異世界最弱のニート様 敵は異世界最強の勇者様? 俺 死亡フラグ回避するために棚ぼた勇者めざします!

風まかせ三十郎

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第53話 勇者の悲劇! ああ、瞼の母よ

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「女神様、ひどいじゃないですか! 資格スキルをもらえなかったばかりに、俺が異世界でどれほど苦労したことか! 異世界へ転生したら楽して暮らせるってのが、なろう小説のお約束でしょ? それを、それを……」

 異世界へ転生して以来、俺は数々の苦難を味わってきた。
 現世でニート王として楽して生きてきたから、そのツケが回ってきたという考え方もおありでしょうが、それでは異世界へ転生した意味がない。
 この小説、現世でニート辞めて社会人になった人そのままの人生だよね?
 まあ、異世界設定で多少はご都合主義的部分があったにせよだ。
 おねえさんという強力な援助者サポーターを得ることが出来たから、なんとかホームレスにならずに済んだけど。
 結局、牧夫として酪農業に従事することが出来たんだけど、それってあっちの世界にも普通にあるわけだから、なにも異世界転生する必要ねえし。
 これってさ、普通に世間知らずのニートが就職して苦労する。そんな純文学作品として描いてもいいんじゃねえかって、そんな気がするんだ。今更だけど。

 あれ、俺、なに考えてんだろ?
 作品の山場で反省会なんて、どう捻ってもあり得ねえ展開だ。
 昔、阿佐田哲也って麻雀小説の大家がいたけど、彼がこう言っていた。
 勝負の最中に反省しても、ロクなことにならないって。
 それって小説も同じかも。執筆している最中に反省すると、なんかエタ率上がりそうだし。
 そうだ、俺は恐れを知らぬニート王!
 都合の悪いことは、みんな他人のせいにして、最後まで突っ走るのだあああああ~~~~~! 

「女神様、あなたのせいですよ! あなたのせいで、俺がどんだけ苦労したか。この間、飲み屋で久し振りにニー友の和真と会ったんですよ。そしたらあいつ、えっ、なに、冗談でしょ? 資格スキル一つももらえなかったなんて。いったい何やらかしたの? 俺だって盗みスティールのスキルもらえたのに。そんなことじゃ、いつまで経っても異世界で出世できないよ、って笑われちゃいましたよ。あの和真くずまにですよ、和真くずまに! まっ、アクアって可愛い娘がいたんですけど、その娘が、「気にしちゃダメよ。和真より屑な男なんていないんだから」って、俺のこと慰めてくれて。それで少しは立ち直ることが出来たんですけど……、まあ、正直言うと、今でも多少は引きずってますが」

 女神さまが肩でため息をついた。

「そうですか、あのアクアが……」
「えっ、なんですか、それ? もしかしてお知り合いとか?」
「いえ、その、あの娘は、実はわたしの妹なんです」
「ええっ、本当ですかぁ!」
「恥ずかしいけど事実です」
「へえ~、そうなんですか。それは知らなかった。ってことはですよ。あなたも妹さん同様のドジっ子女神、そういう認識でよろしいでしょうか?」
「女神に対する侮辱は赦しません!」

 いきなり握り締めた杖を振り下ろそうとした女神様。
 何の鉄槌を下そうとしたのかわからねえけど、俺、恐怖の余り頭を抱え込んじまった。
 ほんと、女神様をからかうと寿命が縮むぜ。
 恐れをなした俺を見て、女神様はにっこり微笑んだ。
 
「まあ、悪いのは、資格を与えなかったわたしの方ですし。いくら怒り心頭とはいえ、たかがニートごときに我を忘れるとは。まったく修行が足りません。女神として恥ずかしい限りです」

 女神様が右手を前へ差し出すと、そこに金色こんじきに輝く長剣が現れた。

「さあ、これをお使いなさい」

 その長剣は女神様の手元を離れ、俺の前へふわふわと浮遊してきた。
 
「女神様、これは?」
「至高の聖剣エクスカリバーです」
「これが噂の最強の聖剣」

 俺は至高の聖剣の柄を力強く握り締めた。
 長年の戦友の手を握り締めるがごとく。
 そこに違和感はなかった。あるのは一つの疑問だった。

「なぜ、これを俺に?」
「それは……、その剣で、ハーケン・クロイツァーを滅して欲しいからです」
「--!」

 俺は衝撃の余り息が止まってしまった。
 ええっ、一億部突破! メッチャ羨まし過ぎるぜえええええ~~~~~!
 女神様がそんな俺を訝しんだ。

「どうしたのです、秀一?」
「あの、今、滅してって、そう言いましたよね?」
「ええ、それが何か?」
「それって鬼滅の滅と同じ漢字ですよね」
「……いえ、そこまで無理してブームに乗る必要はありませんから。それよりも早く、勇者を滅しちゃってください!」

 俺はエクスカリバーを天に掲げて叫んだ。

「お任せください! 俺が炭治郎に成り代わり、必ずや十二鬼月を、いや、違った。必ずや勇者を滅してご覧に入れましょう」
「頼もしいお言葉。期待していますよ」
「いや、実を言うと、俺、元鬼殺隊の隊士で。階級知ってます? 松ですよ、松。松竹梅の松!」
「そんな階級ありましたっけ?」
「いえ、あるんですよ。本当に! でもどうして勇者を滅せよなどと」

 その理由を問いただすよりも先に、勇者が叫んだ。

「女神! 貴様ぁ、俺を滅せよだと? ふざけるなぁ! そもそも俺にS級勇者の資格を与えたのは、アロンダイトを与えたのは、貴様だろうがぁ!」

 女神様の瞳に憐憫の情が浮かび上がった。
 罵倒されたにも拘わらず、そこに憤怒の情はひと欠片もなかった。
 意外な反応に、勇者は押し黙った。
 女神様が静かに語り始めた。

「あなたにS級勇者の資格を与えたのは、わたくしの大きな過ちでした。あなたは煉獄で、わたくしの前で泣いて訴えました。苦労をかけた母親に恩返しするまでは、自身の死を容認できないと」

 女神様の回想シーンだろうか、空に漂う雲がスクリーンとなって、跪いて泣き叫び何かを訴える勇者と、目頭を押さえて、その言葉に耳を傾ける女神様の姿が映し出された。

「やめろ、やめるんだ!」

 やはり恥ずかしいのだろうか、勇者が頬を赤らめて叫んでいるが、その本作最高の迷場面の前に、彼の叫びは無力だった。
 そんな勇者の痴態はガン無視して、女神様は語り続けた。

「実際、ハーケン・クロイツァー、いえ、佐藤勇一の経歴はそれは見事なものでした。このお方になら、わたくしの操を、いえ、至宝エクスカリバーを与えてもいいとさえ思いました。でもそれは間違いでした。わたくしは気付いてしまったのです。彼が目的のためなら手段を選ばぬ人間であることを。わたくしは戸惑いました。でもこの有為な青年を埋もれさせるのは惜しいと。そこで第二の聖剣、アロンダイトを与えることにしたのです」

 雲のスクリーンには、勇者の前に、アロンダイトとスマホを差し出す女神様の姿があった。それはきこりの前に、金の斧と鉄の斧を差し出す、童話の挿絵の女神様と瓜二つだった。

「あっ、秀一。その女神はわたくしではありません。わたくしのお祖母様です。くれぐれも勘違いしないように」

 ふ~ん、女神様も年齢に拘るんだ。
 で、あの金の斧の女神様だけど、いったい何歳?
 若いの? 老けてるの? 見た目は二十歳くらいだけど、まさか軽くK点越え(三十歳)してたりして。
 そんな俺の下種の勘繰りはガン無視して、女神様は語り続けた。

「わたくしがアロンダイトとスマホを差し出したとき、勇一は躊躇なくアロンダイトを選びました。理由はわかっています。母親に豪邸をプレゼントして、余生は幸せに暮らして欲しいと。月に五百万円仕送りして、お金に不自由することなく暮らして欲しいと。家政婦を雇って、家事に一切手を染めることなく楽に暮らして欲しいと。豪華客船に乗船して、世界一周の船旅を楽しんで欲しいと。でもタイタニック号だけには乗船しないでねと。PS 俺、まだ母さんと異世界で会う気はないからと。近所にショッピングに行くときは、国産の安物の軽自動車が道を開けるように、最高級の外車をプレゼントするからと。もちろん、お抱え運転手付きで。これほどまでに彼はマザコンだったのです。でも、でもですよ。その母親を想う気持ちに、わたくしは三百五十年振りに涙しました」

 三百五十年だって? って、ことはだよ。この女神様、もしかして金の斧の女神様と同一人物?! あっ、年齢詐称してやんの。
 そんな俺の週刊誌記者パパラッチのごとき年齢詐称疑惑への追及はガン無視して、女神様は語り続けた。

「アロンダイトを選んだ方が、お金になると踏んだのでしょうが……。でもあなたはアロンダイトを選ぶべきではなかった。勇一、あなたが選ぶべきはスマホだったのです。ご覧なさい、あれを!」

 女神様は力強く雲のスクリーンを指差した。
 勇者も釣られておもてを上げた。
 そこには仏前で、息子の遺影を前に涙に暮れる勇者の母親の姿があった。
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