死にたいのかしら?ねぇ、この放出される魔力が見えないのかしら?」
 と言いつつ、全身の魔力を放出するイメージをした。

 ぶわっ!
 私の周りを温泉の湯気のように魔力の霧が包む。
 エルフは魔法に長けた者が多い種族。ならば、この濃密で視認できる「魔力の霧」がわからないわけがない。
「ひいっ、ちっ!」
 軽い悲鳴と舌打ちを連発させながら、エルフは後ずさりした。

「メアリー、もうバレてるみたいだから私から話してもいいかな?」
 緊張した面持ちのメアリーが頷く。
「念のため聞くけど、ステファニーさんがママ、テオドールさんがパパ、であってる?」
 メアリーが先ほどよりも勢いよく、ブンブンと頷く。
 なるほど、なんとなく見えてきた。

 私はこちらを伺っているエルフたちに向かって言った。
「皆さんご想像の通り、この子の名前はメアリー。テオドールさんとステファニーさんの間に生まれた子どもで、今は私が養子として引き取っています。」
 エルフたちがざわつく。
「私はあなた達が過去に何をしたのか聞きました。あの時のようにメアリーを虐めるというのなら…私は彼女の親としてキッチリ対処させて頂きます。」
 全体をまんべんなくにらみつける。

「で、でもよぅ、そいつがここにいたから、ファントム・デーモンはこの屋敷を襲ったんじゃないのかよ?」
 誰が言い始めたのか、この言葉に皆が同調する。
「やっぱり、悪魔の子なんだよ、そいつは。」
「私の家族を元に戻してよ!悪魔の子が!」
 メアリーが両腕をギュッと握りしめて、ガタガタ震えている。
 私は再び怒りがふつふつと湧いてきた。

「だまりなさい!」
 自分で自分にびっくりするくらいの大声で一喝すると
 ぶわわっ!!
 と、先ほどよりも濃くて多い魔力の霧が発生した。
 いけない、ここは冷静にならないと…。
「ファントム・デーモンがこの集落を襲ったのは今日が初めてですか?そんなことないですよね?いっぱい倒れていらっしゃいましたもんね?」
「そ、それは…」
 威勢の良かったエルフたちが口ごもる。
「むしろ、メアリーの姿を見てファントム・デーモンが撤退したように見えましたけど?違いますか?」
「…」
 エルフたちはだんまりとうつむく。
「ファントム・デーモンは強い恨みを持った人の魂を取り込み、力を得ます。あの二体は自我を持ち、我々の脳に直接響く声で訴えるほどの力を持っていました。あなたたち、いったいどれほどステファニーさんとテオドールさんの恨みを買っているんですか!?」

 シーン…
 場が静まり返る。

「ユメ殿、と申されましたな。どうか怒りを鎮めてはくださいませんかの?」
 エルフの長老が一歩踏み出してきた。
「皆の者も。いい加減にせぬか。高潔こうけつ清廉せいれんこそエルフの誇り。つまらぬ悪意に染められおって。」
 長老はゆっくりとこちらに向かって歩き、メアリーの前で立ち止まった。
「なるほどのぅ。ステファニーの面影が残っておる。あの娘も綺麗な秋桜色の髪じゃった。」
 まるで孫を見つめるおじいちゃんのように優しく微笑むと、メアリーに向かって膝をつき頭を下げた。
「すまぬ。あの時わしの耳に入っておれば…いや、これは言い訳じゃの。本当にすまなんだ。この命を差し出せというのであれば、差し出そう。それくらい我々は罪深いことをしたのじゃから。」

「その必要はないわ。ね、メアリー?」
 メアリーもエルフ族を恐れてはいるものの恨んだり仕返しをしたいといった気持ちは持っていない。
「う…ん。」
 ただ、年配者が自分にに頭を下げることには慣れていないので、戸惑っている。

「ユメ殿、メアリー、二人には話しておかねばならぬのぅ。」
 と言って長老は小部屋に入りこちらに手招きをする。
 私はメアリーと、そしてその場に寝かせておくには不安だったのでレオンを引きずって、部屋の中に入った。

 もう何年前になるかの…
 エルフの長老の話によると、ステファニーさんは長老の親戚にあたるらしい。
 とても綺麗で活発な女性で、狩猟班のリーダーだったという。
 ある日、狩りの最中にうっかり仕留めそこなった猪熊イーノベアーが暴走し、森から出てしまった。たまたまそこに居合わせたのがテオドールさん。
 巻き添えを食って大怪我を負った彼を、ステファニーさんは近くの狩猟小屋へ運び、甲斐甲斐しく手当てをした。
 この頃、すでに人間とエルフはいがみ合っていたが、全員が全員、お互いを嫌っていたというわけではない。テオドールさんとステファニーさんは互いの種族に偏見を持っていなかったこともあって、やがて二人は恋仲になった。
 だが、結婚するにあたって、エルフ側・人間側どちらの集落の人々も自分の集落へ住まうことを拒否した。
 仕方なく、二人は集落から一番離れたアヴァロンの南の果てに家を建てて仲睦まじく暮らし、やがてメアリーが生まれた。
 このアヴァロンの南の果ては立ち入ってはならない禁忌の地とも言われている。だからこそ、人もエルフもこの地には近づかない。まさにうってつけの場所だった。

――のはずだった。
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