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第43話 死ぬんじゃねえぞ パトラ!
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「パトラ、パトラ!」
俺はパトラを抱き起した。
掌に血がべっとりと付着した。
背中の裂傷は深いのか?
気が動転して、なにも思い付かねえ。
俺はパトラを抱えて揺さぶり続けた。
「おい、しっかりしろ、パトラ!」
パトラがうっすらと眼を見開いた。
焦点を失った瞳が、俺を映して光を宿した。
「あっ、ご主人様……」
それっきり言葉はなかった。
でも安堵したのか、滲み出るような微笑みが、あいつの顔一杯に広がった。
対照的に俺は……、自身の顔が強張るのを感じていた。
「勇者か、勇者がやったんだな?」
「……ええ」
パトラの視線が周囲をさ迷った。
「うん? どうした」
「あっ、あの子は……、オークの子供は……」
周囲を見回してみたが、それらしき人影は見当たらない。
倒れているのは大人のオークだけだ。
「おまえ、その子を庇って斬られたのか?」
「……」
パトラが力なく頷いた。
「……そうか、安心しろ。子供の死体は見当たらねえ。その子はきっと無事だから」
「……」
パトラが安堵してほほ笑んだ。
「よし、俺が病院まで連れて行ってやる。気をしっかり持つんだぞ」
「いえ、それには及びません」
身体を持ち上げようとしたら、パトラが片手で拒んだ。
「それよりも早く、牝牛ちゃんたちを……。勇者はオークの殺戮を終えたら、必ずサキュバスの洞窟へ行くはずです」
「なっ、なんだって!」
「勇者は初めから狙ってたんです。牝牛ちゃん共々、サキュバスさんまで葬ろうと」
俺は自身の浅慮から、サキュバスさんまで巻き添えにしてしまったのだ。
でも疑問もある。
「だってサキュバスさん、今回は駆除命令が出てねえだろ?」
「犯人蔵匿罪です。駆除対象を匿えば罪になるんです。ぼくやご主人様のように」
「えっ、俺って、もしかしてお尋ね者?」
「懲役三年以下、もしくは三十万円以下の罰金です」
「おまえ、よく知ってんなぁ」
「そりゃ、ご主人様より頭いいですから」
「この野郎ぉ……」
いつもなら生意気なやつとワンパン入れるところだが、代わりに俺はパトラを力一杯抱きしめた。
パトラが俺の首に腕を回して、俺の顔を悲し気に見つめている。
「さあ、早く。牝牛ちゃんとサキュバスさんを助けてあげて」
「ダメだ! おまえが先だ。病院に連れてゆくぞ!」
パトラが弱々しく首を振った。
「視界が霞んできて。もう、ご主人様の顔が見えません。きっと涙のせいなんですよね? ぼく、泣いてますか?」
「いや、涙なんかのせいじゃねえさ。俺がおまえを抱き締めているからさ。だから見えねえんだ」
「嬉しい、ご主人様に抱き締めてもらえるなんて。あの、最後にご褒美をもらえたら、思い残すことなく天国へ逝けるのですが……。お願いできます?」
「ああ、なんでも言ってみろ」
「じゃあ、言いますね。キスしてください、キ~ス!」
パトラが恥ずかしそうにささやいた。
俺は思わずほほ笑んでしまった。
でも涙ばかりが溢れてきやがる。
俺は屈み込むと、パトラの薄紫に変色した唇に、自分の唇を重ね合わせた。その唇に再び生気が蘇ることを願って……。
でもそれは叶わぬ願いだった。
首に回したパトラの腕が、力を失って、まるで物が落下するように垂れ下がった。
パトラ……。
俺はあいつの身体を激しく揺さぶったが、あいつの身体はなにも応えちゃくれなかった。
お願いだ、なんか、なんか言ってくれ!
なんでもいいから。ほら、いつものように、S級アホだとか、S級バカだとか、ヘタレニートだとか、なんでもいいから言ってくれ!
でもパトラは目を閉じたまま、最後まで俺の願いに応えようとはしなかった。
パトラ……、パトラアアアアアーーーーー!
俺の叫びがオークの森に木霊した。
■■■
俺はパトラの屍を抱きかかえたまま、しばらくその場を動けなかった。
頭ん中真っ白で、なにも考えることができなかった。
背後で何者かが蠢く気配がした。
振り向くと、そこにはオークの長老が、あの牛乳瓶の丸眼鏡をかけた長老が、数名の若いもんを従えて、俺を背中越しに覗き込んでいた。
長老の蹄が俺の肩にかかった。
若いの、気を落とすな。おまえさんにはまだやるべきことがあるはずだ。
長老の瞳が俺の瞳を覗き込む。
その瞳は多くの仲間を失った悲しみに濡れていた。
さあ、立て、立つのだ。おまえさんの牝牛たちを救ってやれ。
なぜだ? 五十音図なんか使わなくとも、長老の言いたいことが理解できる。
長老は一言も発していないのに、その心が理解できる。
さあ、後はわしらに任せて、早く、仲間の元へ。
オークの子供が走り出て、俺に一輪の花を手渡してくれた。
ああ、この子が……、パトラが勇者の凶刃から身を挺して庇ったオークの子供なのだ。
パトラの死は無駄ではなかった。
犬死ではなかった。
まあ、犬型モフモフなだけに、ある意味犬死だけど。
パトラ……。
俺はパトラの遺体を地面に横たえると、その胸に花を安置して冥福を祈った。
そして牝牛ちゃんの危機を救うべく、サキュバスの洞窟へ向かって走り出した。
俺はパトラを抱き起した。
掌に血がべっとりと付着した。
背中の裂傷は深いのか?
気が動転して、なにも思い付かねえ。
俺はパトラを抱えて揺さぶり続けた。
「おい、しっかりしろ、パトラ!」
パトラがうっすらと眼を見開いた。
焦点を失った瞳が、俺を映して光を宿した。
「あっ、ご主人様……」
それっきり言葉はなかった。
でも安堵したのか、滲み出るような微笑みが、あいつの顔一杯に広がった。
対照的に俺は……、自身の顔が強張るのを感じていた。
「勇者か、勇者がやったんだな?」
「……ええ」
パトラの視線が周囲をさ迷った。
「うん? どうした」
「あっ、あの子は……、オークの子供は……」
周囲を見回してみたが、それらしき人影は見当たらない。
倒れているのは大人のオークだけだ。
「おまえ、その子を庇って斬られたのか?」
「……」
パトラが力なく頷いた。
「……そうか、安心しろ。子供の死体は見当たらねえ。その子はきっと無事だから」
「……」
パトラが安堵してほほ笑んだ。
「よし、俺が病院まで連れて行ってやる。気をしっかり持つんだぞ」
「いえ、それには及びません」
身体を持ち上げようとしたら、パトラが片手で拒んだ。
「それよりも早く、牝牛ちゃんたちを……。勇者はオークの殺戮を終えたら、必ずサキュバスの洞窟へ行くはずです」
「なっ、なんだって!」
「勇者は初めから狙ってたんです。牝牛ちゃん共々、サキュバスさんまで葬ろうと」
俺は自身の浅慮から、サキュバスさんまで巻き添えにしてしまったのだ。
でも疑問もある。
「だってサキュバスさん、今回は駆除命令が出てねえだろ?」
「犯人蔵匿罪です。駆除対象を匿えば罪になるんです。ぼくやご主人様のように」
「えっ、俺って、もしかしてお尋ね者?」
「懲役三年以下、もしくは三十万円以下の罰金です」
「おまえ、よく知ってんなぁ」
「そりゃ、ご主人様より頭いいですから」
「この野郎ぉ……」
いつもなら生意気なやつとワンパン入れるところだが、代わりに俺はパトラを力一杯抱きしめた。
パトラが俺の首に腕を回して、俺の顔を悲し気に見つめている。
「さあ、早く。牝牛ちゃんとサキュバスさんを助けてあげて」
「ダメだ! おまえが先だ。病院に連れてゆくぞ!」
パトラが弱々しく首を振った。
「視界が霞んできて。もう、ご主人様の顔が見えません。きっと涙のせいなんですよね? ぼく、泣いてますか?」
「いや、涙なんかのせいじゃねえさ。俺がおまえを抱き締めているからさ。だから見えねえんだ」
「嬉しい、ご主人様に抱き締めてもらえるなんて。あの、最後にご褒美をもらえたら、思い残すことなく天国へ逝けるのですが……。お願いできます?」
「ああ、なんでも言ってみろ」
「じゃあ、言いますね。キスしてください、キ~ス!」
パトラが恥ずかしそうにささやいた。
俺は思わずほほ笑んでしまった。
でも涙ばかりが溢れてきやがる。
俺は屈み込むと、パトラの薄紫に変色した唇に、自分の唇を重ね合わせた。その唇に再び生気が蘇ることを願って……。
でもそれは叶わぬ願いだった。
首に回したパトラの腕が、力を失って、まるで物が落下するように垂れ下がった。
パトラ……。
俺はあいつの身体を激しく揺さぶったが、あいつの身体はなにも応えちゃくれなかった。
お願いだ、なんか、なんか言ってくれ!
なんでもいいから。ほら、いつものように、S級アホだとか、S級バカだとか、ヘタレニートだとか、なんでもいいから言ってくれ!
でもパトラは目を閉じたまま、最後まで俺の願いに応えようとはしなかった。
パトラ……、パトラアアアアアーーーーー!
俺の叫びがオークの森に木霊した。
■■■
俺はパトラの屍を抱きかかえたまま、しばらくその場を動けなかった。
頭ん中真っ白で、なにも考えることができなかった。
背後で何者かが蠢く気配がした。
振り向くと、そこにはオークの長老が、あの牛乳瓶の丸眼鏡をかけた長老が、数名の若いもんを従えて、俺を背中越しに覗き込んでいた。
長老の蹄が俺の肩にかかった。
若いの、気を落とすな。おまえさんにはまだやるべきことがあるはずだ。
長老の瞳が俺の瞳を覗き込む。
その瞳は多くの仲間を失った悲しみに濡れていた。
さあ、立て、立つのだ。おまえさんの牝牛たちを救ってやれ。
なぜだ? 五十音図なんか使わなくとも、長老の言いたいことが理解できる。
長老は一言も発していないのに、その心が理解できる。
さあ、後はわしらに任せて、早く、仲間の元へ。
オークの子供が走り出て、俺に一輪の花を手渡してくれた。
ああ、この子が……、パトラが勇者の凶刃から身を挺して庇ったオークの子供なのだ。
パトラの死は無駄ではなかった。
犬死ではなかった。
まあ、犬型モフモフなだけに、ある意味犬死だけど。
パトラ……。
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