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第23話 さようなら 牝牛の優子ちゃん
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で、あれからひと月が経ったわけだけど。
俺、牧夫の仕事が性に合っていたのかねえ。
まだ奇跡的に続いているんだよ。これが。
やっぱ牝牛ちゃんとはいえ、それが美少女の姿していると、自ずと世話に気合が入るんだよねえ。
まあ、朝が早えのがたまに傷だけど、搾乳した牛乳を町の工場へ届けるだけの楽な日々の仕事だし。
荷車も、今ではモフモフが曳いてるし。
大鎌で草刈りやってても、南蛮モグラに出くわさねえし。
午後の搾乳までまだ時間もあるし。
だからこうして牧草の上に寝っ転がって、お昼寝してるわけだけど。
おっ、桃子ちゃんと春子ちゃんがお互いをペロペロしているよ。
あれはじゃれ合っているわけじゃなくて、お互いの身体を清潔に保つためにやってるんだけど、なんか見ていて微笑ましいもんがある。
よし、今日は天気もいいし、ひとつ、身体でも洗ってやるか。
両手をパンパンやって彼女たちを集めると、一頭一頭ロンバースを脱がせて回収する。
そのとき彼女たちは生まれたままのスッポンポンの姿になるんだけど。
最初にこの作業をやったとき、--おおっ、企画もんのAVビデオみてえだ!って、けっこう興奮したんだけど、それだって最初のうちだけ。
搾乳だって日に二度もやっていれば、いい加減、巨乳だって見慣れちまう。
まさか美少女の裸体にときめかなくなるとは……。
俺、まだ二十歳だよ。いや、慣れっていうのは本当に恐ろしいぜ。
回収したロンバースを洗って干していると、ジイサンが声をかけてきた。
「どうかな? まだ牝牛が美少女に見えるかのう?」
「ええ、相変わらず。でもそのおかげで仕事に力入りますし」
「あれは気にならぬのか? あの素っ裸の美少女たちが」
「ええ、まったく。もう見慣れましたから」
「うむ、わずか一か月で無我の境地に達するとは……。おまえさん、見事に煩悩を捨て去ったようじゃ。どうじゃ、ここはひとつ、賢者資格の試験を受けてみては?」
「賢者資格! この俺が?」
「うむ、今のおまえさんなら間違いなく合格する。わしが太鼓判を押そう」
「わかりました。俺、やってみます」
資格なしのおかげで、就職面では不利な立場に立たされた。
それにおねえさんに資格取ります! って宣言した手前もある。
数日後、俺はミルク缶を届けたついでに、必要書類にジイサンの推薦状を添えて、役所に賢者資格の取得を申請した。
数日後、試験官が牧場へ来るという。
俺はパトラと共に帰路へついた。
と突然、俺らの傍らを救急車がサイレンを鳴らしながら通り過ぎた。
この道の先にはジイサンの小屋と牧場しかない。
俺とパトラは思わず顔を見合わせた。
「パトラ!」
「--!」
俺のかけ声に、パトラは身体を倍ほどにも膨張させた。
「急げ、パトラ!」
「はい、ご主人様!」
俺はパトラの背に跨ると、まず小屋へ急いだ。
が小屋の中にジイサンの姿はなかった。
ならば牧場。
人間の足なら走っても一〇分はかかるが、パトラの足なら二、三分しかかからない。
俺は安堵のため息をついた。
牧場の柵の外に、ジイサンの姿を見つけたからだ。
でもジイサンの様子がなんかおかしい。
虚ろな目で彼方の方を見つめている。
「あの、さっき救急車を見かけたんですが、なにかあったんですか?」
「うむ、それがのう」
ジイサンが牧場で仕事をしていたら、茶飲み友達の吉田さんが散歩がてら訪ねて来たそうだ。
でジイサンと立ち話していたら、突然クリスチーネちゃんが柵を破って突進してきた。
「あの、クリスチーネって、そんな牛いましたっけ?」
「ほれ、身体の左側にハートマークの黒ぶちのある」
あっ、なんだ。優子ちゃんのことか。
ジイサンはジイサンで勝手に名前付けて区別していたんだ。
「クリスチーネのやつ、吉田さんに体当たりして重傷を負わせてしまったのじゃ」
「そ、そんな、優子ちゃん、なぜそんなことを?」
「吉田さんもいかんのじゃ! 着物も袴も羽織も、頭に被った頭巾や足袋や草履、それに褌まで、ずべてが赤で統一されておったのじゃ!」
俺の怒りが爆発した。
「その格好って、存在自体が牛さんへの挑戦状じゃないですかあああああ~~~~~!」
どう考えても牛牧場に来る恰好じゃないよ! それ……。
ジイサンががっくりと肩を落とした。
「だがな、人と牛がぶつかれば悪いのは決まって牛のほうじゃ」
「じゃあ、じゃあ、優子ちゃんは?」
「人に怪我を負わせた牛を生かしておくわけにはいかん。残念じゃが、廃用に」
「は、廃用って?」
「食肉にされるんじゃよ!」
ジイサンの目からどっと涙が溢れ出た。
俺は信じられない気持ちで一杯だった。
ジイサンの話によると、牝牛も歳をとって乳の出が悪くなると、牡牛と同じく食肉として処分されるのだそうだ。
「クリスチーネはまだ三歳。これから青春を謳歌しようという、この時期に。なんて惨い話じゃ」
「ゆ、優子ちゃん!」
俺は柵を飛び越えると、自分の運命も知らずに、無心に草を食んでいる優子ちゃんの首を力一杯抱き締めた。
優子ちゃんが無邪気にほほ笑みを返す。
この愛らしい笑顔に、もうすぐ会えなくなるのだ。
双眸から涙が止めどなく流れた。
やがて役所の畜産課の職員二人がやってきて、いやがる優子ちゃんの牛さんフードを鷲掴みにして、引きずるように家畜運搬車の荷台に乗せた。
「ジェハンさん、どうにか、どうにかならないんですか?」
「今に始まったわけではない。毎年、牛が廃用になるたびに、わしは滂沱の涙を流し続けておるのじゃ」
「……」
「無理もないじゃろ? あの姿では、あんなに可愛い嫁のような姿では……。なぜ、あんなにも人間に近い姿で、彼女たちは生まれてくるのか。神様を恨まずにはおれんよ」
「ジ、ジイサン! ま、まさか、あんたにも、あの牝牛ちゃんたちが!」
「ああ、見えるとも。いずれも若くて可愛い美少女にのう」
ジイサンの話によると、実は誰の目にも、俺と同じように牝牛ちゃんが若い女性に見えるのだそうだ。
だが人間がひとたびそういう認識を持てば、牛を食用として利用できなくなる。
だから牛は牛、という認識を無意識下で共有することで、罪の意識を軽減して、処分に際して精神的負担を軽くするのだそうだ。
転生初心者がもっともショックを受ける事例のひとつだ。
家畜運搬車が走り去った。
モ~モ~と悲し気に鳴く優子ちゃんを乗せて。
俺は全速力で小屋の二階まで走ると、干し草を頭から被って、夕方まで涙を流し続けた。
屠殺された優子ちゃんの肉は、翌日グラム八百円で肉屋の店先に並んだという。
俺、牧夫の仕事が性に合っていたのかねえ。
まだ奇跡的に続いているんだよ。これが。
やっぱ牝牛ちゃんとはいえ、それが美少女の姿していると、自ずと世話に気合が入るんだよねえ。
まあ、朝が早えのがたまに傷だけど、搾乳した牛乳を町の工場へ届けるだけの楽な日々の仕事だし。
荷車も、今ではモフモフが曳いてるし。
大鎌で草刈りやってても、南蛮モグラに出くわさねえし。
午後の搾乳までまだ時間もあるし。
だからこうして牧草の上に寝っ転がって、お昼寝してるわけだけど。
おっ、桃子ちゃんと春子ちゃんがお互いをペロペロしているよ。
あれはじゃれ合っているわけじゃなくて、お互いの身体を清潔に保つためにやってるんだけど、なんか見ていて微笑ましいもんがある。
よし、今日は天気もいいし、ひとつ、身体でも洗ってやるか。
両手をパンパンやって彼女たちを集めると、一頭一頭ロンバースを脱がせて回収する。
そのとき彼女たちは生まれたままのスッポンポンの姿になるんだけど。
最初にこの作業をやったとき、--おおっ、企画もんのAVビデオみてえだ!って、けっこう興奮したんだけど、それだって最初のうちだけ。
搾乳だって日に二度もやっていれば、いい加減、巨乳だって見慣れちまう。
まさか美少女の裸体にときめかなくなるとは……。
俺、まだ二十歳だよ。いや、慣れっていうのは本当に恐ろしいぜ。
回収したロンバースを洗って干していると、ジイサンが声をかけてきた。
「どうかな? まだ牝牛が美少女に見えるかのう?」
「ええ、相変わらず。でもそのおかげで仕事に力入りますし」
「あれは気にならぬのか? あの素っ裸の美少女たちが」
「ええ、まったく。もう見慣れましたから」
「うむ、わずか一か月で無我の境地に達するとは……。おまえさん、見事に煩悩を捨て去ったようじゃ。どうじゃ、ここはひとつ、賢者資格の試験を受けてみては?」
「賢者資格! この俺が?」
「うむ、今のおまえさんなら間違いなく合格する。わしが太鼓判を押そう」
「わかりました。俺、やってみます」
資格なしのおかげで、就職面では不利な立場に立たされた。
それにおねえさんに資格取ります! って宣言した手前もある。
数日後、俺はミルク缶を届けたついでに、必要書類にジイサンの推薦状を添えて、役所に賢者資格の取得を申請した。
数日後、試験官が牧場へ来るという。
俺はパトラと共に帰路へついた。
と突然、俺らの傍らを救急車がサイレンを鳴らしながら通り過ぎた。
この道の先にはジイサンの小屋と牧場しかない。
俺とパトラは思わず顔を見合わせた。
「パトラ!」
「--!」
俺のかけ声に、パトラは身体を倍ほどにも膨張させた。
「急げ、パトラ!」
「はい、ご主人様!」
俺はパトラの背に跨ると、まず小屋へ急いだ。
が小屋の中にジイサンの姿はなかった。
ならば牧場。
人間の足なら走っても一〇分はかかるが、パトラの足なら二、三分しかかからない。
俺は安堵のため息をついた。
牧場の柵の外に、ジイサンの姿を見つけたからだ。
でもジイサンの様子がなんかおかしい。
虚ろな目で彼方の方を見つめている。
「あの、さっき救急車を見かけたんですが、なにかあったんですか?」
「うむ、それがのう」
ジイサンが牧場で仕事をしていたら、茶飲み友達の吉田さんが散歩がてら訪ねて来たそうだ。
でジイサンと立ち話していたら、突然クリスチーネちゃんが柵を破って突進してきた。
「あの、クリスチーネって、そんな牛いましたっけ?」
「ほれ、身体の左側にハートマークの黒ぶちのある」
あっ、なんだ。優子ちゃんのことか。
ジイサンはジイサンで勝手に名前付けて区別していたんだ。
「クリスチーネのやつ、吉田さんに体当たりして重傷を負わせてしまったのじゃ」
「そ、そんな、優子ちゃん、なぜそんなことを?」
「吉田さんもいかんのじゃ! 着物も袴も羽織も、頭に被った頭巾や足袋や草履、それに褌まで、ずべてが赤で統一されておったのじゃ!」
俺の怒りが爆発した。
「その格好って、存在自体が牛さんへの挑戦状じゃないですかあああああ~~~~~!」
どう考えても牛牧場に来る恰好じゃないよ! それ……。
ジイサンががっくりと肩を落とした。
「だがな、人と牛がぶつかれば悪いのは決まって牛のほうじゃ」
「じゃあ、じゃあ、優子ちゃんは?」
「人に怪我を負わせた牛を生かしておくわけにはいかん。残念じゃが、廃用に」
「は、廃用って?」
「食肉にされるんじゃよ!」
ジイサンの目からどっと涙が溢れ出た。
俺は信じられない気持ちで一杯だった。
ジイサンの話によると、牝牛も歳をとって乳の出が悪くなると、牡牛と同じく食肉として処分されるのだそうだ。
「クリスチーネはまだ三歳。これから青春を謳歌しようという、この時期に。なんて惨い話じゃ」
「ゆ、優子ちゃん!」
俺は柵を飛び越えると、自分の運命も知らずに、無心に草を食んでいる優子ちゃんの首を力一杯抱き締めた。
優子ちゃんが無邪気にほほ笑みを返す。
この愛らしい笑顔に、もうすぐ会えなくなるのだ。
双眸から涙が止めどなく流れた。
やがて役所の畜産課の職員二人がやってきて、いやがる優子ちゃんの牛さんフードを鷲掴みにして、引きずるように家畜運搬車の荷台に乗せた。
「ジェハンさん、どうにか、どうにかならないんですか?」
「今に始まったわけではない。毎年、牛が廃用になるたびに、わしは滂沱の涙を流し続けておるのじゃ」
「……」
「無理もないじゃろ? あの姿では、あんなに可愛い嫁のような姿では……。なぜ、あんなにも人間に近い姿で、彼女たちは生まれてくるのか。神様を恨まずにはおれんよ」
「ジ、ジイサン! ま、まさか、あんたにも、あの牝牛ちゃんたちが!」
「ああ、見えるとも。いずれも若くて可愛い美少女にのう」
ジイサンの話によると、実は誰の目にも、俺と同じように牝牛ちゃんが若い女性に見えるのだそうだ。
だが人間がひとたびそういう認識を持てば、牛を食用として利用できなくなる。
だから牛は牛、という認識を無意識下で共有することで、罪の意識を軽減して、処分に際して精神的負担を軽くするのだそうだ。
転生初心者がもっともショックを受ける事例のひとつだ。
家畜運搬車が走り去った。
モ~モ~と悲し気に鳴く優子ちゃんを乗せて。
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