36 / 57
第32話 士気
しおりを挟む
「回線を開け。向こうの司令官を呼び出すんだ」
ウォーケンの命令を背中で聞いたグレイは手の震えを抑えることができなかった。
この一件が先ほどの悪戯にあることは明白だった。相手も敗戦の後だけに苛立ちが募っていたのだろう。まさかこんなこんな大事に発展しようとは。彼は恨みがましい目付きで操縦席を見た。事件の首謀者であるスレイヤーは素知らぬ顔をして口笛を吹いた。
「どうした? 早くしろ」
ウォーケンに急き立てられてグレイはようやく回線を開いた。やがてビデオスクリーンに一人の男が映し出された。第七艦隊司令R・フォスター中将は部下の不手際を詫びると、
「原因は調査中だが、たぶん主砲の暴発だろう。そちらの被害は?」
「幸い命中はしませんでしたが、味方に殺されたのでは堪りません。以後は事故のなきようお願いします」
「わかった。原因が判明次第そちらに連絡する」
十分後、両司令官の立場は逆転した。今度はウォーケンが部下の非礼を詫びる番だった。やはりグレイの発した発光信号が相手の怒りを誘発したのだ。ウォーケンは通信を切るとグレイに事の次第を問い質した。
「なぜあんなことをした? 通信機の私用は軍規違反だぞ」
「申し訳ありません。以後、通信機の私用は厳に慎みます」
ウォーケンは何かを言おうとして、ふとグレイの顔を注視した。
「おまえは以前、俺の従兵に付かなかったか?」
「ハッ、一度、当番を仰せつかったことがあります」
思い出した。同盟側の声明文を公表した翌朝、彼は屈託のない笑顔で部隊への残留を希望した。あの時の目の輝きはどこへ消えたのか? 日々に倦み疲れた目は兵士の存在意義を無言のうちに問いかけてくる。
「わかった。おまえの罪は不問にしよう。以後、気を……」
ウォーケンは思わず言葉を飲んだ。
トムソンが二人の間に割って入るや、いきなりグレイを殴り倒した。
「申し訳ありません。わたしの教育が至らなかったばかりに、部下がバカな真似をしまして」
トムソンは一礼して下がると、今度はスレイヤーに起立を命じた。
「俺の目が節穴だとでも思っているのか?」
「ハア、何のことです? 艦長」
これ以上の会話は不要だった。トムソンの拳が唸るや、スレイヤーは床に尻もちをついた。
「この者がグレイ中尉を唆したのです。違うか、スレイヤー大尉?」
トムソンは起き上がったスレイヤー大尉を尻目に、事の次第を幕僚たちに説明した。彼は命令にない発光信号が記録に存在することをチェックしたのだ。この処置に満足したソコロフが喝采の声を上げた。
「なかなかいいパンチじゃないか? 素人とは思えないな。どこで覚えた?]
「若い頃、少々ボクシングをやっておりましたので」
トムソンは奴隷時代に主人の命令で、賭博の対象となるグローク人同士のボクシング試合に出場した経験があった。負ければ主人は大金を失うのだ。彼はボクシングジムに通って肉体を鍛錬する機会を与えられた。人を殴るのは本意ではなかったが、逆らえばどんなひどい仕打ちを受けるかわからない。結局、彼は主人に損をさせない程度に強くならざるを得なかった。お陰で四十代の今でも若い兵に伍して働けるのだ。憎悪の対象にしかならなかった主人から、思いがけぬ財産を譲り受けていたのだ。これを皮肉と言わずして何と言えばいいのか。
「やるじゃねえか、おやっさんよぅ」
スレイヤーが薄笑いを浮かべてトムソンと顔を突き合わせた。
「おい、止めろ! 上官を殴ったら営倉行だぞ」
その喧嘩腰の態度に周囲の者が止めに入ろうとしたそのとき、
「失礼しました、艦長!」
スレイヤーは真顔でトムソンに一礼すると操縦席に踵を返した。他の者も安堵に胸を撫で下ろしながら、それぞれの部署へ散ってった。ウォーケンは今回の一件を士気向上に利用すべく、通信マイクのスイッチを入れると、艦隊の全将兵に熱の籠った調子で語りかけた。
「諸君、そのままで聞いてほしい。先ほど味方から受けた砲撃は、だらけきった我々に喝を入れるために放たれたものだ。司令官フォスター中将の目には我が艦隊の隊列が隙だらけに見えたそうだ。たとえ安全な航路であっても決して油断してはならない。常に敵襲に備えるのが、軍人の本分というものだ。我々が赴くのは前線であり、輸送するのは大切な補給物資なのだ。古今の戦争を顧みれば、兵站を断たれて自滅した艦隊の如何に多いことか。諸君も戦史の教科書で学んだはずだ。前線で戦う多くの将兵が我々の到着を待ち侘びている。地味ながらも大切な任務であることを、よく肝に銘じてもらいたい。連邦は残念ながら劣勢にあるが、いずれ我が艦隊にも戦闘の機会が巡ってこよう。そのときは諸君に大いに活躍してもらう」
第六感が囁いたのだろうか? 一時間後、その予測は早くも現実と化した。
ウォーケンは作戦本部から送られてきた一通の命令文に目を通すなり、
「諸君、吉報だ!」
あの冷静なウォーケンが珍しく声を弾ませた。
「第五四戦隊は惑星グラスタに到着しだい第三艦隊の指揮下に入るべし」
この命令文が全艦隊に通達されるや、すべての将兵が歓呼を以て応えた。
第五四戦隊は輸送任務を解かれて最前線に留まることになったのだ。これはグローク人将兵が初めて実戦に投入されることを意味する。いよいよ彼らの勇気と信念が試される時が来たのだ。
ウォーケンの命令を背中で聞いたグレイは手の震えを抑えることができなかった。
この一件が先ほどの悪戯にあることは明白だった。相手も敗戦の後だけに苛立ちが募っていたのだろう。まさかこんなこんな大事に発展しようとは。彼は恨みがましい目付きで操縦席を見た。事件の首謀者であるスレイヤーは素知らぬ顔をして口笛を吹いた。
「どうした? 早くしろ」
ウォーケンに急き立てられてグレイはようやく回線を開いた。やがてビデオスクリーンに一人の男が映し出された。第七艦隊司令R・フォスター中将は部下の不手際を詫びると、
「原因は調査中だが、たぶん主砲の暴発だろう。そちらの被害は?」
「幸い命中はしませんでしたが、味方に殺されたのでは堪りません。以後は事故のなきようお願いします」
「わかった。原因が判明次第そちらに連絡する」
十分後、両司令官の立場は逆転した。今度はウォーケンが部下の非礼を詫びる番だった。やはりグレイの発した発光信号が相手の怒りを誘発したのだ。ウォーケンは通信を切るとグレイに事の次第を問い質した。
「なぜあんなことをした? 通信機の私用は軍規違反だぞ」
「申し訳ありません。以後、通信機の私用は厳に慎みます」
ウォーケンは何かを言おうとして、ふとグレイの顔を注視した。
「おまえは以前、俺の従兵に付かなかったか?」
「ハッ、一度、当番を仰せつかったことがあります」
思い出した。同盟側の声明文を公表した翌朝、彼は屈託のない笑顔で部隊への残留を希望した。あの時の目の輝きはどこへ消えたのか? 日々に倦み疲れた目は兵士の存在意義を無言のうちに問いかけてくる。
「わかった。おまえの罪は不問にしよう。以後、気を……」
ウォーケンは思わず言葉を飲んだ。
トムソンが二人の間に割って入るや、いきなりグレイを殴り倒した。
「申し訳ありません。わたしの教育が至らなかったばかりに、部下がバカな真似をしまして」
トムソンは一礼して下がると、今度はスレイヤーに起立を命じた。
「俺の目が節穴だとでも思っているのか?」
「ハア、何のことです? 艦長」
これ以上の会話は不要だった。トムソンの拳が唸るや、スレイヤーは床に尻もちをついた。
「この者がグレイ中尉を唆したのです。違うか、スレイヤー大尉?」
トムソンは起き上がったスレイヤー大尉を尻目に、事の次第を幕僚たちに説明した。彼は命令にない発光信号が記録に存在することをチェックしたのだ。この処置に満足したソコロフが喝采の声を上げた。
「なかなかいいパンチじゃないか? 素人とは思えないな。どこで覚えた?]
「若い頃、少々ボクシングをやっておりましたので」
トムソンは奴隷時代に主人の命令で、賭博の対象となるグローク人同士のボクシング試合に出場した経験があった。負ければ主人は大金を失うのだ。彼はボクシングジムに通って肉体を鍛錬する機会を与えられた。人を殴るのは本意ではなかったが、逆らえばどんなひどい仕打ちを受けるかわからない。結局、彼は主人に損をさせない程度に強くならざるを得なかった。お陰で四十代の今でも若い兵に伍して働けるのだ。憎悪の対象にしかならなかった主人から、思いがけぬ財産を譲り受けていたのだ。これを皮肉と言わずして何と言えばいいのか。
「やるじゃねえか、おやっさんよぅ」
スレイヤーが薄笑いを浮かべてトムソンと顔を突き合わせた。
「おい、止めろ! 上官を殴ったら営倉行だぞ」
その喧嘩腰の態度に周囲の者が止めに入ろうとしたそのとき、
「失礼しました、艦長!」
スレイヤーは真顔でトムソンに一礼すると操縦席に踵を返した。他の者も安堵に胸を撫で下ろしながら、それぞれの部署へ散ってった。ウォーケンは今回の一件を士気向上に利用すべく、通信マイクのスイッチを入れると、艦隊の全将兵に熱の籠った調子で語りかけた。
「諸君、そのままで聞いてほしい。先ほど味方から受けた砲撃は、だらけきった我々に喝を入れるために放たれたものだ。司令官フォスター中将の目には我が艦隊の隊列が隙だらけに見えたそうだ。たとえ安全な航路であっても決して油断してはならない。常に敵襲に備えるのが、軍人の本分というものだ。我々が赴くのは前線であり、輸送するのは大切な補給物資なのだ。古今の戦争を顧みれば、兵站を断たれて自滅した艦隊の如何に多いことか。諸君も戦史の教科書で学んだはずだ。前線で戦う多くの将兵が我々の到着を待ち侘びている。地味ながらも大切な任務であることを、よく肝に銘じてもらいたい。連邦は残念ながら劣勢にあるが、いずれ我が艦隊にも戦闘の機会が巡ってこよう。そのときは諸君に大いに活躍してもらう」
第六感が囁いたのだろうか? 一時間後、その予測は早くも現実と化した。
ウォーケンは作戦本部から送られてきた一通の命令文に目を通すなり、
「諸君、吉報だ!」
あの冷静なウォーケンが珍しく声を弾ませた。
「第五四戦隊は惑星グラスタに到着しだい第三艦隊の指揮下に入るべし」
この命令文が全艦隊に通達されるや、すべての将兵が歓呼を以て応えた。
第五四戦隊は輸送任務を解かれて最前線に留まることになったのだ。これはグローク人将兵が初めて実戦に投入されることを意味する。いよいよ彼らの勇気と信念が試される時が来たのだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
異世界で農業を -異世界編-
半道海豚
SF
地球温暖化が進んだ近未来のお話しです。世界は食糧難に陥っていますが、日本はどうにか食糧の確保に成功しています。しかし、その裏で、食糧マフィアが暗躍。誰もが食費の高騰に悩み、危機に陥っています。
そんな世界で自給自足で乗り越えようとした男性がいました。彼は農地を作るため、祖先が残した管理されていない荒れた山に戻ります。そして、異世界への通路を発見するのです。異常気象の元世界ではなく、気候が安定した異世界での農業に活路を見出そうとしますが、異世界は理不尽な封建制社会でした。
蒼穹の裏方
Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し
未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
超克の艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
「合衆国海軍ハ 六〇〇〇〇トン級戦艦ノ建造ヲ計画セリ」
米国駐在武官からもたらされた一報は帝国海軍に激震をもたらす。
新型戦艦の質的アドバンテージを失ったと判断した帝国海軍上層部はその設計を大幅に変更することを決意。
六四〇〇〇トンで建造されるはずだった「大和」は、しかしさらなる巨艦として誕生する。
だがしかし、米海軍の六〇〇〇〇トン級戦艦は誤報だったことが後に判明。
情報におけるミスが組織に致命的な結果をもたらすことを悟った帝国海軍はこれまでの態度を一変、貪欲に情報を収集・分析するようになる。
そして、その情報重視への転換は、帝国海軍の戦備ならびに戦術に大いなる変化をもたらす。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる