銀河連邦大戦史 双頭の竜の旗の下に

風まかせ三十郎

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第35話 会敵

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 第五四戦隊は新しい母港となる惑星シュターデルへ出港した。ウォーケンはその途上、幕僚を作戦室に集めて資料の説明を行った。彼らが居並ぶ机上のディスプレイに次々と座標軸が浮かび上がる。想定された作戦規模が明らかになるにつれ、幕僚たちは次第に口数を減らしていった。大戦の帰趨を決しかねない戦いに参加するのだ。重責が重圧となって双肩に重く圧し掛かる。歴戦の古強者であるブレンデルやヴォルフもディスプレイを見つめたまま沈思黙考していた。ウォーケンは一通り説明を終えると、

「敵は一万五千隻の大艦隊だ。進撃するルートも自ずと限られる。我々はトリュホード星域に布陣して敵を迎え撃つことになるだろう」
「なるほど、それなら敵がどのルートを通過しても取り逃がす恐れはないわけですな」

 ヴォルフの指摘は的確だった。敵が艦隊を少数単位に分散させない限り、このポイントを通過せずしてデドモンド星域に達することは不可能だ。

「あのパットナム提督が兵力分散の愚を犯すとは思えない。敵は正面から我々に戦いを挑んでくるだろう。諸君も気を引き締めて訓練に励んでほしい」
「兵にはこのことを?」

 ソコロフは暗に命令の下達を促した。部下思いの彼らしい配慮だ。

「ああ、よかろう。兵にも事前に覚悟してもらわねばならんからな」

 間もなく全将兵に作戦の大要が通達された。グローク人の中にも敵将パットナムの名望を知る者は少なくない。幕僚たちは士気の低下を心配したが、却って部隊の結束力を強める結果をもたらした。グローク人兵士は憎しみを込めて叫んだ。

「パットナムの首を我が腕に! 奴隷制度の英雄を叩き殺せ!」

 ウォーケンは資料からパットナムの経歴を検索した。彼は貧しい農村の出身であり、両親は搾取される側の人間だった。グローク人奴隷と似たような環境で育ったせいだろう。公の場で公然と奴隷制度を批判して物議を醸したこともある。うっかり口を滑らせたというのが本音らしい。イデオロギーとは無縁の職業軍人といったところか。写真を観ても鬼将軍というよりは朴訥とした田舎者のイメージが強く、どこに戦争の才覚が潜んでいるのか一見しただけではわかりにくい人物だった。もし中央星系で生を受けていたら、連邦軍の英雄となっていたかもしれない。運命とは皮肉なものだ。

「こんな親父が連邦軍最大の脅威とはな。俺たちゃいったい何をしているんだ?」

 ロードバックの嘆きにウォーケンは頷きつつも反駁した。

「能力のある者が正当な地位に就く。年功序列では戦争に勝てないさ」

 パットナムが兵卒上がりで大将へ昇進したのも、ウォーケンがわずか七年で士官候補生から少将に昇進したのも、すべては恒常的に人材を消耗する長期戦争のなせる業だ。

 ■■■

 宇宙歴一八七三年十月十日、第五十四戦隊はトリュホード星域へ出撃した。途中で第三艦隊、第二十戦隊と合流すると、ハウザー提督の旗艦べオ二クスで作戦会議が開かれた。

「敵はこちらの予想通りトリュフォード星域へ進撃を開始した。我々は当初の予定通り同星域で敵を迎え撃つ。予測される敵兵力は一万五千。珍しく我が方が寡兵だ。少なくとも今までのように油断して敗北することはなかろう」

 ハウザーの皮肉に笑う者はいなかった。寡兵で戦うことの不利が幕僚たちの胸に重く圧し掛かる。敵の出撃が早まったため、増援部隊が間に合わなくなったのだ。数の優劣が士気が与える影響は大きい。増援部隊の到着を待って出撃すべしとする幕僚もいた。だがハウザーはそのいずれをも避けた。

「彼我の戦力差は五対四、高々三千隻に過ぎん。来援を待って海戦の機会を逃したり、奇策を以て一か八かの博打を打つ必要はないと思うが」

 幕僚たちは沈黙の内に叛意を示した。ウォーケンは上層部の抱く敗北感が部隊全体に波及することを危惧した。古来、指揮官が敗北を意識して結果が逆になることは稀だった。

「兵力はほぼ均衡しております。正面決戦に持ち込めば容易に決着はつかないと思われます。戦闘が長期化すれば増援部隊の来援も期待できます。我々は攻勢でなく守勢で時間を稼ぐのです」

 ウォーケンに帯同したブレンデルが献策した。
 パットナムが奇策を好むのは常に寡兵で戦っているからであり、こちらを上回る大軍を指揮するとなれば兵法の常道に従うと考えたのだ。すなわち艦隊の火線を一点に集中して防御陣の突破を図る。敵の目標は艦隊の撃滅ではなくデドモンド星域の占領なのだ。短期決戦こそが作戦成功の鍵となる。協議の末、ブレンデルの意見が基本方針として採択された。中央に第三艦隊、左翼に第二十戦隊、そして右翼に第五十四戦隊と艦隊の陣容も決定した。両翼の戦隊司令官には自由裁量権が与えられていた。これはウォーケンが独自の判断で戦えることを意味する。才覚ある者を縛ってはならない。ハウザーは反対する幕僚を一喝することで、ウォーケンに対する期待を表明した。
 その間にも戦機は熟しつつあった。前線に配備した監視衛星や哨戒艦から次々に敵発見の報がもたらされた。

「前衛駆逐艦より入電。我、敵と接触せり。十二時の方向、距離三千万キロ。速度0,1光秒。数凡そ一万五千」

 ヴォルフが顔を顰めた。

「このままだと惑星ケルンテン上空が戦場となりそうです」

 ウォーケンが指揮卓で惑星ケルンテンの情報を確認する。

「成層圏での戦闘か。眼下に地表と雲海を眺めることになる。無人の惑星だから、地上の損害を考慮する必要がないのは幸いだが」

 三月十四日、〇四一〇時。ペルセウスの艦橋に緊張が走った。

「全艦、砲雷撃戦用意」

 ウォーケンの命令と同時にビデオスクリーンが無数の光点を映し出した。各部署の責任者が慌ただしく指令を発する。計測班の測定結果が刻一刻とディスプレーに表示される。ダフマンは主砲の発射準備を終えると、司令官席で整然と腕組みするウォーケンを顧みた。その口元に浮かぶ笑みは自信なのか、それとも歓喜なのか、いずれにせよ、あの優しかった幼馴染の面影は求めるべくもない。彼はその表情を好きになれなかった。

「敵も我が方と同型の布陣を敷いております。中央に九千。両翼に三千」

 ヴォルフの方向に報告にウォーケンが力強く頷いた。

「当面の敵は左翼の三千隻か。よし、鶴翼陣を敷いて敵を迎え撃つ。各艦、左右に散開せよ」
「鶴翼陣でありますか? 敵の方が数で上回るのですぞ」

 ヴォルフが疑念を抱くのも無理はなかった。多数側が部隊を散開させて、少数側が部隊を密集させるというのが兵法の常道だった。ウォーケンは敢えてそれを無視しようというのだ。案の定、正面の敵はこちらの動きを見て部隊を密集隊形に再編した。

「敵総旗艦確認、戦艦グローリアス。指揮官はD・パットナム大将。続いて敵左翼部隊の旗艦を確認、戦艦アーケロン。指揮官はE・ブロッホ中将」

 オペレーターがビデオスクリーンに敵旗艦の艦形を映し出した。

「初戦から強敵とぶつかりましたな」

 ヴォルフの呟きはぼやきに近かった。
 ブロッホは二十代でパットナムに見出されて以来、彼の片腕として共に戦歴を重ねてきた名将だった。
 
「我が部隊の名を上げるチャンスだ。必ず勝ってグローク人兵士の力を人類に誇示するのだ」

 ウォーケンの訓示を耳にしたすべてのグローク人が心中で必勝を誓った。
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