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第33話 闇の恐怖 迷子になったセーラ

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「これを見ろ。現在地点はここだ。首都ハトバラまで約三百キロといったところだ。車を飛ばせば四、五時間で着くだろう。できれば検問が強化される夜明け前に侵入したい。そこでだ」

 ムター隊長の人差し指が一本の道を辿った。

「この先に国道がある。そこで網を張っていれば、すぐに車は捕まるはずだ」

 一同、軽く頷くと、アイリーン大尉が質問した。

「ハトバラ市内に潜入したら、空港と廃校、どちらの人質から救出するつもり?」
 
 パロマ基地に届いたコハクチョウの情報は、既に本隊のオオハクチョウにも転送されていた。
 でもムター隊長は首を振って否定した。

「まずコハクチョウと連絡を取って、行方不明のVIPを捜索する。他の人質はその後だ」
「なんてこと! 他の人質には同情するわ」
 
 アイリーン大尉が天を仰いだ。

 作戦の打ち合わせを終えると、総員、装備の点検に着手した。
 そうは言ったものの、装備は身に付けたものだけで、後はすべて海の藻屑と消えてしまった。
 わたしが所持してるものといえば、まず胸のポケットにダウジングの振り子と簡易医療キット、ペンライト。そしてズボンのポケットに携帯食料、皮手袋の予備が入っていた。
 いずれもアイリーン大尉が敵地への上陸を想定して持たせてくれた物だ。
 でもどうせなら、拳銃の一丁も持たせてくれればいいのに。

「うん、どうした?」

 レナ中尉がそんなわたしの物欲しげな視線に気付いてくれた。
 彼女の腰のホルスターから拳銃の銃把が覗いている。どうやら予備の拳銃サブアームらしい。
 なんて用意のいい人なんだろ。二丁あるなら一丁くらい貸してくれても。
 
「これか?」

 レナ中尉、ホルスターから拳銃を引き抜くと、それをわたしに手渡してくれた。
 持った瞬間、腕がガクンと落ちた。

 おっ、重い~。

 レナ中尉がほほ笑んだ。

「S&W・M629。重量は一三三〇グラム。子供の手には余る代物だ」

 確かに。わたしが普段使用している拳銃の二倍くらいの重量がありそうだ。射撃の反動を想像すると、とても怖くて引き金トリガーを引く気になれない。
 
「普段はどんな銃で練習している?」
「コルトのポケットモデルですけど」

 本体にプラスチックを多用した、重量六五〇グラムの軽量拳銃だ。

「それじゃあ、これはお預けだな」

 レナ中尉、わたしからM629を取り上げると、

「なまじ拳銃を所持していると、却って敵に狙われる。おまえは銃を所持しない方がいい」

 そんなぁ~。

 結局、わたしは素手で敵地へ侵入する羽目になった。

「総員、装備の点検は済んだか?」

 ムター隊長の確認の声に、総員が無言で頷き返した。

「よし、先頭はレナ。その次はわたし。セーラを挟んで、最後尾にアンジェ」

 レナ中尉が腰を落として歩き始めた。
 ムター隊長がその後に続く。

「さあ、行くわよ」

 アイリーン大尉に背中を押されて、わたしも忍び足で歩き始めた。
 音を立てずに歩くには、ちょっとしたコツが必要だ。厚手の靴下を履いて、編上靴の隙間には詰め物を、そして膝を柔らかく使い、着地は踵から……。

 バキッ!

 あっ、しまった! いきなり小枝を踏んでしまった。
 全員が一斉に動きを止めた。まるで空気が凍り付いたよう。
 
「もう、おチビちゃん。脅かさないでよ」

 アイリーン大尉が太い息をついた。
 そんなこと言われたって、わたし、実戦なんて初めてだから。それに民間人だし。
 ムター隊長が振り向いた。

「いいか、わたしの足跡を辿るようにして歩け。そうすれば危険は少ない」

 なるほど……。わたしは注意深く、前を行くムター隊長の後を追った。
 木の根や小枝、地面の窪みなどを、うまい具合に避けている。
 野生動物並みの暗視力? 目を凝らさなければ見えない暗闇の中を、先行する二人は何の躊躇もなく進んでゆく。
 わたしは足跡を追うだけで精一杯。周囲を警戒するゆとりはない。地面だけを見つめて、ただひたすら歩き続ける。
 もう、どれくらい歩き続けたのか。
 ふと腕時計に目を落とすと、行軍を開始してから、まだ一〇分しか経っていなかった。
 緊張しているせいか、一分が一〇分にも感じてしまう。
 
 なんか疲れた。

 でも歩かなければ、みんなに迷惑をかけてしまう。
 頑張らなきゃ。
 あれれ、みんな、どこへ行ったのかしら?
 暗闇の中で足が止まった。再び地面に目を移して、先行者の足跡を見失ったことに気が付いた。
 マズいよ、とうとう迷子になっちゃった!
 声を上げる訳にはいかない。近くに敵兵がいるかもしれないから。
 ともかく深呼吸だ。スーハー、スーハー。
 パニック状態の精神を辛うじて押さえて、暗闇の中へ視線をさ迷わせた。
 いつしか林の植生は、ナツメヤシの高木から、オリーブの低木へと変化していた。
 木々の隙間に人影を求めても、動くものは何一つ見当たらない。
 
 困ったな。みんな、歩くの早いから……。

 こんなとき闇雲に歩き回ったら、却って迷子の度合いを深めてしまう。
 途方に暮れて地面にしゃがみ込んだ。
 
 そうだ、遠隔透視リモートビューイング

 長年、商売道具にしていたせいか、日常における実用性をつい忘れてしまう。敵に発見される恐怖を克服できれば、精神を集中できるお膳立ては揃っている。
 気合を入れて精神を心の闇に沈めた、その時だった。

 キャッ!

 心が張り裂けるかと思った。
 何者かが背後に佇んでいるのを感知したのだ。
 その恐怖が声になる瞬間、背後から手が伸びて、わたしの口を塞いでしまった。

「落ち着け、わたしだ」

 驚いたわたしの耳元に、頼もしい声が響いた。
 なんだ、レナ中尉かあ。

「さあ、来い。今度は見失うなよ」

 小言一つ言うでもなし。レナ中尉はすぐに歩き出した。
 その背中を見失わないように、わたしもピッタリついてゆく。そうしてオリーブの樹間を進んでいくと、不意にレナ中尉が立ち止まった。

「コラ、どこで寄り道してた?」
 
 背後で声がした。
 振り向くと、木陰からアイリーン大尉が姿を現した。
 
「超能力者が聞いて呆れるわ。今度迷子になったら、そのまま置いてゆくわよ」
「……すみません」

 なんて高飛車な態度。
 カチーンときたけど、まあ、悪いのはわたしだから。
 心の中でそっぽを向いて謝罪すると、アイリーン大尉はホッとため息を漏らした。
 
「まあ、夜間行軍なんて初めてなんだから、迷子になるのも無理はないけど」
「説教するなら、もう少し小声でしろ」

 闇の中で人の蠢く気配がした。
 ムター隊長だ。

「そんなに大声を立てたら、敵に悟られるぞ」
「……」

 それでアイリーン大尉の説教はお終い。
 ああ、助かった。

「国道はすぐそこだ。急げ」

 隊長の言う通り、歩いて三分もすると、林の間に広い闇の空間を確認できた。
 時折り、長い光が緩やかな弧を描いて、闇の中を走り抜けてゆく。
 あれは車のライトだ。
 ムター隊長、左腕を下げると、道路の見える位置に部隊を停止させた。
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