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1章
31話:その頃のダラム王国(三人称)
一方その頃、ダラム王国の謁見室に重鎮たちが集まっていた。国王であるザカライア、大臣たち、そして神殿の者まで。オーレリアンがアクアを追い出してから十日余り。結界の綻びが目視出来るようになってから数日が経過していた。
この十年、結界の綻びが目視出来たことはない。そう、アクアがダラム王国で過ごしていた年月、結界が綻ぶことがなかったのだ。
結界の綻びが目視出来るようになり、ザカライアは神殿になぜ結界が綻んでいるのかを尋ねた。そして、神殿からの返答にオーレリアンたちを招集したのだ。
「申し開きはあるか、オーレリアン」
「父上! 私はこの女性こそダラム王国に必要な聖女だと思い連れてきたのです!」
「お会いできて光栄ですわ、国王陛下。アンジェリカと申します」
アンジェリカはとても美しい女性だった。はちみつのような輝きを放つ金色の髪、煌めく宝石を思わせるエメラルドグリーンの瞳。スタイルもよく、その存在自体が特別だと思わせた。
オーレリアンは他国に招かれた時に彼女を見つけた。回復魔法を使っているところを見て、彼女こそがダラム王国に必要な聖女だと判断して、多額の金貨を報酬にすることをアンジェリカに提案し、彼女はそれに乗ってダラム王国まで来た。
「――この、バカ息子が! アクアを攫って来るのに、どのくらいの労力を掛けたと思っているんだ!」
「……え、さ、攫ってきた……?」
激昂したザカライアに、オーレリアンは目を大きく見開く。自分が聞かされたアクアの話は、神殿の前に捨てられた孤児だということ。前神官長に拾われて、聖女として育てられたということだけだ。だからこそ、アクアでなくてもこの国を守れるだろうと考えたのだ。
だが――父、ザカライアから想像もしなかった言葉が飛び出てきた。
アクアを攫ってきた、とはどういうことなのか――オーレリアンが戸惑うようにザカライアを見つめると、ザカライアは重々しくため息を吐いた。
「どういうことですか、父上。あの女は神殿の前で拾われたのではなかったのですか?」
ザカライアは腕を組み、オーレリアンとアンジェリカを睨みつけた。もしかしたら、アクアを攫ってきたことは、自分以外の重鎮たちはすでに知っていたのかもしれない――そう思って、オーレリアンは背中に冷たい汗を流した。
「アクアは、かのアルストル帝国でさえひとりで守れるほどの神力を持っているのだぞ!」
「あ、あの女がそんな力を持っているとは思えませんが……」
「だからお前はバカだというのだ!」
「し、しかし、それならばどうやってあの女を攫ってきたのですか!? そもそも、我が国で誘拐は犯罪でしょう!」
「……それは、私から説明しましょう」
カツカツと足音を立てて、神官長がオーレリアンたちに近付いて来た。オーレリアンは自分が追い出したアクアの神力に、アンジェリカはあの日に見た聖女が攫われてきたことを知り、半ばパニック状態になっていた。
「……あれは十年前、アクアさまが神殿に連れて来られた日の話です」
そうして神官長は語り出す。なぜアクアがこのダラム王国に来たのかを――……。
アクアは神殿に来た時、血で濡れていた。どうやら、ダラム王国の者に誘拐される時、両親が必死の抵抗をしたらしい。当たり前だ。娘が見知らぬ人に攫われそうになっているのだから。護衛たちもいたようだが、その日の人数は少なく、アクアを攫うには絶好のチャンスだったようだ。
必死の抵抗をしていた両親は、アクアの目の前で斬られた。彼女が血で濡れていたのは、両親の血を浴びたからだ。そのことにショックを受けたアクアは気を失い、その間にダラム王国の神殿へと運ばれた。
目を覚ましたアクアは、記憶を失っていた。五歳の子どもにとって、両親や護衛が目の前で殺されるのは、あまりにもショックが大きかった。
前神官長は、ザカライアのことを強く非難した。どうしてこんなに非道なことをしたのかと。ザカライアはそれに対し、自分の国民を守れるのであれば、多少の犠牲は仕方ないと口にした。
ダラム王国では、神力がわかる魔道具を作り上げていた。それを用いて、神力の高い子を攫い、国の結界を任せようとしていたのだ。各国に散らばったダラム王国の者たちは、各自連絡を取り合い――アルストル帝国の国境近くに来ていたアクアたちに気付き、その魔道を使った。……魔道具がエラーを起こすくらいに、アクアの神力は強かった。
――誰も、アクアの本名を知らない。アクア自身も記憶を失ったことで、自身の名も忘れてしまった。前神官長がアクアの名付け親となり、アクアにひとりでも生きていけるように、自分で出来ることは自分でさせなさい、と神殿の者たちに伝えた。
王家から渡される絢爛豪華な贈り物は、ザカライアの僅かながらの罪悪感がそうさせたのか……。
ただ、アクアは金目の物に興味がなく、使われることはなかった。
「……我々はアクアさまに負い目を感じていました。あの子の幸せを奪ったのはこの国です。……ですから、オーレリアン殿下がアクアさまに国外追放を言い渡した時、これはチャンスだと思いました。あの子が幸せになれる場所があるのでないか、と。我々は短い時間でアクアさまの転移について話し合い、あの子が一番幸せになれる場所へと願い、転移魔法を使いました。……なので、あの子がどこまで行ったかはわかりません。そして、新しい聖女ですが――……」
ちらり、と神官長がアンジェリカを見て、息を吐いて肩をすくめた。
「神力が足りません。神殿の者たちも、転移魔法で力を使い果たしました。儀式を再び行う前に、この国の結界は破られるでしょう」
目を伏せて淡々とした口調で言葉を発する神官長に、ザカライアはがたっと玉座から立ち上がる。
「そんなバカな話があるかっ! 結界が破られたら、魔物が攻め込んでくるだろうが!」
「事実です。この国の結界は持ってあと二、三週間といったところでしょう。……これは、あなたが招いたことですよ、オーレリアン殿下。この国と命運を共にしましょう。それが、神の思し召しでしょうから」
そういって頭を下げる神官長。オーレリアンは膝から崩れた。そして、顔を青ざめさせながら「そんなバカな話があるか……!」とザカライアと同じ言葉を呟いていた。
神官長はそんな彼の姿を、冷たい眼差しで見ていた。
「……アクアさまを手放せなかったのは、神殿の落ち度でもあります。彼女の力を欲してしまった。……その自責の念が強くて、前神官長は自決という道を選びましたがね。『アクアさまを頼む』と、遺言を残して。――我々は、全員が罪人なのです。神がお許しになるわけがありません」
神官長は顔を上げて、国の重鎮たちに視線を巡らせてそう口にすると、口を閉ざした。そして、目を伏せる。
――どうか、あの少女が幸せになれるように、と。願わくば、攫われてきた時の記憶がよみがえらんことを――……。
この十年、結界の綻びが目視出来たことはない。そう、アクアがダラム王国で過ごしていた年月、結界が綻ぶことがなかったのだ。
結界の綻びが目視出来るようになり、ザカライアは神殿になぜ結界が綻んでいるのかを尋ねた。そして、神殿からの返答にオーレリアンたちを招集したのだ。
「申し開きはあるか、オーレリアン」
「父上! 私はこの女性こそダラム王国に必要な聖女だと思い連れてきたのです!」
「お会いできて光栄ですわ、国王陛下。アンジェリカと申します」
アンジェリカはとても美しい女性だった。はちみつのような輝きを放つ金色の髪、煌めく宝石を思わせるエメラルドグリーンの瞳。スタイルもよく、その存在自体が特別だと思わせた。
オーレリアンは他国に招かれた時に彼女を見つけた。回復魔法を使っているところを見て、彼女こそがダラム王国に必要な聖女だと判断して、多額の金貨を報酬にすることをアンジェリカに提案し、彼女はそれに乗ってダラム王国まで来た。
「――この、バカ息子が! アクアを攫って来るのに、どのくらいの労力を掛けたと思っているんだ!」
「……え、さ、攫ってきた……?」
激昂したザカライアに、オーレリアンは目を大きく見開く。自分が聞かされたアクアの話は、神殿の前に捨てられた孤児だということ。前神官長に拾われて、聖女として育てられたということだけだ。だからこそ、アクアでなくてもこの国を守れるだろうと考えたのだ。
だが――父、ザカライアから想像もしなかった言葉が飛び出てきた。
アクアを攫ってきた、とはどういうことなのか――オーレリアンが戸惑うようにザカライアを見つめると、ザカライアは重々しくため息を吐いた。
「どういうことですか、父上。あの女は神殿の前で拾われたのではなかったのですか?」
ザカライアは腕を組み、オーレリアンとアンジェリカを睨みつけた。もしかしたら、アクアを攫ってきたことは、自分以外の重鎮たちはすでに知っていたのかもしれない――そう思って、オーレリアンは背中に冷たい汗を流した。
「アクアは、かのアルストル帝国でさえひとりで守れるほどの神力を持っているのだぞ!」
「あ、あの女がそんな力を持っているとは思えませんが……」
「だからお前はバカだというのだ!」
「し、しかし、それならばどうやってあの女を攫ってきたのですか!? そもそも、我が国で誘拐は犯罪でしょう!」
「……それは、私から説明しましょう」
カツカツと足音を立てて、神官長がオーレリアンたちに近付いて来た。オーレリアンは自分が追い出したアクアの神力に、アンジェリカはあの日に見た聖女が攫われてきたことを知り、半ばパニック状態になっていた。
「……あれは十年前、アクアさまが神殿に連れて来られた日の話です」
そうして神官長は語り出す。なぜアクアがこのダラム王国に来たのかを――……。
アクアは神殿に来た時、血で濡れていた。どうやら、ダラム王国の者に誘拐される時、両親が必死の抵抗をしたらしい。当たり前だ。娘が見知らぬ人に攫われそうになっているのだから。護衛たちもいたようだが、その日の人数は少なく、アクアを攫うには絶好のチャンスだったようだ。
必死の抵抗をしていた両親は、アクアの目の前で斬られた。彼女が血で濡れていたのは、両親の血を浴びたからだ。そのことにショックを受けたアクアは気を失い、その間にダラム王国の神殿へと運ばれた。
目を覚ましたアクアは、記憶を失っていた。五歳の子どもにとって、両親や護衛が目の前で殺されるのは、あまりにもショックが大きかった。
前神官長は、ザカライアのことを強く非難した。どうしてこんなに非道なことをしたのかと。ザカライアはそれに対し、自分の国民を守れるのであれば、多少の犠牲は仕方ないと口にした。
ダラム王国では、神力がわかる魔道具を作り上げていた。それを用いて、神力の高い子を攫い、国の結界を任せようとしていたのだ。各国に散らばったダラム王国の者たちは、各自連絡を取り合い――アルストル帝国の国境近くに来ていたアクアたちに気付き、その魔道を使った。……魔道具がエラーを起こすくらいに、アクアの神力は強かった。
――誰も、アクアの本名を知らない。アクア自身も記憶を失ったことで、自身の名も忘れてしまった。前神官長がアクアの名付け親となり、アクアにひとりでも生きていけるように、自分で出来ることは自分でさせなさい、と神殿の者たちに伝えた。
王家から渡される絢爛豪華な贈り物は、ザカライアの僅かながらの罪悪感がそうさせたのか……。
ただ、アクアは金目の物に興味がなく、使われることはなかった。
「……我々はアクアさまに負い目を感じていました。あの子の幸せを奪ったのはこの国です。……ですから、オーレリアン殿下がアクアさまに国外追放を言い渡した時、これはチャンスだと思いました。あの子が幸せになれる場所があるのでないか、と。我々は短い時間でアクアさまの転移について話し合い、あの子が一番幸せになれる場所へと願い、転移魔法を使いました。……なので、あの子がどこまで行ったかはわかりません。そして、新しい聖女ですが――……」
ちらり、と神官長がアンジェリカを見て、息を吐いて肩をすくめた。
「神力が足りません。神殿の者たちも、転移魔法で力を使い果たしました。儀式を再び行う前に、この国の結界は破られるでしょう」
目を伏せて淡々とした口調で言葉を発する神官長に、ザカライアはがたっと玉座から立ち上がる。
「そんなバカな話があるかっ! 結界が破られたら、魔物が攻め込んでくるだろうが!」
「事実です。この国の結界は持ってあと二、三週間といったところでしょう。……これは、あなたが招いたことですよ、オーレリアン殿下。この国と命運を共にしましょう。それが、神の思し召しでしょうから」
そういって頭を下げる神官長。オーレリアンは膝から崩れた。そして、顔を青ざめさせながら「そんなバカな話があるか……!」とザカライアと同じ言葉を呟いていた。
神官長はそんな彼の姿を、冷たい眼差しで見ていた。
「……アクアさまを手放せなかったのは、神殿の落ち度でもあります。彼女の力を欲してしまった。……その自責の念が強くて、前神官長は自決という道を選びましたがね。『アクアさまを頼む』と、遺言を残して。――我々は、全員が罪人なのです。神がお許しになるわけがありません」
神官長は顔を上げて、国の重鎮たちに視線を巡らせてそう口にすると、口を閉ざした。そして、目を伏せる。
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