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1章:踊り子 アナベル
踊り子 アナベル 2-1
しおりを挟む予定通り、国王であるエルヴィスは一日滞在して別の視察地へと向かった。村人全員で見送り、馬車が見えなくなるまでずっと頭を下げていた大人たちが深いため息を吐いた。
「ああ、緊張した。こんなに緊張したのは久しぶりだよ」
「あら、あんたいつ緊張していたんだい?」
「そりゃあもちろん、お前さんにプロポーズする時さ」
村長夫妻がそんな会話を繰り広げていると、村長の孫でアナベルよりも一歳年上の幼馴染のシモンがアナベルに近付いて、ずいっと腕を伸ばしてアナベルに花を向けた。
「お花?」
「さっき見つけたんだ。やるよ」
「……ありがとう」
「あら、良かったわね、アナベル。このお花は花瓶に飾ろうね」
「うん!」
シモンは少しだけ嬉しそうに笑ってから、パタパタとどこかに駆けて行った。
「うーん、将来の息子か……?」
「気が早いわよ、あなたったら」
呆れたように肩をすくめる母親の姿に、アナベルは首を傾げた。家に戻り、シモンからもらった花を花瓶に活けると、アナベルはその花をずっと眺めていた。
この村にあるのは木々や畑、そして花だ。色とりどりの花は村人たちが大切に育てている。アナベルだって、出来ることは自分でやっている。少しでも家族の役に立ちたくて。それでも、まだ五歳で非力なアナベルには本当に簡単なお手伝いしか出来なくて少し悔しそうにしていた。
「どうしたの、アナベル。可愛い顔が台無しだよ」
つんつん、とアナベルの頬を突く兄に、アナベルは自分の思いを話した。すると、兄は
「そっかぁ」とアナベルの頭を撫でる。
「アナベルの一番大切な仕事はね、いっぱい遊んで、いっぱい食べて、いっぱい寝て、大きくなることなんだよ?」
「でも、アナベルもおてつだい、したい!」
「うん、その心がけはすっごく大事。でもね、ほら、ごらん?」
ぺたり、とアナベルと兄の手が重なった。手の大きさを比べているようだ。
「ほら、僕の手のほうが大きいでしょ? これはね、僕はいっぱい遊んで、いっぱい食べて、いっぱい寝た結果なんだよ。これくらい大きくならないと!」
「お兄ちゃんみたいに大きくなったら、お手伝いしても良いの?」
「もちろん! ……あ、でもね。アナベルは可愛いから、癒しの効果はあるなぁ」
手を離して、代わりによしよし、と撫でる感触にアナベルはくすぐったそうに笑った。
「それじゃあ、今日も元気にいっぱい遊んでおいで」
「はーい!」
アナベルは元気よくそう返事をして、家の外へと遊びに行った。
人見知りはするが、外で遊ぶのが好きだったのだ。
綺麗な花を見つけたり、四葉のクローバーを探したり、はたまた空を見上げたりすることが大好きな子どもだった。
アナベルも、この村の人たちも、きっとずっとこんなに平和な時が続いていくのだと信じて疑わなかった。
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