異世界最弱のニート様 敵は異世界最強の勇者様? 俺 死亡フラグ回避するために棚ぼた勇者めざします!

風まかせ三十郎

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第52話 遺言 美しきヒロインたちへ……

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 その瞬間、辺り一面、視界が真っ白に変色した。
 あらゆる風景が白い光の中へ埋没する中、勇者とおねえさんの影だけが、壁龕へきがんの中の彫像のごとく浮き彫りになっていた。
 
 勇者が俺をあざ笑った。
 でも声は聞こえない。

 おねえさんが何かを叫んで駆け寄ってきた。
 でも声が聞こえない。

 おねえさんが必死の形相で俺を抱き起した。
 アロンダイトの刀身が揺れて、俺の内臓を微かに抉って、その切れ味を否が応にも教えてくれる。
 悲鳴を上げようにも、口をぱくぱくさせるだけで、もう悲鳴を上げることすらままならない。
 おねえさんがアロンダイトを引き抜いた。血が迸った。
 そして右手を俺の胸へ、夥しく出血した傷口へと向けた。
 でも何度も何度も意識を集中したのに、あの白く淡い光が、治癒魔法ヒールの光が照射されることはなかった。
  
 おねえさんが俯いたまま、両眼から涙を溢れさせた。
 
「すまねえ、出ねえんだ。治癒魔法が! 戦闘ですべての体内エネルギーを使い果たしちまったから! すまねえ、すまねえ」

 おねえさんが俺の胸へ縋り付いた。
 そして声の限りに泣き叫んだ。
 俺の血を顔に浴びて、真っ赤な涙を流しながら。
 
 おねえさんが俺の為に泣いてくれた。
 たったそれだけのことで、俺の第二の人生は報われた気がした。
 愛する者のために死ねることが、こんなにも感動的だったとは……。
 マンガやアニメで描かれたその手の名場面が、走馬灯となって俺の脳裏に蘇る。
 レイ、シュウ、ベジータ、クリリン、黄金聖闘士の皆さん、そしてエース、なんかいい加減に名前を羅列したような気もするけど、その他、愛する者のために散った少年ジャン〇の英霊の皆さん、俺も、俺も、あなた方の後を追って、愛するおねえさんのために見事に散ってみせます!

 ゲホッ!

 ああ、自分の死に感動してたら血ぃ吐いちまったぜ。
 もうすぐお迎えが来るのかな?
 誰が来るのかな? ◎は麗子さんかな、泪、瞳、愛の来生三姉妹かな、ユリアさんかな、マミヤさんかな。〇はブルマかな、まどかかな、アテナかな、ナミかな、ハンコックさんかな。▲でひばりくんと万里花とたまこ先生かな。△は桂正和先生の美少女かな。麗子さんとたまこ先生の組み合わせなら配当は万馬券だな。少年ジャンプの他作品の美少女かな。そういや京子ちゃん、元気かな。もう、誰でもいいや、俺を優しく天国へ連れて行ってちょ~だい! ついでにピアノ売ってちょ~だい!

 芥川龍之介著「新版 ある阿呆の一生」より

 命尽きかけた俺の周囲に、ギリシャ神話の女神のごとく羽根を生やした少年〇ャンプのヒロインたちが舞い降りてきた。
 俺は異世界人生の最後の最後に、とうとう至高のハーレムを持つ身となったのだ。
 俺は天に人差し指を突き上げて叫んだ。
 我が人生に一片の悔いなしぃ~~~~~!
 そこでラオウのごとく逝けば、俺も最高だったんだろうけど、死ねなかったんだよなぁ、これがぁ~!
 突然、彼女たちがぱたぱたと羽根を羽ばたかせて一斉に空へ飛んで行った。

 あれ、みんなぁ、どこへ行っちゃうの?

 瞬間、俺は目を覚ました。
 見れば勇者がアロンダイトの剣尖を、俺の胸に縋って泣いているおねえさんの背中へ突き立てようとしていた。

「二人まとめて地獄へ送ってやる。死ね!」

 刹那、勇者の顔から狂気の笑みが消えた。
 同時に背後へ大きく跳び退すさった。
 その影を縫うように、五本の矢が続けざまに地面に突き刺さった。
 俺とおねえさんは矢の飛来した方向へ眼を向けた。
 そこには兜を被って綿襖甲めんおうこうの鎧を着た、モンゴル弓騎兵姿の田中さんがいた。

「いや~、間に合ってよかったよ!」

 た、田中さ~ん!

 俺は声にならない声を上げた。

「あれから猛特訓してね。五連打が打てるようになったんだ。でも練習してよかったよ。君を救うことが出来たんだから」

 た、田中さ~ん!

 俺のために身の危険を冒して助けてくれる人がいた。
 それも二人も!
 おねえさんと田中さん、一生感謝しても感謝しきれないくらいだ。

「今度、A級試験を受けるつもりだから。そう決意し努力できたのも、娘との絆を再確認できたからで。バイト君、君のお陰だよ!」

 えっ、田中さん、まだ俺の名前を……。
 
 もし手元に拡声器があったら、選挙の街頭演説のときのように、--神能、神能秀一をよろしくお願いします。と自分の名前を連呼したい気持ちで一杯だ。
 田中さんが叫んだ。
 
「俺が勇者を引き付けているうちに、早く、早く逃げるんだぁ~!」

 直後、足下の崖が崩落して、田中さんが悲鳴と共に落下した。
 粉塵が収まると、瓦礫の上で伸びている田中さんの姿があった。
 間もなく、ふらつきながら立ち上がったので、どうやら命に別条はないようだ。
 安堵して振り返ると、そこには聖剣を振り下ろしたままの姿で田中さんを睨み付ける勇者がいた。
 聖剣のエネルギー波で崖を切り崩したのだ。
 勇者が小声で呟いた。

「クソッ、底辺同士つるみやがって」

 あっ、勇者のやつ、俺に二人も仲間がいるもんだから、ちょっぴり悔しがってやんの。
 おまえ、本当は寂しいんだろ? 
 おまえ、本当は仲間が欲しいんだろ?
 おまえ、俺のことが羨ましいんだろ?
 
 ざまぁ! おまえなんか仲間に入れてやんないよ!

 そう言いたいのは山々なんだけど、生憎重傷の身なもんで、一言も言い放つことができねえ。
 まっ、ついこの間までは、俺もあいつと似たような境遇だったから、ざまぁ、なんて言えねえよなぁ。
 
 勇者が憎しみの籠った目で俺を睨むと、アロンダイトを頭上高く振り上げた。
 おねえさんが俺を庇うように抱き締めた。
 
 俺は思った。
 少年ジャンプのヒロインの皆さん、先ほどはありがとうございました。でも俺、このおねえさんと、フェイ・フェイリアさんと二人だけで逝くことに決めました。
 ですからあなた方は、かつての俺がそうであったように、恥ずかしくてエロ本が買えない童貞少年のために、いつまでも美しく輝いていてください! お願いします! あっ、いけね! とらぶるの美少女たちを忘れてた。
 
 それが俺の遺言になるはずだった。
 でもならなかった。

 最初に異変に気付いたのは勇者だった。
 止めを刺すべく聖剣を振り下ろそうとして、そのまま固まってしまったのだ。

 何があった?

 そこでようやく俺は自身の異変に気が付いた。
 切り裂かれた胸の傷口が、白い清らかな光で覆われている。
 おねえさんが驚いて俺を見た。
 なぜなら、その治癒魔法ヒールの光は、おねえさんが放ったものではなかったからだ。
 傷口があっという間に整復されて、俺は身体の自由を回復した。その治癒力は異世界最強とうたわれたおねえさんの力を遥かに凌駕するものだった。

 いったい、誰が?

 そのとき俺は見た。いや、その場にいた全員が見た。
 天空より降臨する美しき女神様の姿を……。
 俺に何一つ資格スキルを与えることなく異世界へ放逐した、あの無責任で無慈悲で意地悪で女神の風上にも置けない女神様だ。
 俺は女神様に文句を言うべく立ち上がった。
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