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第34話 ソフィ&アンジェ 恋バナの似合わない二人の恋バナ
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「いいか、ここで車を待ち伏せする。レナは反対側の林に身を隠せ。道路の両側から車を挟撃するんだ」
「了解」とレナ中尉。
ムター隊長の視線が、今度はわたしに向けられた。
「セーラはわたしの背後で車の接近を知らせるんだ。出来るか?」
「ハイ、たぶん」
普段なら簡単に出来るんだけど、今は普通の精神状態じゃないから。
一抹の不安が残る。
「よし、頼んだぞ」
ムター隊長、わたしの頭をポンと叩くと、次にアイリーン大尉を見た。
「アンジェ、おまえは車を引き止める役だ。車が来たら道路の真ん中に立て」
「なるほど、わたしは囮ってわけね」
アイリーン大尉、うんざりした表情で肩を竦めた。
「まったく、わたしは損な役回りばかり振るんだから。ハイハイ、了解しました」
ムター隊長、一頻り全員の顔を見渡すと、
「なるべく穏やかな方法で車を奪取する。相手が抵抗しない限り殺害してはならない。だが相手が抵抗するようなら遠慮はするな。目的の遂行を第一に考えろ」
全員が無言で頷く。
額から冷や汗が滴り落ちた。
「よし、総員、配置につけ」
隊長の命令を受けて、レナ中尉が舗装された道路を小走りに横断した。
それっきり動くものは何一つ見当たらない。
梢のざわめきも、虫の音も、今は鳴りを潜めている。
岸辺に打ち寄せる波の音も、いつしか彼方へと遠退いていた。
これなら特に意識を集中しなくても、接近する車を遠方で捉えることが出来る。
取り敢えず、ホッと一息。
オリーブの樹に凭れてぼんやりしていると、アイリーン大尉が話しかけてきた。
「セーラ、ソフィと話がしたいのだけど……。構わないかしら?」
「ええ、問題ありません。どうぞ」
アイリーン大尉は警戒を怠らなかった。
正面に広がるオリーブ林から目を離すことなく、隊長と背中越しに話し始めた。
「ねえ、聞いた?」
「ああ、コハクチョウの連中、VIPの一人を保護した直後に連絡が途絶えたって話だが……。どうやら敵に捕まったわけではなさそうだ」
えっ、どうしてそんなことわかるの?
ああ、そうか。さっきの歩哨が話していたんだ。
わたし、アラビア語わからないから。
「やるじゃない、あの連中。あんたの目に狂いはなかったわけね」
その口振りからすると、アイリーン大尉もアラビア語に精通しているようだ。
凄いな、二人とも。第二外国語以外の言葉がわかるなんて。
任務中にも拘わらず、わたしは意識の半分を二人の会話に振り向けた。
「いや、あの二人を見い出したのは、士官学校の教官なんだ」
「教官?」
「マイケル・フォックス少佐。わたしの元上官だ。その人が推薦したんだ。うちに腕のいい女性士官候補生がいるからって」
隊長の視線は片時も道路から離れない。
アイリーン大尉の口元に悪戯っぽい笑みが浮かんだ。
「フーン、なるほどなるほど。きっとその人のことね。手紙に書いてあった好きな人って」
えっ、ムター隊長に彼氏なんていたの?
ちょっと驚き! そりゃ綺麗な人だけど、男勝りの武勇伝で有名だから、男の人の方で引いちゃうんじゃないかと思ってた。
興味津々。面白くなってきた。
隊長が小声で笑った。
「フン、相変わらず勘の鈍いやつだ」
「……」
アイリーン大尉は黙ったまま。
どうやら隊長の皮肉に反駁できないようだ。
隊長が懐かしそうに星空を仰いだ。
「フォックス少佐は組織の上下関係に恋愛感情を持ち込むような、そんな甘い人ではない。あの人とは……、もう終わったんだ」
でもアイリーン大尉は追及の手を緩めなかった。
やはり友人の恋愛事情は気になるらしい。
「じゃあ、誰なのよ。今、あんたがお熱なのは?」
「機会があったら紹介してやる。ただしわたしの一方的な片思いだ。相手を恋人といって紹介するわけにはいかないぞ」
「わたしたちが落ち着くにはまだまだ時間がかかりそうだから。それまでに恋が実るよう祈ってるわ」
その言葉に、ムター隊長が苦笑した。
「余裕だな? そういうおまえはどうなんだ? いいのか、自分の心配しなくても」
「心配しようにも、周りは年寄りばかりだから。戦研にいたんじゃ、とても恋愛なんか出来ないわよ」
「それで実戦部隊に転属か? まあ、若くて逞しい男には不自由しないが、どうも動機が不純だな」
「まさか!」
一瞬、語気を荒げたものの、それは拙いと、アイリーン大尉は声を潜めた。
「実戦部隊を志願したのは、あくまで前線で活躍したいから。別に他意はないわよ」
「本当か?」
「本当よ」
……と強がってみせたけど、アイリーン大尉、やっぱ本音が見え隠れしている気がする。
やはり年頃になったら、彼氏の一人や二人とは思うけど……。
わたしも戦研に所属する身。アイリーン大尉の嘆きは他人事ではないのだ。
アッ……。
小さな呻き声に、全員の耳目が集中した。
脳裏に侵入した黒い影。
徐々に接近してくる。これは車に違いない。
「隊長、来ました」
「車種は?」
「ハンヴィーです。乗員は三名。いずれも軍服を着用しています」
「相手は軍人か。ならば遠慮はいらないな」
ヒュッ、
微かに口笛の音が流れた。
隊長が向かいにいるレナ少尉に注意を促したのだ。
同時に左手の親指と人差し指を立てて、アイリーン大尉に道路へ出るよう指示を出した。
「待て」
不意にムター隊長の手が伸びて、立ち上がりかけたアイリーン大尉の手首を掴んだ。
なによ、とアイリーン大尉が振り向くと、
「迷彩服を脱ぐんだ」
「……」
「相手に兵士と悟られる」
隊長の指示は的確だ。
アイリーン大尉、仕方なく迷彩服のジッパーを引き下げた。
やがて闇の彼方から、車のエンジン音が響いてきた。
来た!
暗闇に光が射して、アイリーン大尉の美しいボディラインを浮かび上がらせた。
彼女、すかさず右手を上げて、悩まし気に腰をくねらせると、
「ハ~イ」
下着姿が刺激的!
相手が男なら、拳銃なしでも銃殺、いえ、悩殺できそうだ。
どうやら真夜中のヒッチハイクは成功したみたい。
車はブレーキを軋ませて停車した。
車種は汎用型のハンヴィー。以前、アムリア軍が武器供与した軍用車両だ。
軍服姿の男が後部座席から下車した。
灰色の制服を着ているので、たぶん将校だ。
相手が下着姿の女性だからだろう。少し驚いた様子で、「おい、どうした?」とアラビア語で誰何した感じだ。
「……」
アイリーン大尉が答える必要はなかった。
耳元でシュッと空気を切る音がして、運転席の男がステアリングに凭れ掛かった。
ほぼ同時に反対側のオリーブ林から音もなく銃火が走って、助手席に座っていた兵士が仰向けに倒れた。
見事な一撃。
ムター隊長とレナ中尉が一瞬で射殺したのだ。
将校が異変に気付いて振り返った。
彼がそこに見たものは、車中に横たわる二人の兵士の遺体だった。
アイリーン大尉の動きも素早かった。
お尻に回したヒップホルスターから拳銃を引き抜くと、将校の後頭部に狙いを付けて、躊躇することなく引き金を引いた。
シュッと音がして、将校の身体はゴロリとアスファルトの上に転がった。
時間にして、わずか一〇秒ほど。
その後の動きも俊敏だった。すべては無言のうちに進んでゆく。
敵兵の遺体は衣服を改めた後、まとめてオリーブ林の奥へ遺棄された。
奪った小銃二丁は、ムター隊長とレナ少尉が所持した。そして将校の所持していた拳銃は、アイリーン大尉がホルスターごと奪って腰から吊り下げた。
「おい、早く乗れ」
レナ少尉に促されて、わたしも後部座席に乗り込んだ。
わたしとレナ少尉が後部座席へ、ムター隊長は助手席、そしてアイリーン大尉が運転席へ。
ムター隊長、小銃の弾倉を確認すると、
「よし、出発だ」
アイリーン大尉がアクセルを踏んで、ギアをトップに入れると、車は時速百キロの猛スピードで、首都ハトバラ目指して走り出した。
「了解」とレナ中尉。
ムター隊長の視線が、今度はわたしに向けられた。
「セーラはわたしの背後で車の接近を知らせるんだ。出来るか?」
「ハイ、たぶん」
普段なら簡単に出来るんだけど、今は普通の精神状態じゃないから。
一抹の不安が残る。
「よし、頼んだぞ」
ムター隊長、わたしの頭をポンと叩くと、次にアイリーン大尉を見た。
「アンジェ、おまえは車を引き止める役だ。車が来たら道路の真ん中に立て」
「なるほど、わたしは囮ってわけね」
アイリーン大尉、うんざりした表情で肩を竦めた。
「まったく、わたしは損な役回りばかり振るんだから。ハイハイ、了解しました」
ムター隊長、一頻り全員の顔を見渡すと、
「なるべく穏やかな方法で車を奪取する。相手が抵抗しない限り殺害してはならない。だが相手が抵抗するようなら遠慮はするな。目的の遂行を第一に考えろ」
全員が無言で頷く。
額から冷や汗が滴り落ちた。
「よし、総員、配置につけ」
隊長の命令を受けて、レナ中尉が舗装された道路を小走りに横断した。
それっきり動くものは何一つ見当たらない。
梢のざわめきも、虫の音も、今は鳴りを潜めている。
岸辺に打ち寄せる波の音も、いつしか彼方へと遠退いていた。
これなら特に意識を集中しなくても、接近する車を遠方で捉えることが出来る。
取り敢えず、ホッと一息。
オリーブの樹に凭れてぼんやりしていると、アイリーン大尉が話しかけてきた。
「セーラ、ソフィと話がしたいのだけど……。構わないかしら?」
「ええ、問題ありません。どうぞ」
アイリーン大尉は警戒を怠らなかった。
正面に広がるオリーブ林から目を離すことなく、隊長と背中越しに話し始めた。
「ねえ、聞いた?」
「ああ、コハクチョウの連中、VIPの一人を保護した直後に連絡が途絶えたって話だが……。どうやら敵に捕まったわけではなさそうだ」
えっ、どうしてそんなことわかるの?
ああ、そうか。さっきの歩哨が話していたんだ。
わたし、アラビア語わからないから。
「やるじゃない、あの連中。あんたの目に狂いはなかったわけね」
その口振りからすると、アイリーン大尉もアラビア語に精通しているようだ。
凄いな、二人とも。第二外国語以外の言葉がわかるなんて。
任務中にも拘わらず、わたしは意識の半分を二人の会話に振り向けた。
「いや、あの二人を見い出したのは、士官学校の教官なんだ」
「教官?」
「マイケル・フォックス少佐。わたしの元上官だ。その人が推薦したんだ。うちに腕のいい女性士官候補生がいるからって」
隊長の視線は片時も道路から離れない。
アイリーン大尉の口元に悪戯っぽい笑みが浮かんだ。
「フーン、なるほどなるほど。きっとその人のことね。手紙に書いてあった好きな人って」
えっ、ムター隊長に彼氏なんていたの?
ちょっと驚き! そりゃ綺麗な人だけど、男勝りの武勇伝で有名だから、男の人の方で引いちゃうんじゃないかと思ってた。
興味津々。面白くなってきた。
隊長が小声で笑った。
「フン、相変わらず勘の鈍いやつだ」
「……」
アイリーン大尉は黙ったまま。
どうやら隊長の皮肉に反駁できないようだ。
隊長が懐かしそうに星空を仰いだ。
「フォックス少佐は組織の上下関係に恋愛感情を持ち込むような、そんな甘い人ではない。あの人とは……、もう終わったんだ」
でもアイリーン大尉は追及の手を緩めなかった。
やはり友人の恋愛事情は気になるらしい。
「じゃあ、誰なのよ。今、あんたがお熱なのは?」
「機会があったら紹介してやる。ただしわたしの一方的な片思いだ。相手を恋人といって紹介するわけにはいかないぞ」
「わたしたちが落ち着くにはまだまだ時間がかかりそうだから。それまでに恋が実るよう祈ってるわ」
その言葉に、ムター隊長が苦笑した。
「余裕だな? そういうおまえはどうなんだ? いいのか、自分の心配しなくても」
「心配しようにも、周りは年寄りばかりだから。戦研にいたんじゃ、とても恋愛なんか出来ないわよ」
「それで実戦部隊に転属か? まあ、若くて逞しい男には不自由しないが、どうも動機が不純だな」
「まさか!」
一瞬、語気を荒げたものの、それは拙いと、アイリーン大尉は声を潜めた。
「実戦部隊を志願したのは、あくまで前線で活躍したいから。別に他意はないわよ」
「本当か?」
「本当よ」
……と強がってみせたけど、アイリーン大尉、やっぱ本音が見え隠れしている気がする。
やはり年頃になったら、彼氏の一人や二人とは思うけど……。
わたしも戦研に所属する身。アイリーン大尉の嘆きは他人事ではないのだ。
アッ……。
小さな呻き声に、全員の耳目が集中した。
脳裏に侵入した黒い影。
徐々に接近してくる。これは車に違いない。
「隊長、来ました」
「車種は?」
「ハンヴィーです。乗員は三名。いずれも軍服を着用しています」
「相手は軍人か。ならば遠慮はいらないな」
ヒュッ、
微かに口笛の音が流れた。
隊長が向かいにいるレナ少尉に注意を促したのだ。
同時に左手の親指と人差し指を立てて、アイリーン大尉に道路へ出るよう指示を出した。
「待て」
不意にムター隊長の手が伸びて、立ち上がりかけたアイリーン大尉の手首を掴んだ。
なによ、とアイリーン大尉が振り向くと、
「迷彩服を脱ぐんだ」
「……」
「相手に兵士と悟られる」
隊長の指示は的確だ。
アイリーン大尉、仕方なく迷彩服のジッパーを引き下げた。
やがて闇の彼方から、車のエンジン音が響いてきた。
来た!
暗闇に光が射して、アイリーン大尉の美しいボディラインを浮かび上がらせた。
彼女、すかさず右手を上げて、悩まし気に腰をくねらせると、
「ハ~イ」
下着姿が刺激的!
相手が男なら、拳銃なしでも銃殺、いえ、悩殺できそうだ。
どうやら真夜中のヒッチハイクは成功したみたい。
車はブレーキを軋ませて停車した。
車種は汎用型のハンヴィー。以前、アムリア軍が武器供与した軍用車両だ。
軍服姿の男が後部座席から下車した。
灰色の制服を着ているので、たぶん将校だ。
相手が下着姿の女性だからだろう。少し驚いた様子で、「おい、どうした?」とアラビア語で誰何した感じだ。
「……」
アイリーン大尉が答える必要はなかった。
耳元でシュッと空気を切る音がして、運転席の男がステアリングに凭れ掛かった。
ほぼ同時に反対側のオリーブ林から音もなく銃火が走って、助手席に座っていた兵士が仰向けに倒れた。
見事な一撃。
ムター隊長とレナ中尉が一瞬で射殺したのだ。
将校が異変に気付いて振り返った。
彼がそこに見たものは、車中に横たわる二人の兵士の遺体だった。
アイリーン大尉の動きも素早かった。
お尻に回したヒップホルスターから拳銃を引き抜くと、将校の後頭部に狙いを付けて、躊躇することなく引き金を引いた。
シュッと音がして、将校の身体はゴロリとアスファルトの上に転がった。
時間にして、わずか一〇秒ほど。
その後の動きも俊敏だった。すべては無言のうちに進んでゆく。
敵兵の遺体は衣服を改めた後、まとめてオリーブ林の奥へ遺棄された。
奪った小銃二丁は、ムター隊長とレナ少尉が所持した。そして将校の所持していた拳銃は、アイリーン大尉がホルスターごと奪って腰から吊り下げた。
「おい、早く乗れ」
レナ少尉に促されて、わたしも後部座席に乗り込んだ。
わたしとレナ少尉が後部座席へ、ムター隊長は助手席、そしてアイリーン大尉が運転席へ。
ムター隊長、小銃の弾倉を確認すると、
「よし、出発だ」
アイリーン大尉がアクセルを踏んで、ギアをトップに入れると、車は時速百キロの猛スピードで、首都ハトバラ目指して走り出した。
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