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夏のごちそう

梅シロップ

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 今年のお盆、恵子けいこはわりとゆったりとした時間を過ごした。夏休み中の孫たちが遊びに来たので、ポチ袋の役目はきちんとあり、孫たちは「おばあちゃん、ありがとう!」と笑顔で喜ぶのを見て、恵子は満足していた。

 そしてお盆を過ぎてから、美咲みさき芽衣めいが戻ってきた。少し疲れた顔をした美咲と、しょんぼりとしている芽衣を交互に見て、恵子は首を傾げる。

 二人はわざわざお土産を渡しに来てくれたのだ。家に招き入れ、麦茶を二人に渡すと、彼女たちはコップを受け取って「ありがとう」とつぶやく。

「……なにかあった?」
「うーん、あったといえばあったというか……」

 言いよどむ姿を見て、恵子は芽衣に視線を向ける。芽衣はこくこくと麦茶を飲んで、じっと恵子を見つめた。

「芽衣ちゃんって、炭酸飲めたっけ?」
「うん……でも、なんで?」
「ちょっとね」

 恵子は台所に向かい、初夏に準備していた梅シロップを取り出す。青梅をきれいに洗い、ヘタを取り、しっかりと水分を拭き取る。消毒した保存瓶に青梅と氷砂糖を交互に入れ、一日に一回シャカシャカと振る。そのうちにシロップになるので、水や炭酸水で割って飲めば、さわやかな味の虜になるだろう。

「芽衣ちゃんは、飲めるかな?」
「これなぁに?」

 しゅわしゅわと気泡が見えることに、芽衣は興味深そうに眺めていた。

「梅シロップを作ったのよ。作り方も簡単だしね。それは炭酸水で割った梅ジュース」
「けーこばあばは毎年梅の仕込みしているもんねぇ……」
「梅漬けもたくさん出来上がったわぁ。熊谷家にもお裾分けしたから、たくさん食べてね」
「夏にぴったりなんだよねぇ、けーこばぁばの梅漬けって」

 恵子が作るのは梅漬けで、梅干しではない。きちんと梅を干して梅干を作る家庭もあるが、梅漬けのあのカリカリ感が好きだからだ。やはり歯は大切にしなくては、と心の中でつぶやいていると、芽衣がおそるおそる梅ジュースに手を伸ばし、こくんと飲む。

「おいしい!」
「ふふ、良かった」
「良かったね、芽衣」

 芽衣の頭に手を置いて、くしゃりと撫でる美咲。

 その表情が和らいだのを見て、ぱんっと恵子が両手を叩いた。

「そうだ! 今夜、うちに来てくれない? 夜……そうね、暗くなってからがいいから、八時くらいに」
「遅い時間のほうがいいの?」
「ええ。せっかくだもの、私……二人と夏の思い出がほしいわ」

 にこにこと笑う恵子に、美咲と芽衣は首を傾げた。

「とりあえず、八時にけーこばあばの家に行けばいいのね」
「どうして?」

 きょとりとした芽衣の問いに、恵子は口元に人差し指を立て、「内緒」と楽しそうに微笑む。

 そんな彼女のことを、美咲と芽衣は不思議そうに見ていた。
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